ミントの花の仕事も!結婚準備も! -3ページ目

ミントの花の仕事も!結婚準備も!

代々続くお花屋さんの後継ぎミントです☆

お気楽能天気マイペースな性格の独身街道まっしぐらだった私が!!

なんと5月に結婚します!(え゛ー!)

激動の結婚準備日記 (の予定)、いろいろな立場で頑張ってる人に読んでもらえたら嬉しいでーす☆

ちょうど20年前。


ミントが14歳、中学2年生の時に阪神淡路大震災が起きてしまいました。


1995年1月17日5時46分。


その日、音楽のリコーダーの演奏テストがあったので、あの時間、ミントは布団の上に座ってリコーダーの指使いの練習をしていました。(朝早くて吹くに吹けず(笑))



他の授業のテスト勉強は全くしなくても気にならなかったんやけど(笑)、大好きな音楽の授業だけは!!何としてもいい点数をもらいたかったんですなー。昔から好きな事だけは努力した子供やったみたいです。(笑)



でも、そのおかげで、起きていたおかげで!!朝っぱらからリコーダーの練習をしていたおかげで!!



すぐに地震ってわかったし、とっさに布団を被り、当時メガネをかけていたので「メガネメガネ…」とメガネを探す事なく、寒かったので着ていた分厚いちゃんちゃんこがクッションがわりになり、    



割れた窓ガラスや本棚や外れたクローゼットの扉の下敷きになっても無傷で済んだんやと思います。



20秒も揺れてへんはずやけど、異常に長くて、揺れが終わった後の、しばらくの間のあの静けさは、いまだにハッキリ覚えています。



私以外の家族は、すぐに部屋から出られたようですが、私はいろんな物の下敷きになっていたのと、部屋の入り口のドアが完全にふさがっていたので閉じ込められてしまって、部屋の外からミントパパ&ママが私の名前を必死に呼んでくれていました。



でも、本当に怖くて。本当に怖い時って声が出ないんですよ(笑)



「私、大丈夫やから!!」ミントパパ &ママに伝えたいのに、ほんまのほんまに声が出ない!!!



その時、さっきまで練習していたリコーダーを右手に持っている事に気が付きました!



夢中でピーピーピーピー吹いて。(朝早くからすんません)



「怪我してるかもやけど、生きてるわ!」

「なんで笛の音やねん」



と、ちょっと笑うミントパパにドアをブチ破ってもらい、ミントは無事に助け出されたのでした(泣)



どこからともなく、ほんわりガスの臭いがしてきたので、ミントパパ&ママ、私、3歳年下の弟、当時3歳だった弟、車椅子生活のおばあちゃんと慌てて近所の公園に逃げ
て。



だんだん明るくなってきて、商店街の中にあったミントパパ&ママのお店が気になりみんなで見に行くと…



完全にペシャンコで原形をとどめていない、ただの瓦礫の山になってしまったお店を見て、ミントパパ&ママ&おばあちゃんはただただ泣き崩れていました。



近くで火の手が上がり出したのと、ひどくなるガスの臭いに怖くなったミントは、3歳になる弟を抱っこしながら、



「早く!早く逃げよう!!!」と泣いている3人を正気に戻そうと必死で叫んでいた…と、同じ商店街でお店をしていた近所のおばちゃんが言っていました。(もう笛は吹いてなかったのね(笑))



あれから20年、商店街はなくなってしまったけど、代々続いているミントパパ&ママのお店は一時は辞めようとした事もあったらしいけど、どうにかこうにかミントが引き継ぎ、小さいながらもまだお店を続けられている事。



おばあちゃんは去年亡くなりましたが、家族全員、なんとか元気に今日まで生きてこれた事。



辛い事、しんどい事、大変やった事、いろいろあっても、今日まで笑いながら楽しく家族みんなでやってこれた事。



先のわからない未来を不安がるよりも今を大切に一生懸命生きる事。



地震という経験を通して20年経って、ちょっとは…わかる事ができたと思います。



節目の20年、今年は私も結婚するし!!



震災で犠牲になった人達の分まで、



今まで以上に今を大切にしよう!!と「希望の灯り」を見ながら静かに黙祷し、初心に戻ったミントなのでしたー。