アルツハイマー病は最も一般的な種類の認知症であり、脳が適切に機能しなくなったときに発生する症状全体に対する用語です。アルツハイマー病では記憶・思考・行動に問題が起こります。初期段階では認知症の症状は極少しかもしれませんが、疾病は次第に脳に損傷を与えて症状が圧壊していきます。疾病の進行速度は個人差がありますが、アルツハイマー病の患者の平均余命は発症してから8年と言われています。

 アルツハイマー病の進行を止める治療は現在のところありませんが、認知症を治療するための薬はあります。過去30年間の認知症研究からアルツハイマー病が脳にどのように影響するか、深い知見が得られました。現在ではより効果的な治療と完治およびアルツハイマー病の予防および脳の健康を改善するための方法を求めて研究が続けられています。

 米食品医薬品局(FDA)の諮問委員会は米医薬品メーカー、イーライリリー社が開発するアルツハイマー型認知症治療薬「ドナネマブ」についてベネフィットがリスクを上回ると判断しました。年内に最終判断が下される見通しで市場投入に向けた長い道のりが終わりに近づいたようです。

 ドナネマブが承認されればエーザイと米バイオジェンが共同開発し、米国で昨年承認された「レカネマブ」(商品名はレケンビ)と競合することになります。レケンビの商用化は想定より遅れていますが、いずれも病状の進行につながるとされる有毒たんぱく質「アミロイドベータ」を取り除き、臨床試験で病状の経過を有意に変化させた最初の薬でした。

 ドナネマブとレカネマブでは臨床試験の設計に大きな違いがありました。ドナネマブの試験では1か月に1回投与し、PET検査でAβが一定レベルまで消失すると投与が中止されました。この結果、参加者の52%が1年以内、72%が18か月までの間に治療を中止しました。レカネマブの臨床試験は一度治療を開始すると治療を継続する設計になっていました。2週に1回の初期投与終了後もAβの蓄積は続くので治療の継続が必要と考えていました。一方で薬剤費が高額(レカネマブは米国では平均体重の場合、年間2万6500ドル=約371万円の価格設定)であることを考えると「中止できる」ことに意義はありそうです。

 イーライリリーの試験ではアルツハイマー型など認知症の原因となるたんぱく質「タウ」が脳内に全くないか、低レベルの患者は除外されており、ドナネマブがどの程度広く使用される可能性があるか疑念を生じさせます。

 アルツハイマー型認知症にり患している人は年齢を重ねるごとに多くなるといわれています。実際、日本でも65歳以上の認知症の人の数は2020年時点で約600万人と推計されており、2025年には高齢者の約5人に1人が認知症になると予測されています。世界では約4400万人以上の人々が認知症を抱えて暮らしており、この疾病は対処しなければならない世界的な健康問題です。薬剤費が高額にもかかわらず、それでも使用を希望する家族が多いそうです。アルツハイマー型認知症治療薬の市場規模は2030年には130億ドルと現在の約50倍に膨れ上がると予想されています。こぞって世界の製薬メーカーが開発に鎬を削るのは良いですが、コストも考えてほしいところです。