公正取引委員会は7日、日産自動車に対して下請け企業との取引で不当な減額を行っていたとして再発防止を求める勧告を出しました。継続的な賃上げを妨げかねない企業間の不適切な取引にメスを入れました。

 成長と分配の好循環の実現は、90%以上を占める中小企業の賃上げがカギを握ります。原材料費や人件費の上昇を価格に上乗せする価格転嫁の促進は欠かせません。そのためには、価格が商品価値に見合うものにならなければなりません。物価上昇のなかで価格維持はコスト競争でしか過ぎません。

 大手メーカーによる部品メーカーへの不当な減額取引は多重下請けの構造問題を浮き彫りにした形です。一般に下請け企業ほど規模が小さく、価格交渉力を欠きます。系列メーカーによる相互依存は不当な取引慣行を生みやすいです。これまで、大手メーカーによるコストカットに偏る事業戦略は賃上げを阻み、デフレの温床となってきました。

 しかし、実質賃金が下がり続けているなか、物価上昇率を上回る賃上げが実現されないかぎり、日本経済は低迷したままです。賃上げには、物価上昇率を上回る持続的な企業業績の成長見通しと労働分配成長率の上昇が前提となります。

 賃上げは賃金水準を一律に引き上げるベースアップと、勤続年数が上がるごとに増える定期昇給からなります。2014年の春季労使交渉(春闘)から政府が産業界に対し賃上げを求める「官製春闘」が始まりました。安倍政権時代、アベノミクスにより大企業は潤った分、その恩恵は労働者には十分ではありませんでした。そこで、賃上げを促すアメとムチの政策を強硬に進めましたが、ベースアップ率はほぼゼロ近傍まで低下したままです。

 これにも関わらず、岸田政権は安倍政権が上手くいかなかった政策を繰り返しています。岸田政権は、この春、賃金上昇率が物価上昇率を上回ることを公約に掲げていますが、物価の影響を考慮した一人当たりの実質賃金は連続で前年同月を下回り続けています。

 政府が本来目指すべきは、企業が自ら賃金を引き上げ、労働者を確保していくことを促す経済環境を作り出すことです。労働生産性上昇率を高める、潜在成長率を高める成長戦略、構造改革を促す政策を進めることこそが重要です。

 そのためには、肝となる出生率引き上げなどの人口対策、インバウンド戦略などはもっと強く打ち出すべきです。円安を追い風に外国人旅行者が回復している現在、地方再生は経済の効率性を向上させ、出生率の上昇にもつながる成長戦略となります。

 賃金の上昇は、労働生産性上昇、潜在成長率が高まるなかで、結果として生じるものです。企業の中長期の展望に働きかけることなしに、これまでの官製春闘でアメとムチを行っても小手先で効果のない政策にとどまるだけです。

 新しいものを生み出すイノベーションや付加価値の高い商品戦略、構造改革を政府が打ち出せば、企業の成長期待が高まり、賃金引上げを前倒しで引き出すことも可能だと思います。これが官僚も含めて具体化・明確化できないことが問題なのです。

 日本経済の低迷は、様々な問題が絡んだ複合要因からなっていると思います。そのひとつがジェンダーギャップであり、既存企業のイノベーションを阻害する圧力です。計画目標を達成できない理由を真摯に検証し、改善する動きを企業だけでなく、政府も強く打ち出していかなければなりません。官製春闘による一時的な賃上げと所得税・住民税の定額減税で下支えしても問題の本質的な解決とはなりません。