小学校に入り美緒は
団地の中に数人の友達ができた。
時子の美緒に対する罵声や
差別の噂は広がっていた。
夏の終わりに身体が小さい美緒は
同級生の母親達から
小さくなった服や髪飾りを頻繁に持たされた。
袋の奥にはリカちゃん人形や
シルバニアファミリーが添えられていた。
しかし、時子は押し入れの奥にしまい込み、
着せようとしなかった。
美緒は次第に自分で引っ張り出し
着るようになった。
(私、ハルと別の方がいい)
髪を伸ばし、男の子の恰好をやめた美緒に
時子は怒り狂った。
「勝手なことばかりして!
誰が育ててやってると思ってるんだ!」
時子は洗濯物の中から
プリーツスカートを床に投げつけ、力まかせに踏みつけた。
花柄のブラウスを引き裂こうとした時
美緒は初めて時子に向かって抵抗した。
「やめて!やめてよ!!」
絞りだすような声で時子にしがみついた。
「この…!」時子が美緒の腕を振りほどく。
ブラウスの生地を引っ張りすぎてボタンが取れた。
ぱらぱらと貝ボタンが散らばった。
ミニカーで遊んでいた晴臣が
いつのまにか側に来ていた。
晴臣がボタンを拾う。
「かーちゃん、
ねーちゃんをいじめないで」
顔を上げた晴臣は笑っていなかった。
「ハル、違うんだよ」
時子はブラウスを離し、
急所を突かれたようによろけた。
「そうじゃないんだよ…」
つぶやくように言い
壁伝いに玄関へ足を運んだ。
時子はドアノブに手をかけ、
振り向きざまに美緒に鋭い視線を向けた。
「あたしを悪者にして。あいつにそっくりだ。」
あいつ、とは美緒の父親。浩平のことだった。
時子は思い通りにならない時に
浩平の名を口にする。
その夜、時子は帰ってこなかった。
カーテンを開け放した窓から三日月が見えた。
「静かだね」
虫の声が聞こえる。
「お腹すいた」
「なんかないかな」
美緒は赤いランドセルの蓋を開けた
「ハルにあげる」
晴臣は美緒が給食で残したパンを
食べて眠りについた。
枕元にはミニカーと
シルバニアファミリーのうさぎの親子が転がっている。
晴臣の横で美緒は
何度も空腹のあまり目が覚めた。
時子の欠けた台所で
冷蔵庫を開け牛乳を飲んだ。
扉を閉めた時に大きい音が響いた。
美緒は肩をすくめ思わず窓を見た。
下弦の月が優しく
夜の闇を柔らかに照らしていた。
