アパートの大家さんが「長く住んでくれてありがとう。ほんの気持ちですが、インターホンをテレビ通話用にしたいと思ってます。」と先日お話がありました。

私がこのアパートを気に入っている最大の理由は、やはりここの大家ありだなぁと思います。

人によっては、ここは合わないアパートかもしれません。大家と借主の距離が近いから。

ただ、私はここが好きです。お野菜をくれたり、子供の遊び相手にもなってくれる大家さん。時には子育ての先輩として話も聞いてもらえます。毎日、朝は庭や玄関先を掃除してくれて、子供達の学校へ行く時間は、「いってらっしゃい」と声かけまでしてくれる。

ここまでしてくれる大家さん、滅多にいないような気がする。長く住んでいるアパートの人も「ここは大家さんがいい人だからね」とよく話しています。

この物件を決めた時、まずゴミ出し場のキレイさ、庭がお花でキレイに管理してあること、挨拶に来てくれた大家の感じの良さで数ある物件の中決めたんです。この読みは間違ってなかったと今でも思ってます。

そう思うと、旦那のおばさんの大家としての酷さがよくわかる…。裏庭は杭が出たままのコンクリートブロック、庭は木のクズや、鉄くずが所々に散らばっている…。掃除してないんですね。

なんていうかお金儲けが頭にあるばかりで、借主の気持ちや家に対する愛情がない自分が住まないから、「このくらいでいいでしょ」って気持ちが見えてしまって…。

おばさんも「良い借主に借りてほしい」と思うなら良い大家にならない限り無理だと思うんです。今の時代は賃貸物件が豊富にあるので、借り手はシビアです。

結局、大家としての器が全然違って「これだったら、どんなに家をキレイにしてもおばさんの賃貸に長く住んでくれる人は少ないんじゃないか」と思います。

今回の大家さんのご好意で、「やっぱり子供が小学校低学年まではここが安心だから、ここに住もう」と思いましたね。


もう亡くなっちゃったけど、矢部太郎さんが描かれた大家さんが何となく今のアパートの大家さんに似てます。

素敵な大家さんに出会えて矢部太郎さんもしあわせだったろうな。まさか、私も大家でここまで親密な人間関係になると思ってなかったけど、出会えたことに感謝してます。