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mintのブログ

5.7.5風、字余りの詩。ポエム、小説など。
私のままに、創作した作品をメインに書き込んでいます。


 私の名前は、父が決めたそうだ。
子どもの頃、私は父に尋ねてみた。
「私の名前はどうやって決めたの?」と。

「うーん、そうだなぁ。お父さんね、「裕美」か「仁美」のどちらかがいいなと思ったの。それで、中国に有名な人でね、「孔子」っていう人がいい言葉を残したんだよ。その中に「仁」って言葉があってね、この字は「思いやり」って意味なんだ。これだ、と思ってね。思いやりのある、美しい子に育つといいなと思って「仁美」ってつけたんだよ。」 

父は私に、そんな風に答えたと思う。
そうなんだと私はその時、それ以上何とも思わなかった。(頭の中では、優しい仔牛?みたいな(笑))

そうして幾年かが経ち、父にはもう聞く事が出来なくなった頃、あの話は多分違うな、と私は思うようになった。

まず何故、「裕美」か「仁美」にしようとしたのか。

思い出せば父は、新年には必ず、1人で一般参賀に出かけていった。
家には昭和天皇の御言葉集や、皇室の写真集が、本棚の見やすい場所に置いてあった。週末には、皇室アルバムというテレビ番組を、家族みんなで見ていた。
昭和の良き時代であったのかもしれない。

植物に造詣が深く、自然をこよなく愛した昭和天皇。自分の名の下に、多くの国民が戦争で命を落としていく日々は、忍耐の域を超えていただろう。

終戦直後、GHQ最高司令官ダグラス・マッカーサーとの会談で、
「戦争の全責任は私が負います。私の命はどうなっても構わないので、日本の国民を助けて下さい。」という主旨を、マッカーサーに述べた昭和天皇。

マッカーサーは、昭和天皇を独裁者と想像していたようだが、このような昭和天皇の命を奪ったら大変な事態になる、と思ったらしい。
何より、昭和天皇の心からの言葉に感動し、敬意を表したと私は記憶している。

推測になるが、私の父は昭和天皇をこよなく敬愛しており、私の名前を決める時、その一字をお借りしたのではないか。

幼い私に、名前の由来を少しごまかしたのは、畏れ多いと思ったのかもしれない。
また、何故か日本は愛国心というものを、声高らかには言いにくい国になっている。父はそれを、私に説明しづらいのもあっただろうと思う。学校の行事で、国旗掲揚、国歌斉唱の場面で、一瞬空気が張りつめるあの雰囲気に、私は触れてはいけない何かを感じたのを覚えている。

政治に関して私は、選挙があれば天候に左右されず、投票には必ず行く位のスタンスだ。

だが最近ニュースを見ていると、政治家の驚いてしまう失言があまりに多くて、何故だろう、とふと思ってしまった。勿論政治家も人間なので、間違いもあると思うのだが。

私の感性における結論になるが、日本人が大切にしてきた「敬う心」が、政治家の失言のみならず、色々な場面で置き去りにされている気がしてならない。私自身日々の中で、「敬う心」を大切にしたいと思った。


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私はよく、使い慣れた言葉も改めて意味を調べたりします♪(^_^)
【敬う】相手を尊び、礼を尽くすの意。








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