遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
義母が施設に行ってから、生活が一変し慌ただしい楽しく日々を過ごしていました。
義母との壮絶なやり取りはもう10年以上前のようにも感じるし、昨日のことのようにも思えてブログを開くことは義母とのやり取りを思い出すことと同じで敢えて開かずにいました。
最初に言っておきます。
私は義父母の介護の1割、多くても2割しか担ってません。
お義姉さんや姪っ子たち、旦那、娘が担ってくれました。
でもその2割が本当にキツかった。
死ぬかと思うパニックにも陥り、ストレスから
狭心症にもなった。
玄関前で泥棒呼ばわりされ、家の前に張り紙やガラクタを置かれる日々はじわじわと私を蝕んでいった。
介護って必ず終わりはくるってわかっているけど、
見知らぬ土地でトンネルがどこまで続くのか分からないまま歩いている感じ。
光も全く見えず、いきなり水浸しにハマったり野生動物が向かってきたりと対応ができない。
でもある日、突然レスキューがきてくれて一緒に歩いてくれる。
車じゃないんだよね。
何故か歩いてきて、一緒に歩く。
そのレスキューがだんだん増えて、トンネルはまだ続くんだけど、車で移動することができる。
そしていい加減もう光が見えるだろうと思っていると、念願の出口。
脱出した今は、やりたいことを思いっきりやる日々。
呼び出しもないから仕事も増やした!
時々、フラッシュバックに陥るけど楽しくやってる。
義父母に会わない年始年末、本当に幸せで平和。
とはいえ、ご存命な義母と旦那のやりとりのせていきますー!