どうもー![]()
![]()
めちゃくちゃお久しぶりですー![]()
![]()
![]()
久々に書きたいことあったので書きたいと思います
とてもマイペースでごめんなさい![]()
![]()
最近は買い物をしてお釣りをもらう時は店員さんの顔を見て会釈するようにしている。
少し前の自分だったら「まじまじと人の顔見るのは失礼じゃないか?」と思って絶対にやらなかったのだが。
そうするようになって分かったのは目を合わせようとしない店員さんがほとんどだということだ。相手の目を見ている自分からするとよそよそしく感じる。心が通ってないなと少し残念に思う。
でも彼らも以前の自分のように「人をまじまじと見ることは失礼だ」という相手への敬意の気持ちがあるのだと思う。
確かに、人からジロジロ見られて不快に感じることもある。
相手の目を見て接客すること。目を合わせず接客すること。どっちがいいのだろうか?人やタイミングによって変えるべきなのだろうか?
少し考えてみて思ったことは
「相手を見る時の自分に邪な気持ちがあった」ということ。人の顔や体型を見て面白がったり、嫉妬したりする気持ちが僅かながらあったのだと思う。「好奇の目」ともいうのだろうか。
そんな自分をどこかで抑えるために相手の顔をしっかり見ないという敬意の表し方が生まれるのではないか。
それであれば、そういう邪な気持ちで人を見ると相手は不快になるが、純粋なありがとうの気持ちで接するなら相手の目を見た方がいいのだろうと自分の中で結論が出た。
お客さんの顔を見ないことが習慣化された店員さんばかりになるのはとても寂しい。それこそ近い将来AIに取って代わられる仕事になってしまうのではないだろうか。
自分の邪な気持ちを抑えるだけで満足せず、相手への感謝や思いやりをちゃんと伝えるところまで神経を使える人でありたいと思う。