#285 ゾンビブランド・サーガ
雨後の筍の如くコロナ禍に火がついたと言える機械式腕時計ブーム。その少し前から市場を拡大しつつあった業界では、所謂「ゾンビブランド」がポコポコと生まれています。ゾンビブランドとはソンビブランドとは何なのか、多分明確な定義はないと思いますが、概ねこんな共通点があると思います。機械式腕時計全盛時代に名声を誇っていたクオーツショックで消滅(休眠)その後第三者の手によって商標だけ復活元々のブランドが持っていた血肉や魂はなく、亡骸だけを利用して動くゾンビのようなブランドだという、中々素晴らしいネーミングです。まあ消滅/休眠の切っ掛けはクオーツショックに限りませんが、どこかで一度途絶えたブランドが名前だけ復活するというケースは広くゾンビと呼んで良いのではないでしょうか。ゾンビは悪か?ゾンビブランドが悪いのかというとどうでしょう。このビジネスは「他人のふんどしで相撲を取る」の典型的な例なので、正直言って洒落臭いという気持ちが少なからずあります。しかし、一口にゾンビといってもそのありようは各社各様。かつて存在していたブランドに十分な敬意を払い、大きく飛躍した例も僅かながらあるのです。その代表格がA・ランゲ&ゾーネです。第二次世界大戦とその後の東西分断で一度消滅したランゲは、創業家の後裔を担いで1990年に再び法人登記され、1994年から時計の製造を本格的に始めたゾンビブランドでした。しかし今やリシュモングループにおいてヴァシュロン・コンスタンタン(VC)と双璧をなす頂上ブランドとしての地位を揺るぎないものとしています。現在ランゲをゾンビだからと軽く見る人などほぼいないでしょう。むしろフェルディナンド・アドルフ・ランゲの偉業に恥じないプロダクトを堂々作り続けていると言えます。スポーツウォッチやラグジュアリースポーツが隆盛を極めた時代でもドレスウォッチへの矜持を貫き続けた姿勢などは尊敬に値すると私はみています。(オデュッセウスもあくまで傍流に位置付けていた。)その意味ではゾンビに再び魂が宿る事もあるわけで、真剣にそれに取り組んでいるブランドであれば私は生暖かく見守りたいという気持ちがあります。現在のゾンビブランド達といってもランゲやブランパンは例外中の例外といえる存在。世の中にはまだまだ海のものとも山のものとも分からないゾンビがかなり居ます。今回はその中で、少なくともプロダクトはある程度まともそうだなと私が思ったブランドを幾つか紹介したいと思います。Heritage Chronograph Script / LEBOIS & Co.出典:https://www.lebois.comHeritage Chronograph Script 324.406 – Lebois & Co®www.lebois.comRef:324.406ケース径:39.0mmケース厚:13.9mm重量:-ケース素材:ステンレス・スティール風防:サファイア・クリスタル裏蓋:サファイア・クリスタルベルト素材:スウェードレザーバックル:ピンバックル防水性:5気圧(50m)価格:600,000円(税抜)Labois & Co (ラボア)は1934年創業のスイスブランド。創業家はフランスのDodane(ドダーヌ)家。こちらはひょっとするとピンと来る方もおられるかも知れませんが、ドダーヌと言えば1950年代にフランス空軍にType 20や21を納入していたメーカーの一つです。Type 20といえばブレゲが有名ですよね。そのドダーヌ創業家が新たなブランドとして立ち上げたのがラボアだという話です。オリジナルのラボアはバルジューやヴィーナスを使ったクロノグラフ製造で知られていましたが、1972年にクオーツ・ショックの煽りを受けて消滅しました。出典:https://www.lebois.comそれが2014年にオランダ人起業家の手によって呼び起こされ(創業家の了承を得た上で)、クラウド・ファンディングで資金調達し再スタートしたという訳です。もう絵に描いたようなゾンビ生成物語ですが、中々プロダクトは格好いいじゃないですか。クラシックな2レジスターを擁するヘリテージ・クロノグラフを駆動するのは手巻きのラジューペレ LC-450。コラムホイールにトリオビス緩急装置を使う中々渋い機械です。この時計はとにかく顔が抜群に格好いいですね。流石にヴィーナスとはいきませんが、手巻きのクロノグラフムーブメントを持ってくる辺りもちゃんとしてます。私はあり寄りのアリだと思っていますが、税込66万はちょっと高い。現地だと€3,300なんですよね。一昔前なら50万円前後。それならばまぁ、という感じでしょうか。Bi Compax Panda Reverse / EXCELSIOR PARK出典:https://excelsiorparkwatches.comBI COMPAX Panda ReverseThe new Bi Compax Dual collection is inspired by the chronographs of the 1950s, combining refined design and robustness. Equipped with the Landeron L70M manual movement with 48-hou…excelsiorparkwatches.comRef:-ケース径:38.9mmケース厚:13.9mm重量:-ケース素材:ステンレス・スティール風防:サファイア・クリスタル裏蓋:サファイア・クリスタルベルト素材:ステンレス・スティールバックル:三つ折式Dバックル防水性:5気圧(50m)価格:335,000円(税抜)「ほぼ一緒やんけ!」というツッコミが聞こえてきそうですが、こちらもクラシカルな2レジスター・クロノ。しかしこのエクセルシオパークの方がラボアより往時の格はだいぶ上でしょう。何せこっちは1866年創業でクロノグラフ専業のマニファクチュールとして知られた存在でしたから。彼らの黄金期は1930-1960年代。自社製のEP4やEP40系キャリバーは高精度なコラムホイール式の薄型ムーブメントとして名を馳せていました。ギャレット(Gallet)への搭載などでヴィンテージ愛好家には有名でしょう。さらには1966年にはゼニスが自動巻クロノグラフを開発する過程でエクセルシオパークを買収。つまりあのエルプリメロ開発にエクセルシオパークの技術が貢献したという訳です。出典:https://excelsiorparkwatches.comそんな名門でしたがクオーツショックの煽りを受けてゼニス傘下で整理され1983年には消滅の憂き目に遭いました。で、それが復活したのが2020年。Guillaume Laidet (ギョーム・ライデ)なる起業家が商標を取得し、Korius Group(コリウス・グループ)なる秘密結社と共にエクセルシオパークを蘇生させたのです。なんだコリウス・グループって。怪しすぎる。彼らはNivadaやVulcanも復活させた筋金入りのソンビ生成集団なのですが、詳細は誰も知りません。それはそうと時計はやはり手巻きのLanderon 70を搭載するというのですが、何でしょうこの機械?そもそもLanderonもオリジナルはクオーツショックで消滅していますが、調べてみるとこちらも最近蘇っているみたい。ムーブメントメーカーもソンビ化してるのか…ネットの噂では部品は中国系とか言われているようですが、スイスメイドを名乗っているので組み立てはスイスなのでしょうか。価格もラボアに比べると結構安いので、胡散臭さが増します。本来価格が質を表すと考えるのは愚かな事なんですけどね…Cricket President 36mm / VULCAIN出典:https://vulcain.chCricket President 36 mm - BlueLIMITED EDITION OF 25 PIECES HANDS : Polished Silver Material: Polished 316L steel case with circular satin-finished bezel and caseback Diameter: 36 mm Caseback: Screw-down casebac…vulcain.chRef:-ケース径:36.0mmケース厚:12.8mm重量:-ケース素材:ステンレス・スティール風防:サファイア・クリスタル裏蓋:サファイア・クリスタルベルト素材:カーフ・レザー他バックル:ピンバックル防水性:5気圧(50m)価格:750,000円(税抜)最後も怪しいギョーム・ライデとコリウス・グループが復活させたヴァルカンです。ヴァルカンは1858年に懐中時計メーカーとして創業しました。ヴァルカンというブランド名を使い始めたのは1890年代から。オリジナルのヴァルカンの名声を高めたのは世界初のアラーム・ウォッチとなるクリケットの存在です。特に米国で大きな成功を収め、トルーマン、アイゼンハワー、ニクソンと歴代大統領が愛用した事からThe Watch of Presidents (大統領の時計)と呼ばれました。つまり彼らはJLCメモボックスよりも先にアラームウォッチを商品化していたのです。しかしクオーツショックの煽りで以下略。で、実は2000年代初頭にも一度復活してクリケットを少量生産しましたが鳴かず飛ばず。そして2020年に先の怪しい集団が再構築して今に至ります。その彼らが、ブランドのアイコンであったクリケットを復刻したという訳です。出典:https://vulcain.chいやでもね、このクリケット実は結構凄いんですよ。ゾンビに魂吹き込もうとしてるんじゃないかと。搭載する手巻きのアラーム・ムーブメントV-10なんですが、これはオリジナルのヴァルカンのムーブメントをベースにして現在進行形で生産しているようなのです。CNC技術や小規模メーカー向けサプライヤーが増えてきた事も背景にはありそうですが、これは結構誠実にやってんな、と思いましたよ私は。誰だ怪しいとか言ったのは。毎時18,000振動のロービートで52時間パワーリザーブの手巻きアラームを2020年代に作ってるなんて素晴らしいじゃないですか!(手のひらクル〜)しかもデザインもオリジナルに忠実でサイズもφ36mmという神サイズ。値段は75万円と少々高いです。そりゃムーブメントしっかりしてるもの。数は売れないでしょう。しかし売れて欲しい。こういう復活は歓迎です。ゾンビブランドなんてのは初めはみんな怪しいと思うのでマイナスからのスタートです。しかし、中には誠実に過去のレガシーに向き合い、愛好家の心を動かそうというブランドも少しはあると思うのです。まぁ嫌いな人は嫌いで良いと思いますが、私は十把一絡げに全部ダメとは言えません。ゾンビが再び魂を得て転生する様をみるのも結構良いものじゃないですか?