見張り塔に捕らわれていた人達を救出して数日間、僕達は壁の中に捕らわれている人達を救うための準備に走り回っていた。

その間に谷の村に向かった人達が、無事に辿り着いた報せを受けて安堵し、丘の村に残った人達にも希望を与えた。

この数日の間に国の大門は開閉を自由にしたらしく、丘の村にも偵察がやってきた。

その偵察もオンユ達の予想した時刻の助言が見事にあたり、外は廃屋の村のままにし、僕達は地下へ潜むことでやり過ごすことが出来た。

けれどユンホやミンホ、ドンヘが外へ出て馬を宥めながら敵の動きは見ていた。

そんな緊張感がある日もあったけれど、準備と撤収を作った班ごとで完璧にこなして過ごした。

大門が開いたことで、次は僕達が中へ偵察をしに行く話も出た。

どこにどれだけの人達が捕らわれているか把握することと、物資の補給が必要だ。

『これを着る日が来るとは…、』

そう呟いたのはヒチョルだった。

ヒチョルは国の兵士が平時に身につけている甲冑を手にして苦い顔をしていた。

中へ入り込むに何が必要か話あった結果、巡回している兵士から甲冑と馬を拝借することだった。

巡回の隊列のまま兵士になりすまして潜入しようとしている。

そんなことしなくても、この人達なから滑り込むことなんて雑作でもないのではと思ってしまうのだが。

『バレても入り込めればそれで成功。』

入ってしまえばどうにでもなると言いたいらしい。

そうなのだろうけれど、その後のことを考えるともっと控えめに確実にいくべきなのではないだろうか。

『俺たちだけだったら入り込めるけど、馬も必要だからさ、』

正面の守りは固くなっていて当然だろう。

馬に乗って入れるのは、今となっては国の兵士のみだ。

行商人は一部を除きほぼ出入りが出来ない。

鎖国状態だ。

だから国は、城の背後にある港を使い隣国から物資を輸送している。

そしてその物資は、壁の中の一部の行商人と城の人間にしか行き渡っていないという話だ。

壁の中の限られた人間しか生活の保障がされていない。

そんなことがあっていいはずがない。

だから僕達は、滞った物資を悪いやつから盗み出す計画を立てていたのだった。

乗り込むメンバーの部隊はふたつ。

中の事情に詳しいオンユの部隊とジョンヒョン、キボムの部隊に別れる。

オンユ隊にヒチョル、イトゥク、キュヒョン。

ジョンヒョン、キボム隊にドンヘとウニョクが付く。

この部隊が路を開いたところで僕達他の仲間達が乗り込むことになった。

シウォンは別行動になるらしい。

壁の中の仲間と落ち合うそうだ。

そして目的は壁の中の偵察。

捕らえられている人達の現状把握が第一だ。

それから物資の確保。

情報と物資を出来るだけ手に入れて無事に戻る。

『やっぱり大門からしか入れないの？』

テミンがオンユに尋ねた。

オンユはテミンの目を数秒見た後、他の仲間達に目を向けた。

それからジョンヒョンとキボムを見て、ミンホを見た。

その様子から慎重な人だということが見て取れる。

オンユが口を開いた。

『人だけなら入れる場所はある。』

ジョンヒョンが頷いた。

兵士なら知っていることなのかもしれない。

キボムが紙を広げ、簡単に壁と内側の大きな建物の絵を描き始めた。

奥から、港、城、城下街、外壁を描いた。

外壁の両端を丸で囲んだ。

『こことここに、壁の中を通過できる扉がある。』

なるほどと思った。

正面の大門からかなり距離があるから、僕達のような侵入者が正面から攻めてきては対応するのに時間が掛かりすぎる。

だから見張り塔の人達を救出した時も、外壁の両端から追手はあったのかもしれない。

前回は上手く撒けたけれど、次はそこからの増援の対処もされているかもしれないな。

再び大門の開閉の鍵をこちらが握ったとしても、鍵を多く作られている可能性がとても高い。

どうしたら中に捕えられている人達を助けられるだろう。

１度に、全てを。

誰も傷つかず、円滑に遂行できる手段はないだろうか。

『チャンミン？』

『え？』

誰かに呼ばれて顔を上げると、全員が僕の顔を見ていた。

ドンヘが指で僕の頬をつついてくると、ウニョクが反対側の頬をつついてきた。

『何か策を思案中かな、軍師殿？』

ヒチョルが僕をにやりと笑いながらみている。

軍師だなんて、いつからそんなことになっているんだ。

断固否定する。

考えていたのは確かだけれど、策が見つかった訳では無い。

『あの、やっぱり、人だけで潜入して、馬と一緒に出てくるのはどうでしょうか。』

作戦を一から変えるのはあまりしたくないし、言い難いこと極まりないけれど、不意をついて綺麗に撤退する方が僕達に合っているのではないかと思う。

どこまでも保守的な僕の考えでしかない。

『人だけ潜入して、しっかり情報を掴みましょう。何をどれだけ運び出せるか、どこにどれだけの人が収容されているのか。そしてその人たちをどのくらいの時間で救出できて、移動が完了できるのか。中に入ってみなくては何も分からない。』

そんなことはみんな解っている。

けれどみんなは僕の言葉を最後まで聞いてくれるようだ。

誰も口を挟もうとしない。

『そんなもの着なくても、みんなだったら潜入できる、そうでしょう？』

兵士の鎧を見つめる僕の声は、自分でも思った以上に声に力が入ってしまった。

兵士が嫌いなのでは無い。

独裁者に動かされているしかない人達が、哀れで仕方ないだけだ。

『せっかく変装できると思ったんだけどな、』

ヒチョルが鉄の甲冑を叩きながら僕を見る。

『何事も、確実に。』

今度は僕がヒチョルの目を見た。

それからオンユ達に目を向ける。

『君たちを信用していないわけではない。潜入が出来たら、やはり中では先導してもらいたい。君たちが持っている情報を、実際に目にして確かめたい。』

元兵士の３人は頷いた。

『とにかく中へ確実に入る。中と外に、僕達の存在を感じさせずに。完璧に。』

全員が頷いた。

『新しい大門の鍵の把握、それと救出すべき人達の把握、物資の把握、退路の把握。』

再び全員が頷く。

『それと…、』

あまり考えたくはないが、懸念はある。

『街で生きている人達の生活が、どれほどのものかも僕は知りたい。』

そこでシウォンと目が合った。

僕は続けた。

『街で生きる人達も、外と関係を絶たれて不安だったり恐れながら生きていたりするんじゃないかな、』

すると全員の目が、今度は元兵士の３人に目が行った。

キボムが口を開いた。

『俺達がここに合流する前までの情報しか分からないけれど、確かに税金は上がったし、外の町や村の行き来は出来なくなった。でも厳しい労働を強いられたり、人権を剥奪されるようことまではされていなかったはずだ。』

そこでジョンヒョンが頷きながら代わった。

『…、でも今とこれからのことはわからない。チャンミン兄さんが言いたいことは、見張り塔に押し込んでいた働き手を失ってからの、労働力のことでしょう？』

この人は聡いなと、瞬間的に感じた。

僕は頷いた。

今度はシウォンが手を上げて話に加わった。

『それなら壁の中で生きる人達も救ったらいい。』

一体どうやって、とみんなが言いかけたと思う。

けれどこの盗賊団のいいところは、瞬間的にみんなで同じ方向を向けるということだ。

『結局は独裁者から国民を盗む。』

シウォンの一言にヒチョルが満足そうに笑った。

『これで最初の目的まで１周した感じだな。』

そうか。

そうだった。

全部を盗むんだって言っていたんだ。

ああ、現実を前にして毎日を生きていると、大きく描いたものというのは静かに忘れていってしまうんだね。

それじゃいけない。

『ごめんなさい、肝心なことを見失っていましたね。』

僕は恥ずかしかった。

みんなわかりきっていることを大きな声で説いて、大切なことを忘れていただなんて。

『でも、難しい事だからみんな１度そこから考えを離して目の前の課題のことを考えていたはずだ。』

シウォンがそう言うと、ユンホが頷いた。

ミンホも僕を見て頷く。

『ヒョン、あなたが目の前のことを現実的に見てくれたから、今俺達は最終目標を現実的に考えようと出来たんでしょう。』

ミンホの言葉にまたみんなが頷く。

『チャンミン、』

イトゥクが僕を呼んだ。

なんだろう、この人に名前を呼ばれるとユンホとはまた別なドキドキ感がある気がする。

僕を見つめる目とえくぼ。

綺麗な人だと思う。

『チャンミンは頑張ってるよ。』

『、』

『女性や子ども達への気遣いも、俺達への気遣いも、財務の運営も、頑張ってくれてる。』

『…、』

何もみんながいるところでそんなふうに言わなくてもいいじゃない。

顔が熱くなる。

『チャンミンは自分を過小評価しすぎ。それは謙虚って言わない。』

隣でユンホが頷いていた。

そして横目で見ると笑っているようにも見えた。

僕の手を握って指で遊び始めた。

『機会を狙う為に耐えたここ数日と、これからの努力はきっといいことに結びつく。』

そうだ、みんな早く壁の中へ行ってひとりでも多く助けたいと思っていた。

この数日間はその準備に勤しみながら、焦りに耐えてきたんだ。

中で待ってくれている人達だって、耐えている。

だから、ひとつでも失敗をなくして確実に成功を重ねるんだ。

『チャンミンは物事を広く見つめることができるから、みんな心強いんだよ。自信を持っていい。俺達も自信を持たないといけないのだから。』

イトゥクはそう言ってユンホに遊ばれている方の逆の手を取り、優しく握手をしてきた。

それからドンヘやヒチョル、イトゥクが僕に手を伸ばして何故か揉まれる。

シウォンが加わりキュヒョンが僕の尻を触り、それに気づいたユンホがキュヒョンを笑いながら叱る。

ミンホが後ろから僕の目を塞いで、両頬に誰かからキスをされた。

それをユンホがまた怒り、元兵士の３人が笑う気配を感じた。

それから新しい作戦の会議が開かれた。

みんなの声が力強くなったのは、僕の気のせいではないだろう。

救出された男達が外と地下でこの村を砦にする部品を作り、ある程度まで組み立てる作業が続いている。

砦といっても村を囲む高い柵が完成すればいい方だ。

矢を防ぐことぐらいはできるが、騎馬隊に乗り込まれたら家屋はすぐに破壊されてしまうだろう。

それでも、残ってくれた人達は戦えない代わりに体を動かすことがあるだけで心が生き返ると言う。

軍隊とこの村とで争うことは避けたい。

避けなければならない。

その為には、まだ表に気配を出す訳にはいかない。

ねえユンホ。

戦うことって、とても考えなくてはいけない事なんだね。

ただ生きたいるふりをしていただけの過去しかない僕に考えられることはとても少ない。

だから、毎日毎日どうしたら危険を回避出来るかということしか考えられないんだ。

攻めることはあまり考えられない。

守ることばかりに意識が向くんだ。

仲間にも、罪のない人も、誰も傷ついて欲しくない。

だから避けたり逃げることばかり考えてしまう。

でもそれだけでは、勝てないんだよね。

何に勝つのかもよくわからない。

悪に勝つのか、世の中に勝つのか。

何が悪なのか。

悪が世の中なのか。

わからない。

でも、僕達は明日も生きなくてはいけない。

だから、やれることは全てやって生きいける道を探さなくてはいけない。

弱さからは逃げない。

自分に勝つ。

相手を信じる。

だから笑い合える。

無駄な争いを避けて、世の中が異変に気付いてくれる策を取りたい。

それがこの盗賊団には可能だと思っている。

見たいものは血ではない。

悪の血でもすら。

見なくていい。

誰も死ななくていい。

ただ、誰もが自分の生活を取り戻すための戦いはしなくてはいけない。

ユンホ。

流されることは簡単だよね。

あなたは幼い頃からそれに抗って生きてきた。

だから今こうして、仲間達と巡り会い、戦うことで生きようとしている。

戦わなくていい日のために、誰からも何も盗まなくていい日のために盗賊をしているんだよね。

僕はこの世に、あなた達程、いや―――

僕達程優しく強い盗賊団は存在しないと思うんだ。

僕はシム・チャンミン。

職業、盗賊。

役職、財務長。

「チャンミーン、腹減ったなぁ。」

誰かと顔をあわせれば、そう言われる。

仲間達の財布と台所を担っている。

最近弓を習って、戦力のひとつになれるように努力しているところである。

「狩りに行こうか。」

僕の恋人と、しっかりしている弟が一緒に弓の訓練をしてくれる。

僕は仲間ひとりひとりから、恋人から、自信の欠片を与えて貰って生きている。

世の中の全ての人と、例え独裁者であっても人として生きているのであれば、こうして誰かから小さな欠片を与えあう関係でなくてはいけない。

誰もが明日を生きるために。

誰もが必要なことを思い出すために。

僕達は明日を強く生きる。

続く(`◉J ◉´)ｷﾘｯ

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