ラブアンドペディグリー11(暗展開閲覧注意/U) | Fragment

Fragment

ホミンを色んな仕事させながら恋愛させてます。
食べてるホミンちゃん書いてるのが趣味です。
未成年者のお客様の閲覧はご遠慮ください。

口を聞かないとか、無視をするとか、そういうことがあるわけでもなく日常は続いた。
結局弟と通うジムを決め、ふたりで通えそうな曜日に足を運んだ。
体を動かしながら俺は会社であったことを話し、今研究している内容を楽しそうに話す姿を眺める。
シャワーを浴びて更衣室から俺が出てくるのを、いつも先に出ている弟が待つ。
それから帰り道にドライブスルーでコーヒーを買って、両親を起こさないように静かに帰宅をする。

そんな日常の繰り返しをし、季節がひとつ変わってしまった。

それはまるで、俺達の間に必要以上の感情なんて、最初からなかったかのように。

もうこれでいいのではないか。
そう思ってしまいそうになる。
このまま、また俺達はこの家でただの兄弟として過ごす。

でもそれでは、命を繋ぐことは出来ない。

だからいけない。
俺達はこのままでは、いけない。
わかっているけれど、この静寂のなかにある幸福な日常を手放すことが恐ろしい。

悩みはまた繰り返す。
ぶつかって進みかけていたはずなのに、また止まって繰り返そうとしている。

そんな連鎖はいらない。

弟を傷つけるだけなのだから。







『あなたちょっと痩せたんじゃない?』

朝食の時間に母親が俺を見て言った。
納豆を混ぜている最中の弟と目が合った。

『最近すごい走り込んでるからね、兄さんは。』

弟が手を動かしながら母親に返した。
黙ったまま卵焼きに箸を伸ばす。
我が家の卵焼きは甘くない。
厚く焼いてくれたそれは箸を入れるとぐっと弾む。
淡い焦げ目が食欲をそそる。
――――いつもの俺ならば。


『まだあんまり痩せない方がいいわよ、』

母親が急須で茶を入れながら言う。

『痩せてるんじゃなくて、鍛えてるんだよ。』

弟が納豆を湯気が立つ白米にかけながら言う。

ジムに通い始めてから3キロ痩せた。
筋肉はついていると思うが、食欲がなかったのも事実だ。
だから俺は黙ったまま箸を動かす。
家で食べる時はきちんと食べる。
無駄な心配は家族の誰にもさせたくない。
けれど、会社での昼食はあまり食べる気になれずいた。
季節をひとつ変えてしまうぐらいの日にちは、痩せるには十分のエネルギー不足だったわけだ。
だからむしろジムに通っていて正解だったことになる。
食欲がなくて痩せたというより、ジムに通っていているから痩せたという言い訳になる。

あれ程通うことを渋っていたのに、全くもって皮肉なものだ。

弟と母は俺のことでまだ何かを話していたが、俺はさっさと食べ終えて仕事へ行く準備の為に席を立った。
洗濯された作業着に着替える。
胸に社名が入っていて、いつも使っているボールペンとカッターを刺した。
名刺やメジャー等いつも使っている道具を作業着の上着のポケットに押し込む。

『…、』

バッグから出てきた白い粉。
弟に服用させていた睡眠薬だ。
あれ以来、俺はこれに頼ってはいない。
不思議とその欲求は落ち着いてくれている。
きっと理性が勝っているのだろう。
このまま何もなかったことにして日常を過ごしていたいと願っている俺が勝っているということにしておく。

だがしかし、この白い粉の薬を捨てることは出来なかった。
自室の自分の机の引き出しに押し込んで、普段はかけもしない鍵をかけて部屋を出た。


使えないのも、捨てられないのもまた、俺の弱さなのだろう。


父の姿と車は既になく、弟と母親に声をかけて車に乗る。
笑顔で見送った弟の顔が、いつもと何も変わらず、とても可愛く愛おしいものだった。







『痩せた?』

会社に着いてそうそうに事務所で同じように声を掛けてきたのは、上司である部長だった。

『おはようございます。ええ、最近ちょっと鍛えてて、』

鍛えていることは嘘じゃないから、やはりジム通いは正解だった。

『聞いたよ、弁当も食わないって。』

『、』

父と弟と俺の分の弁当を母は今でも作ってくれている。
勿論俺もチャンミンもそれを持って出勤する。
けれど、あれからの俺はその弁当を食べることが出来ず、一緒に食べる同僚や後輩に勧めて食べて貰っていたのだった。
そうやって家族には心配をかけないとしようとしている。

『体調は?』

『すこぶるいいですよ。』

『そうか、』

『はい、』

『何か悩みがあるんじゃないの?』

『え?』

『普通じゃない感じが出ているよ。』

『、』

『そういう病院で診てもらってもいいんじゃないか?』

長く務めている理由に、部下や上司に恵まれていることも含まれる。
だからこんなふうに上司に声をかけられたことに素直にショックだと感じた。
家では隠せていることを、職場で隠せていなかったことに落胆したのだった。

『いつでも相談に乗るから。』

『はい、ありがとうございます。』

そうとだけ言って離れる。
同僚達と車に乗って、施工している現場に向かった。
なかなかに、朝のショックは大きかったようで、その日1日はうまく笑えている気が全くしなかった。
同時に弟の顔がやけにちらつく日でもあった。


弟には変化があったのだろうか。
俺は周りに様子がおかしいと思われるような変化をしてしまった。
俺が見ている分には、弟に変わった様子はない。
出生の話をする前と何も変わらない。
何も知らなかった頃の弟と同じ状態にしか見えない。
普段の食事の量も、態度も、話しかけてくる頻度だって変わらない。
変わったのは互いの距離が最も近かったあの不安定な頃だけだ。

チャンミンはチャンミンで、自分の中に答えを見つけることが出来たのだろうか。
これからの自分を見つめることが出来たのだろうか。
だから俺が何をどうしようと、変わらない態度でいてくれるのかもしれない。

「好きにしなよ」

そう言ってくれているのかもしれない。

それは諦めなのか。
それは許しなのか。

それとも、線を引いたということなのか。

流れている血で、線を引いた。

「どうせ血も繋がってないし」

だからもうお前は何も言わないのか。
そういうことなのか。



『先輩、』

『え?』

今度は後輩に声をかけられた。
現場に立てたプレハブの中で休憩している時だった。
同僚達も俺を見て目を丸くしていた。
手にしている紙コップのなかのコーヒーは冷えきっていた。

『泣いてるんですか、』

『え?』

ティッシュペーパーを渡されるあたり、相手が男なんだなと思ってしまう妙な冷静さがある。
驚く同僚と同じぐらい、俺は自分に驚いていた。
「大丈夫だ」と言っても、後輩も同僚も俺を帰らせようとする。
結局先に上司に連絡を入れられて、俺は早退する羽目になってしまった。

途方に暮れる午後3時。

なんとなくスマートフォンを手にする。
するとメッセージが届いていた。

『チャンミン、』

送ってきた相手は、呟いた名前の人物だった。

「今夜はジムに行けそう?」

どうかな。
早退させられたし、どこかで誰かに目撃されていたら話が面倒なことになる。

「今日は仕事を早退したから、ジムも休む。」

そう返事をするとを、今度は電話がかかってきた。

「兄さん、」

『うん、なんかあんまり顔色よくないって言われて、早退させられた。』

「…、今どこ?」
 
『今本社、これから帰る。』

「わかった、ちゃんと病院に行くんだよ?」

それはどうかな。
今朝の上司の言葉も頭を過ぎったけれど、とりあえずそのまま伏せて置こうと思う。

『とりあえず帰る。』

「…、」

『どうした、』

「ううん、ちゃんと病院に行って、しっかり休んで。」

『うん、じゃあな。』


病院は行かずに、そのまま自宅へ戻った。
母親が驚いたが、少し寝ると言うとそっとしておいてくれた。
作業着を脱いで放り投げ、部屋着に着替えてベッドに倒れ込む。
疲れてはいる。
気持ちも沈み気味。
それらは自覚している。
体の中のどこかに異常があるとか、そんなことでないのともわかる。
気持ちの問題なんだ。

自分がとても小さく弱い生き物になっていたことに、今になって傷ついて落ち込んでいるんだ。

傷つくだなんて、自分が全て悪いのに。

自分が。
俺が。

そうだ、俺が弟にあんな感情さえ持たなければよかったんだ。
好きだなんて、愛しているだなんて、そんな感情を持たなければよかったんだ。
なぜ兄弟以上の感情を持ってしまったんだろう。

血が繋がっていなかったら、「まとも」な感情だけで家族として愛せたのだろうか。

血が繋がっていなかったから。

繋がってさえいれば、俺はもっと自分の人生を円滑に生きられていたのだろうか。

いっその事、誰からも生まれてなんて来なければ―――――――








愛せないのなら、生まれてなんか来なければよかったんだ。




















確かに疲れてはいた。
疲れている。
頭も使うし、肉体労働もある。
ベッドに横になって、いつの間にか眠っていたようだった。
布団のなかにいる心地良さが、体の疲労を取り除いてくれそうな期待は抱かせる。

このまま起きたくない。
このまま誰とも会いたくない。
そう願っていると、またそのうち根暗な自分が顔を出す。

起きなければいい。
このまま全て終わりにして、悩むことから解放されるんだと、俺の中の誰かが言う。

血の流れから解放されたい。
ひとりだけ血が繋がっていなかったことを、なかったことにしたい。

俺だって、同じものを持って生まれたかった。

いや、生まれてこなきゃよかった。
どうして俺が貰われてきたんだろう。
どうして俺だったんだろう。
別な誰かがこの家に貰われたのなら、弟にだってきっとよかったはずだ。

あんなに暖かい家庭に影をさすようなことしか出来ない自分なんて許せない。

何故、どうして、今になってこんなことを夢の中ですら悩むのだ。




『兄さん、ご飯、だよ、…、』

弟の声がした。

『泣いてるの、』

泣いてばかりな今日1日だ。
実に情けないよ。

『…、この家に縛り付けて、悩ませて、苦しませて、…ごめんね。』

それは少し違う。
しがみついて、今更悩んで、勝手に苦しんでいるんだ。
でも、お前にも気付かれていたのなら、本当に兄貴として失格だな。

降りようか。

お前の兄貴でいることを。

そしたら、楽になれるんだろうか。

『兄さんは、ここにいるべきだ。』

頬が擽ったい。
撫でられているようだ。

『自立するのは僕の方。僕が次男として出ていくべきなんだ。』

バカを言うな。
末っ子だから、両親の傍で好きに生きたらいいんだ。

『ねえ、勿論大変な時はちゃんと助けに来るよ、そこは見損なわないで欲しいな。』

別にそんなこと今から気にして欲しくない。

『いつまでも好き勝手にしている自由な次男。それでいいんじゃないかな。』

そんなふうに自分の本質を曲げられる器用さを持っていないことだって俺は知っているんだ。

『だから、』

俺に両親を譲るだなんて言うなよ。
本気で怒る。
それこそ見損なうなと言ってやる。

『そんなに思い詰めた顔しないで、』

思い詰めていたのか、俺は。
仕事をしている時も、家にいる時も。
何をしていても。

『もういいから、もうわがままは言わないから、』

お前だって、泣くなよ。
俺は誰かを困らせたいわけじゃないんだ。
全部自分で勝手に悩んでるだけなんだ。
悩むから、お前を困らせるんだよな。

ごめん、本当にごめん。

『あれから、黙っててごめんね、』

俺だって、何も行動に移せなくてごめん。

『ねえ、寝てる?』

半分寝てる。
聞こえてはいるよ。


ギ。


ベッドが軋んだ。

重なる唇。

ごめん、起きた。


『…、ずるいよ、兄さん。』


『ごめん、』


起きてみると、部屋は暗かった。
弟の目だけが光ってた。
白い眼球。
それから涙。



『やっぱり、すき。』


俺達は、結局どうしたいのだろう。

好きって気持ちだけでは、生きていけないのだろうか。


好き。


どうして俺は、その気持ちに素直になれない大人になってしまったのかな。

今は与えられる口付けに、ただ流されていたい。

与えられた言葉に、気持ちに、ひとつも好きって言えない弱い俺を許して欲しい。
















続く。
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ 二次BL小説へ
にほんブログ村