『こん、にち、わ。』
いらっしゃい、校閲男。
その言葉の切り方はなんなんだ。
店の方に寄らず、積み込みの為にトラックのお尻を倉庫にくっつけて、運転席から降りた時に校閲男に捕まった。
『おはようございます、』
ていうか朝だからね。
朝、朝7時。
『ユン、…ああ、おはようございます、』
早朝のプリンス登場。
校閲男に頭を下げるうちの奥さん。
『おはようございます、』
ええ、奥さんにはおはようございますなの。
そうなの。
俺ってなんなの。
まあいいけど。
『今日は原稿ちょっぴりだから、夜の散歩ついでに自分で持ってきちゃった。』
夜の散歩。
なるほど、仕事が終わってこれから寝るのか。
自宅で夜勤してたやつ。
『では私がお預かりします、今なら午前中の便で送れますから。』
『ありがとー、』
そう言って校閲男とプリンスがまだ営業前の店の中へ入っていった。
異色の組み合わせ。
校閲男と長身プリンス。
なんか、そういうライトノベルありそうだよね。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20190604/06/mino-cotty/d2/b4/j/o1080108014423554087.jpg?caw=800)
校閲男の相手をしているチャンミンに代わって俺がドライバーやスタッフ達と朝礼をする。
ラジオ体操をしてから前日からの連絡事項や道路状況の報告、本社からの連絡等をした。
朝みんなでラジオ体操するとなんでこんなに楽しいのかね。
笑いながらやっちゃう人とかいてさ、つられてこっちも笑っちゃうんだよね。
小学生の頃のこととか毎日口にする人がいて。
もうみんな何回同じこと話すんだよって感じなのに、誰かが日替わりで思い出したり話したりして笑うんだよ。
まあ、それもいいかなって思う。
朝から声出して笑って、体動かして。
心が健康的でいられるような気がするよね。
『朝からリーダーがキレッキレでつらーい、』
早朝の時間に仕事に入ってくれた元気娘が何か言っているが俺は気にしない。
お子様は今夜夜勤のご主人殿が見ていてくれるらしい。
『ねえねえラジオ体操を激しめにやってみて、なんとかダンスみたいに、』
なんとかってなんだよ。
『いいから、やんないから、ほら、仕事するヨ。』
『ケチー』
『ケチンホ言うな、』
『はああー言ってないしーケチンホとか自分で言ってるし!ぎゃはは!』
最近俺の扱いひどくない?
俺はケチじゃない。
朝からこの声で「ぎゃはは」とか聞いちゃうと肩の力抜けるよね。
まあ、いいけど。
いいけどさ。
そのくらいでいいのかも。
力入れすぎると壊れそうだし。
ほら、俺ってケチじゃない。
店の方に戻って校閲男とプリンスの様子を見に行く。
店に姿はなく、事務所の方へ行ったようだ。
事務所のなかでプリンスが入れたと思われるお茶を飲んでいる無精髭な校閲男がいた。
『朝から楽しそうだね、ラジオ体操俺も混ぜて貰おうかな。』
『はは、ご自由にどうぞ。』
まあ、この男なら無害だろうし、ラジオ体操ぐらいなら町内の皆さんが紛れていても問題ないだろう。
たまに犬の散歩してるおじさんとか乱入してやってくし。
でも、そういうのっていいよね。
だから毎日続けてるような感じもあるのかもしれない。
俺がそういうの好きだから。
そういう、近所のお届け屋さん感みたいなやつ。
『コマーシャル見たよ、凄いね、』
『何がですか?』
『ネットの反応見てないの?』
『ああ、なんとなくは、』
防犯のコマーシャルに出ている俺達は何者なのだとネットでちょっとした騒ぎになったこの数日だった。
俳優とかタレントなのかって声が上がってたり。
驚くことにいつか撮ったうちの会社のポスターも引っ張り出されてきて「こいつじゃね?」みたいに並べられて。
並べられても俳優でもタレントでもない。
ただの社員だ。
チャンミンはプリンスだけど。
『この顔面ふたつ並んで「気をつけろ」って言われても、なかなか耳に入らないかもね、』
『え?』
『女子はみんな顔しか見ないじゃん?』
『…、』
『それで後になって「声もいいね」って付いてくる感じ。』
この男は、何者なのだろう。
よくわからない。
昔から今もひとつもわからない。
『覚えて貰えれば、顔を見て気をつけるってことを思い出してくれますかね、』
プリンスが言った。
『むしろふたりじゃないと荷物は預けないとか言う人いるんじゃないの?』
いやいやいや。
いやいやいやいや。
そんなだったら世界の流通ストップしてパンクだよ。
『なんか、どっちかというと、』
『、』
校閲男が伸びた無精髭をじょりょじょりと音を立てて掻く。
『売上の方が上がりそうだよね、』
『、』
俺とチャンミンは目を合わせた。
事実、その傾向にあるのがここ最近の変化だったからだ。
この男の読みに驚いた。
介護食の契約の数はそこまで回復はしていない。
辞めたら辞めたらでどうにかなるのも人の営みだろう。
けれど、配達量が増えたし、売上金額もじわじわと上がりつつある。
それはこの営業所だけではない。
全体的に上がっているのだ。
利益だけで言えば、介護食でマイナスになった分などとっくに埋めてしまっていたのだった。
『あ、図星?』
『、』
ここで涼しい顔を出来ないのが、俺とチャンミンなんだよね。
絶対顔でバレるやつ。
顔を見合わせる。
そして小さく小さく頷いてみる。
『結果オーライかな。あれから事件にもなってないんだったら成功でしょ。』
お茶を飲みながらそういうこの男はこれまでに犯人らしき男と接触しそうになっている。
この男もお客様なわけだから、接触して何かトラブルになってはいけない。
『あれから見かけてもいないですか?話しかけちゃダメですよ。』
チャンミンが念を押すと校閲男は頷いた。
『それが迷惑になるってことぐらいわかってるよ。』
そうなのね。
扱いにくいのか、扱いやすいのかわからないのもこの男だ。
『まあでも、こういう平和な幕引きもいいよね。』
男が言うとチャンミンが頷いた。
犯人が改めてくれればそれでいい。
被害にあった人がいないのであれば。
うちの会社の利益だけがどうこうならまだね。
本社というお城の介護食の担当者はさぞ悔しい思いをしたのだろうが。
でもそれでだって内側の人間だ。
お客様の被害がなかっただけ本当によかった。
ああ、内側の人だって、人なんだ。
そういう人達の気持ちをちゃんと届けられる現場の人間でいなくちゃいけない。
考えた人、作った人の気持ちを届けるのが俺の仕事。
そうだ。
そうだった。
『チャンミン、』
『はい、』
『俺配達の間にちょっと営業してくる。』
『え?』
『新しいパンフレットまだある?』
『え?え?』
『介護食の、』
『はい、あります。』
『解約したお客さんのデータ、ある?』
『もちろん、あります。』
『ちょっと行ってくる。』
『、はい、』
『午後の配達の時回ってくる。』
午前中はとてもじゃないが回れない。
ただでさえパンパンなのに、更に利用客が増えたのだ。
午前中のパンパンな量が、パンパンパンぐらいになっているここ数日だった。
『俺んところは?』
出たな校閲男。
『継続利用していただいてますから。』
『残念。』
『ふふ、』
チャンミンが笑った。
唇を噛んで笑って、頬を上げて。
俺を目を見て、そして口元を隠してまた笑って。
髪を耳にかけて、満足そうな顔で背中なんて向けちゃって。
可愛いんだから。
うちのプリンス。
可愛いんだから。
『じゃあ、積み込みしたら行ってくる。』
『はい、お気をつけて、』
『あの、ついでに乗っていきます?送ります。』
いつまでもここでお茶を啜ってもらっているわけにもいかないからね。
『そうさせて貰おうかな、出てきたはいいけどもう眩しくて無理。』
1日中引きこもって文字だけ見てたらな、目もとけそうだ。
『じゃあ積み込み終わったら声かけますので、』
『待ってる。』
はいはい。
平和な幕引き。
そうなるかはまだよくわかんないけど、届けたい気持ちはちゃんと届けておかなくちゃ終われない。
届けて受け取って貰えるかはわからない。
でも、届けることそのものは俺がしなくちゃいけない。
俺達がみんなで同じ方向を見ている会社なんだって、その気持ちを届けなくちゃ終われないよね。
そういうのをさ、これまでチャンミンと作ってきたわけだから。
現場を大事にしたいから、チャンミンはここに残り続けてきたんだから。
チャンミンや担当者がこれまで感じた悔しさを、もっと美味しいなにかに替えて俺は届けたいと思うんだ。
食べることって、大事だし。
その食べるものに気持ちが入ってることを、ちゃんと伝えて届けるのが俺の仕事だし。
責任て言ってもいいはずだよね。
『ぎゃー!ムシー!』
今日もどこかで元気娘が吠えている。
空は青い。
風は爽やかだ。
チャンミンもすこぶる可愛い。
いいことがありそうな条件が揃っている。
気持ちのいい汗をかける日の予感。
青いトラックに手を添えて、よろしく頼むと相棒に伝える。
『さあ行こうか、』
積み込みの為に、まずは俺の筋肉に信頼を寄せようと思うんだ。
続く。
✨(´◉J ◉`)ノいってらっしゃい♥
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