アンサンブル(劇場所属俳優)のうちの一人があばらを骨折をしてしまいました。新作の稽古中に、役者同士の対人事故との事です。かなり高齢の方(70代)なので、みな大変心配しています。とはいえ、普通人とは比べ物にならないくらい頭も体もしっかりしている方なので(そもそも役者という職業の記憶力と体力は驚異的)、時間は掛かってもかならずや復帰して変わらぬ姿を見せてくれると思っています。

そして、彼が出ている全レパートリー作品で代役が立てられました。全治期間の短い怪我人や病人が出た場合は演目自体を差し替えますが、今回は全治1ヶ月以上と大変長く、またかなりの演目数に出演している役者さんだったため、代役システムが採用されているらしいです。
該当公演のうちの一つを見たのですが、代役の方はたった一日の稽古で、台本片手に「読む」という状態で出演されていました。
台本片手といいながらも照明が暗くて読めないときもあるので、もちろん流れが止まってしまう事もあるし、セリフを飛ばしてしまう事もあったり、つられて他の俳優もセリフを飛ばしてしまったり、動きがいつもと違ったり。
見てる側も、代役の方が危なっかしい事が分かるので安心出来ず、なかなか厳しい出来になってしまっていたのです。

ちなみに、役者さんの怪我自体がホームページを始めとした媒体では全くお知らせされず、払い戻しなども一切ありませんでした。
この日来場したお客さんには、怪我人が出て代役が立つという事、代役は台本を読む状態で臨むという事、などが、上演直前にドラマトゥルグによってアナウンスされました。
怪我をした役者さんはキャリアも長く、劇場のお客様からは愛される存在であり、怪我をアナウンスされたときは客席から嘆息&ざわめき。ドラマトゥルグの挨拶は、拍手をもってしめくくられました。
しかし、上演自体は先述の通りぐだぐだ気味で、払い戻しや割引・振替などの事前の処置も一切なかったという事で、私は結構驚いたのです。
日本だったら、きっとないであろう。
日本だったら、きっと公演中止か、代役を立てるとしても遜色なく演技できるようになるまでは中止にしたりするだろうし、そもそも絶対にお知らせはするであろう。払い戻しにも応じるであろう。その公演がどんなに赤字になるとしても。

まあ日本とドイツは、本当にいろいろな意味で状況が違うので、それも致し方ないのであろうか。いやいや、自分が仮に定価でチケットを買っていたとしたら(実際には従業員特権でしたが・・・)ちょっと怒っていたな・・・。
と、思って、なぜこういう事に?という点について自分なりに整理してみる事にしました。

まず、ドイツの劇場はレパートリーシステム。同じ空間で、日替わりで違う演目が掛かる。そのため、出演する俳優のシフト(たとえば小劇場と大劇場でそれぞれレパートリーが廻っているのだけど、同じ役者が出る演目は絶対バッティングできない、とか。)
とか、裏方のシフト(この演目のメイクさんは誰で、小道具さんは誰で、とか)とかが綿密に組まれている。
また、俳優によってはうちの劇場だけでなくよその劇場でも出演している人もいて、そのような人はもちろんダブルブッキングしないように個々人で管理している。

そのため、1回や2回ならまだしも、急に演目をたくさん差し替えるのは、超大変。想像を絶して大変。というか不可能に近い。また、演目自体が差し替わったら、さすがに払い戻しに応じない訳には行けないので、劇場の営業的にも大打撃であろう。

というわけで、劇場の都合で、演目は変更できない。という事は、代役を立てるしかない、という事になる。

また、アンサンブルの俳優は、タレント的存在(この人の価値=公演自体の価値、みたいな)というわけでもないので、代役である事自体はまあ許される事だと思う。
しかし、確実に質が低下してしまう代役は許されるのかというと、そればもちろん許される事ではない。

しかしならばなぜ現にそうなってしまったのか?
ここから先は完全に憶測になってしまうのだけど・・・・

今回代役を務めた俳優も、本当はとても素晴らしい俳優なのを知っている。けど、彼も毎日既に決められた出演シフトがあり、稽古シフトがあり、急に飛び込んで来た代役を完璧に務めるほど、おそらく時間がなかった。(稽古自体も1回しか組まれていなかったし、本来の俳優が怪我をしてから公演予定日まで2,3日しかなかったし)
そして、劇場側としても、怪我人発生を通知したら払い戻しに応じざるを得ず、あまりに大きな損失になってしまうので、当日までお知らせしない方針に決めてしまったのではないか。
(もしくは怪我人発生から間がなかってので、対応が間に合っていなかった?)


終演後は、代役の本人は超不本意そうに一人ビールを飲んで、すぐに帰ってしまったし、他の役者にただよう空気もとても不穏で、「どうだった?」とみんな心配そうに聞いて来た。
同じ体制でまた次回に臨まなければならない俳優にネガティブな事を言える訳も無く、「彼が欠けているのはもちろん残念だけど、代役の彼も勇気ある決断をしたし、良かった!」という、なんとも歯切れの悪い事しか言えず。
でも、みんな出来が良くない事を当然分かっている感じだった。

しかも、その演目は、次回で最終公演なのだ・・・・。本当に、なんともやり切れない。何を隠そう、その作品は私がここに来て最初に関わった作品なのだけど。

オペラなどだと、よくダブルキャストになっていたりするけれど、この劇場のシステムでは、俳優はみな完全に替えの効かない一人限り。これだけ助成金が出ていても、決して余裕があるわけではなく、むしろ経済状態は年々厳しくなる一方らしいので、稼働するかわからないアンアースタディーを立てる余裕などないのは分かる。
しかし、いざという時に観客にしわ寄せが行ってしまうのはどうか・・・・

でも、この国でそれがまかり通るのはなんとなく分かる。
なんというか、プロであっても、無理なものは「無理です!」とあきらめてしまうのだ。顧客が怒っているから不眠不休で間に合わせるとか、大損益を出してでも穴を埋めるとか、そういう発想は意外にない。「誰が考えても無理じゃない?」という事については、それ以上無理しようとしない姿勢をよくも悪くも感じる事が多い。
そして、客である側も、ひとしきり文句を言ったりするが、本気のクレーマーなどはあまり聞かない。

まあ、結論としては、レパートリー制度は、全部の歯車が緻密に噛み合う事が前提なので、何か一つ狂うと意外に脆い所がある。そこを補強しようとしても、リスク対費用という面でなかなか割りに合わなそうである。

そして、お客さんのメンタルはもっと知りたいかも。
金返せ!とならなかったのは上記のような国民性からなのか?劇場や俳優に対する愛着や信頼があるからなのか?芸術をすごく上位に位置づけているから?


なによりも、入院中であろう俳優の回復を何よりも望んでいます。
なんだかまとまらない内容になってしまいましたが、今回はこれにて失礼します。
こんにちは!
忙しくなったり面倒くさくなったりで、二度と更新されないかと思っていたブログを、お陰様で更新する事が出来ました。
寒さ本番ですね。
こちらはまれに見る暖冬らしく、おそらく日本より寒くないです。
でも、最近ハッとするような冷たい風が吹く時もあり、これから本当の寒さがくるのかも...と怯えて過ごしています。

お陰様で劇場では滞りなく働いております。
今は、インテンダント(芸術監督みたいなもの。もっと権限がある)のヨハン・ジーモンズ演出の「März」という作品と、劇場所属の演出助手ケイトリン・ファン・デア・マースが演出の「Doktor Faustus Lichterloh」 という2作品のアシスタントをしています。
どちらの作品も、劇場所属の美術助手、若干28歳のベッティーナ・ポマーが美術を手がけています。
このベッティーナという人に、私は最初から今迄ずっといろいろと仕事を教わっているわけで、まあ、ドイツの先生ですな。
彼女は一言で言うと頑張り屋さんで、必要かどうか迷ったら準備するタイプです。
他のアシスタントの中には、「何もそこ迄やらなくとも」と言っている人も居ましたが、日本人の私的には大変親しみが持てるタイプなのです。
作風は一言で言えば、理系っぽい、男性っぽい。幾何学的な構造に、水とか土とか、原初的な素材を組み合わせてスペクタクルに仕上げる、というなんともドイツらしいデザインを繰り広げています。
写真などはまだお見せ出来ないので、まあ言葉では伝わりにくいのですが。

ともあれ稽古場に詰めているわけです。

「März」という作品は、ライナー・キップファードという作家の小説が元で、精神を病んだ人の視点と医者の視点で交互に演じられ、病める内面を詞・自然の形を借りて描き出しています。
タイトルロールにトーマス・シューマウザー、あとシルバーナ・クラパッチと昨年度の最優秀女優賞を受賞したサンドラ・ヒューラーという二人の女優の、合計3人の舞台です。
美術については、近代の解剖学教室をモチーフにした、という事で、多くは語りませんが壮大。
演出家のジーモンズがアムステルダムでも同時期に作品を作っているため、ちょいちょい長期の稽古休みが入り、その休み期間に「Doktor Faustus~」の稽古が集中的に入っているという絶妙なスケジュールです。

今現在は、その「Doktor Fautus Lichterloh」という作品の方の稽古期間なのです。
こちらの作品は、LABORATORIUMという、劇場所属の4人の演出助手が1本ずつ演出をするという企画の第二弾で、企画の性質上稽古期間もなかなか短く、いろいろと大変です。(全部で1ヶ月くらいしかない。下手したら日本より短い)
作品自体は、ゲーテのFAUSTの2次創作(ごめんなさいこの言葉間違っているかも)として1938年にアメリカの詩人ガートルード・シュタイン によって書かれた散文で、詩のような反復する言葉が止めどなく続いて行く大変難解な作品です。
その難解さゆえに稽古初期に揉めに揉め、役者が交代したり、読み合わせを役者が拒否してディスカッションで一日終わったり、と、紛糾していました。やっとここ数日滑り出したと思ったら、役者の一人がセリフを覚えられないから観客から見えない位置に電光掲示板を置いてセリフを出して欲しいと言い、そんなの無理だろうと思っていたら翌朝には映像セクションによって巨大な電光掲示板とプログラムが用意されて、度肝を抜かれ続けています。

今迄も繰り返し書いて来ましたが、この劇場では一通り必要とされそうな全てのセクションが同じ建物にあるので、「やりたい」から「用意できた!」までにかかる時間が本当に短いのですね。
たとえば、稽古場で見たら道具の高さが気に入らなかった→稽古後(夕方)メモを書いて工房に貼っとく→翌朝8時に来た大工さんがそれを見て直す→9時くらいに「張り紙見てくれた?」と電話して疑問が出ていたらやり取り→10時半に稽古場に来たら直った道具が置いてある!!!!!
というようなペースです。規模が大きければもちろんそれなりに期間を要しますが。工場が同じ敷地にあったらそりゃ早いですよね。
だから、発注の際にも、「まあ使ってみて不具合があったら稽古期間に直せる」というような遊びシロがあり、精神的にもヘルシー、合理的だな、と感心する次第なのです。

そして、以前ちらりと触れましたが、演出部という重要なセクションが、こちらの劇場では居ないのですね。
稽古場にずっといるのは、基本的に役者、演出、美術、衣裳、あと彼らの助手達、プロンプター(ソフェロア) くらいです。
音響さんと照明さんは取り急ぎ稽古用にシステムを組んでくれていますが、時々来る感じ。
今迄の経験からの感触で言うと、稽古場に常に居る部署は、「個々の作品の事を中心になって考える」とされているポジション、その他の部署は、「常勤として劇場にいて、いろいろな演目からの相談に対応していく」とされているポジションなのですね。
まあ、照明と音響のプランナーは、明らかに「個々の作品の事を中心になって考える」立場だと思うので、なぜ彼らが毎回は稽古場に居ないのか、まだその理由は分かりません。
あと、まだ私にとって玉虫色のドラマトゥルグというポジションについても、その詳細な役割についてはこれから解き明かすべき課題です。彼らは決して毎日は居ませんが、間違いなく作品について考えるべきポジであり、尊重されているのは分かります。劇場の現場にいる学者といった所かな。。しかし、まだ何をしているのかよく分からない。


偶然かどうか分かりませんが、雇用の面でも役者・演出家・美術家・衣裳家・ドラマトゥルグ・(プロンプターがどっちなのかは今ひとつ分からない) までが芸術家契約(まあぶっちゃけタイムカードがなくて、短期契約の事も多い)で、その他のセクションは技術者契約(タイムカードがある。残業すれば残業代が出る。半ば終身雇用?)となっているらしいのです。

話を戻すと、なので、必要な事は居る人が全部やっていくのですね。
今の稽古場では、各プランナーは稽古を見る事に専念し、演助か出てない役者さんが照明、私(美術助手)がセリフの字幕、衣裳助手が観客用の字幕(最初は2つの字幕を私がやってた)、と、やる事が多いのでみなが本業ではない事をして時を過ごしています。
まあ、これは字幕が2種類もある、という例外的な状況ならではですが。
電光掲示板、ネタはパワーポイントなのです。お陰でパワーポイント使えるようになってきました。

字幕だけやっている訳ではなく、通常業務としての美術助手の稽古場でのお務めは他にもいくつかあります。
まず、技術的に難しい事が必要になって来た場合、→美術家の意向をもとに技術部に相談
自力じゃできない重い転換をしたい時→舞台部の稽古場係におねがい
小道具が新たに必要になった→美術家の意向をもとに小道具部署に相談。劇場内の倉庫から調達
まあ、やりたいことで自力で出来ない事を人に頼む仕事です。
でも、どの部署もそれぞれの作品からの要請に答える事を、優先順位の第一位として考えてくれているので、忙しそうでも、私が片言でも、かなりすぐに対応してくれる。すぐ対応出来ない時は、必ずいつ対応出来るのか、他の誰に頼めば良いのか、教えてくれる。
美術助手というポジションは、学校を出た直後の若い人が多いですが、以上のような理由で大変尊重されています。雇用の前提として全稽古に出席し、全行程を知っているので、自信を持って働く事が出来ますしね。もちろんその道何十年の技術さんの方が物を知っていますが、だからといって軽んじられる事はなく、ドライな分業、という風です。

本番にはもちろん我々はつかず、初日の数日前から、実際に本番に付く舞台監督・小道具さん・テクニカルさんとの引き継ぎを行い、ゲネまでには完全に手を引きます。インスピツェンと呼ばれる、全てのキューだしをする人は、その引き継ぎより大分前から稽古場に居てくれる事が多いです。


で、美術や衣裳、その助手の子達は、それだけ働く割りには、稽古場でもわりとスカートとハイヒールとか、おしゃれモードのまま。
そのあたりの感覚も大分日本とは違うけど、私もすっかり慣れて最近はオサレを心がけています。水だの土だのがある稽古場だけど・・・。
もちろん、人にものを頼む時には、ただ見ている訳ではなく、出来る内容であれば一緒に働かないと信用を勝ち取る事は出来ない、というのは万国共通。だからみんなハイヒールで作業を手伝ってたりします。牧歌的な光景なのです。

では、本日はこれまでにします。
また近況を書きたいと思います。









こんばんは。
12月になりましたね!!
こちらはいよいよ雪が降って来ました。火曜と木曜に降って、その後は天気は安定していますが、空気の冷たさに一段階磨きがかかった気がします。
毎年マイナス10度は行くらしいので戦々恐々としていますが、こちらはどこの建物も屋内が本当に暖かいので、今の所まだ震える思いはしていません。

さてさて、本日は少し、私の居る劇場においての、舞台美術予算と美術家の養成制度について、今の所知っている事を、覚え書き的にお話したいと思います。

今私がやっているクリスマスメルヘンは、劇場の中の本当に小さいホール(100人入るくらい)の場所で、一週間稽古して、土日に公演して、おしまい!という、劇場の企画の中でも最小規模の公演です。(4つのチームがアドベント1週~4週まで毎週末公演します)
で、美術と衣裳合わせてご予算が1000ユーロ(13万円くらい)。
一瞬、えっ少ない!と思うのですが、そんな事もありません。
なぜなら、人件費は全く含まれないから。
劇場に併設されている工場には常に木工・金工・背景・小道具・経師・スチロール・衣裳・メイク などのスタッフが働いており、今回の作品も彼らが作ってくれるのですが、その人件時はこのバジェットとは別枠です。
また、劇場の持っている部材・機材(例えばスチールデッキなど)も無料で使えます。
また、衣裳も劇場の衣裳部に大量にある既成服のストックや、装飾部材などを使う分にはお金はかからず、含まれるのは、新規で買わなければいけないものだけ。(今回はポンリュームのような素材を買ったのと、マスク・小道具で必要なものをいろいろネットで探して購入したりしています。)
また、仕込みなどの設営人件費ももちろん別枠です。私は奨学生なので発生しませんが、デザイナーのギャラももちろん普段は別枠です。
また、劇場内にある、シアタートラムくらいの大きさのホールでは、大体予算が5000ユーロくらい、八幡山のワーサルシアターくらいの大きさのホールでは、大体3000ユーロくらいのケースが多いと聞きました。

決して超潤沢とは言えませんが、工場の設備とプロの技術が別に付いて来ると思えば、会場の規模・公演の規模に対して、比較的恵まれた予算が与えられていると言えるかと思います。
(ちなみに、一番大きい主劇場(とはいえ客席は500人規模くらいで、舞台の大きさは世田谷パブリックシアターくらい)は、演目によって予算はえらくまちまちのようで、とんでもない巨大な美術が組まれる時もあれば、同規模でも驚く程シンプルな時もあります。具体的な金額は残念ながらまったく分からないです。例えが全部世田谷ローカルですみません。)
もちろん、その設備や雇用を支えるために、巨額の税金が投入されているドイツの劇場制度があるわけなのですが。そしてその制度が成立している背景には、価値観・文化観・国民性が深く関わっているわけで。
それを棚上げして単純に比較し、素晴らしいという事はあまり意味のない事だと重々承知の上なのですが、やっぱりうらやましい。

そして、もっと素敵と思うのは、劇場所属の演出アシスタントや美術・衣裳アシスタントにも、年に一回は小さい公演でもプランを手がけるチャンスが与えられ、その中で頭角を示す事が出来れば、美術助手の場合は2年ないし3年の任期中に劇場のメイン規模の作品のプランナーに抜擢される事もある、という事。(演出助手がメイン作品の演出をしている例は残念ながらまだ見た事はないです。)
そして毎年数人のペースで、正規の教育と職業訓練を受けた舞台美術家・衣裳家が、劇場から巣立って行くわけですね。規模はいろいろながら同じような劇場が各州・都市にあるわけなので、全ドイツで考えると、毎年何十人かの、という事になるのでしょうか。その中の何割が職業的にゆくゆく成功できるのかは分かりませんが...

ドイツの公共劇場の美術アシスタントになるには、美大などで関連のコースを卒業し、劇場の募集に応募して選抜される必要があります。在学中に応募して卒業と同時に劇場で勤務する事ももちろん出来ますし、人によっては、大学での分野は別(たとえばプロダクトデザインなど)で、その後別分野の企業に勤めてからアシスタントになった人もいました。
ただ、私のいる劇場の場合は、選抜されて雇用されるのはほぼ全員、その前に研修生としてこの劇場でインターンした事がある人らしいです。そのような経験を学生のうちにする事も実質的には求められる訳ですね。ちなみに、私は日本の奨学金による長期の無給研修生という扱いで、全くの例外分子なので、彼らのような選抜過程は経ていません。
任期は先ほど書いたように2年か3年。(あくまで私のいるミュンヘナー・カマーシュピーレの場合)2年が基本の契約期間で、延長したい場合は自分の希望次第で3年目も残る事が出来る。ただ、4年目は絶対にない。という事です。お給料は円換算すると、初任給の中でも高い方ではないです。
ミュンヘンはドイツ全土で最も家賃が高いので、WG(ルームシェア)をほぼ全員しています。WGで探せば、日本円で6万くらいで部屋が借りられるらしいです。(少ないサンプルで判断しているので、もちろんすごい個人差があると思うのですが)
不動産以外の生活費は日本より大分低く抑えられるので、住宅事情以外は、そんなにお金で困る程ではないと思います。(劇場の食堂は朝9時から夜中1時まで開いており、金銭的にも胃袋的にも相当助かる)ただ、勤務時間がいかんせん長いので、仕事のキツさに見合った金額かと言われると、そうでもなく、芸術に携わる仕事はもうからない、というのはこの国でも共通のようです。彼らの場合は、未来への助走期間、という意味合いも多いにある仕事ですし。
ちなみに、劇場はけっこうはっきりと、「芸術部門」「技術部門」に分かれており、その2つの部門で雇用形態が異なります。
「技術部門」の人々はタイムカードがあり、残業すれは残業手当が当然つきますが、「芸術部門」の人々は、どれだけの時間働いても報酬は均一です。
美術助手は「芸術部門」に属するので(この仰々しい呼び名はタダの直訳で、私の勝手なネーミングではない)同僚達は忙しい時期には11時、12時まで劇場にいたりして、最初は驚きました。

日本の場合は、思い立った若者が個人的に優れた先達を見つけ、アシスタントにしてもらう、というようなやり方か、もしくは最初から学生サークルないしは小規模の劇団などで試行錯誤しながら独学(もしくは先輩・仲間による相互教育)で技術を磨いていく、というような道筋で舞台美術家を志す人が多いと思うのですが、大分事情は違います。
まあ、これについても単純に事情を比較できないのは承知の上ですが、体系立った教育制度があるという事は、広く門戸が開かれているという事で、その結果、①分野の認知度が上がる→その職業の地位の向上につながる②志す人の数が増える→分野全体の質の向上につながる、という2つの意味で効果的な図式が当然ながら成り立つはずです。
まあ、この制度が成り立つ背景にも、巨額の税金が投入されているドイツの劇場制度~(以下略)
と全く同じ展開が続くので、日本人として「隣の芝生が青い」以上の実のある話をしたいとすれば、その為にどうするべきなのか、なんとも立ち止まって考えてしまいます。
まあ、少なくとも舞台芸術の世界の中での分野縦断的な協力と、行政との対話、などが必要である事は、うすうす感じるのですが。(それよりは自分だけが外国にとんずらした方が早い←出来る物なら という心の中の小さい人の声も聞こえるのですが)


自分の小さな世界の面倒をみつつ、自分の周りの世界の事も考えていかないとなあ、というか、必然的に考えてしまうなあ、と思う今日このごろです。
何が出来るか、はさておき、どうしたいか、は常に分かっているべきだなと今更ながら思います。

さてさて。
今日はこのへんで、おやすみなさい。




珍しく、夜中に一回起きたらなかなか眠れない。のでビールを飲む。
ミュンヘンは、寒くなって来ました。
ともあれまだ日本の冬装備で問題ないのですが、まだ秋らしいのでこれからが思いやられます。
本日路面に小さな氷が張っているのを見ました。既に夜中は氷点下なようです。
在住者によると、コートなどで上半身はガード出来る物の問題は足下からくる冷えとの事。既にGパン+ストッキングでは結構寒いと感じているので、冬本番前に装備を見直す時なのかもしれません。暖かいレギンスとパンツを買おうと思います。

自転車のライトが故障したので買い直した。そうしたら買った日にまた壊れた(スイッチが効かなくて、点灯しっぱなし)ので、自転車を降りるたびに電池を抜く、という面倒な事を今やっています。安物は買うべきではないと思いつつ、ドイツ製品もう少しがんばって欲しいと思ってしまう。
まあ、自転車に乗れるのも雪が来るまでらしいですが。

劇場では、今は自分が美術をやるクリスマスメルヘンのZimt und Sterne という作品に集中しています。
仕事の本質として、コミュニケーションをとり、扇の要となって情報を伝えるのが大切、という初心に戻っています。
黙々と作業する事も時に必要ですが、本来はお願いしたり、説明したりする事で物事を前に進める仕事なのですねえ。
まあ、その一歩一歩がドイツ語なので、とても辛いときもあり、話しかけらり訪れるのにいちいち勇気がいるのですが、何とかなっているので有り難い。
マスクが10体、それを美術にくっつける仕掛け、パペットが3体、と、自分で作業するものの量もなかなかです。素材をもらいにいったり、作り方を相談しにいったりしながら、
衣裳・ヘアメイク・布・背景・テクニカル・木工・金工・スチロール などの部署の人をちょっとずつ覚えていっている日々です。

既にFacebookにも書いたのですが、衣裳家が交代する事になったので、本来は新しい人と話しをしてからいろいろと進めたいのですが、間に合わなくなっても困るので、なるべく差し支えの無い所からいろいろと作業を始めています。

とはいえ1月2月にアシスタントする作品もちゃくちゃくと動き始めています。まだ私は取り立ててなにもしていないですが、模型のプレゼンテーションに出席したり、技術的な実験に参加したりしています。
プレゼンで飛び交う言葉はさっぱり理解できず、泣ける。

今密かに思っているのが、外国語で仕事をするには、スタート年齢が遅過ぎるのではないか、という事です。20代半ばまでに留学経験を積んでいたとしたら、もう少し時間がかからずこんなに周りに迷惑を書ける事無く仕事が出来たかしら。なにより、到達地点の高さも大分違うのではないかしら。
と、まあ折にふれ考えています。
文章力は別にして、口は達者な方だと思うので言葉全般が苦手とは思わないのですが、外国語の習得は本当に個人差も大きいとの事で、不安を感じ出すときりがないですね。
単語もなかなか覚えられずつらいのですが、食堂で教えてもらった好きなケーキの名前などは即覚えられるので、熱意の問題もあるのでしょう。

明日は劇場に行った後、学校です。テストが返ってくるのです。
というわけで、そろそろ眠れそうなので、おやすみなさい。



研修中のMÜNCHNER KAMMERSPIELE にて、ルネ・ポレシュの新作「GASOLINE BILL」が初日を迎えました。
「AMERIKA」に続いて、研修で関わる2本目の舞台です。

ポレシュは今大変に油の乗っている演出家で、私はフェスティバルトーキョー2011で彼の作品「無防備映画都市」を観劇して以来のファンです。とはいえ日本で見られる作品は限られていて、ドイツ文化センターで原サチコさんが「あなたの瞳の奥を見抜きたい」という作品を上演したり、同作のフォルクスビューネでのオリジナル上演の上映会があったり、という程度でした。
昨年秋、今年春と少し長めにドイツに滞在する機会があり、その時フォルクスビューネで3本、カマーシュピーレで1本、彼の作品を観る機会に恵まれました。
(いろいろ、前回の日記と重複してますが・・・)

彼は無尽蔵のアイデアが沸き出す泉のようです。今51歳らしいのですが(稽古期間中にお誕生日があって、みんなでケーキでお祝いしました)、本当に若々しい。才能が服を着て歩いているようです。哲学・映画・サブカルチャーに至るまで幅広い文化に通じており、作品も縦横無尽な引用がちりばめられており、ドイツ演劇で良く感じられる「作り手にも受け手にも教養が求められる姿勢」をモロに感じます。
ともあれ、本日の作品は感覚的な所も多々あり、見に来てくれた日本人の友人も、言葉の理解を超えて楽しめたと言っていました。(とはいえ彼女はドイツ語も大分出来るのですが)
本日は関係者チケットをいただいていたのですが、開演間近に初老のご夫婦に声をかけられ、前から2列目、どセンターの座席と場所を交換していただけました!なんでも、舞台に灰皿がスタンバイされていたため、嫌煙家のこのご夫婦は、舞台に近い席に座りたくないと思われたそうです。
まあ、舞台上での喫煙は軽く20本を超えるような作品だったので、彼らの判断は正解でした。

本日さらにテキストの改訂が行なわれ、本当にシビアな状況での俳優達の素晴らしい演技には、人間としての深い尊敬を感じます。それを支えるプロンプター、音響照明、キューマンなど、本番に携わるスタッフ達にも。
そして、カーテンコールで舞台に立った時の、クリエイター陣の眩しさ!!
ある種の頂点に立っている人々にしか出せない表情をしていらっしゃいました。かっこ良かったなあ。
目の前のルネの作品が素晴らしく、それを皆が信じているから、この光景があるのだなあと思い、涙を禁じ得なかったのでした。いやあ、関われて良かった。

とはいえ何より言葉の壁を痛感した現場でした。
こんなに素晴らしいチームにいながら、全部が理解できないって何?と、自分に対して苛立ちを感じつつ過ごしていました。願わくば、未来にもう一度ベルトと仕事がしたいですが、なかなか難しいだろうな・・・。
彼が東京に来た時に筆ペンがえらく気に入ったと言っていたと聞き、本日ぺんてる様の筆ペンをプレゼントしたところ、大変喜んでいただけました。
ジャパニーズクラフトマンシップ、海を超えている。劇場のコピー機もリコーだし、プリンターはキョーセラだし。

本日はまた、素敵な贈り物をたくさん頂きました。
小道具のロバートから劇中で使われているボーリングボールのミニチュア、キューマンのステファニーからセットで使われているレインカーテンのサンプル、演出研修生のジョゼフィーヌから舞台写真、そして直属上司である美術アシスタントのベッティーナから、COSというお店のギフトカード(冬服をあまり持っていないと常々話していたからだと思われる・・・)、観に来てくれたマリコさんからダルマイヤーのチョコレート・・・。
みなさん、ありがとうございます!!
写真アップしたいですが、既に真夜中3時半なので、本日は断念。

というわけで、SCHONEN TAG NOCH
良い日をお過ごし下さい。おやすみなさい。