アンサンブル(劇場所属俳優)のうちの一人があばらを骨折をしてしまいました。新作の稽古中に、役者同士の対人事故との事です。かなり高齢の方(70代)なので、みな大変心配しています。とはいえ、普通人とは比べ物にならないくらい頭も体もしっかりしている方なので(そもそも役者という職業の記憶力と体力は驚異的)、時間は掛かってもかならずや復帰して変わらぬ姿を見せてくれると思っています。
そして、彼が出ている全レパートリー作品で代役が立てられました。全治期間の短い怪我人や病人が出た場合は演目自体を差し替えますが、今回は全治1ヶ月以上と大変長く、またかなりの演目数に出演している役者さんだったため、代役システムが採用されているらしいです。
該当公演のうちの一つを見たのですが、代役の方はたった一日の稽古で、台本片手に「読む」という状態で出演されていました。
台本片手といいながらも照明が暗くて読めないときもあるので、もちろん流れが止まってしまう事もあるし、セリフを飛ばしてしまう事もあったり、つられて他の俳優もセリフを飛ばしてしまったり、動きがいつもと違ったり。
見てる側も、代役の方が危なっかしい事が分かるので安心出来ず、なかなか厳しい出来になってしまっていたのです。
ちなみに、役者さんの怪我自体がホームページを始めとした媒体では全くお知らせされず、払い戻しなども一切ありませんでした。
この日来場したお客さんには、怪我人が出て代役が立つという事、代役は台本を読む状態で臨むという事、などが、上演直前にドラマトゥルグによってアナウンスされました。
怪我をした役者さんはキャリアも長く、劇場のお客様からは愛される存在であり、怪我をアナウンスされたときは客席から嘆息&ざわめき。ドラマトゥルグの挨拶は、拍手をもってしめくくられました。
しかし、上演自体は先述の通りぐだぐだ気味で、払い戻しや割引・振替などの事前の処置も一切なかったという事で、私は結構驚いたのです。
日本だったら、きっとないであろう。
日本だったら、きっと公演中止か、代役を立てるとしても遜色なく演技できるようになるまでは中止にしたりするだろうし、そもそも絶対にお知らせはするであろう。払い戻しにも応じるであろう。その公演がどんなに赤字になるとしても。
まあ日本とドイツは、本当にいろいろな意味で状況が違うので、それも致し方ないのであろうか。いやいや、自分が仮に定価でチケットを買っていたとしたら(実際には従業員特権でしたが・・・)ちょっと怒っていたな・・・。
と、思って、なぜこういう事に?という点について自分なりに整理してみる事にしました。
まず、ドイツの劇場はレパートリーシステム。同じ空間で、日替わりで違う演目が掛かる。そのため、出演する俳優のシフト(たとえば小劇場と大劇場でそれぞれレパートリーが廻っているのだけど、同じ役者が出る演目は絶対バッティングできない、とか。)
とか、裏方のシフト(この演目のメイクさんは誰で、小道具さんは誰で、とか)とかが綿密に組まれている。
また、俳優によってはうちの劇場だけでなくよその劇場でも出演している人もいて、そのような人はもちろんダブルブッキングしないように個々人で管理している。
そのため、1回や2回ならまだしも、急に演目をたくさん差し替えるのは、超大変。想像を絶して大変。というか不可能に近い。また、演目自体が差し替わったら、さすがに払い戻しに応じない訳には行けないので、劇場の営業的にも大打撃であろう。
というわけで、劇場の都合で、演目は変更できない。という事は、代役を立てるしかない、という事になる。
また、アンサンブルの俳優は、タレント的存在(この人の価値=公演自体の価値、みたいな)というわけでもないので、代役である事自体はまあ許される事だと思う。
しかし、確実に質が低下してしまう代役は許されるのかというと、そればもちろん許される事ではない。
しかしならばなぜ現にそうなってしまったのか?
ここから先は完全に憶測になってしまうのだけど・・・・
今回代役を務めた俳優も、本当はとても素晴らしい俳優なのを知っている。けど、彼も毎日既に決められた出演シフトがあり、稽古シフトがあり、急に飛び込んで来た代役を完璧に務めるほど、おそらく時間がなかった。(稽古自体も1回しか組まれていなかったし、本来の俳優が怪我をしてから公演予定日まで2,3日しかなかったし)
そして、劇場側としても、怪我人発生を通知したら払い戻しに応じざるを得ず、あまりに大きな損失になってしまうので、当日までお知らせしない方針に決めてしまったのではないか。
(もしくは怪我人発生から間がなかってので、対応が間に合っていなかった?)
終演後は、代役の本人は超不本意そうに一人ビールを飲んで、すぐに帰ってしまったし、他の役者にただよう空気もとても不穏で、「どうだった?」とみんな心配そうに聞いて来た。
同じ体制でまた次回に臨まなければならない俳優にネガティブな事を言える訳も無く、「彼が欠けているのはもちろん残念だけど、代役の彼も勇気ある決断をしたし、良かった!」という、なんとも歯切れの悪い事しか言えず。
でも、みんな出来が良くない事を当然分かっている感じだった。
しかも、その演目は、次回で最終公演なのだ・・・・。本当に、なんともやり切れない。何を隠そう、その作品は私がここに来て最初に関わった作品なのだけど。
オペラなどだと、よくダブルキャストになっていたりするけれど、この劇場のシステムでは、俳優はみな完全に替えの効かない一人限り。これだけ助成金が出ていても、決して余裕があるわけではなく、むしろ経済状態は年々厳しくなる一方らしいので、稼働するかわからないアンアースタディーを立てる余裕などないのは分かる。
しかし、いざという時に観客にしわ寄せが行ってしまうのはどうか・・・・
でも、この国でそれがまかり通るのはなんとなく分かる。
なんというか、プロであっても、無理なものは「無理です!」とあきらめてしまうのだ。顧客が怒っているから不眠不休で間に合わせるとか、大損益を出してでも穴を埋めるとか、そういう発想は意外にない。「誰が考えても無理じゃない?」という事については、それ以上無理しようとしない姿勢をよくも悪くも感じる事が多い。
そして、客である側も、ひとしきり文句を言ったりするが、本気のクレーマーなどはあまり聞かない。
まあ、結論としては、レパートリー制度は、全部の歯車が緻密に噛み合う事が前提なので、何か一つ狂うと意外に脆い所がある。そこを補強しようとしても、リスク対費用という面でなかなか割りに合わなそうである。
そして、お客さんのメンタルはもっと知りたいかも。
金返せ!とならなかったのは上記のような国民性からなのか?劇場や俳優に対する愛着や信頼があるからなのか?芸術をすごく上位に位置づけているから?
なによりも、入院中であろう俳優の回復を何よりも望んでいます。
なんだかまとまらない内容になってしまいましたが、今回はこれにて失礼します。
そして、彼が出ている全レパートリー作品で代役が立てられました。全治期間の短い怪我人や病人が出た場合は演目自体を差し替えますが、今回は全治1ヶ月以上と大変長く、またかなりの演目数に出演している役者さんだったため、代役システムが採用されているらしいです。
該当公演のうちの一つを見たのですが、代役の方はたった一日の稽古で、台本片手に「読む」という状態で出演されていました。
台本片手といいながらも照明が暗くて読めないときもあるので、もちろん流れが止まってしまう事もあるし、セリフを飛ばしてしまう事もあったり、つられて他の俳優もセリフを飛ばしてしまったり、動きがいつもと違ったり。
見てる側も、代役の方が危なっかしい事が分かるので安心出来ず、なかなか厳しい出来になってしまっていたのです。
ちなみに、役者さんの怪我自体がホームページを始めとした媒体では全くお知らせされず、払い戻しなども一切ありませんでした。
この日来場したお客さんには、怪我人が出て代役が立つという事、代役は台本を読む状態で臨むという事、などが、上演直前にドラマトゥルグによってアナウンスされました。
怪我をした役者さんはキャリアも長く、劇場のお客様からは愛される存在であり、怪我をアナウンスされたときは客席から嘆息&ざわめき。ドラマトゥルグの挨拶は、拍手をもってしめくくられました。
しかし、上演自体は先述の通りぐだぐだ気味で、払い戻しや割引・振替などの事前の処置も一切なかったという事で、私は結構驚いたのです。
日本だったら、きっとないであろう。
日本だったら、きっと公演中止か、代役を立てるとしても遜色なく演技できるようになるまでは中止にしたりするだろうし、そもそも絶対にお知らせはするであろう。払い戻しにも応じるであろう。その公演がどんなに赤字になるとしても。
まあ日本とドイツは、本当にいろいろな意味で状況が違うので、それも致し方ないのであろうか。いやいや、自分が仮に定価でチケットを買っていたとしたら(実際には従業員特権でしたが・・・)ちょっと怒っていたな・・・。
と、思って、なぜこういう事に?という点について自分なりに整理してみる事にしました。
まず、ドイツの劇場はレパートリーシステム。同じ空間で、日替わりで違う演目が掛かる。そのため、出演する俳優のシフト(たとえば小劇場と大劇場でそれぞれレパートリーが廻っているのだけど、同じ役者が出る演目は絶対バッティングできない、とか。)
とか、裏方のシフト(この演目のメイクさんは誰で、小道具さんは誰で、とか)とかが綿密に組まれている。
また、俳優によってはうちの劇場だけでなくよその劇場でも出演している人もいて、そのような人はもちろんダブルブッキングしないように個々人で管理している。
そのため、1回や2回ならまだしも、急に演目をたくさん差し替えるのは、超大変。想像を絶して大変。というか不可能に近い。また、演目自体が差し替わったら、さすがに払い戻しに応じない訳には行けないので、劇場の営業的にも大打撃であろう。
というわけで、劇場の都合で、演目は変更できない。という事は、代役を立てるしかない、という事になる。
また、アンサンブルの俳優は、タレント的存在(この人の価値=公演自体の価値、みたいな)というわけでもないので、代役である事自体はまあ許される事だと思う。
しかし、確実に質が低下してしまう代役は許されるのかというと、そればもちろん許される事ではない。
しかしならばなぜ現にそうなってしまったのか?
ここから先は完全に憶測になってしまうのだけど・・・・
今回代役を務めた俳優も、本当はとても素晴らしい俳優なのを知っている。けど、彼も毎日既に決められた出演シフトがあり、稽古シフトがあり、急に飛び込んで来た代役を完璧に務めるほど、おそらく時間がなかった。(稽古自体も1回しか組まれていなかったし、本来の俳優が怪我をしてから公演予定日まで2,3日しかなかったし)
そして、劇場側としても、怪我人発生を通知したら払い戻しに応じざるを得ず、あまりに大きな損失になってしまうので、当日までお知らせしない方針に決めてしまったのではないか。
(もしくは怪我人発生から間がなかってので、対応が間に合っていなかった?)
終演後は、代役の本人は超不本意そうに一人ビールを飲んで、すぐに帰ってしまったし、他の役者にただよう空気もとても不穏で、「どうだった?」とみんな心配そうに聞いて来た。
同じ体制でまた次回に臨まなければならない俳優にネガティブな事を言える訳も無く、「彼が欠けているのはもちろん残念だけど、代役の彼も勇気ある決断をしたし、良かった!」という、なんとも歯切れの悪い事しか言えず。
でも、みんな出来が良くない事を当然分かっている感じだった。
しかも、その演目は、次回で最終公演なのだ・・・・。本当に、なんともやり切れない。何を隠そう、その作品は私がここに来て最初に関わった作品なのだけど。
オペラなどだと、よくダブルキャストになっていたりするけれど、この劇場のシステムでは、俳優はみな完全に替えの効かない一人限り。これだけ助成金が出ていても、決して余裕があるわけではなく、むしろ経済状態は年々厳しくなる一方らしいので、稼働するかわからないアンアースタディーを立てる余裕などないのは分かる。
しかし、いざという時に観客にしわ寄せが行ってしまうのはどうか・・・・
でも、この国でそれがまかり通るのはなんとなく分かる。
なんというか、プロであっても、無理なものは「無理です!」とあきらめてしまうのだ。顧客が怒っているから不眠不休で間に合わせるとか、大損益を出してでも穴を埋めるとか、そういう発想は意外にない。「誰が考えても無理じゃない?」という事については、それ以上無理しようとしない姿勢をよくも悪くも感じる事が多い。
そして、客である側も、ひとしきり文句を言ったりするが、本気のクレーマーなどはあまり聞かない。
まあ、結論としては、レパートリー制度は、全部の歯車が緻密に噛み合う事が前提なので、何か一つ狂うと意外に脆い所がある。そこを補強しようとしても、リスク対費用という面でなかなか割りに合わなそうである。
そして、お客さんのメンタルはもっと知りたいかも。
金返せ!とならなかったのは上記のような国民性からなのか?劇場や俳優に対する愛着や信頼があるからなのか?芸術をすごく上位に位置づけているから?
なによりも、入院中であろう俳優の回復を何よりも望んでいます。
なんだかまとまらない内容になってしまいましたが、今回はこれにて失礼します。