会社を辞めた。最短記録の3か月だった。
日系の広告代理店だったけど、私には合わなかった。企画や数字とはもう離れたくて、今度は韓医院の日本語対応業務に応募したのに、履歴書を見た途端にマーケティング職を勧められちゃった。それが嫌でここに来たのに…生きるって本当に簡単じゃない。
三十を過ぎて何年か経つけど、なぜか私はどんどん楽に生きる方法だけ探している。振り返ると、社会人になりたての頃が一番ちゃんと社会人をしていたかもしれない。
友だちは皆かっこいい大人になっていく中、私は頑張るのではなく、いっそレールを外れることにした。苦しいことから完全に逃げる!良い案が見つかったわけでもないし、お金があるわけでもない。ただ、先週ずっと続いていた日本出張で、間接照明しかないホテルの部屋で試験勉強をしているうちにメンタルが崩れてしまったからだ。
もともと強い人ではなかった。最初の職場で翻訳の仕事をしていた時に、文章を書くこと自体が怖くなったことがある。この表現は自然だろうか。あれ、この文法は合っているんだっけ。分からない。明日が来るのが怖い。そのあと頭に浮かんだのは、この世界を去る計画だった。そして翌日、私は三年半を勤めた会社を辞めた。そのとき上司がくれた退職の贈り物は『鳥は飛び立つとき、振り返らない』というタイトルの本だったけれど…私はずっと振り返ってばかりだった気がする。
生きてきて、どれだけ振り返ってきただろう。私は、傷が癒えなければ明日が来ないと信じきっている人のように、いつも過去を生きていた。でも皮肉なことに年だけはちゃんと重ねてきた。幸いにも私を傷つけた人たちがみんな次々と謝ってくれるという奇跡が起きて、何とか今日までは生きて来れたけれど、明日は分からない。老後はもっと分からない。
一週間前、ホテルで泣きながら思ったのは、老後の準備をしようとしたら、今年も生きられずに終わるんだろうな、ということだった。私は、確かにそれくらいのメンタルの持ち主な気がする。楽しく生きていながらも、ふと選択肢があるかのように死を思い浮かべてしまう人生。
そんな思いの中、何らかの理由であと30年は生きようという結論に至った私は、本当にきっちり30年だけ生きることにした。老後はないものとして扱う。専門的なキャリアを築くことも、結婚や恋愛への欲も、全部地面に下ろして、今日の自分を食べさせられたことだけで満足すると決めた。確信も代案もないけれど、私の人生だから、私の好きにする。
生きるのがあまりにも大変で、今すぐにでも投げ出したいみたいな書き方になってしまったけれど、幸せになりたい気持ちもちゃんとある。少し力を抜いて、日常のささやかなことに目が向くくらいの余裕をもって生きたい。
他人から見て格好悪く映ることにも十分慣れて、私のままでただ幸せだと言えるレベルに辿り着きたい。そこから先、もっと幸せになれたら、それはそれで最高だし…大人がこんなにも自分の人生に無責任になってもいいのだろうか。まあ、いいんだろう。