夜もノッテます

こんばんは牛しっぽ牛からだ牛あたま

ずっと家にいるので疲れない笑笑

仕事しないのでストレスたまらない笑笑

濃厚接触者休みの私

今日3回目の投稿ではないですか✨


仕事はじまるとこうはいきません😂

ブログはじめてからメッセージいただいたり読んでいただく方が増えたり、

同じ環境で過ごしてきた方とお知り合いになれて、

嬉しいですおねがい


てことで番外編〜✨

私の家族と仕事についてー!


話はまだ幼児期をウロウロしてますが、

最初にちょっと登場しました

暴走族総長の父さんグラサン

母さんが宗教にはまっていくものですから、

家に帰ってこなくなります。

私がやっと記憶があるかないかの

3〜4歳の頃でしょうか。

別の女の人のところへ帰っていたんですよねえー


たまに帰ってきた時にすぐ渡せるようにと、

私は手紙を書くように

母さんから言われました。はっきり覚えています。

「パパへ

こんどいっしょに

しゅうかいにいきましょう。

パパがだいすきです。」


忘れません、

その手紙を父さんは

車にいつも置いてました。

しかも1回だけ、

リーゼントなのに😂スーツを着て

一緒に手をつないで

集会にきてくれました。


父さんも悩んでいたと思います

リーゼントだけど笑笑

娘はこの宗教の中で育ってしまうのかと

娘を救えないかと


結局離婚することになります。

父さんとお別れの最後の夜、

車の横で

私母さんに抱かれていましたが、

父さんから

「パパと一緒に暮らそう!

おいで!」

両手を差し出されました。


幼児ながらにこまって泣きました。

でも

弱々しい母さんにさよならとは言えなかった。

パパごめんねと思いながら

母さんにしがみつきました赤ちゃん泣き


当時、

母さんからは

「パパはママとminmiを捨てて違う女の人のところへ行ったんだよ。

パパが悪い人だから…

パパが悪い…」

と教えられていたので、

極悪父さんと思うようになりました。

でも大人になってわかる真実。

あの宗教が全てを壊した。


父さんはヤンチャだったけど

帰りが遅いのは

遊んでいたからではない!

職人の親方さんに誘われてお酒のお付き合いをしていたんだと

後で聞く。

日曜にいないのは、職人の仕事に日曜がなかったから昔は。

後で聞く。

私の幼い頃の写真がたくさん

父さんの実家から発見される

後に発見する。


そんな父さんとの半永久的な別れでした。

幼児の私。


近くにじーちゃん、ばーちゃんがいましたが、

帰るたびに

宗教をやめろと言われたらしく

母さんはボロボロの町営住宅に私と住むようになったのです。

元は先生だった母さんも、宗教に入るとフルタイムの仕事はできなくなるため

なぜなら宗教普及活動とお勉強が忙しいからです。

パートで家庭教師と早朝のヤクルト配達、夜の内職で生きてました。

極貧…

極貧…でも

宗教活動のランクがあがると

素晴らしい人と称賛されたみたいです😮‍💨


母さんは疲れてボロボロでした。

早朝3時に家を出て配達するので、

私は5時にご飯のガス釜のスイッチを入れる

仕事をしていました。

タイマー式の炊飯器がなかったんですよね💦


昼間家庭教師に行く時は

一緒についていって、

隣で一言もしゃべらないで

本を読んでいました凝視


夜は内職している母さんが

眠くなり 寝ています。

それを見て

母さんがやっている内職を

幼児ながらに真似してやっていました。

朝までに終わるように

全部終わるまでやってあげました。

ま、

子供がやることですから

完璧ではなく

後に返品されて

母さんやり直したんだと

聞きましたが😅


お風呂もない家なので

銭湯に♨️

数日に一回連れて行ってもらいました。

行くと、宗教関係の人と会えます。みんな極貧だったんです…昭和の時代は…


ご飯もおかずが買えない日があって

マヨネーズかけてよく食べました。

神様Xに感謝していただきました。

何を感謝しているのか

意味がわからなかったですけどね😮‍💨


あーテレビもねぇ

ラジオもねぇ♪

あの歌みたいです😂

ついでにおもちゃもねぇ🙌


ある日父さんが、面会しにきました。

1日父さんと遊びに出かけました。

何十年経っても光景を覚えています✨

一緒にバナナジュース🍌飲みました。

いつも麦茶しか飲まなかったから

最高だった✨

ケンタッキー食べました。

マヨネーズご飯だけだったので

最高だった✨

リカちゃんハウスとリカちゃん買ってもらいました。

遊びは内職だけだったので

最高だった✨


次の日驚き


ゴミ捨て場に

リカちゃんハウスとリカちゃんが

捨てられていました笑い泣き笑い泣き笑い泣き


あの日に泣いた記憶は

今でも

胸が痛いです。

泣き叫んで何度もリカちゃんハウスを

抱えて

家に運びました。

母さんにお尻を何回も

叩かれました


それでもこれだけは

絶対に譲れないと

自分で

幼いながらに思ったんだと

泣き疲れて夜

また一人でゴミ捨て場に行きました。


もう

ありませんでした

リカちゃんハウスゲロー


この日から

私の中で何かスイッチが切れました。

無心で耐えることを

覚えました。

ドラクエなら

レベルがあがる音楽かかりますよね😅

チャララ

チャッチャッチャッチャー

minmiは2世レベルがあがった!

泣くことをやめた!

無心を覚えた!

笑笑


だんだん話の内容は

サスペンス劇場レベルの恐怖が

混ざってきました。

楽しくなくてごめんなさい。

昔を思い出してつらい

思いしていたらごめんなさい。


うん、でも

私は乗り越えました✨

また

その過程を

明日から少しずつ

お話させていただきます。

では明日も良い一日をー😊