研究会報告 #3 メディア情報ネットワーク研究者の集い
駿河台大学名誉教授 今村庸一
今回、メディアや情報やネットワークに関する研究者で、かつて駿河台大学でともに過ごした3人が集い、各々の専門領域や現在の研究状況などの情報交換を行った。すでに3人とも駿河台大学は退職しているが、長年同じ職場で研究や教育に当たってきたこともあって、大学教育や学生指導の課題なども共有された。そして今後のネット社会やAI時代の諸課題や展望等についても話をした。
私が2001年から20年間勤務した駿河台大学メディア情報学部には、メディアや情報やネットワークに関して三つの専門コースが設置されていた。それは映像・音響コース、デジタル・デザインコース、図書館アーカイブスコースである。
映像・音響コースは映像や音響分野の学問的基礎知識を扱うほか、映像制作実習や各ゼミでの作品研究などを通してクリエイティブな知識や技能を習得させ、学生たちにはテレビ局や制作会社等への就職も支援する内容になっていた。デジタル・デザインコースはコンピューターやインターネットの基礎知識を習得させ、テキストや画像処理のソフトウェアを使って実際にデジタル・デザインを経験させるようなカリキュラムが組まれていた。学生の進路としては、プログラマーやウェブデザイナーやシステムエンジニアになるための科目が用意されていた。図書館アーカイブスコースは、図書館や博物館等の管理運営の基礎を学び、情報の記録管理を担うアーカイブに関する専門知識を習得するようになっていた。このコースは資格過程とも連動して、各分野の専門的なアーキビストやキュレーターを養成したり、また図書館司書や博物館学芸員の国家資格を取得できるように指導していた。
当時、私は現役の放送作家でもあったしテレビやラジオの優れた番組を顕彰するギャラクシー賞の選奨委員も務めていたこともあって映像・音響コースの主任も務めていたのだが、この分野は多岐の専門分野に関わっているのと同時に本格的な学問研究のテーマや方法等についてもまだ確立されていなかった。私自身も東京大学大学院社会学研究科でメディア論やジャーナリズム論を研究したのだが、殊に映像や音響メディアに関する研究となると、伝統的な先行研究はまだ十分なものがなく、次々に生じてくるような新しい課題に対応するような研究態勢を模索しているような状況でもあった。そうした中で2001年から駿河台大学の文化情報学部(現メディア情報学部)に赴任することになり、他の専門領域のメディアや情報に関する研究テーマや研究方法も参考にしながら、現在進行形の共通課題を見出していきたいとも考えていたのであった。
1997年に開設された文化情報学部は、当初は情報資源と記録管理を専門とする学部だったのだが、その後の学生のニーズの多様化などから、上記のような映像・音響コース、デジタル・デザインコース、図書館アーカイブスコースの3コースを設置し、名称もメディア情報学部に改称した経緯があった。そうした大学や学部の状況の変化を受けて、私は大学院の文化情報学研究科科長に就任したのだが、そのあとに入職してきたのが今回集まった野村正弘さんと丸山裕孝さんであった。
野村正弘さんは、新潟大学大学院自然科学研究科で博物館学やアーカイブ論を修めたのち、群馬県立自然史博物館学芸員を経て駿河台大学文化情報学部へ入職した。専門の博物館学やアーカイブ学を生かして主に図書館アーカイブスコースの科目を担当し、その後、学部教育のほか資格課程主任等も務め、メディア情報学部の学部長を4年間担当した。その当時、私は大学院総合政策研究科科長や文化情報学研究所所長に就いていたのだが、学部の方ではしばらく人事委員長も兼務していて学部教員の任用や昇任等の人事業務には、野村学部長と協力しながら担務していた。学部長という激務にも関わらず、野村さんは研究者として専門の古生物学や博物館学にも精力的に取り組んでいて、とりわけデジタル化が進むアーカイブの分野では大学を代表する研究業績を残してきた。2年前に駿河台大学を退職して名誉教授に就任し、現在は藤沢市にある日本大学生物資源科学部教授として研究や教育に励んでいる。私とは長年一緒に大学業務を行ってきた戦友でもあり、また専門分野は異なるもののお互いの研究分野の情報を交換してきた研究者仲間でもあった。
丸山裕孝さんは、東京芸術大学大学院美術研究科を修了し、ウェブデザイナーやグラフィックデザイナーとして第一線で活躍してきたプロのアーティストである。駿河台大学へはデジタル・デザインコースを担当するために赴任し、主にウェブデザインやデジタルコンテンツ制作などを担当したきた。学務ではメディア情報学部教授として入試委員長や文化情報学研究所所長等を歴任し、研究・創作・教育に大きな成果を残してきた。元々は金属工芸や現代アートのアーティストであったが、1980年代に創作したモダンアート作品が世界的に高い評価を受け、その一部はスペインのクエンカにある美術館に収蔵されていた。近年ではインターネットを使用したウェブコンテンツの制作に取り組んでおり、デジタル化が進むアートの世界で新しい表現の可能性を追求している現役のアーティストである。私は文化情報学研究所の所長を二期通算6年間担当してきたのだが、一期目のあとに丸山さんには2年間、この文化情報学研究所長の職を引き継いでいただいたことがある。現役のアーティストにとってはこの任は複雑で困難なものであったはずだが、しっかりと研究所の運営をしていただいた。現在は地元の藤沢市でマンションの経営をしており、これと並行して独自にデジタルコンテンツ制作を推進していて、今なお新しい表現を模索しているクリエイターでもある。
今回は、以下のメンバーで各々の立場からメディアや情報やネットワークに関する問題を討論することになった。
今村庸一(作家・駿河台大学メディア情報学部名誉教授。専門はメディア論・ジャーナリズム論・映像論・国際関係論)
野村正弘(日本大学生物資源科学部教授。駿河台大学メディア情報学部名誉教授・元学部長。専門は博物館学・アーカイブ論)
丸山裕孝(ウェブデザイナー・グラフィックデザイナー。駿河台大学メディア情報学部元教授・文化情報学研究所元所長)
左から 野村正弘 , 今村庸一 , 丸山裕孝 (藤沢にて)
野村正弘氏
丸山裕孝氏
丸山裕孝 (まるやま・ひろたか)
1960年生まれ。東京芸術大学大学院美術研究科
修士課程修了。専門は彫金。現代美術・金属工芸・
ウェブデザイン・グラフィックデザインなどを専門とし、
ウェブエンジニア、グラフィックデザイナー、
アートディレクター、ゲームクリエイターなどを務める。
駿河台大学メディア情報学部教授・文化情報学研究所所長
を歴任。
現在、会社経営の傍ら、ウェブのインタラクティブ
コンテンツ制作に取り組む。1980年代に制作した
テクノロジーアート作品がスペインのクエンカの美術館に
収蔵されている。
今村庸一氏
今村庸一 (いまむら・よういち)
1956年生まれ。駿河台大学メディア情報学部
名誉教授。専門はメディア論、ジャーナリズム論、
映像メディア史、国際関係論、等。
東京大学大学院社会学研究科修了。東京大学大学院
情報学環客員研究員。放送作家としてオフィス・
トゥー・ワンに10年間所属し、テレビやラジオの
報道情報系、スポーツ系、ドキュメンタリー番組等の
企画・構成を数多く担当する。放送批評懇談会理事・
編集委員・ギャラクシー賞選奨委員等を歴任。
日本民間放送連盟賞テレビ部門選奨委員。飯能市
情報公開及び個人情報保護運営審議委員会会長。
駿河台大学では、文化情報学研究所所長、大学院
現代情報文化研究科科長、大学院総合政策研究科科長、
等を歴任。主著に「映像情報論」(丸善)、他。
ーーー 最近の仕事について
野村 : 今勤務している日本大学生物資源科学部では「博物館教育論」「博物館情報メディア論」「博物館展示論」「博物館実習」などを担当しています。学生は全学部で260名位もいて結構大変です。元々は農学部だったので男子が多いかと思っていたのですが、意外にも半分以上が女子学生です。割と真面目でそれなりに能力も高いですね。博物館と学部の専門性という点では、動物の行動展示を学んだ学生がそのまま動物園に就職したり、また水族館の人から水族館のことを学んだ海洋生物学科の学生が水族館に就職したりしています。昨年は水族館に7名が就職しました。基本的に理科系学部なので課題も多く実習室などはいつも満員です。そういう点では文科系の学生よりよく勉強している気がしますね。
一昨年に博物館法が改正されて博物館はデジタルアーカイブを設置して公開しなければならないようになりました。それで各地の博物館はその対応に追われているのですが、神奈川県博物館協会から呼ばれてデジタルアーカイブを作るにはどうすればよいのか講義を頼まれました。それで日本大学の博物館が文化庁登録博物館に指定されて私がその学芸員に認定されました。アナログからデジタルに変わると博物館の世界では間違いなく仕事量が増えますね。
丸山 : これまでずっと考えてきたウェブのアプリケーションを開発しようと思って、今データベースの使い方などを独自に勉強しているところです。一般的なデータベースは大体分かったのですが、INDEXだけでなくSQLも自分で作らなければならなくなりました。ある程度Interfaceが出来てそれをどうやってつなぎ合わせるのかとなると、そのための独自のSQLを自分で開発する必要があるのです。もう一段階上のレベルのシステムを作ろうと思うといろいろな問題も出てきます。昨年あたりからデータベースの技能や知識を勉強してスキルも上がってきましたが、出来れば究極のドメスティックデータベースを構築したいと考えています。それを元にして事業コンテンツが作れないかと思っています。今考えているのはプログラミングの教育コンテンツで、将来的には関心がある人を対象に課金して事業化も考えています。自分ではこれをアート作品だと思っていますけれども、ウェブ上に公開しても誰もそれが作品だと気づかないかもしれないですね。自分ではこうした作業は技術ではなくて造形だと考えています。印象派の画家が、これはカメラじゃなくて新しい視点を持った絵画を創作したように、自分ではプログラミングを使って創作した造形であり作品だと考えているのです。情報がデジタルになっても、人間はこういうものでしょう、というような表現をしたいと思っているのです。何年かかるか分からないですけど、少しずつ前に進めているところです。
ーーー 情報化や生成AIの開発で何が変わるか。
今村 : 最近よく考えることは、将来コンピューターやAIが発達していって、芸術や文化でも人間とは違った価値観をコンピューターが持つようになったらどうなるのか関心があるのです。20世紀に人類が成し遂げてきた様々な活動を大きな視点で見てみると、文化でも芸術でも作品を制作した人たちも大切だけれども、それが価値のある作品だと判断して芸術や文化に仕立て上げた人たちの存在に関心があるのです。例えば、有名な例としてはミロのヴィーナスがいつから「芸術」になったのかと言えば、それは地中海のクレタ島に埋まっていたときではない。それが掘り出されてフランスに運ばれ、ルーブル美術館に陳列されたときに、ミロのヴィーナスは初めて「芸術」になったのだという話があります。それからあのゴッホなどは、生前は全く絵が売れなかった。弟のテオが一生懸命やって兄の絵を売りに出したのだけれども、ゴッホが生きている間は一枚も売れなかった。ところがゴッホの死後、その絵の価値を認めて市場に売り出して優れた作品にした人たちがいるわけです。その結果、我々は今ゴッホの作品を美術館で見ることが出来て、物によっては数10億円もの値段がついてくるものもある。それはその作品の創作をしたゴッホ自身も頑張ったかもしれないが、彼の死後になってその作品に高い価値を見出して「芸術作品」という付加価値をつけて美術館に陳列した人たちがいたから、広く世界にゴッホの作品が高い評価を受けているとも言えるわけです。つまりどういうことかと言えば、確かに芸術や文化などの創作活動をする画家や芸術家などの活動は立派であるけれども、それを評価して「作品」として価値を認めてきたのは、これまでは人間が行ってきたということなのです。それには作品の情報を解読して評価し、芸術や文化における「意味論」の世界を具現化する主体が必要で、それは従来まではあくまでも人間が行ってきたということになります。
しかし20世紀後半になると、芸術や文化自体が抽象化されたり概念化されたりして、その作品自体に明確な「意味論」を定義づけて評価すること自体が不可能になってきたと言えます。モダンアートは作品そのものよりも、作品が創作される過程の思想や哲学やそれらを表象するイメージなどが大切になってくるからです。そうなると誰かが作品から意味を見出し評価しなければならないわけですから、それが人間ではなく将来はAIが行うようになったとしたら、どういうことになるのでしょうか。
現在のコンピューターや生成AIの開発によって、様々な新しい情報処理による価値観の変化が生じてきています。その多くは、従来まで芸術や文化活動を評価する「意味論」の世界の活動は人間が行うものだという大前提が崩れ、コンピューターが人間の芸術や文化の価値を評価することが可能なのかという疑問が生じてくることになるのです。今世紀に入ってからビッグデータとディープラーニングを使った情報処理技術が格段に進歩し、人間の行動や思考のパターンだけでなく、人間の感性や価値観まで生成AIで解析されるような時代になってきました。しかも将来汎用型AIがさらに進化を続けると、人間の理解を超えた「意味論」の世界をコンピューター同士で競い合うようになり、どちらのAIが芸術作品や文化活動をより正しく評価できるのかという問題になることも考えられない話ではなくなります。そうなると、いよいよ芸術や文化とは何なのかという疑問が出てきて、場合によってはコンピューターの示す最適解を満たす作品が「最高の芸術」と定義されてしまうかもしれません。そのとき芸術や文化と人間の関係はどういうことになるのでしょうか。私はこのところそんな問題意識を持っているのです。
丸山 : 印象派が出てきたときは新しい写真技術が開発されてきて、それに対して絵画とはこういうものだというメッセージがあったと思うのです。でもそれ以降はピカソあたりまでで終わってしまっていて、現在のデジタル技術が出てきてから、それに対する新しい芸術や文化があるかというと、それは全くないのではないでしょうか。展覧会とか言っても19世紀の印象派やせいぜいピカソあたりまでの作品を繰り返し陳列しているのを眺めているだけで、20世紀後半は本当の意味での新しい表現はないと思うのです。
野村 : もう現代アートになると、いいのか悪いのか、訳が分からなくなってしまって、実は誰も評価なんか出来なくなっているんじゃないでしょうか。
今村 : その訳が分からないものを評価するのに、AIやビッグデータが出来るかと言うとそれもまた変な話になりそうですね。コンピューターの膨大な情報を解析する作業は、最初に入力されていた基礎データの条件を少し変えるだけで、結果はいくらでも変えられるわけです。現代アートなど誰も判断も評価もできないものになってしまうと、逆にどんな結論でも成り立ってしまうものです。極端な話ですが、トランプ大統領が「これが俺は一番美しいと思う」と言って定義してしまえば、一部の人が共感することはあるかもしれないが、誰もそれを否定することもできない訳です。このようなデジタル技術やAI等が開発されればされるほど、人間はますます自信を失って、何かの価値を判断することも評価することも出来なくなってしまうのではないかという悲観的な見方が出てきそうですね。
ーーー 人間の五感と情報化の関係
丸山 : 実は僕、時々茶道の先生のところに通っているんです。昔、何種類かのお茶が出てきて、その銘柄を当てる効き茶とか闘茶とかいうものをやったことがあるんですけど、僕だけ全部当てることが出来ました。それ以来、お茶の先生が僕のことを信用して、何かあると僕に効き茶をしたりするんですよ。
今村 : それは面白い。丸山さんは、芸術家で感性が人一倍優れているから、お茶の味も正確に分かるのでしょうね。実は、このようなテーマについて、私自身も以前から関心を持って考えてきたことがあります。人間の五感には、視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚があるのですが、このうち近代の科学技術の発達によって、この人間の感覚を情報化して伝達するものとしては、映像と音響、つまり視覚と聴覚の分野だけが、他の感覚と比較して突出して開発されてきたことに気がつきます。視覚という点では、19世紀の写真技術の開発から始まって、映画、テレビ、動画配信、等々、劇的な進歩を見せてきました。聴覚も同じように、19世紀末のエジソンの蝋管から始まって、レコード、蓄音機、ステレオ、CD、iPod、等々、こちらもこの150年ほどの間に長足の進歩を見せました。現代では、この映像・音響情報は完全にデジタル化され、世界中の人々にスマホやSNSで利用されています。ところが、人間のそのほかの感性はどうでしょうか。味覚や嗅覚に関しては、近年になってデジタル化しようという試みはありますが、まだこれが正確に情報化されるところまでは行っていません。触覚については、まだまだ研究途上の状態です。人間は触覚の「感じ」を伝達するためには、今でも「ザラザラした感じ」とか「ヌメリがある」とか、そのような「言葉」に置き換えているのが現状です。ただ同じものに触れた感触でも人によっ感じ方も違うでしょうし、言語の違いによっても恐らく異なった感覚を意味しているのではないかと考えられるのです。
丸山さんが、効き茶や闘茶で優れた味覚の持ち主であるのなら、それと同じように人によっては嗅覚に優れた感覚がある人や触覚に優れている人もきっといるはずです。これらを何らかの評価値のような数値に置き換えることは難しいとは思いますが、それが出来なければ正確な比較は出来ません。映像や音響やテキストに関する情報がデジタル化という作業を通じて一元化され、マルチメディアとして同時に同じフレームで情報処理出来るようになったことは画期的なことだったのです。それは偶然このようになったのではなく、各々の五感のもっている特性とそれを伝えるメディアの開発や発達に応じて、今日に至る感性とメディアの歴史が形成されてきたのです。しかしこの五感とメディアの開発は、視覚や聴覚以外の世界でもこれから将来にかけて様々な技術革新が実現していくことでしょう。この日、3人で食したアジフライの味が、それぞれどのように美味しかったのか、将来生成AIがさらに進化するとこうした味覚に関する情報ももっと正確な情報に置き換わる日が来るのかもしれませんね。
野村さんは、今後のご自身の活動に関して、どんな抱負がありますか。
野村 : 私の研究としては、引き続き有孔虫の化石を調査しながら関東平野の形成過程を調査分析しています。今勤務している藤沢市六会の日本大学のキャンパスから出てきた化石があるのですが、ここまで古相模湾が来ていた証拠になっていて、この場所で有孔虫の化石を確認できたのは私が初めてだったそうです。また教育としては、学生たちに博物館研究会というサークルを作らせているのですが、今、横須賀の博物館で地元の子供たちを対象にした理科フェスティバルというのをやっていて、子供たち向けのブースを作って活動しているのを手伝っています。やっぱりそういうところに来る子供たちはやる気もあるし、この子たちが将来こういう仕事に就いてくれるかもしれないと思うとやりがいがありますね。
今村 : お二人とも研究者、教育者、実務者、クリエイターとして、これからも充実した日々を送られることを祈念したいと思います。本日は楽しく、貴重な話をすることが出来ました。また機会があれば続きをやりましょう。ありがとうございました。
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本日は久しぶりに駿河台大学時代に一緒に仕事をした仲間、野村正弘さんと丸山裕孝さんと今村庸一が集まり、最近の仕事や関心事、さらには情報化やデジタル化などに関して、闊達な意見交換を行うことが出来た。3人とも専門分野は違うが、メディア情報学部の教授として研究や教育に尽力してきたことで、同じ釜の飯を食ってきた戦友とも言える仲間でもある。私は20年間勤務した駿河台大学を4年前に退職し名誉教授になったのだが、この4年間の間にもメディアや情報やネットワークを巡る動きは休む間もなく、新しいものへと気ぜわしく更新を続けている。
1980年代に私が放送作家の仕事を始めた頃、任天堂のファミコンが登場して世界を一変させた。こんなものを子供たちが物心ついた時期から四六時中見ていると、これから生まれて来る子供たちの感性がますますおかしくなってしまうのではないかと危惧する識者の意見もあった。
あれからすでに40余年の時が経過した。デジタル技術と情報化は、その後の人類の歴史にとって一体何をもたらしたのだろうか。同じ時間と空間を生きてきた研究者同士がこうして集まって、各々の異なった立場から意見交換をして問題の所在を共有していく試みは、研究者や教職者にとっても大切なことではないだろうか。今後も機会があれば、このメディア情報ネットワーク研究会(MIN-LABO)の場で、引き続き情報を共有していきたいと思った。(今村庸一)








