人生いろいろ

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またやっちゃった

何がって、前回投稿から

また一年経ってしまいました笑い泣き


2020年の乳がん告知から

はや3年…キョロキョロ


今のところ、無事にクリアしています。


昨年は、CNJ(キャンサーネットジャパン)の、「乳がん体験者コーディネーター」資格認定をいただき

今後の活動を模索中。


乳がんに限らず

がん治療中の方々に寄り添う

相談員的な存在もあるけれど

私はどちらかというと

まだ罹患していない人達に

興味を持ってもらいたいと思っていて

どのように伝えていこうかな?と。


なーんて、夢は大きいのだが

今のところ、仕事に追われて

考える余裕ナシネガティブ


それだけ元気になったということでウインク


乳がん治療終わったら

両親連れて旅行しようなんて

思ってたのに

お父さん急に逝っちゃうし、

お母さんは気力なくして

引きこもり…ショボーン


週2回くらい、実家に顔出して

数時間一緒に過ごしたり

通院の付き添いとかはしているけど

あとは何をしてあげたら良いのかなぁはてなマーク


今のところ、膝の痛み以外は

たぶん

体調は悪くないと思われるけど

デイサービスとかも、あんまり

好きではなさそうなので

母の健康のためにできることも

模索中。


久しぶりに書いたけど

とりとめのない日記でした〜爆笑


最近、おうちで花手水にハマってますガーベラ



笑い泣き







久しぶりすぎる…

ほぼ一年も更新しないまま

年が明けてしまいました。


ちょうど一年前の12月27日に

父は入院しました。


コロナ禍ゆえ、面会もできず

状況のわからないまま

1ヶ月が過ぎた頃、病院から

呼び出しがあり

急激なspo2の低下が見られたので

酸素吸入をMAXで開始したと。

すぐに病院まで来て欲しいと言われ

駆けつけました。


誤嚥性肺炎を起こしたようで

肺炎の治療をすることになったと

医師から告げられました。


この時はまだ父の意識はあり

「なんでこんなに苦しいのか」と

訴えていました。

父には、「肺炎になっちゃったって。

薬で治療してくれるからね。」と

言ったら、「もうダメだぁ…」と

弱々しく呟いていました。


その日から、兄と交代で

付き添うことになりました。

3日ほど経った頃から

意識がほぼなくなり

容態はあまり良くなかったのですが

病棟にコロナ患者が出たため

付き添いができなくなりました。


それから1ヶ月…


一度は意識も回復してきたので

療養型の施設への転院を検討することになりました。


その間に、市役所の方から

介護認定の面談に来てもらったり

完全にとはいかなくても

介護生活を送るつもりで

話を進め始めました。


2月13日(土)仕事中に

病院から容態が悪化したと連絡があり

早退して昼過ぎに駆けつけました。


先に兄と母も病院に来ており

そこから半日

血圧も上が100台をキープしており

面会終了時間まで付き添いましたが

安定しているようだったので

一旦帰宅しました。


夜中に電話で起こされることなく

朝を迎え、持ち直したかな?と

思っていたところ

7:30頃に電話がありました。


だいぶ心拍数が落ちてきたとのこと。

病院までは、車で15分くらいなので

急いで駆けつけましたが

間に合いませんでした。

電話をもらって数分後には

息を引き取ったそうです。


家族に見せたくなかったのかな。

なんとも父らしい逝き方でした。

治療終了と父の入院

またしても

空いてしまいました。


昨年12月末に、放射線治療が終わり

アロマターゼ阻害剤での

経過観察に入りました。


それとは引き換えに

12月初め頃から

実家の父が、食事をとれなくなり

いよいよ動けなくなってしまったので

救急搬送にて入院となりました。


秋頃から、肺に水が溜まったりして

病院で色々検査を受けていたのですが

これといって、悪いものが

検出されるでもなく

血液検査の数値も、それほど

悪くない。


ただ、CRP値が上下しているので

身体のどこかに

何らかの炎症があると思われ

抗生物質の投与などで様子を

みていました。


ところが、12月頃から

食事を食べられなくなり

だんだんと弱ってしまって

少し動いては、横になることが

増えていきました。


それでも、寝たきりにならないよう

トイレには自力で行っていましたが

年末も差し迫ったある日

トイレから出て来られなくなってしまったのです。


外から声をかければ

大丈夫、と返事があるものの

あまりにも、トイレから出て来なかったので、

救急車を呼ぶことにしました。


救急隊員さんに

トイレから出してもらい

病院に運ばれて

そのまま入院となりました。


家族としては

家ではもう、何もできなかったので

少しホッとしました。


病院にいれば

栄養点滴をしてもらえる。

そうすれば

元気になるだろう、と。


そんな風に

考えていました。



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