最後の日記を書いてから6年も経ってしまいました。。。
お久しぶりです(笑)
お久しぶり過ぎますね。
皆さんお元気ですかー?
どなたかまだいらっしゃいますかー?
(=´∀`)
6年前は、ワンオペ年子育児に加えて旦那さんの海外出張が始まり、息つく暇も無く、、、旦那さんの仕事で4年前から家族で海外に引っ越して生活しています。
娘達は地元の学校に通い、大変だったけど
ひぃは立派なバイリンガルになりました。
日本だと2年生だけど、こちらでは9月が区切りなので、今は3年生の授業を受けています。
(区切りは9月だけど、学校は8月半ばからスタート)
くぅも美しい発音で、英語で気持ちを伝えることができます。若い脳みそ羨ましい…涙笑
くぅは日本では1年生。そしてこちらでも1年生です。2人とも学校から支給されたパソコンからzoomの授業を受ける毎日です。
私はいまだに自分の電話番号や苗字を英語のスペルで伝えることすらままなりません。
謙遜とかじゃなくて、事実です。
こういう残念な脳の人もいます涙。
早く日本に帰りたい!!笑
6年前は、まさか英語が全くできない自分が海外で小さな子供と犬を抱えて家族で暮らすなんて微塵も想像していませんでした。
こちらの国には、もちろん長年の相棒ミミも連れてきて、夏休みの日本への一時帰国は一緒に飛行機で往復して帰っていました。
ミミはなんと数える事7回飛行機に乗りました(笑)
ミミこそ、こんな生活は青天の霹靂だった事でしょう。
旦那さんもすこぶる元気です!
早いもので、結婚13年生の私達です。
色々喧嘩しながらも
なんやかんやお互いなくてはならない存在で、支え合って生きています。(だよね⁈笑)
コロナが始まって、私達が住む場所では3月から自粛生活を余儀なくされました。
学校も仕事場にも行けず、家族4人と1匹の濃い生活が始まりました。
さて、なぜこんなタイミングでブログを書こうかと思ったかというと、気持ちの整理をつけなければならない出来事があったからなんです。
2007年3月から、私がまだ結婚する前から一緒の時を過ごしていたミミが、先日7/25に亡くなりました。
13歳と7カ月でした。
なんの因果か?コロナが始まると同時にガタガタっと体調を崩していき、一瞬持ち堪えたと思ったにもかかわらず、最後は多分心臓発作を起こして私の腕の中で、そして旦那さんに見守られながら息を引き取りました。
容態が急変してからわずか13分くらいでのお別れでした。
最後まで自分でトイレに行き、亡くなる4時間前にも自分でご飯を食べれる程の状態でした。
どこかで覚悟していたけど、あと2〜3年は一緒に居られるだろうという根拠の無い自信が私の中にありました。
色々喧嘩もしたけど、へそ曲がりな子だったけど、本当に愛してた。ミミが居ない結婚生活が初めてで、戸惑いを隠せません。
最後に苦しい時間が少なく済んだ事、
ちゃんと看取れたのがせめてもの救いでした。
いつまでも泣いては居られない。
私は、虹の橋は信じていません。
ミミはもう、居ない。
寿命を全うして、みんなに愛されて消えました。
残された人はこれからも
生きていかなければなりません。
残された自分の時間を、思い出を懐かしみながら。
だから前に進む為にも、
ミミにありがとうって思うからこそ
区切りとして書こうと思いました。
ありがたい事に今、第三子を妊娠していて
10月の末に生まれる予定です。
ただでさえ持病を持っていて毎日薬を飲んでやっと普通の人と同じホルモンバランスが取れる38歳の私。
身体の中は老婆です。
ツワリは3人目が1番キツかったし長かった…
ですが、ミミの死を受け入れるのに辛いとき、
お腹の子が、我が家の希望の光になっています。
命って、本当に、本当に凄い事ですよね。
奇跡以外のなにものでもないですね。
たぶんまた5年後とかに近況を書くのだろうか?
分かりません。
出来る事をできる時に、自分のペースで、頑張っていきたいと思います。
読んでくださってありがとうございました。




お久しぶりです(笑)
お久しぶり過ぎますね。
皆さんお元気ですかー?
どなたかまだいらっしゃいますかー?
(=´∀`)
6年前は、ワンオペ年子育児に加えて旦那さんの海外出張が始まり、息つく暇も無く、、、旦那さんの仕事で4年前から家族で海外に引っ越して生活しています。
娘達は地元の学校に通い、大変だったけど
ひぃは立派なバイリンガルになりました。
日本だと2年生だけど、こちらでは9月が区切りなので、今は3年生の授業を受けています。
(区切りは9月だけど、学校は8月半ばからスタート)
くぅも美しい発音で、英語で気持ちを伝えることができます。若い脳みそ羨ましい…涙笑
くぅは日本では1年生。そしてこちらでも1年生です。2人とも学校から支給されたパソコンからzoomの授業を受ける毎日です。
私はいまだに自分の電話番号や苗字を英語のスペルで伝えることすらままなりません。
謙遜とかじゃなくて、事実です。
こういう残念な脳の人もいます涙。
早く日本に帰りたい!!笑
6年前は、まさか英語が全くできない自分が海外で小さな子供と犬を抱えて家族で暮らすなんて微塵も想像していませんでした。
こちらの国には、もちろん長年の相棒ミミも連れてきて、夏休みの日本への一時帰国は一緒に飛行機で往復して帰っていました。
ミミはなんと数える事7回飛行機に乗りました(笑)
ミミこそ、こんな生活は青天の霹靂だった事でしょう。
旦那さんもすこぶる元気です!
早いもので、結婚13年生の私達です。
色々喧嘩しながらも
なんやかんやお互いなくてはならない存在で、支え合って生きています。(だよね⁈笑)
コロナが始まって、私達が住む場所では3月から自粛生活を余儀なくされました。
学校も仕事場にも行けず、家族4人と1匹の濃い生活が始まりました。
さて、なぜこんなタイミングでブログを書こうかと思ったかというと、気持ちの整理をつけなければならない出来事があったからなんです。
2007年3月から、私がまだ結婚する前から一緒の時を過ごしていたミミが、先日7/25に亡くなりました。
13歳と7カ月でした。
なんの因果か?コロナが始まると同時にガタガタっと体調を崩していき、一瞬持ち堪えたと思ったにもかかわらず、最後は多分心臓発作を起こして私の腕の中で、そして旦那さんに見守られながら息を引き取りました。
容態が急変してからわずか13分くらいでのお別れでした。
最後まで自分でトイレに行き、亡くなる4時間前にも自分でご飯を食べれる程の状態でした。
どこかで覚悟していたけど、あと2〜3年は一緒に居られるだろうという根拠の無い自信が私の中にありました。
色々喧嘩もしたけど、へそ曲がりな子だったけど、本当に愛してた。ミミが居ない結婚生活が初めてで、戸惑いを隠せません。
最後に苦しい時間が少なく済んだ事、
ちゃんと看取れたのがせめてもの救いでした。
いつまでも泣いては居られない。
私は、虹の橋は信じていません。
ミミはもう、居ない。
寿命を全うして、みんなに愛されて消えました。
残された人はこれからも
生きていかなければなりません。
残された自分の時間を、思い出を懐かしみながら。
だから前に進む為にも、
ミミにありがとうって思うからこそ
区切りとして書こうと思いました。
ありがたい事に今、第三子を妊娠していて
10月の末に生まれる予定です。
ただでさえ持病を持っていて毎日薬を飲んでやっと普通の人と同じホルモンバランスが取れる38歳の私。
身体の中は老婆です。
ツワリは3人目が1番キツかったし長かった…
ですが、ミミの死を受け入れるのに辛いとき、
お腹の子が、我が家の希望の光になっています。
命って、本当に、本当に凄い事ですよね。
奇跡以外のなにものでもないですね。
たぶんまた5年後とかに近況を書くのだろうか?
分かりません。
出来る事をできる時に、自分のペースで、頑張っていきたいと思います。
読んでくださってありがとうございました。




















































