子供たちとの生活は
わたしが
『ひとりの人間』として過ごすことを
想い出させてくれる
夫婦で居るのは
気を使う
母と居ても
やっぱり
気を使う
(きっとまだ『良い子でいなきゃ』っておもっているのでしょう…)
(これって
わたしだけでしょうか?……)
子供たちって
どんなにわたしが
喜怒哀楽をストレートに表現しても
変わらない
いろんな意味で……
一時期 息子に対して
『あなたのために言ってるの!』とか
『そんなんじゃ、ろくなオトナにならない!』とか
いかにも……な『常識』を並べて
怒っていたことがあったけれど
それは
わたし自身が
過去
親に押しつけられてきたことで
良い想いは しなかったし
(親と同じことをしている自分に嫌悪感を感じたほど)
それが
『わたしの気持ち』でも
『わたしの意見』でも無いことに気付いてから
わたしが
『嫌な気持ちになるから やめて欲しい』
と 伝えることにした
言い方を変えても
子供たちが『変わる』とは
かぎらないけれど
変わることを『期待する』気持ちが
わたしの中から消えた 気がした
わたしが嫌 と感じたことを
『イヤだー! やめて!』 と伝えても
子供たちの反応は
それぞれ
息子は 困り顔をして
やめることも あれば
クセになっていて
やめられないことも ある
娘は そのときの気分で
『ごめんなさい…』 と
シュン……とすることもあれば
『ヤダっ!!』 と
思い切り拒否することも ある
正論を突きつけて
子供たちをねじ伏せることも出来るけれど
(というか 以前はむしろそうしていたけれど)
そこまでして
子供たちの反応や態度を
『変えること』に執着しなくなった
わたしにも
子供たちにも
それぞれの想いがある
どちらかが
どちらかに
必ず従わないといけない
なんてルールは無いし
必要無い
…そう想えるようになったのは
どんなときも
ハッキリ自分の気持ちを表現する娘が
大きく影響してきた
娘は今
『イヤイヤ期』(通称:ヤだもん)ということもあり
驚くほどに自己主張が強くて
わたしが
イライラすることも多い
けれど
だからといって
娘を『嫌い』になることは 無い
そして娘も
そのことを分かっているから
とっても自由に自己主張してくる
そんな娘をみていると
自分の意見を持つこと
素直に伝えることが
『自由』なことであり
そのことによって
嫌われたり
価値がなくなることは無いことを
強く感じられるようになった
だから
わたしが
わたしの気持ちを
素直に伝えても
何かを脅かされることや
奪われることはない
…という安心感へ繋がった
そして
どんなにストレートに気持ちを表現しても
変わらず
『ママ大好き!』と言ってくれる
子供たちの愛の大きさに
わたし自身が
受け止めてもらえる安心感を感じ
その結果
素直であることを
自分自身が
『許せた』からだと想う…
やっと たどり着けた
今 このわたしを 生きよう
わたしが
『ひとりの人間』として過ごすことを
想い出させてくれる
夫婦で居るのは
気を使う
母と居ても
やっぱり
気を使う
(きっとまだ『良い子でいなきゃ』っておもっているのでしょう…)
(これって
わたしだけでしょうか?……)
子供たちって
どんなにわたしが
喜怒哀楽をストレートに表現しても
変わらない
いろんな意味で……
一時期 息子に対して
『あなたのために言ってるの!』とか
『そんなんじゃ、ろくなオトナにならない!』とか
いかにも……な『常識』を並べて
怒っていたことがあったけれど
それは
わたし自身が
過去
親に押しつけられてきたことで
良い想いは しなかったし
(親と同じことをしている自分に嫌悪感を感じたほど)
それが
『わたしの気持ち』でも
『わたしの意見』でも無いことに気付いてから
わたしが
『嫌な気持ちになるから やめて欲しい』
と 伝えることにした
言い方を変えても
子供たちが『変わる』とは
かぎらないけれど
変わることを『期待する』気持ちが
わたしの中から消えた 気がした
素直に 『どう感じているか』 を
何の怖れもなく 表現できれば
案外
相手の反応は
気にならないものなのかも知れない
わたしが嫌 と感じたことを
『イヤだー! やめて!』 と伝えても
子供たちの反応は
それぞれ
息子は 困り顔をして
やめることも あれば
クセになっていて
やめられないことも ある
娘は そのときの気分で
『ごめんなさい…』 と
シュン……とすることもあれば
『ヤダっ!!』 と
思い切り拒否することも ある
正論を突きつけて
子供たちをねじ伏せることも出来るけれど
(というか 以前はむしろそうしていたけれど)
そこまでして
子供たちの反応や態度を
『変えること』に執着しなくなった
わたしにも
子供たちにも
それぞれの想いがある
どちらかが
どちらかに
必ず従わないといけない
なんてルールは無いし
必要無い
…そう想えるようになったのは
どんなときも
ハッキリ自分の気持ちを表現する娘が
大きく影響してきた
娘は今
『イヤイヤ期』(通称:ヤだもん)ということもあり
驚くほどに自己主張が強くて
わたしが
イライラすることも多い
けれど
だからといって
娘を『嫌い』になることは 無い
そして娘も
そのことを分かっているから
とっても自由に自己主張してくる
そんな娘をみていると
自分の意見を持つこと
素直に伝えることが
『自由』なことであり
そのことによって
嫌われたり
価値がなくなることは無いことを
強く感じられるようになった
だから
わたしが
わたしの気持ちを
素直に伝えても
何かを脅かされることや
奪われることはない
…という安心感へ繋がった
そして
どんなにストレートに気持ちを表現しても
変わらず
『ママ大好き!』と言ってくれる
子供たちの愛の大きさに
わたし自身が
受け止めてもらえる安心感を感じ
その結果
素直であることを
自分自身が
『許せた』からだと想う…
やっと たどり着けた
今 このわたしを 生きよう