明日は、わたしの父の命日です
父が亡くなってから早、3年 ホントに早かった
父の闘病生活 心配で心配で胸が締め付けられ、離れてる父や父を支え看病している家族を思いながら過ごす毎日でした。
亡くなると時が過ぎるのがこうも早いものとは。
TVで外国の方が歌を披露している番組を子供達と見ていると、アメリカの女性が孫が生まれてきてくれたことにありがとうの歌をプレゼントしたいと いきものがかり の ありがとう を歌っているのを見ていると涙があふれだし、子供に見られたくないと こらえました。
そう、父が言った言葉を思い出し・・・。
6年前、父がガンを患い、一年後、再発。 その後は体調も良く、安心したのもつかの間。
次は狭心症で緊急搬送を2回。その内1回は 生死をさまようものでした。
そのせいか、父は外出するのがこわくなり引きこもりに。
そして、アル中になり![]()
父には中学から反抗するようになり、高校生のワタシは父と口をキカナイ。何かと反抗ばかりし、
高校の時は、夜遅くまでバイトし、週末はライブハウス通い。外泊と遊びほうけてました。
母が仲裁に入るほどのケンカも・・・。 社会人になったらもっと好き勝手。
そんなワタシが結婚し、3人目の子供に恵まれた時、父がガンと聞き しかもステージ4 と・・・。
ワタシは何をしたらよいのか、何ができるのか、親孝行の何一つできてないと・・・今までの事をすごく、すごく悔やみ、ゴメンネと泣きながら父に自分がしてきた仕打ちを謝りました。
その時、父がワタシの頭をなでながら言ってくれた言葉が、 「お父さんに こんなカワイイ孫を3人も産んでくれた。それだけで十分、親孝行だよ」と
3○才にして 人目もはばからず大号泣しました。
亡くなった後、母から聞いた話ですが、反抗期だったワタシを父は、信じてくれ とても、とても大きな愛
で受け止め見つめていてくれてました
こんなワタシも母になり、子供達が成長し、反抗期に入った時、間違いを起こした時、親として判断を間違えず子供をちゃんと見つめていられるのかな・・・。