突然ですが、この季節は好きではありません

今でも、忘れたくても忘れられない日が近づいています

今からもう15年前になります。あの頃は私が初めて社会人として働きだした頃で、当時は短大生の彼女とお付き合いしてました。
私は社会人、彼女は学生でしたので、中々会える時間が少なかったけど、毎日夜遅くまで電話でささいなことなどで話しをしていました。(当時は携帯電話など手に入るものではありませんでした。もっぱらポケットベルが支流でしたね)仕事も生き生きと働いていて、なにもかも充実した日々を過ごしていました。
そんなおり、彼女が誕生日で学校も休みだったので、誕生日に合わせて仕事を休んで久々のデートでした。
初のお泊りもあって、翌日もゆっくりとドライブしながら、一日過ごしました。彼女が夜、どうしてもはずせないバイトあって、彼女の家まで送り別れました。(彼女は当時、家庭教師をしていました。)朝まで一緒にいたかったけどイヤイヤ別れました

まさか、これが彼女と最後の別れになるとはつゆ知らず、ルンルンで家へ帰と路に着いたのです・・
自宅で落ち着いていた時、一本の電話が・・
『はい』と電話に出てみました。
その電話は、なんと彼女のお母さんからでした。
彼女に何かあったのか
と不安で一杯でしたが、けどやっぱりこの不安は的中してしまいました。
電話の内容は、彼女が家庭教師を終えて自転車で帰宅中に事故に遭い脳挫傷と大量出血によるショック死だと、お母さんから伝えられました。(後から思いましたが、お母さんも辛いのにわざわざ私の為に電話を下さったのです)

事故の原因が、酒気帯びによるひき逃げでした

当時の私は、この電話で頭が真っ白になり、彼女が運ばれた病院について、霊安室に案内されたんでしょう、(後に看護婦さんからききましたが、ずごく泣きじゃくんでいて、あまり声を掛けられなかったと言われました)白い布に覆われていたのを見て、その時に気づきました。我に帰り彼女の悲惨な姿を・・
長く見ていられませんでした

何故彼女が犠牲に、何故何故と叫ぶだけで、逃げた被疑者を恨みました。その場で少しでも彼女を助けていたら、助かっていたかもしれないのに

被疑者は翌日捕まったそうです。
彼女もう私の前には二度と会うことができません
もっともっと彼女と沢山の思い出を残したかったのに後悔ばかりが残ります
告別式も終わり彼女の両親に引き止められました。お礼を言われ、『〇〇と一緒にいてくれてありがとう、いつも君のことが、食卓の話題に上がるぐらい、〇〇も君とお付き合いが幸せだったのだろうと』この話しを聞いてすごく寂しかった・・
ひとりになってまた泣いた・・
彼女の笑顔、さりげない仕草、怒った顔・・を思い出し、またまた泣いた

あの頃の心境はもういつ彼女の後を追い掛けて彼女に会いたいと自殺まで考えるほど、かなりの落ち込みようでした。
そんな私を見兼ねて彼女の両親に『いい加減にしなさい、あなたがそんなんじゃ〇〇も報われない
〇〇分まであなたが生きてもらって幸せになってほしい』
『死ぬな
』と言われ、はぁ・・と目が覚めました。
あの時の『死ぬな』がなければ、今ここにいなかったと思います。
悲しい現実でしたが、それを受け入れ生きる勇気を彼女の両親に貰いました。
今は、妻と三人の子供に恵まれ幸せに暮らしています。妻には、この出来事は結婚前に話しをしまして、妻は受け入れてくれました。
間もなく命日です
今の幸せを報告に伺います。
長い文章を読んで頂きありがとうございました。
人はいつか死にます
早いか遅いかは解りません。けど、一日一日生きていることに感謝し、辛いこと悲しいこと嬉しいこと生きていれば沢山ありますが、精一杯生きて生きましょう


今でも、忘れたくても忘れられない日が近づいています


今からもう15年前になります。あの頃は私が初めて社会人として働きだした頃で、当時は短大生の彼女とお付き合いしてました。
私は社会人、彼女は学生でしたので、中々会える時間が少なかったけど、毎日夜遅くまで電話でささいなことなどで話しをしていました。(当時は携帯電話など手に入るものではありませんでした。もっぱらポケットベルが支流でしたね)仕事も生き生きと働いていて、なにもかも充実した日々を過ごしていました。
そんなおり、彼女が誕生日で学校も休みだったので、誕生日に合わせて仕事を休んで久々のデートでした。
初のお泊りもあって、翌日もゆっくりとドライブしながら、一日過ごしました。彼女が夜、どうしてもはずせないバイトあって、彼女の家まで送り別れました。(彼女は当時、家庭教師をしていました。)朝まで一緒にいたかったけどイヤイヤ別れました


まさか、これが彼女と最後の別れになるとはつゆ知らず、ルンルンで家へ帰と路に着いたのです・・

自宅で落ち着いていた時、一本の電話が・・
『はい』と電話に出てみました。
その電話は、なんと彼女のお母さんからでした。
彼女に何かあったのか
と不安で一杯でしたが、けどやっぱりこの不安は的中してしまいました。電話の内容は、彼女が家庭教師を終えて自転車で帰宅中に事故に遭い脳挫傷と大量出血によるショック死だと、お母さんから伝えられました。(後から思いましたが、お母さんも辛いのにわざわざ私の為に電話を下さったのです)


事故の原因が、酒気帯びによるひき逃げでした


当時の私は、この電話で頭が真っ白になり、彼女が運ばれた病院について、霊安室に案内されたんでしょう、(後に看護婦さんからききましたが、ずごく泣きじゃくんでいて、あまり声を掛けられなかったと言われました)白い布に覆われていたのを見て、その時に気づきました。我に帰り彼女の悲惨な姿を・・

長く見ていられませんでした


何故彼女が犠牲に、何故何故と叫ぶだけで、逃げた被疑者を恨みました。その場で少しでも彼女を助けていたら、助かっていたかもしれないのに


被疑者は翌日捕まったそうです。
彼女もう私の前には二度と会うことができません
もっともっと彼女と沢山の思い出を残したかったのに後悔ばかりが残ります

告別式も終わり彼女の両親に引き止められました。お礼を言われ、『〇〇と一緒にいてくれてありがとう、いつも君のことが、食卓の話題に上がるぐらい、〇〇も君とお付き合いが幸せだったのだろうと』この話しを聞いてすごく寂しかった・・
ひとりになってまた泣いた・・

彼女の笑顔、さりげない仕草、怒った顔・・を思い出し、またまた泣いた


あの頃の心境はもういつ彼女の後を追い掛けて彼女に会いたいと自殺まで考えるほど、かなりの落ち込みようでした。
そんな私を見兼ねて彼女の両親に『いい加減にしなさい、あなたがそんなんじゃ〇〇も報われない
〇〇分まであなたが生きてもらって幸せになってほしい』『死ぬな
』と言われ、はぁ・・と目が覚めました。あの時の『死ぬな』がなければ、今ここにいなかったと思います。
悲しい現実でしたが、それを受け入れ生きる勇気を彼女の両親に貰いました。
今は、妻と三人の子供に恵まれ幸せに暮らしています。妻には、この出来事は結婚前に話しをしまして、妻は受け入れてくれました。
間もなく命日です

今の幸せを報告に伺います。
長い文章を読んで頂きありがとうございました。
人はいつか死にます

早いか遅いかは解りません。けど、一日一日生きていることに感謝し、辛いこと悲しいこと嬉しいこと生きていれば沢山ありますが、精一杯生きて生きましょう
