夕方17時少し過ぎ。
支店内の電気が一斉に消えました。



計画停電が実施されました。


もともとは15時20分からを予定していた計画停電。
5分前を目安に、本社から指示が出ていた通り、支店内のパソコンを事前に全てシャットダウンし、サ-バ-を落としました。


15時20分を過ぎ、少し待っても停電の様子は無し。


停電しないのかな?
見送りかな?



その後、営業車のラジオの情報で17時から停電になる可能性が高い事がわかりました。

それって、もっとみんなにわかるように伝達できないものなのかな?

17時からかもしれない……
じゃなくて、17時から!と断定してくれたらもっと準備できるのに。


やるかもしれない。
見送りかもしれない。


そんな曖昧な情報がもどかしい。




とりあえず15時20分は見送りになったらしいので、サ-バ-を起動してまたパソコン作業。



そしていよいよ17時前。
再びパソコンを全てシャットダウンし、サ-バ-を落とす。


少しの間、特に変化無し。


また見送り?




と思った瞬間!

一斉に電気が消えました!

夕方17時過ぎ。
こんなに暗いんだな-と初めて感じる。

私の職場は計画停電の第5グル-プに入ります。
第4グル-プまでは朝からずっと見送りだったので、たぶんやらないんじゃないかって思ってました。

本当に停電してびっくりしました。


信号も消えました。
小さな交差点は一時停止して徐行。
大きい交差点はお巡りさんが交通整理に立ってました。


停電は約1時間位で終了。
当たり前にある電気。
無いとこんなに暗いのね。
被災地の方々、こんなに暗い中で過ごしているんだな。早く電力を!。



帰りの車でニュ-スを聞いて、計画停電第5グル-プの中のごく一部だけが実施した事を知りました。


私の個人的な意見では、計画停電は賛成。
それで被災地に電力がまわせるなら継続してやるべきだと思う。
こんな大混乱の中、被害無く日常生活を送れている私達は、そのくらいの協力は当然のこと。


ただ、
計画停電という限りは、
もっと計画性を持って行ってもらえるとありがたい。

やるならやる!


そうしてくれればいいのに。


そして、今回JRに感服!
すごいね、JR(他鉄道各社)。

全線運休とか、
たぶんすごい大打撃だろうに、そんな決断を速やかに行ったJR。

その運休の為に被災地にどれだけの電力を供給できただろう。
たくさんの人々の交通に支障が出たとは思うけど、たくさんの人の命が救われたかもしれない。


私はJRを(だけじゃなくて鉄道各社を)尊敬します。

私にできる協力って何だろう。


あっ!
そういえば。


今日会社で、朝から丸一日空調が切ってありました。
寒いな-とは思ったけど、節電に協力しようと我慢。
だぁ-れも「寒い!」と文句を言う人がいませんでした。JRと共に、うちの支店の人達も尊敬。


小さな事でもみんなで協力すると大きな力になるかもしれませんね。


被災地の方々、みんなで応援しています。
地震すごかったですね。


私の兄は仕事で岩手県に住んでいます。
地震後1時間位で奥さんと連絡を取り、家族3人一緒にいるが、兄だけ連絡も取れない。停電で状況もよくわからず家にも入れず……と、若干パニック状態でしたが、それが第一報。

その後は携帯もつながらなくなり、私は仕事を終えて帰宅後、テレビで中継を見て呆然。こんな悲惨な……。
まるで現実の映像とは思えないような光景。
津波の恐ろしさ、地震後の火災の恐ろしさに言葉が出ない。


ひたすら連絡を入れても全く電話が通じない現地。
安否確認の方法をとってもわからず。

夜通しテレビ前に張りつき、ネットで情報収集をしました。


この時、一番役立ったのはツイッタ-でした。
現地からツイ-トしてくれる人。
現地と連絡が取れてわかった情報をツイ-トしてくれる人。

ツイッタ-によって、兄の住む地区が建物倒壊がほとんど無く、人的被害も少ないとの情報を得て少し安心する事ができました。
でも、電気ガス水道のライフラインが全滅した中で夜を越すのはとても大変だったと思います。


朝を迎えても連絡は取れず、丸一日ずっとツイッタ-で岩手県の情報を確認。
兄の会社の本社に電話をし、安否確認だけ知りたいとお願いしましたが、もちろん本社からも現地に連絡がとれず不明との事。


午後になって奥さんと再び連絡が取れ、兄の無事は確認できたとの事。でも会社の復旧に行かなくてはならず昨夜離れ、その後は音信不通との事。停電の為、携帯の充電ができずあまり話せませんでした。
これが第二報。


とにかく無事の確認が取れ少し落ち着きました。


その後、22時頃になりやっと兄本人と電話がつながり母も安堵。その頃から兄の地区は電気も復旧したそうです。


今回ツイッタ-に本当に助けられました。現地と全く連絡が付かない中、

「同じ地区の人と連絡が取れて無事でした!」

のツイ-トを見るだけで、それがたとえ他の人の事でもかなり気持ちが落ち着きます。

現地の人も大変な中、状況をツイ-トしてくれたりし、テレビで中継しない地区の情報を得る事ができました。


ツイッタ-教えてもらって本当によかった。


私が連絡を取った地区の人でも、まだ現地と連絡を取れなくて不安に待って、情報を欲しがっている人もたくさんいます。
得た情報をツイ-トしてみんなで共有できるように、協力できればと思います。

兄の地区は沿岸部に比べれば被害の少ない所でしたが、テレビで中継されているような壊滅的被害の地区も多々あり、何度見ても胸が痛みます。
不安で眠れない夜を過ごした人もたくさんいますね。

津波から逃げて助かった女性が

「家も何もかも無くなったけど、ただ生きててよかった」

と言ってました。

本当に生きててよかった。

余震も続く中、これからがまだ大変だとは思いますが、被災地のかた、どうか希望を捨てずに諦めないで下さい。
ライフラインの迅速な復旧と、援助物資等も早く届けられるように交通網の復旧を願います。


私が兄を思ったように、家族知人はみんな同じように思っているはずです。

「生きててくれさえすればそれでいい」
最終日。

前日の大雪のせいで道が心配なガイドさんの提案により、ロビ-集合が30分繰りあがり、結局海岸の散歩はできず……

まぁ寒いしね。



夜のうちにス-ツケ-スに荷物を詰め込んでおく。

大きいス-ツケ-ス持ってきて、半分あいてたはずなのに、すでにもうパンパン。蓋をしてみてお尻でヒップアタック気味に上から座って無理矢理閉めました!


ホテルから空港に向かう途中、最後のお土産屋さんに寄りました。


お土産にたくさん買って帰りたかった韓国海苔は、ス-パ-で試しに1個買っただけだったので、ココで山盛りにお買い上げ。
小さいパック海苔が20個入ったセット×6セット。
↑
5セット買うと1セットおまけ。
全部同じだとつまんないから、違う種類混ぜてもおまけ付けてね!と、無理矢理交渉成立。


あとはふりかけ海苔。

キムチも美味しかったけど、今回は辞めておきました。


とりあえず海苔を買い込み、残ってたウォンを無事全部使い切り、足りない分を円で支払い。

良し!ウォン残さず上手にお買物グッド!


お店で辛ラ-メンのお土産をもらってルンルンで空港へ向かいます。


ご紹介忘れてましたが釜山の空港は金海空港といいます。←読み方忘れた


だいぶ早めに空港到着。
チェックインを済ませ、荷物を預けて出国手続き。

出国手続き待ってる時、
「チョンジュノ※※※※※」
って3回位アナウンス流れてました。たぶん何かでお客様を呼び出してる感じ?

チョンジュノ


チョンジュノが空港に




まさかね………
しかも呼ばれないよね……


と、若干気に掛かりつつスル-。
あれって同姓同名だったのかな。


出国手続き済ませたら、中には思ってたより免税店が広くありました。

そこで最後のお土産選びでお菓子を少しと、チマチョゴリ熊のストラップ、をお買い上げ。


あとは搭乗ゲ-ト前でお茶しながら優雅に待っていようと、テイクアウトのカフェでジュ-スを買いました。





はい!そこでプチ事件!!


ジュ-ス2つ買って千円札を渡す。


店員「お釣ウォンです。いいですか?」






ガビ-ン(_´Д`)ノ






せっかくウォン使いきったのに、まさか最後の最後にウォンが戻ってくるなんて


しかも「嫌です!」

( ̄^ ̄)





とか言えないじゃ-ん……



私「はい………」
(~ヘ~;)



という訳で、ウォンが手元に残りました。



でもね!
失敗した~って思ったけど、大どんでん返しが待っていたのです。


飛行機乗って、もう日本に到着する少し前、専用封筒にウォンを入れてCAさんに渡すと、貧しい国の子供達の為に寄付してくれるというCMが機内で流れました!

コレだ-



うん
最後にイイ事できました。

ソウルも大好きだけど、釜山3泊4日も楽しかった-