伊予灘に浮かぶ島「二神島」の宗家二神氏が古来より収集した作品が興味深いのでブログ展示していきたいと思います。
記念すべき第一回目は林千兵衛直温(1801~1865)の墨画です。タイトル「避暑楼」墨画には戊申六月とあるので嘉永元年(1848)6月に書かれた物です。
どうも倉橋島の何処かの風景を描いているのではないでしょうか?
なぜ、この墨画を第一回目に取り上げたかと申しますと、当時から西瀬戸内海文化圏があったことを検証する上で素性が見えている人の貴重な作品と考えるからです。
林直温は二神島近くの倉橋島の人で、俳諧の師広島藩士飯田篤老の有力門人として俳諧作品「厳島奉納集第一巻~第三巻」作成に倉橋島の俳句結社倉橋連のリーダーとして深く関わった人です。
直温は俳号「也藾」(やらい)。屋号は材木屋。別に六湾・三品・恭斎とも号した、直温の所には藩儒、俳諧宗匠等文化人の来訪が相次いだという、彼は多能であり自らも「詩に歌に絵に俳諧に冬籠り」と吟じています。
二神島は松山市に属しており明治期に「俳句誌ほととぎす」を創刊した柳原極堂の父の故郷でもあります、かの正岡子規も友人として訪れた島でもあり一連の所蔵品の中には関係文書もありました。
直温 俳号「也藾」の句
初花の海となりけり厳しま
日のすちの外や餘(あまり)寒の大鳥居
碁の音に狐も来るや春の雨
はつ東風に厩(うまや)のいきり匂鳧(においけり)
生れ子の二三日して衣かへ
定りて竹には竹のしくれかな
飼霍を一日はなす冬至ナリ
わか葉山鴉(からす)をつかう神の有
何と幕末とは我々が想像しているよりのんびりした風景もあちこちで見られたようです。
直温の兄、林専助直明(1794~(1822)が夭折した為家督を継ぎ材木屋、酒造業を営んだ。 現在の倉橋島 林酒造さんが末裔ではないでしょうか?確認はしていませんが!
二神宗家が収集した作品はこの時代の「作品」が多く深い関わりを感じてなりません。
ま、何は共わず宗家二神氏が古来より収集した作品をブログ展示していきますので当時の文化の深さをご堪能下さい。
林 直温 墨画
林 直温 落款 UP
記事は「厳島奉納集(初編~三編)寸見 朝倉 尚先生の論文を参考に書いています。

