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パリ生活のご報告

Joyeux Noel!!!(メリークリスマス!)

フランスのクリスマスは日本と同じく24日に始まる。


24日はランチからクリスマスぽい飾り付けをしたテーブルで皆で頂き、夕方になるとパウンドケーキっぽい軽くおなかに溜まるものを食べる。

そして夜8時くらいから教会のクリスマスミサに参加。


9時半くらいに帰宅し、子供たちが朝から待ちに待っていたプレゼントタイム!

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ママの掛け声と同時に、子供たちが叫びながら階段に殺到。

居間にはラッピングが散乱し、子供たちの歓声とキスの嵐。

お腹空いてたはずが、興奮で忘れてるし()

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子供たちのベッドタイムをとっくに過ぎた10時過ぎにやっとディナーがスタート。

クリスマスイブは特別待遇だ。

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おネエたまの喜び声&IYちゃんの悲鳴が聞こえてきそうな、生ガキが前菜とは知らずに言われるがままに6個ぐらい食べて、ワインも飲んだら、結構お腹いっぱい。

が、その後パスタやらメインが出てきて、さらにチーズ、そしてデザートと超大量の豪華料理が続いた。夜中までには、お腹はパンパンで写真も撮るの忘れた…

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でも、実は25日のランチがメインのクリスマスディナーだった。

手作りフォアグラのパテとチキンが出て、ポテトグラタンとか、またチーズ、デザートと続きます…。食後にはコーヒーとチョコレート。

みんな、さっきデザート食べてたよね???どんだけ食べるんだ???


今日は完食最初から諦め、でもワインはあまりに美味しかったので遠慮なく進められるがままに飲み続け()、食べ物を少量づつ頂く方法に切り替え、何とか全部美味しく味わいました。




癖でつい言ってしまう「いただきます」はすでに一家の中に浸透させたけど、今日は「ご馳走様でした」を説明して、思わずキリストにご馳走様!って気分でした(笑)。



長時間の列車旅に疲れ切って、翌朝は遅めに起きて窓開けたらビックリ!

何この庭???ベルサイユ?

実家には子供たちが多すぎて入りきらないので、親戚の叔父さんの別荘にステイするとは聞いてたけど、もしかして超金持ち?

90歳の大台を優に超えているらしい伯父さんは、その昔戦争で(たぶん世界二次とか?)活躍した英雄らしく、家にはシラク元大統領に表彰されている写真やら、色々な賞状があった。

しかも中には日本軍の占領下だったシンガポールを解放した時の表彰状も!ごめんなさいー。


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興奮している私に、ママが一言。

「近くに叔母さんのお城もあるけど、綺麗よ!でも、うちの実家は普通だから(笑)。」


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真ん中の、庭に赤いゴーカートが乗り捨てられている家が実家。

冬と夏で部屋を使い分けてるらしい。確かに寒い。


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そして家の近くにあるカステルノー城。地球の歩き方に載ってるのを見せたら、大興奮。

日本でも有名だわ!だって(笑)。


田舎にはあまり若者はいないみたい。やっぱりどこの国も一緒なのかな。

ちなみに伯父さんの子供たちは、ママたちと歳が近いみたいだけど、大人になってからは疎遠みたい。

レベルが下だから付き合えないって感じらしい。


裕福なのに、心が貧しいなんて、人生楽しいのかな?


ママの家族は真逆で、暖かい家族で良かった:)

クリスマスを、皆が一足先に行ってるぺリゴール地方のママの実家で過ごすため、一人で南西に向かうためにオーステリッツ駅(?)に行き、フランスに来ちゃった・・・と実感。

掲示板にははっきりと“2時間の遅延”。不安がよぎり、Cafeに入ろうとしたけど満員。最初の1時間は寒いホームで待つ人の中に混じって、待機。次の1時間は寒さに耐えられず、キヨスクみたいな店の中で立ち読み。

で、結論は本来到着予定だった6時過ぎにやっとパリを出発。着いたのは、6時間遅れの夜中の12時。


それでも私はラッキーなほうで、私が降りた駅で電車はストップし、本来の目的地まで行くかどうかをその後検討することになったらしい。

クリスマス休暇で帰省する人でごった返しているのに、あり得ない。


でも駅では英語全く通じないし、アナウンスもすべてフランス語のみだから、本当に焦った。

フランス人も遅延の理由は分からないらしいけど、その後聞いたら、どうやら2日前にあった事故の復旧作業と雪のせい?(そんなに降ってなかったけど…)だったらしい。

しかも翌日からクリスマスだからか、列車の運行を休止しちゃったみたい。


ある意味ラッキーだったのかもだけど、真剣にフランス語をやんなきゃと危機感を初めて感じた体験でした。

クリスマスのご報告はまた!


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