あの恐ろしい地震からかなりの時間が流れ・・・・ようやくブログを書く私。
ここは被災地とは比べ物にならない程度の被害ではあるけど、あんな大きな地震、この場所でも怖かった。
3月の後半は色んな行事が次々とキャンセルになってお稽古事や幼稚園準備のための体験保育とかとにかく全てなくなった。
放射能のこともあって、子供たちや妊婦の私を心配してくれた私の祖父母や叔母たちの元へ10日間弱避難?
した時間もあって。
それでも無期限で家をあけるわけにもいかず、先があんまりみえない毎日を脱出すべく東京に戻ってから1週間以上過ぎた。
振り返ると、地震がおきた日はお昼近くに子供たちを連れて買い物にいこうと駅の方へ、母と待ち合わせてでかけていた。
とにかく玲ちゃんもダドゥも機嫌が悪い日で二人とも外でも落ち着かない様子。
何かを案じていたのか??
ランチして本屋さんいって。。。なんか楽しいことしても機嫌の悪い二人。
それからその日はダドゥのオムツがない!!と思い、西友によってオムツかって・・・そのときに玲ちゃんは西友のカートで寝てしまったからベビーカーに座るダドゥと交代させよう・・・なんてやってるときに揺れがやってきたよ。あの揺れ・・・地震だ!!って思ってからどんどん強くなるし、あんまり揺れるから建物からとりあえず出たけどどんどんどんどん強くなる・・・・
怖い!!どうしよう!!このまままわりのガラスが飛び散ったり、地面が割れたり・・・するんじゃないの?
そんな不安も短い時間の間に私の頭によぎった。
私はとにかくベビーカーから降ろした状態だったダドゥをかかえてうずくまるしか出来ず。
玲ちゃんはベビーカーでナニゴトもおきてないかのようにスヤスヤ寝ていた。
その姿うらやましき。
母と私は揺れが止まった後もかなり動揺していたし、街中、建物から飛び出してきた人で溢れかえっていた。
帰り道もスタバに寄ろうか?なんて寄ろうとしていたらまた余震!!
そんな呑気なことはしてられなくなって、身体も疲れて、うちに戻ったけど、エレベーターとまってた。
結局、実家のほうへ帰ることに。
その夜も緊急地震速報で携帯はなり続けるし、ダンナ様は帰宅困難者みたいな状態で、夜中に自宅へ帰れた。
弟は自宅へ帰れず実家に夜中に徒歩で帰宅した。
ちなみに父は大阪に出張中。
みーんな携帯がつながりにくくてお互い心配したね。
あの日からもうすぐ1ヶ月。
毎日テレビの前にはりつくしかできない日々も続いたり、計画停電の話にふりまわされたり・・・
緊急地震速報の音に恐れ続ける私もいたり。
東北の被災地の人たちを考えると、私が恐いとか大変とか言える立場ではないことは確か。
もっともっと大変な毎日をいまだに続けている人たちが大勢日本にはまだいることも・・・わかっている。
今回の地震は本当に心が痛むことの連続。
そんな気持ちで3月が過ぎて今は4月。
来週には玲ちゃんの幼稚園もいよいよ予定通り入園式がある。
ダドゥのプレもはじまる。
お休みになっていた玲ちゃんのヤマハもこの間の日曜日に日程が変更されてラストを無事赤りんごクラスの最後が出来たね。
2年間頑張れたヤマハ。後半、なんだか落ち着きない状態でクラスをうけていた玲ちゃんだったけど。笑。
でも楽しく遊べるお友達にも出会えた場所でした。
先週、妊婦健診も行ってきてあと数日で8ヶ月目に突入!!
ここに至るまでベビちゃんの性別もわからない・・・まぁよくみえないし、らしきものも見えないからオンナノコかな?と過去数回先生に言われていた。
まわりもオンナノコだね、きっと・・・と。
私もダンナ様もオンナノコだとほぼ思いこんでいたよ。
でも!!
先週の健診で「男の子です!!」とはっきり男の子のシンボルがエコーで見えました!!
私があまりにも驚いて先生に聞き返すもんだから先生も証拠写真ね、ということでエコーの写真もくれました。
これはかなりビックリしたけど、それはまた楽しみ。
どんな兄弟になるのかな、我が家のキッズは。