武士のなかで礼法や作法が重要視されたのは
社会生活を円滑に送るために規律を守る責任が
あったからだそうです。

今の世の中と変わらない事。

先日、小笠原流礼法の本を少し読ませて頂き
ごく当たり前のようだけれどなかなか難しい
食事の作法について書いてあったので記述したいと思います。


和食の作法


「箸先五分、長くて一寸」


食事に関しては様々な礼法が存在するけれども
大切なのは

「相手の食べるスピードや相手の気持ちに合わせて
食事を進めることが最も大切」


納得である。

その中で、最低限守りたいことに先ほど書いた

「箸先五分、長くて一寸」
(箸の先は1.5cm 長くても3cm)

を使うということが書いてありました。
なぜ?というと正しい箸の使い方をして
このことを意識すると口元や箸先を
多く汚すことなく、かつ大口で食べたりすることが
なくなるとのこと。

またこのような事を意識して食べることで
食事をガッつく事がなくなり、心に余裕が出来る。

正しい箸使いは感謝の気持ちを表すことにもなる

とのこと。


僕はガツガツ食べるタイプなので反省である。

ラーメンとかを食べるときには難しいけれど

一度、食事の際に心がけてみるとよくわかります。

意外と3cm以上汚れてしまう・・・。
仁とは「人を思いやる心」それは「愛情」「友情」などなど
形は様々。武士道の中でこの「仁」は重要視される。
以前、「蛍の約束」の話でふれた「義」。

「義」とは以前の述べたとおり簡単に説明すると

「自分自身の打算や損得から離れた正しい行い。」

この「義」を実践するためには「仁」が大切。
人を思いやる心というのはとても大切だと言うこと。

僕自身の考える人に対する思いやりは

「己の欲せざることは人に施すなかれ」(論語)

ですね。意味は

「自分がして欲しくないことは、人にはしない」

人の気持ちはそれぞれ、だから自分の気持ちに置きかえて

言動をする。

「人を思いやることが出来てこそ本当の正しい行いが出来る。」

なかなか自分の事じゃなくて人のことを考えて行動するって・・・

今の時代、なかなか見られないよね。反省反省です。

そもそも武士道とは何か?

自分が書き記す上で一番大切なことを忘れていました。

学問には分類があります。国語、算数、理科、社会、体育などなど…。

私の中の分類は

武士道とは道徳学。

かつて「武士道」を書いた新渡戸稲造さんはキリスト教徒。

世界に出た新渡戸さんは外国の方に質問をされます。

「日本国の宗教は?」

すると新渡戸さんは

「国の宗教はない」

と答えます。すると外国の方は

「では、どのように道徳心を教えるのか?」

と。新渡戸さんは

「日本人には武士道というものがある」

と…実は僕もスペインで同じことを聞かれました。
もち新渡戸さんの真似しましたけどね。


現代の日本人は全体的には無宗教に見えますが、

神様 仏様だけでなくクリスマスとかの他宗教の行事もしたり…寛容な民族。

実は生活の中にはたくさんの武士道的な風習が残っています。

海外では宗教は道徳学

いままで日本人は道徳として「武士道」を生活の中で自然と学んでいた。

しかしながら少しずつその考え方は衰退してきた。

習わなければ消えていくのが学問。

でも世界からみると日本人の精神は素晴らしい。
武士道というのは様々な考え方の良いところを取り入れながら、常に生と死を考え行動するための主幹となる道徳学。

少しでも後世に残すことと、自分自身の戒めのためにも書き綴りたいと思います。