がん患者さんあるあるのエピソードとして思い浮かぶことひとつ。

 

ちょっと値の張った服飾品や電気製品、インテリア、などなど比較的長く愛用するであろう物に心ひかれたとする。

 

「あ!いいね~」と一瞬、買う気になるも、すぐに心をよぎる次の心情。

 

「でもなぁ、この先いつまで生きるかわからないのに、今買っちゃうのもどうなんかなぁ…」

 

こういう心情って倹約的合理精神とでもいうものなのだろうか?

はたまた寂しく、わびしいもの?

 

これと似たようなことで、最近思ったことがありました。

 

インターネットやSNSに没頭していると、日々、色んな情報に出会います。

 

思わずよだれが垂れてしまうようなお料理が頂けるお店情報。

 

ステキなお宿に美しい景観をのぞめるトラベル情報。

 

偉人たちや、現代のいかした人々が発信する、心にとどめておきたい言葉や、動画の数々。

 

毎日、ネット世界で遊んでいると、無數のステキなものに(中には胸塞ぐような言葉もありますが…)出会えちゃうのですよねぇ。

 

そうすると、すかさず、もう本能的に、指はブックマークボタンを押して、それらを保存してしまう。

 

それこそ、この先行けるかどうか、食べられるかどうかもわからないのに、「もしかしたらまだまだいけるかも?」なんて淡い期待を抱いてしまったりして…。

 

ひと月ほど前に瀕死の状態で入院した当初は、明日、自分が生きているかどうかもわからず、ブックマークどころではなかった。

 

けれど最近は、体調も比較的安定。

それに伴いメンタルもだいぶ明るい方を見られるようになってきたようなのです。

 

やたら「ポチポチポチポチ…」とボタンを押し続けている。

これは生命力が少しばかり蘇ってきたというあらわれなのかしらん。

 

そこで、病院の先生たちとも相談し、退院してみることにしました。

なかなかチャレンジングではありますが…。

 

でも、体が穏やかさを保っている今が最後のチャンスなのじゃないかなぁ、などと思ったりして…。

 

まだ心に残っていた「やりたいこと」をやってみたい、そんな思いがふつふつとわきおこってきた次第です。

 

なにしろ1か月以上、ほとんどベッドの上で過ごしていたし、ごはんもろくに食べられなかった。

 

そのため体はよわよわ。ちょっと歩くのも息が切れる始末です。

 

もしかしたら思い浮かべる「楽しい外出」などは叶わないかもしれない。

 

けれども、それはそれでいいじゃないか。

 

夫婦ふたりで束の間の、ささやかなふたり暮らしができればそれでいいじゃないか。

 

今、無理せず様子を見ながら、在宅療養に向け準備をしております。

 

やはり無理だ、となった場合はまた病院に戻れる、とのことでしたので、安心しつつも、ちょっと(かなり)不安ではありますが、この心地よい巣から、おそるおそる外の世界へ出てみたいと思います。

 

先のことを考えてあきらめてみるのも、ひとつの生き方。

自分を救う道かもしれない。

 

けれど、ブックマークできる気持ちがあるなら、「今」だけに焦点をあてて生きてみる、ってのもまた善き哉…

 

桜さん、また会えるかな?

会えるといいなぁ

遠くから見守っていてね…😊🌸

 

 

先日の雪の日に撮った桜さん

雪をかぶりながらも凛と立ってらっしゃいました。

 

蕾のついた小枝が日に日に空に向かって伸びています。

その力強さときたら、圧倒されますね。

 

この病室にいた日々、私は確実に桜さんから力をいただいていた、と思っています。

 

 

フリーハンドで描いた絵のように

なにものにもとらわれずに

桜さんのリズムで成長していく小枝たち。

 

考えてみれば、これほどまで、一本の桜の樹を見続けた日々はありませんでした。

毎日、飽くことなく眺めていましたね。

 

見ているうちに、思いがけず小枝の線と線が繋がって、突如絵が浮かび上がってきたりすることがあるんです。

 

今日は胸の谷間が見えるワンショルダーのワンピースを着た女性を発見。(幻覚か?)

 

じっと見ていると、何かしらあらわれてくるのですよねぇ。

 

古代の人々もそうやって夜空を眺めているうちに星座を見つけたのもしれないなぁ。

 

要するに彼らと私の共通点は暇だ、ってことか…😅