こんにちは。


仕事がらみのことなのですが、もどかしいほどに事態が進まず、どんよりと停滞していることがあります。

それは私にとって、とても重要な懸案で、一日もはやく先に進めたいのですが、先方の担当者さんから 「ごめん、もうちょっとだけ待ってて」 と言われ待つこと早一ヶ月半。 

ええ。 待ちますとも。 慌てるなんとか貰いが少ないと言いますからね。 と余裕の待ちモードだった私ですが、いい加減、ここのところジリジリし始めています。 なんていったって、今の私にとって、ひっじょーーに大切なことなのですよおお。 


と、イラ立ち、グチの一つもこぼし、ふてくされた態度に出るのは簡単であーーーる。 というか、そうしたーーーい! だいたい、これまでの私であれば、間違いなくそうしていましたね。 でも、私は決めたのです。 過去の悪いクセを少しずつでも断ち切っていこうって。 さぁ、ここが踏んばりどころ。 ぐっと我慢。

おだやかな心を保ち、グチなんてもってのほか、春風のように埃っぽく、じゃなくて清々しい態度を保つのだ!!と自分にカツ!! 

そして一言 「最終的に天はベストな結果を与えてくれるのだから、大舟に乗った気分で行こう!」 と無理やり自分に言い聞かせてます。 いや、無理やりっていうのもいけないね。  心から。 ホントに心からそう信じましょう。


さて、どんな結果がふってくるのでしょう。

のんびりね、こんな感じで。



茶ねこ


2002年製作の 「アカルイミライ」 をスカパでやっていたので見ることに。 

日本映画にはあまりココロ魅かれないことが多いのですが、オダギリジョー、浅野忠信、藤竜也というキャストにて、見てみることにしました。

マイナスの感想をいろいろ書こうと思えば書けるにしても、最終的に 「うん、なんか面白かった」 と締めくくれる一本でした。 それもこれも、独特の空気がちゃんと流れてたからだと思います。 映画だけではないけれど、独自であるっていうことが何よりも人をひきつけるんだろうな。


そもそも、人間は外見および中身はたまたテイストや動作などなどがまったくもってウリふたつ!ってケースはないのだから、その意味で、全員が「独自」なんです。


なんだけど、学校で、職場で、ご近所で、目立つ個性は敵対されがちなこの世界。


だからこそ、意識して、自分らしさを殺さないように今日も行くのデス。



今日は風が強い。 春という気にさせる、生ぬるくて埃っぽい風。


 みんです 


年始のあいさつをしていたのはついこの間のような気がするのに、もう春が一進一退。

後楽園にある 「水戸光圀公ゆかりの小石川後楽園」という公園の梅林に行ってきました。 

うめ

狂い咲くさくらとは対照的にポチポチと花をつける梅。 紅梅の濃いピンクがとても可愛らしい。。。。。のですが、ホントに人が多い! 人をかきわけないと歩けないほどの盛況っぷり。 

そして絶叫ホラー型悲鳴が頭上からふってきて、空をみあげると、後楽園遊園地のジェットコースターが空中三回転をしていました。

「ええい、頭が高い!!!」 って感じですね。 水戸黄門さま風に言うと。




三月は別れの月。

私の職場も、今月かぎりで退職をしていく仲間たちが多い。

自分の意思でというよりは半分リストラの圧力に背中を押されつつ。。。という人も少なくなくて、そういう胸中を聞くのはさみしい気持ちになりますね。 言葉で、そして心のなかで、卒業していく同僚たちにエールを送ろう! と思ってます。

「変化」 ってすばらしい。 この世の多くのものは、ほとんどは、目に見えるものも見えないものも、常に変化の連続。 この事実に気づいたときのわたしは、全くもって幸せな気持ちにつつまれたものです。


だって。 いやなことも、つらいことも、変化する以上、いつかは終わるってことだもん。
裏をかえせば、素晴らしい瞬間もいつまでも続かないってことですが、それも。。。オーケーですよ。 そうであれば、消えてしまうまえに、その幸せをしっかり堪能すればいいのですからねぇ。。。 


四月、どんな出会いがあるだろう。



わたしは 「シンクロニシティ」 にいつもアンテナを立てています。ピピピ。

シンクロニシティというのは、ある一つのことについて、関連することが連鎖的に起こるような状況のこと。 

ありがちなのは、○○さんに久しぶりに電話してみようかなーと考えていたら、その人から連絡がはいった!というような。


シンクロは、わたしにとっての道しるべです。

シンクロが起きたことは 「それはあなたにとってオッケーなことですよ」 というスピリチュアルな世界からのサインだと取るようにしているのですね。

最近、印象的なシンクロニシティがありました。

私はできるだけ寝る前にメディテーション(瞑想)をするようにしているのですが、自己流であるせいか、なかなかスッと満足のいくメディテーションができないな。。。。と思い、ある瞑想会に参加してみることにしました。

この会は、スピリチュアルな関連の本を書いたり、瞑想会や勉強会を主催している、とある女性が実施しているもので、出席者全員(30人くらい) で一斉に瞑想をするというもの。 この瞑想会では、私自身、ものすごーく集中できて、それ自体大満足だったのですが、それよりも、とても印象的なことがありました。


瞑想の後半で、主催者の女性がチーンとなにやら音を鳴らしたのです。 何度も、何度も。 

私は、その音が鳴りひびいた瞬間、すごくココロが震えるような感じにつつまれて、涙がボロボロとすごい勢いで流れはじめたのです。

悲しいとか、感動したとか、嬉しいとか、そういう気持ちの次に来た涙ではなく、ただただ涙がとまらないという体験でした。 なんかこう、雨が降りだしてやがて止んでいくというような。

チーンの響きもやんで、瞑想が終わり、会がおひらきになって、家に帰る道すがら、一体あの音はなんだったのだろう???と頭から離れず、さっそく、家に帰ってから調べてみました。


それは 「チベッタンベル」 であったことが判明。 すなわち、チベットのラマ僧の法具で、場やオーラを浄化する作用があるものなのだそうです。

「ふーん、チベットの法具か。。。あ、チベットといえば、チベット仏教の学校、どうなったの?」

と、私はすぐそこにいる家族に声をかけました。

彼はかつて、都内にあるチベット仏教を学ぶことのできる学校で週に一度、講座を聴きに行っていたのですが、最後に行ってからもうかれこれ一年は経っていたのでした。

「あれねー、内容が難しくてちょっとよく分からないんだよねー」 とノンキに答える彼。
「ふーん」と私。
「なんで急にそんなこと言い出すの?」
「べつにー」

そしてその午後。


「およーー」 と彼。

「なに?」
「チベット仏教の学校から、チラシが来たよ」
「えー?」

というシンクロでした。

これもなにかの縁だなーと、来週行なわれる法要に参加してみようかな、なんて思っています。








わたしは、夢をかなり鮮明に覚えている方です。
夢日記をつけはじめて、早2年。 「夢」 はわたしの趣味。
夢が趣味っていうのは変だけど。。。

私の夢ライフはこんな感じ。 朝起きて、正確には、まだ横になって
いる状態で、つい今しがたまで浸かっていた夢の世界を意識を集中
して思いだします。

で、起きあがるとすぐ、夢日記ノートに内容を書きとめます。

(そうしないと、よっぽど強烈な夢でないかぎり、結構簡単に映像が
 うすれはじめてしまうのです)

で。ここからが楽しい (内容によっては神妙な) 時間です。

愛用しているマドモアゼル・愛さんの「あなたの夢でわかるあなたの
運命」の本を参照したりしつつ、夢分析をします。これが楽しい!

夢は本当にさまざまで。。。。まばゆいキラメキと暖かさにあふれる
幸せな夢から、眉間にシワで目を覚まさせてくれるニガイ夢、はた
また、夢の中で大爆笑、でそのまま「ワッハッハ。。。」と笑い声を
エコーさせながらおきる朝も。。。。

さて、今朝の夢です。



スパイである私は、さまざまな施設または基地またはコンサート
ホールなどに侵入&潜伏し、幻の石像を捜し求めていました。


が!

最後の最後でブルース・ウィリスに石像を横からかっさわれると
いう、あまりにもハリウッドチックなストーリー。 フェリーから半身
を出して、「じゃあねぇ」とご機嫌に去っていくウィリス。。。。
その手の中にはあの幻の仏像が。。。。

そんなヒーローっぷりに「いっつもおいしいところばかり、とってくん
だよね。。。」としらける私。

そして、しらけた気分で目覚めた朝でした。ふん。
   *実はウィリスファンですが。


こんな夢ですが、起きてから分析してみると、ここのところ私生活で
モヤモヤしているココロの迷いと微妙にリンクしていることを発見。 

夢。。。。ステキです。

いつも私という人間をもっとも理解してくれて、思いもよらないアドバ
イスや励ましや優しさや戒めを送ってくれる夢は、私のココロのオアシス。




マドモアゼル愛
「あなたの夢」でわかるあなたの運命