本ブログにはネタバレ要素が含まれています。映画の視聴後、原作の読了後の閲覧を推奨します。

上記に当てはまる方、またはネタバレ感想に耐性がある方はどうぞ。

細かい説明などは省いているため、設定として不明な点は公式サイトをご覧下さい。






 率直に言うと、まずは美しいの一言に尽きる。

主演の小松菜奈(役名 高林茉莉)は涙を流すシーンが多かったがそのどれもが美しく感情が込められていた。特に印象に残ったのが茉莉が真部和人(坂口健太郎)との旅行から帰宅後、そのままキッチンにいる母の元へと行き母親に赤裸々な思いを告白するシーンだ。

母と娘の関係性がそのシーンから深く読み取れる。

台詞の一つ一つまで確かな意味が込められており、この映画を最初からじっくりと見たからこそすべてが理解できるようになる仕組みである。

このシーンにて、2人の話を聞いていた父親がそっと涙を流すのも印象的だった。


印象に残ったシーンは多くあるが、1番は上記のものだ。人により千差万別だとは思うが誰もが自分に重ねてしまうシーンがこの映画には存在する。



次に私が語りたいのはビデオカメラで役者自身が撮影した映像を流すシーン。

同室だった女性(冒頭で亡くなり、葬式のシーンがある。)から引き継いだビデオカメラで茉莉が「いいなと思ったものを撮る」と語ったように、様々な日常風景や景色などがそのビデオカメラに収められている。


その女性の葬式会場にある桜の木から始まり、退院のシーン、家までの道のりの車の中、2年ぶりに帰る我が家、同窓会のために中学時代ぶりに訪れた街での父親茉莉は沢山のものを写している。

その中でも伏線となっていくのが、同窓会後の和人と茉莉が桜の並木道を歩くシーンで回されていたビデオ。(撮影地は東京都板橋区「石神井川桜並木」と思われる。)

風が強く吹いた瞬間に背を丸める2人、スローモーションになり、茉莉、和人、桜の花びらが順番に映される。

(どのような伏線かはこのブログを読み進めていって欲しい…)


主演の2人だけではなく、他のキャストも実に素晴らしいと感じた。

山田裕貴、奈緒の友人として登場するふたりはもちろん(この2人は後にカップルになるが、お揃いのブレスレットをつけているシーンなど割と細かく描写されていて細部まで手を抜かないところにこだわりを感じた。)、茉莉の大学時代の友人として登場する3人や茉莉の両親、姉。


それぞれが素晴らしい演技を披露するが中でも注目したいのは井口理だろう。

知っている人が殆どだと思うが、彼はKing Gnuのボーカルとキーボードを担当しており、最近俳優としての頭角を現し始めた。

登場していた時間は短いが、まるで本当にその人物が存在していて日常を送っているように思わせる演技がとても上手い役者だと感じる。


これは持論だが、映画やドラマなどの演劇の主演以外のキャストは、ただ演技が上手いだけでは見ているものを魅了できないと私は考えている。(そもそも演技が上手い役者なんてごまんと居る。そこにどのような相乗効果が合わさるかが全てである。)その場限りで素晴らしい演技をしても、その演技に一人の人間としての自然さが無ければ違和感を抱いてしまう。

その人物のただの日常の中のワンシーンを切り取っただけと思わせられる演技をする役者こそ、本当に才能があると感じる。

そのシーンの先、前、過去や未来の存在自体をいかに本物かのように自然に見せることが出来るか。生半可な気持ちで臨んでいてはこれは引き出せない。

井口は真摯に役に向き合い研究を重ねるタイプと伺える。


余談だが、彼の出身は長野県伊那市であり、同県内の「信州上田フィルムコミッション」の字がエンドロールに!




バックグラウンドミュージックもとても良かった。特にピアノ。世界観にマッチしていてとても引き込まれるメロディで、流れるような旋律が映像の移り変わりにピッタリ。すばらしかった。その時流れていた映像も最強の一言に尽きる。

春の桜、夏の線香花火、夏祭り、秋のイチョウに冬の真っ白な雪全てを記憶している訳では無いので細かく書いてはいられないが、どれもが美しい映像ばかりで感動。このシーンで一気に年月が経ったが、私は「和人と茉莉の2人が出会ってからの時の流れの速さ」を表しているのではないかと感じた。楽しいときほど時間が経つのが早いと感じたことがある人は多いだろう。つまりはきっとそういう事なのだろう。


さて、この映画の終盤の話をしたい。

終盤は本当にずっと泣いていた。同じ映画を見ていた人たちもみな鼻を啜ったり嗚咽を上げたりしていたほどだ。ひとつ前の席に座っていた老夫婦も目頭を抑えていた。ちなみにわたしはその老夫婦にも感動した。


茉莉の書いた小説を読んだ和人が病室に駆けつけるもう泣きすぎて正直よく覚えていない。とにかく泣ける。きっとどんな極悪人でも号泣するに違いない。もし人生で1度も涙を流したことがなく泣いてみたいと考える人に出会ったらこの映画をオススメしてあげるといいだろう。




さて、ラストシーンの話だ。

このブログの前半部分で書いた「ビデオカメラの伏線」について。

花束を手にした和人がビデオカメラを桜に向ける、強い風が吹く、背を丸める、スローモーション、桜の花びらが舞うそこに見えるのはあったかもしれない「未来」の茉莉と和人の姿。手を繋いで幸せそうに微笑み会う姿は涙無しでは見られないラストである。

主題歌であるRADWIMPSの「うるうびと」の入り方も最高さらに泣かせにきている。



ちなみに、このシーンの前に書店にて書籍化された「余命10年」が映されている。

藤崎早苗(奈緒)が和人に出版前の余命10年を渡すシーンで「再来月発売だから」と言っていたことから1つ前のシーンから3ヶ月は経過しているということが読み取れる。


このように、わざわざ文字にして年、月など表記しなくとも今の時系列が読み取れるようになっているシーンが他にもあり、作り込まれているなあと感心させられた。



もう一度見たくなる映画にはあまり出会わないが、この映画はもう一度みたいと思える作りになっている。大ヒットしているのも素直に頷ける。なにより脚本に岡田惠和が居るのが大きいのではないだろうか?

ドラマ「ファイトソング」や映画「8年越しの花嫁」を1度視聴した身から言わせて貰うと、神である。役者本人を潰さずにここまでの脚本が描けるとはやはり神。

渡辺真子も同様に脚本を手懸けており、この2人が脚本として組むとここまで素晴らしい作品ができるのかとその事実に感動して泣きそうになった。ちなみに渡辺はドラマ「恋はつづくよどこまでも」を手がけている。


藤井監督の作品にはあまり触れてこなかったが、この映画を機に彼が監督の作品を見てみようと思う。それほどまでに世界観に引き込まれた。




殴り書きになってしまったし、自分で読み返すのは恥ずかしいが、レビューとしては以上だ。誤字脱字や表現のミスなどには目をつぶっていただきたい。

原作は読まずに映画を見たが是非原作も手に取ってみようと思う。

原作派の人やまだ視聴していない人は是非映画館に急いで欲しい。私と同じように映画を見た人は原作を買うべきである。


原作者の小坂流加さんはデビュー作である「余命10年」の文庫版の発売を待たずして惜しくも逝去している。遺族が彼女のパソコンから発見した「生きてさえいれば」も出版されているため、ぜひ手に取って欲しい。また、「余命10年」のコミカライズ版もLINE漫画にて連載中である。


fin.