美味しんぼ
花咲アキラ(作画) 雁屋哲(原作)
小学館ビッグコミックス
1~46,49~58,61,64~75,77,79~111

東西新聞文化部に勤務する山岡士郎。ダルそうで不貞腐れた態度、なんとなくイヤーな目つき。義務教育じゃないんだから、仕事が嫌ならやめればいいじゃないか、と言いたくなるような初期の人物描写。谷村部長もまさに仕事の鬼といった雰囲気で、めっちゃ怖い感じに描かれている。

後世に残す日本の食文化として、東西新聞は「究極のメニュー」を作成・発表することとし、その担当者を選ぶための味覚の試験を実施。それに合格したのが、このグータラ不良社員の山岡と、新聞記者としてはまだ経験の浅い栗田ゆう子だった。

こうして始まった「美味しんぼ」だが、新聞社がその威信をかけた企画に取り組むといった神経の張り詰めた内容ばかりではない。日常のちょっとした困りごとを食を通じて解決するといった話も多い。また、真摯に食や食材に取り組む人を真正面から取り上げた回もある。高度に洗練された食だけでなく、庶民の飾り気のない普段の食を楽しむ、といったものもある。

さて、東西新聞のライバル新聞社である帝都新聞が、「究極のメニュー」に対抗する形で「至高のメニュー」という企画を立ち上げた。これを監修するために迎えたのが当代随一の美食家、海原雄山である。料理人・料理研究家であり、会員制高級料亭の経営者であり、そこで働く料理人たちの指導者でもある。また、陶芸家・書家といった顔も持つ総合芸術家である。北大路魯山人がモデルとされており、また海原雄山も北大路魯山人を尊敬しているという設定だ。

海原雄山は山岡の実の父。雄山が自らの芸術を追求するために妻を犠牲にしたとことが母の死の原因ということで、雄山と山岡は確執を抱えており、雄山への反発心から山岡は母の性を名乗っている。

究極のメニューと至高のメニューは、新聞社同士の企画の張り合いから、やがて直接対決となる。テーマを決めて同じ日に新聞紙上で発表すると同時に、実際に審査員を招いて審査を行い、勝ち負けを決める。この様子は「週刊タイム」という雑誌で発表するというスタイルをとることになった。

現在は山岡は雄山の元を離れて一人暮らしをしているが、親子であるからかつては一緒にくらしており、美食倶楽部で働いている人たちとは顔見知りだ。親子関係は最悪であるものの従業員からは「若」と呼ばれて、慕われたり心配されたりしている。

山岡は、食の取材や対決を一緒に続けてきた相棒である栗田とやがて結婚、父との仲も数々の対決をするうちに周囲の協力もあって徐々に誤解が解け、また山岡が実力をつけるにつれて雄山も山岡を少しづつ認めるようになる。

オーストラリアを舞台に各州ごとに対決をしたり、「日本全県味めぐり」に取り組むなど、究極と至高の戦いも新たなステージへと進んでゆく。

こうして物語の中では、いがみあっていた親子が、お互いを尊重し高めあう存在となってやがて和解するのだが、現実世界で事件が起きた。

東日本大震災での原発事故を題材にとり、現地に取材に入ったものの、山岡が放射線の影響を受け帰宅後に鼻血を出すというシーンがショッキングに描かれた。

これには風評被害を恐れるあらゆるところからクレームが入り、連載は「休載」となった。これは当初から新たな取材と構想のために予定されていた休載であるとされたが、事実上の外部圧力による「打ち切り」であった。その後、連載は再開していない。

行政はもとより、農業・漁業関係者が風評被害を恐れるのは理解できる。

しかし、「美味しんぼ」が休載し、その後、復活していないことに関して、クレームをつけてきた組織・団体・行政などが、何らかのコメントを出したというのは私はまだ聞いたことがない。

「とんでもない漫画を叩き潰すことができたんだから、それで良し」とし、それどころか、ひとつの作品をぶっ潰したことなどとっくに忘れ、それで傷ついた人がいることなどに思いを致すことなどまるで無く、何事もなかったように過ごしている、と私は解釈している。

きちんと名乗った上で公式見解としてクレームをつけているのだから、アンフェアではない。そういう点では、ネットの匿名性をいいことにネットリンチを行う輩とは根本的に異なっている。しかし、相手を叩き潰しておいて、平然としているという点では、ネットリンチと何ら変わらない。「謝罪と訂正さえしてもらえれば、どうぞ連載を続行してください。楽しみにされている読者も大勢いらっしゃることと思います」くらいのコメントを作者や小学館に伝えたりなどの行為はあったのだろうか？

作者は決して、福島県や東北地方を貶め、人々の生活を困窮させる目的で作品を描いたのではない。社会に対して問題定義しようとしたにすぎない。そのやり方に行き過ぎた点や一方的な点は確かにあったのだろう。地元への配慮も欠けていただろう。だが、叩き潰してそのまんまでいいわけがない。

正当性がどちらにあったかを問うつもりも、語るつもりもない。気に入らないものは（たとえ正義の旗印があったにせよ）２度と立ち上がれないほどとことん叩き潰して、それでいいんだということがまかり通っている世の中に背筋が凍る思いがするのだ。

創作作品のクオリティーを批評するのは良いし、それが原因で作家の心が折れて道を変えるのは良いが、この「美味しんぼ」のようなことはあってはならぬと思う。

あと何巻、必要になるのか想像もつかないが、「美味しんぼ」にはちゃんとしたエンディングを迎えて欲しいと願うばかりである。

（漫画所持作品リスト　1505）