『BIKINI IN WINTER』 オルタナティブスペースLOOP
オルタナティブスペースLOOPにて
6月5日から30日まで
韓国に在住する東南アジアを中心として活動してきた作家6人による展示
『BIKINI IN WINTER』が開催されている。

この展示のテーマは「アイデンティティー」。
韓国という不慣れな場所で
様々な予想できない経験などを経て
新しい状況に適応するためにアイデンティティーを探すことになった東南アジアの作家たち。
またそんな彼らと共に長い時間を一緒に過ごすことで
自分のアイデンティティーに触れる事になった1人の韓国人作家による展示である。
韓国出身の채진숙(チェ・ジンスク)は
相互関係の中で、お互いを屈折して見てしまう
<自身と他者>に対する作品を制作した。
自分が行く先々で他者との交流があり、またその時々で自分の顔も違う。
そのすべてが自分であり、すべてに自分のアイデンティティーが含まれている。
彼女がいつも行く場所(教会、祖母の家、作業室など)を映像に残し
その一つ一つを1つの固まりの中に収めた。
私たちがその固まりに触れ、指で動かすとすべてが動き、交じわっていく仕組みになっている。

フィリピンからきたレスリー・デ・チャベスは
有名な絵画<最後の晩餐>の構図を借用し
国家と民族のアイデンティティーの間にある問題と現状を強調し表現した。
長い間、アメリカの植民地として虐げられていたフィリピン。
その時に入ってきたアメリカの文化が今もなおフィリピンの若者たちを支配し
若者は知らず知らずのうちにどんどんアメリカナイズされていると言う。
『そこにアイデンティティーは存在するのか』
そんな問題提起をこの絵画に込めて描いた作品。
しかし彼の描いた絵も平面的で奥行きがなく、アニメチックで
彼もまたアメリカナイズされているように思えた。
私たちは様々な文化の影響を否が応でも受けている。

マレーシア作家であるアハメッド・プア・オスマンは
他人の顔をアルミホイルで型取り、仕上がったものを次々壁に貼っていくという
何とも奇妙なパフォーマンスをする。
これは自身の内部にあるアイデンティティーと顔が持つ象徴的な意味を内包している。

他にもインドネシア、タイ作家たちの作品が展示されている。
他の国の作品を見る事は自分の国のこと
つまり自分のアイデンティティーに触れる事になるので面白い。
色を1つとっても東南アジアの人々が見える色と私の見える色は違う。
様々な面から、私が日本の社会から
どのような影響を受けてきたのか再度考えさせられる展示であった。
6月5日から30日まで
韓国に在住する東南アジアを中心として活動してきた作家6人による展示
『BIKINI IN WINTER』が開催されている。

この展示のテーマは「アイデンティティー」。
韓国という不慣れな場所で
様々な予想できない経験などを経て
新しい状況に適応するためにアイデンティティーを探すことになった東南アジアの作家たち。
またそんな彼らと共に長い時間を一緒に過ごすことで
自分のアイデンティティーに触れる事になった1人の韓国人作家による展示である。
韓国出身の채진숙(チェ・ジンスク)は
相互関係の中で、お互いを屈折して見てしまう
<自身と他者>に対する作品を制作した。
自分が行く先々で他者との交流があり、またその時々で自分の顔も違う。
そのすべてが自分であり、すべてに自分のアイデンティティーが含まれている。
彼女がいつも行く場所(教会、祖母の家、作業室など)を映像に残し
その一つ一つを1つの固まりの中に収めた。
私たちがその固まりに触れ、指で動かすとすべてが動き、交じわっていく仕組みになっている。

フィリピンからきたレスリー・デ・チャベスは
有名な絵画<最後の晩餐>の構図を借用し
国家と民族のアイデンティティーの間にある問題と現状を強調し表現した。
長い間、アメリカの植民地として虐げられていたフィリピン。
その時に入ってきたアメリカの文化が今もなおフィリピンの若者たちを支配し
若者は知らず知らずのうちにどんどんアメリカナイズされていると言う。
『そこにアイデンティティーは存在するのか』
そんな問題提起をこの絵画に込めて描いた作品。
しかし彼の描いた絵も平面的で奥行きがなく、アニメチックで
彼もまたアメリカナイズされているように思えた。
私たちは様々な文化の影響を否が応でも受けている。

マレーシア作家であるアハメッド・プア・オスマンは
他人の顔をアルミホイルで型取り、仕上がったものを次々壁に貼っていくという
何とも奇妙なパフォーマンスをする。
これは自身の内部にあるアイデンティティーと顔が持つ象徴的な意味を内包している。

他にもインドネシア、タイ作家たちの作品が展示されている。
他の国の作品を見る事は自分の国のこと
つまり自分のアイデンティティーに触れる事になるので面白い。
色を1つとっても東南アジアの人々が見える色と私の見える色は違う。
様々な面から、私が日本の社会から
どのような影響を受けてきたのか再度考えさせられる展示であった。
景福宮 「ナムジュン・バイク スタジオの記憶-メモラビルリア(Memorabilia)」展
この<韓国アート通信2006>にて
ナムジュン・バイクについての情報を2度程書いたが
今回も彼の話題。
今年彼がこの世を去ってから本当にあちこちで
백남준(ペク・ナムジュン)
という名前や作品を目にする機会が多い。
まずは5月初旬の東亜日報の記事から紹介したいと思う。
世界的ビデオアーティストであるナムジュン・バイクの作品世界と
彼の芸術魂を称えるための『ナムジュン・バイク美術館』の着工式が
5月9日午後京幾(キョンギ)道・竜仁(ヨンイン)市・ 器興(キフン)区
上葛(サンガル)洞の美術館建設地で開かれた。
起工式には故人の妻である久保田成子さんを含めて
손학규(ソン・ハッキュ)京畿知事、유홍준(ユ・ホンジュン)文化財庁長
김윤수 (キム・ユンス)国立現代美術館官長
美術館建築設計家であるドイツのキルステン・シェメルさんなどが参加した。
ナムジュン・バイク美術館は
2001年ナムジュン・バイクと京畿道の間で了解覚書を締結し、具体化された。
美術館は 289億ウォンを入れて地上 2階、延べ面積 1695坪規模で来年 10月竣工予定。
開館は 2008年前期を目標にしている。
美術館の公式名称は
『백남준(ペク・ナムジュン)が長く住む家』。
これは4年前、ナムジュン・バイクが美術館建立敷地が確定されたという消息を聞いて
設計図面に書いた『文句』から名付けられた。
京畿文化財団は現在 67点の作品とビデオアーカイブ 2285点等を所蔵している。
[東亜日報]より
この度、着工を記念して
5月11日から 6月 10日まで
ソウル景福宮内国立古宮博物館企画室にて
「ナムジュン・バイク スタジオの記憶-メモラビルリア(Memorabilia)」展が開かれている。
(ちなみにメモラビルリアは人や事件を記念する物自体を指す言葉である。)

今回の展示では 1960年代からナムジュン・バイクが作業して来た
ニューヨーク・ブルムストリートスタジオが丸ごと再現されていたり
作家ノートやビデオアーカイブの一部も公開されている。
今まで目にしたナムジュン・バイクの展示の中で
最も作家本人の息づかいや今までの歩みなどを感じる事の出来る面白い展示であった。
ナムジュン・バイク美術館が開館されれば、またそこでも見る事が出来る。
ちなみに国立古宮博物館は
朝鮮王室の歴史と文化に関わる約4万点文化財を所蔵しており
日本語の音声ガイド(1000ウォン)を借りてゆっくりと観覧すれば
王宮での生活スタイルや文化、建築、東洋哲学、思想などがよく理解できて
また充実した時間を過ごす事が出来る。
これは期間が限られている展示ではないので
もし韓国に来られるようであれば一度足を運んで欲しい。
ちなみに観覧料は2000ウォン。

ソウル市立美術館 『春 外出』展
ソウル市立美術館前の野外空間 にて
5月 3日から 6月 4日まで
『美術館 <春> 外出』展が開催されている。
これは今年 3回目を迎える野外美術プロジェクトで
一般の人々が自由にそして楽に美術品に触れる事のできる展示だ。
また参加作家10人に与えられているテーマは
『~成りすます』。
庭園あちこちに設置された作品は動物、人、ベンチなどに偽装している。
例えば、 김민경(キム・ミンギョン)のウェルビング兎。

兎であるふりをしている人
あるいは人であるふりをしている兎が
ウェルビング時代
(韓国は今健康ブームで、ウェルビンと呼ばれる健康食品やヨガ教室の人気が高い)
に合わせてヨガ動作を見せている。
庭園に設置された송지인(ソン・ジイン)の作品。
삼두화수(三頭花獣)-3個の花で成り立った頭を持った動物。

ベンチとその周辺にある노준(ノ・ジュン) の作品。
8種動物をキャラクターで作った mother & son。

他にもこんな作品が設置されている。

설총식(ソル・チョンシク) making my position

신현중(シン・ヒョンジュン)共和国守備隊
市立美術館は夜間 10時まで開館しているので
夜に来てもまた違った光景が見れて面白いかもしれない。
普段は『美術』と言うと
どこか消極的になってしまう人もいると思うが
このような企画は<作品>と<観客>の距離が近くて
嬉しくなってしまう。
韓国現代美術のトレンドとビジョン
前に紹介した「Seoul Art Guide」の中で
興味深い記事があったのでここに紹介する。
ちなみにこの記事は
김종호(キム・ジョンホ:トクウォンギャラリーのデレクター)と
류한승(リュウ・ハンスン:国立現代美術館学芸研究者)の2人が
韓国国内外で活動する満40以下の若手美術家45人を選定し
約1年半インタビューしたものを背景に
現在の若手作家たちの作品傾向と今後の全貌について述べた記事である。
今の若手作家たちは内容や形式的な面について
時代が持つ問題よりも
作家の個人的な趣向による制作が目立っていると言える。
もう少し具体的に見てみると
内容的な側面から述べると
過去の美術は主に同時代的な エピステーメー
(プラトン・アリストテレスが、単なる感覚的知覚や日常的意見であるドクサ(=憶見)に対立させて
確かな理性的認識をさして呼んだ語。)
や美術史的な問題を作品のモチーフや主題とする反面
今日の若手美術家は自分の周辺の些細な話や個別的な関心ごとを
作品の重要な動機にする傾向が目につく。
形式的な側面においては
最近多くの脚光を受けている写真分野が躍進しており
これ以外の大部分は立体、設置、映像、そして最先端美術傾向であるネットアートなど
今や現代美術の全てのジャンルが時代と作家の趣向に合うように
平等に分布されているように見える。
特に若い作家たちの一番目につく特徴のなかの1つが
主題や性格により媒体を多様に活用しようとする始動が増加しており
このことは現代美術の戦略的な側面から持続的に増加するのではなかろうか。
筆者は今年3月にニューヨークに滞在しながら
アメリカの現在の美術傾向や新しい傾向を持つ美術市場を観覧したのだが
今まではビエンナーレで評価を受けた作品が
美術市場に進出することが順序だとすると
今はアートフェアーがビエンナーレの性格を少しずつ担いながら
作品性と商品性両方の評価を同時に得ていると感じた。
これはそれぐらい資本化される速度が速くなったことを示し
それにより今後国際的なアートフェアーを中心に
美術のトレンドが変わって行くと予測が可能な点を示唆している。
このような流れの中で注意しなければいけないのが
美術市場の速い吸引力に流されて
若い作家たちの作品に対する価値評価と材料整理がおろそかになったら
結果的に可能性のある若手作家たちの生命を短縮させる結果を招くということだ。
よって若い作家たちの作品に対してはきちんとした作品評価と共に
市場に進出する速度と価格を慎重に決定し
調節できるギャラリーの専門的な知識や心意気が極めて必要になってくるということだ。
韓国の若手美術家たちをインタビューしながら感じた事は
国際的な能力を備えた美術専門家の劣悪さに比べ
作家たちの能力や情熱はどの海外作家と競っても劣らない事実であった。
このような状況で最近の若手作家たちに対する作家存続制度が活性化され
国際的なアートフェアーや競売に参加するギャラリーが増加するなど
国際美術界に進出できる基盤が拡大されていってることは
作家の立場から見てもとてもいいことである。
よって今からは若い作家たちの挑戦精神と
世界的な作家が出てくるための情熱的な努力が徹底的に必要であり
同時に世界的美術のトレンドを読む事の出来る感覚を持ち
自身の作品を客観的に把握できる能力を備えれば
現代美術界で生き残れる点を強調したい。
興味深い記事があったのでここに紹介する。
ちなみにこの記事は
김종호(キム・ジョンホ:トクウォンギャラリーのデレクター)と
류한승(リュウ・ハンスン:国立現代美術館学芸研究者)の2人が
韓国国内外で活動する満40以下の若手美術家45人を選定し
約1年半インタビューしたものを背景に
現在の若手作家たちの作品傾向と今後の全貌について述べた記事である。
今の若手作家たちは内容や形式的な面について
時代が持つ問題よりも
作家の個人的な趣向による制作が目立っていると言える。
もう少し具体的に見てみると
内容的な側面から述べると
過去の美術は主に同時代的な エピステーメー
(プラトン・アリストテレスが、単なる感覚的知覚や日常的意見であるドクサ(=憶見)に対立させて
確かな理性的認識をさして呼んだ語。)
や美術史的な問題を作品のモチーフや主題とする反面
今日の若手美術家は自分の周辺の些細な話や個別的な関心ごとを
作品の重要な動機にする傾向が目につく。
形式的な側面においては
最近多くの脚光を受けている写真分野が躍進しており
これ以外の大部分は立体、設置、映像、そして最先端美術傾向であるネットアートなど
今や現代美術の全てのジャンルが時代と作家の趣向に合うように
平等に分布されているように見える。
特に若い作家たちの一番目につく特徴のなかの1つが
主題や性格により媒体を多様に活用しようとする始動が増加しており
このことは現代美術の戦略的な側面から持続的に増加するのではなかろうか。
筆者は今年3月にニューヨークに滞在しながら
アメリカの現在の美術傾向や新しい傾向を持つ美術市場を観覧したのだが
今まではビエンナーレで評価を受けた作品が
美術市場に進出することが順序だとすると
今はアートフェアーがビエンナーレの性格を少しずつ担いながら
作品性と商品性両方の評価を同時に得ていると感じた。
これはそれぐらい資本化される速度が速くなったことを示し
それにより今後国際的なアートフェアーを中心に
美術のトレンドが変わって行くと予測が可能な点を示唆している。
このような流れの中で注意しなければいけないのが
美術市場の速い吸引力に流されて
若い作家たちの作品に対する価値評価と材料整理がおろそかになったら
結果的に可能性のある若手作家たちの生命を短縮させる結果を招くということだ。
よって若い作家たちの作品に対してはきちんとした作品評価と共に
市場に進出する速度と価格を慎重に決定し
調節できるギャラリーの専門的な知識や心意気が極めて必要になってくるということだ。
韓国の若手美術家たちをインタビューしながら感じた事は
国際的な能力を備えた美術専門家の劣悪さに比べ
作家たちの能力や情熱はどの海外作家と競っても劣らない事実であった。
このような状況で最近の若手作家たちに対する作家存続制度が活性化され
国際的なアートフェアーや競売に参加するギャラリーが増加するなど
国際美術界に進出できる基盤が拡大されていってることは
作家の立場から見てもとてもいいことである。
よって今からは若い作家たちの挑戦精神と
世界的な作家が出てくるための情熱的な努力が徹底的に必要であり
同時に世界的美術のトレンドを読む事の出来る感覚を持ち
自身の作品を客観的に把握できる能力を備えれば
現代美術界で生き残れる点を強調したい。
写真の力 『青鶴洞はどこなのか』
カンナム地区に位置するポスコ美術館では
儒教の精神を土台として暮らす
청학동(青鶴洞 チョンハクトン)の人々やその生活を撮影した写真展
『青鶴洞の物語』(チョンハクトン イヤギ)
が来月4日まで開催されている。
作家は現在
中国南京視覚芸術大学写真大学で教師を勤める
韓国写真家류은규(リュウンギュ)氏。
広い展示場には彼が大学時代から25年間撮影した作品から
厳選された90点が展示されている。

4月13日 ポスコにて。オープニングパーティー
私も3度ほど展示場に足を運んだが
見れば見るほど、彼の愛情溢れる視線が伝わってくる
非常に味わい深い展示であった。
展示を見た人々からも
『自分の中に眠っている朝鮮人としての魂を思い起こす写真展である』
と専ら良い評価を受けている。
写真家류은규(リュウンギュ)は
1970ー80年代の高度成長期で
韓国社会が劇的に変わっていく時代に
この青鶴洞という場所に出会い、撮影を始めた。
そして1980年代から25年間変わらぬスタンスで撮影してきた。
青鶴洞の人々と交わり、楽しみながら
儒教を基本にして仏教、キリスト教などを融合させた
一つの新興宗教を土台とした
彼らの生や価値観など
長い歳月の間変わらない
青鶴洞の信念をカメラに収めてきた。

ここで青鶴洞の説明を少ししようと思う。
青鶴洞とは智異山(チリ山)深い山奥、海抜 850メートルに位しており
韓国人には特別な意味を持つ所だ。
この地名が歴史に登場するのは
今から1000年余り前の新羅時代であり
<神仙が青い鶴に乗って通う地上の楽園。
そして世俗のどんな混乱とも無関係でここで住めば長寿し、死んだら神仙になる>
という伝説の村でもある。
青鶴洞の人々は普通の学校に通わず
サダンと呼ばれる寺子屋のような所で教育を受けている。
従って普通教育を受けていないとみなされ、兵役は免除されている。
常に白いハンボクを着て生活しており
結婚する前は男子も髪を切ることは無い。
倫理道徳を厳しく守って昔の伝統を大切に守り
自給自足の生活をしている。
しかし1980年代後半から広告に青鶴洞が出始めて以来
この村を尋ねる人々がうんと増えた。
これにより昔の伝統を守って自給自足生活をした風習が
少しずつ資本によって崩れ始めた。
青鶴洞人々は都会人たちの要求で食堂や民宿、お土産屋を経営し
村人々も観光客やカメラマンたちの撮影を承諾した。
これらは生計のため致し方ない変化であった。
表面的には大きく変わったところも多いが
写真展『青鶴洞の物語』では
青鶴洞の人々の変わらない信念を見ることができる。
またそれを見る私達も
私達の心の中にある変わらないものを
再確認することになるのである。

5月4日までに韓国に来る方は是非。
儒教の精神を土台として暮らす
청학동(青鶴洞 チョンハクトン)の人々やその生活を撮影した写真展
『青鶴洞の物語』(チョンハクトン イヤギ)
が来月4日まで開催されている。
作家は現在
中国南京視覚芸術大学写真大学で教師を勤める
韓国写真家류은규(リュウンギュ)氏。
広い展示場には彼が大学時代から25年間撮影した作品から
厳選された90点が展示されている。

4月13日 ポスコにて。オープニングパーティー
私も3度ほど展示場に足を運んだが
見れば見るほど、彼の愛情溢れる視線が伝わってくる
非常に味わい深い展示であった。
展示を見た人々からも
『自分の中に眠っている朝鮮人としての魂を思い起こす写真展である』
と専ら良い評価を受けている。
写真家류은규(リュウンギュ)は
1970ー80年代の高度成長期で
韓国社会が劇的に変わっていく時代に
この青鶴洞という場所に出会い、撮影を始めた。
そして1980年代から25年間変わらぬスタンスで撮影してきた。
青鶴洞の人々と交わり、楽しみながら
儒教を基本にして仏教、キリスト教などを融合させた
一つの新興宗教を土台とした
彼らの生や価値観など
長い歳月の間変わらない
青鶴洞の信念をカメラに収めてきた。

ここで青鶴洞の説明を少ししようと思う。
青鶴洞とは智異山(チリ山)深い山奥、海抜 850メートルに位しており
韓国人には特別な意味を持つ所だ。
この地名が歴史に登場するのは
今から1000年余り前の新羅時代であり
<神仙が青い鶴に乗って通う地上の楽園。
そして世俗のどんな混乱とも無関係でここで住めば長寿し、死んだら神仙になる>
という伝説の村でもある。
青鶴洞の人々は普通の学校に通わず
サダンと呼ばれる寺子屋のような所で教育を受けている。
従って普通教育を受けていないとみなされ、兵役は免除されている。
常に白いハンボクを着て生活しており
結婚する前は男子も髪を切ることは無い。
倫理道徳を厳しく守って昔の伝統を大切に守り
自給自足の生活をしている。
しかし1980年代後半から広告に青鶴洞が出始めて以来
この村を尋ねる人々がうんと増えた。
これにより昔の伝統を守って自給自足生活をした風習が
少しずつ資本によって崩れ始めた。
青鶴洞人々は都会人たちの要求で食堂や民宿、お土産屋を経営し
村人々も観光客やカメラマンたちの撮影を承諾した。
これらは生計のため致し方ない変化であった。
表面的には大きく変わったところも多いが
写真展『青鶴洞の物語』では
青鶴洞の人々の変わらない信念を見ることができる。
またそれを見る私達も
私達の心の中にある変わらないものを
再確認することになるのである。

5月4日までに韓国に来る方は是非。
ARARIOの勢い
ソウル高速バスターミナルから1時間半ほどの天安(チョナン)に位置するアラリオギャラリー。
ここは2002年からオープンしている展示場面積と
コレクションリストが国内最大規模を誇るギャラリーだ。

アラリオギャラリー
このアラリオギャラリーを経営しているのは
韓国一集客数の多いシネマコンプレックスや百貨店、飲食店などを経営し
自らもCI KIMとして作家活動をしているキムチャンイル会長。
このアラリオが今、大々的な海外の有名作家の作品収集や
国内の若い作家たちに対する支援や破格的な条件で専属契約を結ぶなど
攻撃的な推進力で、今韓国美術界を緊張させている。
天安(チョナン)という地域的な限界によって韓国美術界との疎通と交流が難しい為
2005年11月中国北京に<アラリオ北京>を開館。
それに引き続き2006年4月にソウル市内 アートソンジェ横に<アラリオソウル>を開館した。
つまり中国北京にオープンした<アラリオ北京>を足場にして
世界美術市場への進出をめざし
天安(チョナン)アラリオギャラリーで
有名外国人作家の展示を企画。
アラリオソウルでは
韓国国内の新人作家と共に重鎮作家も紹介していくようだ。

アラリオソウル
ちなみに、前にこのブログで紹介した
<デジタル写真セミナー>を主催していた
ホンデに位置するオルタナティブスペースLoop。
ここは去年11月に地下1階だけの狭いスペースから
5階建てのビルを建設、大幅に大きくなって開館したが
後援者としてこのアラリオが存在する。
しかもアラリオソウルのアートディレクターは
Loopのアートディレクターであるソ・ジンソク氏だそうだ。
なんか複雑だ。
純粋に一般の人々とアートを繋げるという行為と
アートを売りながら広めていく行為。
どちらが良い悪いの問題ではなく
何かこのアラリオの行為に妙な不安感を抱くのは私だけだろうか。
決して作家や作家が人生を掛けて作った作品が利用されないことを望む。
arario homepage: http://www.arario.co.kr/
ここは2002年からオープンしている展示場面積と
コレクションリストが国内最大規模を誇るギャラリーだ。

アラリオギャラリー
このアラリオギャラリーを経営しているのは
韓国一集客数の多いシネマコンプレックスや百貨店、飲食店などを経営し
自らもCI KIMとして作家活動をしているキムチャンイル会長。
このアラリオが今、大々的な海外の有名作家の作品収集や
国内の若い作家たちに対する支援や破格的な条件で専属契約を結ぶなど
攻撃的な推進力で、今韓国美術界を緊張させている。
天安(チョナン)という地域的な限界によって韓国美術界との疎通と交流が難しい為
2005年11月中国北京に<アラリオ北京>を開館。
それに引き続き2006年4月にソウル市内 アートソンジェ横に<アラリオソウル>を開館した。
つまり中国北京にオープンした<アラリオ北京>を足場にして
世界美術市場への進出をめざし
天安(チョナン)アラリオギャラリーで
有名外国人作家の展示を企画。
アラリオソウルでは
韓国国内の新人作家と共に重鎮作家も紹介していくようだ。

アラリオソウル
ちなみに、前にこのブログで紹介した
<デジタル写真セミナー>を主催していた
ホンデに位置するオルタナティブスペースLoop。
ここは去年11月に地下1階だけの狭いスペースから
5階建てのビルを建設、大幅に大きくなって開館したが
後援者としてこのアラリオが存在する。
しかもアラリオソウルのアートディレクターは
Loopのアートディレクターであるソ・ジンソク氏だそうだ。
なんか複雑だ。
純粋に一般の人々とアートを繋げるという行為と
アートを売りながら広めていく行為。
どちらが良い悪いの問題ではなく
何かこのアラリオの行為に妙な不安感を抱くのは私だけだろうか。
決して作家や作家が人生を掛けて作った作品が利用されないことを望む。
arario homepage: http://www.arario.co.kr/
ナムジュン・パイク作品
韓国国内でナムジュン・パイクの作品を一体いくつ目にすることが出来るだろうか。
世界的ビデオアーティストであるナムジュン・バイクはこの世を去ったが
韓国には彼の存在を感じることができる作品がたくさん残されている。
現在韓国国内に残っているナムジュン・バイク作品の数は正確に知られていないが
250余点に推定されるという。
(ナムジュン・パイクの簡単な略歴:1932年7月20日ソウルで生まれ
朝鮮戦争中に東京に渡り、東京大学美学美術史学科に入学。
卒業論文としてアーノルドシェーンベルクに対する論文を書く。
1956年ドイツに留学し、現代音楽を専攻。
1958年に人生を決定付ける前衛音楽家ジョンケイジに会い
さまざまな前衛美術活動をしていくことになる。
また現代美術における映像表現は、1963年にナムジュン・パイクによって
ドイツにて開催された『音楽の展覧会ーエレクトロニック・テレビジョン』での作品が最初のものとされる。)
まずはソウル市立美術館。

ソウル市立美術館 1階ロビーに入れば縦3m、横 11m、
TVモニター280個のナムジュン・パイク作大型ビデオアート作品がある。
題目<ソウルラプソディー>。
設置に 6ヶ月が費やされたこの大作は
ソウルを象徴するイメージたちが盛られており
280個のモニターの中 2台のモニターは欧米女性のヌード映像だ。
大田市市立美術館

大田市立美術館の正門を入れば <非情数(fractal)の亀船>という
高さ 4mの作品が展示されている。
1993年に行われたテジョン エキスポにて設置された作品を
2002年度に移転したものだ。
古いモニターとポラロイドカメラなど古い家電製品と古物を集めて亀船を作った。
寿命が短い家電製品で長く生きる亀を表現した作品。
他にもナムジュン・バイクの焼香所が設置されていた国立現代美術館は
1988年ソウルオリンピック記念で設置されたナムジュン・バイクの代表作
<多多益善> が入り口に設置されており
ソウルオリンピック公園内ソウルオリンピック美術館は
オリンピックを主題で作ったナムジュン・バイクのビデオアート 4点と
レーザー作品 1点を所蔵している。
釜山市立美術館では 44個のモニターを土台に高さ 3m,長さ 5mに製作された
<徳寿宮>を鑑賞することができる。
また美術館に限らず、ソウル市内ではサムソン系列の美術館、SKの本社
ファイナンシャルセンターなどでも彼の作品を見ることが出来る。

ファイナンシャルセンター
正直その作品だけを見て十分に意図を理解し
面白いと言えるものは私の中では少ない。
しかしナムジュン・パイク作品のその圧倒的な存在感と
誰もが簡単に楽しめるその大衆性の高さはすばらしいと思う。
韓国で一度彼の作品観覧巡りをしても面白いかもしれない。
<作家中心の空間> project space サルビアタバン
サムジスペースに続き、オルタナティブスペース第2回目の紹介として
仁寺洞に位置するproject space사루비아다방(サルビアタバン)を取り上げてみようと思う。

ここは大きな企業がバックボーンとして存在するスペースではなく
大学の教授や作家、他ギャラリーのディレクターなど
運営委員7人とキュレーター2人によってが集まり
小規模に行われているスペースである。
project space사루비아다방(サルビアタバン)は
既存の展示や作家支援の旧態を取り除こうとして
1999年10月20日に
<作家中心の空間>
として開始した。
つまり作家をどのように支援し、後援するかが核心の元であり
これを実践するため、試行錯誤しながら
また周りからの<作家中心の空間>など存在し得ない
などの批判の声を浴びながら
システムを構築していった。
その内容とは
歳や経歴に関係なく
独創的で実験精神を持っている作家や
プロジェクトを企画または選定し
1年に 4~5組の展示経費と空間を支援。
展示の内容は
新人又は既存の作家発掘形態の個展
混成ジャンルの実験的プロジェクトや
プロジェクト性イベント、作家との対話プロジェクト
キュレーターの企画展示に分かれている。
そして特徴的なのは
展示のための創作支援金そして作業設置のために
1ヶ月の展示準備期間と
1ヶ月の展示期間提供という革新的な作家後援方式をとっている
ということである。
気になるお金の調達方法であるが
非営利を追究しているサルビアは
毎年基金準備行事を開催しており
公共基金の拡大のために粘り強く努力をしている。
このような作家支援プログラムを続けて来た結果
サルビアで展示した作家たちは国際ビエンナーレまたは
国内の主要な美術館や商業ギャラリーの企画展、国際アートフェアー
レジデンスプログラム参加などを通して活発な活動を広げており
作家にとっても사루비아다방(サルビアタバン)は
重要でまた理想を叶えてくれるスペースとなった。
なかなか追究されることの無い<作家中心の空間>。
理想で終わりかねないこの信念は
この사루비아다방(サルビアタバン)では
様々なところから専門家たちが集まって
運営していることもあり、成功している。
作品とは
作家の人生が詰まっているものであり
私達に何かプラスの力を与えてくれる貴重なものだ。
この사루비아다방(サルビアタバン)ではそんな作品と観客が
本気で交われる空間であることに間違いは無い。
仁寺洞に位置するproject space사루비아다방(サルビアタバン)を取り上げてみようと思う。

ここは大きな企業がバックボーンとして存在するスペースではなく
大学の教授や作家、他ギャラリーのディレクターなど
運営委員7人とキュレーター2人によってが集まり
小規模に行われているスペースである。
project space사루비아다방(サルビアタバン)は
既存の展示や作家支援の旧態を取り除こうとして
1999年10月20日に
<作家中心の空間>
として開始した。
つまり作家をどのように支援し、後援するかが核心の元であり
これを実践するため、試行錯誤しながら
また周りからの<作家中心の空間>など存在し得ない
などの批判の声を浴びながら
システムを構築していった。
その内容とは
歳や経歴に関係なく
独創的で実験精神を持っている作家や
プロジェクトを企画または選定し
1年に 4~5組の展示経費と空間を支援。
展示の内容は
新人又は既存の作家発掘形態の個展
混成ジャンルの実験的プロジェクトや
プロジェクト性イベント、作家との対話プロジェクト
キュレーターの企画展示に分かれている。
そして特徴的なのは
展示のための創作支援金そして作業設置のために
1ヶ月の展示準備期間と
1ヶ月の展示期間提供という革新的な作家後援方式をとっている
ということである。
気になるお金の調達方法であるが
非営利を追究しているサルビアは
毎年基金準備行事を開催しており
公共基金の拡大のために粘り強く努力をしている。
このような作家支援プログラムを続けて来た結果
サルビアで展示した作家たちは国際ビエンナーレまたは
国内の主要な美術館や商業ギャラリーの企画展、国際アートフェアー
レジデンスプログラム参加などを通して活発な活動を広げており
作家にとっても사루비아다방(サルビアタバン)は
重要でまた理想を叶えてくれるスペースとなった。
なかなか追究されることの無い<作家中心の空間>。
理想で終わりかねないこの信念は
この사루비아다방(サルビアタバン)では
様々なところから専門家たちが集まって
運営していることもあり、成功している。
作品とは
作家の人生が詰まっているものであり
私達に何かプラスの力を与えてくれる貴重なものだ。
この사루비아다방(サルビアタバン)ではそんな作品と観客が
本気で交われる空間であることに間違いは無い。
若手芸術家支援プログラム inサムジスペース
この3月17日から弘益大学近くに位置する<サムジスペース>にて
オープンスタジオ展が開催されている。
今回はこのオープンスタジオ展が開催されている流れを
サムジスペースのプログラムと歴史を含め紹介したい。
サムジスペースは<サムジ>という服飾メーカーが後援する非営利の空間である。
1998年に旧サムジ社屋で IMF 状況下で経済危機に苦しむ若い作家たちに
作業空間を用意する目的でオープンし
2000年弘益大学近くに移転し現在に至る。
そして韓国美術界の未来を背負う青年作家
国際的競争力を持った創造力溢れる若い作家を
発掘、支援することを目標にして作られたのがサムジスペーススタジオプログラムだ。
このプログラムは1年ごとに新しいアーティストを募集し
住むスペース兼作業室を与え、創作活動を支援しながら
作家たちはこの期間が終わるとオープンスタジオを通して
その間に制作した作品を公開し
一方スタジオ作家が期間を満了した後
作品をコレクションされるというシステムになっている。
つまりこのプログラムの参加作家たちはスタジオ、建物管理費(電気代、水道代)
オープンスタジオ展示、オープンスタジオ図緑製作及び広報などが支援され
また共同生活を通して、共同体意識を持ってお互いに情報と影響を交換することができる。
2002年からは海外に居住する韓国作家及び
外国人作家のための3ヶ月の短期居住プログラムができた。

短期滞在作家であったIshii Junichiro(Japan)3月18日 サムジスペースにて
情報やもので溢れ、それに操られている現代社会に生きる私達に
疑問を感じ問題を突きつける作品
主にビデオアートやインスタレーション作品を作り続けているが
今回は福岡のあるメーカーとタッグを組み
<NO ART>のロゴと<DO NOT BUY IT>というメッセージを
多様な商品を通して広く宣伝するプロジェクト作品を制作。
この作品は今回私達に<何が芸術で何がそうでないのか>
<芸術と言うカテゴリーの境界線はどこにあるのか>
<買うなというのはどんな意味をもっているのか>
というような問題を提起する。
ちなみにサムジのスタジオは全9室。
この中 6室実は1年間滞在することになる国内作家に
残り3室は短期入住作家に提供される。
各スタジオの大きさは 12~15坪で作業及び居住が可能。
台所,トイレ,シャワー室,洗濯機は共同。
短期入住作家のスタジオに限り,ベッド,布団,机,椅子など
居住に必要な最小限の家具が用意されており
作家たちは国内外美術雑誌及び作家図緑,作家フォトフォリオが備えられている
資料室を利用することができる。
今回開催されているオープンスタジオ展は第7回目にあたり
2005年に1年間滞在した韓国人作家6人のスタジオを公開したオープンスタジオと
1階と地下1階にある展示スペースにて
期間を満了して本国に帰った短期作家12人たちの作品にて構成されている。
私達観客はオープンスタジオ期間
スタジオ作家の1年間の成果物をを鑑賞できるだけでなく
作家と直接対話を交わすことができるのがこの展示の面白いところだ。
このように韓国には多くの若手支援プロジェクトや非営利空間が存在する。
これからたびたび紹介していこうと思う。
地域密着展示 <Lost in town>
去る2月16日から、ソウル市鍾路区明倫洞 3街
(チョンノ区ミョンリュンドン3ガ。成均館大学の近くに位置し、3500人余りの住民が住んでいる)
にて『명륜동에서 찾다(明倫洞で捜す)』(英語題目 : Lost in town)
と言う名のプロジェクト展示が始まった。
この展示は 地域密着型美術を志す企画チーム
<접는 미술관>(折る美術館)が企画したもので
去年の秋から明倫洞 3街の住民たちと話し合いのもと
街全体での展示の方向性を探り
明倫洞の魅力を再確認する目的で立ち上げられた。
明倫洞が持つ魅力を最大限に引き出すため
参加アーティスト 17人が町中に作品を設置しているが
観覧方法としては私達はただ
道に迷いながら
作品を1つ1つを発見していかなければいけない。
まず案内所となっている不動産屋で切符を買い

明倫洞住民は無料だが外部観覧客たちは大人 2万ウォン,子供 1万ウォンを出すと
無料で表札製作·写真撮影してもらえる。この地図とスッテッカーだけで7000ウォン。かなり高い!
手にした地図に沿って作品探し=明倫洞巡りを進めて行く事になる。
よく見なければ作品を見逃してしまうほどだ。

スタート 全体図

町並み 空の階段

まだまだ上ると、 街全体が見渡せる所に到着。
明倫洞は北岳山裾に位置するため特に階段が多い。
<空階段>(김을キムル作家)と名付けたられた
165個の階段を上るにはぜいぜい言いながら上がらなければいけないが
徐々に目の前に広がってくる町並みや風景は何ともすがすがしい気分をもたらしてくれる。

ねこも私達と一緒にこの町を探検している。

バスにはバーコードの絵が。
他にも明倫洞住民たちを無料で撮影している小さな明倫写真館(이종명イジョンミョン作家)や
김학량作家の岩刻画
明倫洞にまつわる話を聞くことの出来る喫茶店(作家김동훈キムドンフン氏運営)などがある。
このプロジェクトは作家中心の展示や
キュレーターの研究結果を発表するような展示とはずいぶん異なる。
アートを通して都会から離れた韓国の下町を歩くことになる
このプロジェクト自体は非常に面白い。
しかし周辺地域に対する広報不足問題
(住民の一部だけが積極的に参加し、多くの住民は知らないまま過ごしているか
もしくは訳が分からず参加しているようであった。)
や、参加アーティストの作品自体がアマチュアチックすぎるのも気になった。
もっと私達の目に見えるくらい住民の企画チームが一致団結し
探しがいのある面白い作品に出会えると
もっとこのプロジェクトの意義が出てくるのではなかろうか。
今年の夏にもこの明倫洞で同じプロジェクトが行われるらしい。
その時には様々な改善と共に明倫洞の夏の風景も楽しめればいいのだが。
