前回の記事で
不倫は必ずしも一律に悪というわけではなく、
ケースバイケースで
神様は判断されているとお話しました。
ではそもそも結婚とは何の意味があるのでしょうか。
私は子供の頃、
「なぜ大人になるとみんな結婚するんだろう?」
「結婚できないことを良くないこととしているのはなぜだろう・・・」と
不思議に感じていました。
もちろん、
理屈からしたら種族を絶やしてはいけない、
子孫を残さないといけないとかありますが、
実際、皆さんが結婚する動機って
そうした理由からではないですよね。
好きな人とずっと一緒に居たい。
それが結婚につながるわけですが、
好き合った者同士が一緒に暮らすのに
「結婚」という形式をとらなくても
それは可能ですよね。
でも、あえて「結婚」という
誓いと契約のような形を取るのはなぜでしょうか。
それはお互いあなただけを愛します
という約束を
社会的にも守ってもらう
という意味があるからですよね。
特に女性からしたら、
「君だけを愛してる」と言われても、
そもそも男性は狩猟本能からして浮気症ですし
そんな軽い口約束だけでは
子供を生んだあとに
その約束を反故にされたら
たまったもんじゃありません。
愛し合って子供を生んで、
男性からはその愛のもとに守ってもらう
という信頼だけではない
形ある約束
があるからこそ、
安心して子育てができますし、
パートナーと自分の分身でもある子供に
愛情を注げるというものです。
それが、子供を生んだあとに、
「一時の恋心であの時はおまえのことが好きだった。
でも今は別の女が好きだからサヨナラ」
なんて軽く心変わりされてしまう
可能性があることを考えたら、
不安で子供なんて生めないでしょう。
こういった事情を考えると、
「結婚」というものは
神様が女性を守る意味で与えたものとも感じられます。
結婚というものは恋愛と違って、
相手の家族との繋がりもできますし、
家同士が親戚になるということですから
周囲から要求される責任もあり、
勝手なことを容易にできないという抑止力が働きます。
ですから当然、
世間の目も、前項の不倫した時は厳しい目で見られますし、
責任を追及されるわけですよね。
男性としては、
結婚し、一家の主となることで
「責任」が重い立場になりますから、
そこで家族を養うために
もう一段頑張らないといけない心理になるわけです。
自分一人なら、
たとえば会社で嫌になれば辞めるという判断に
躊躇しない場面でも、
伴侶がいる、家族がいる
ということで
そう簡単に自分の好き勝手な行動が
できなくなるわけですから、
神様としても男性に対しては
「もっと頑張らないとあかんぞ」
という意図があるわけですね。
結婚という枠のために、
そう簡単に別れることができない状況をつくり出し、
その中で、
恋愛のような瞬間的で感覚的な「愛」ではなく、
もっとじっくり長い時間をかけて
本当の愛とはなんぞや?を考え、
得ていくというものを神様は期待しています。
「星の王子様」という有名な児童書があります。
非常にとらえづらい作品で様々な解釈ができますが、
星の王子様が地球に来て悟ったこと
というのは
そういう事だったんではないでしょうか。
前項と話が前後してしまいましたが、
だからこそ世間はなんとなく
「不倫」というものに厳しいのもよく理解できます。
おそらく、不倫に厳しい人の心理の中には
「もし自分が不倫されたら許せない」
という心情と、
もう1つは
「本当は自分も自由に恋愛をしたいけども抑えている」
というやっかみが
直接的な要因ではあろうかと感じますが、
神様の目線からすると、
そういう人間心理を1つの抑止力に使って
ハチャメチャな人が一定以上増えないように
バランスと取っている感じです。
神様の文明実験として、
以前ギリシャで自由恋愛の文化を試したところ、
やはり
嫉妬心から殺し合いが絶えない
ということが起こりました。
これは今でいうギリシャ神話にあたる時代の話です。
ギリシャ神話では
嫉妬心から憎い相手を動物や植物に変えてしまう
という話がよく出てきます。
神話なのでそういう表現ですが、
現実には愛しさあまって憎さ百倍的に、
嫉妬や恨みから殺し合い、憎しみ合いの
人間関係が多かったようです。
そういう実験結果から、
やはり制度として
一夫一婦制として人間を縛った方が
人類の平和が保たれるだろうという判断も
あったようなんですね。