こんにちは、ブログで毎月3万円ほど稼ぐ専門家ハトヤマです。

今日はちょっと、ブログ運営とは一見関係ないようでいて、
実は深く関係している「平等」という言葉について書いてみたいと思います。

 

■ 「平等」がもたらす違和感

ブログをやっていると、「平等」とか「公平」という言葉に触れる機会が意外と多いです。

・「みんな同じようにアクセスを集められるわけじゃない」
・「検索順位ってなんか不公平」
・「努力してるのに結果が出ないのはズルい」

……こういう感情、最初は自分にも正直ありました。

でも、ある日たまたま読んだ本に、こんなことが書いてあったんです。

「平等」という言葉を好んで使う人は、
実は2つの欲望のどちらかを隠し持っている。

① 他人を自分のレベルに引き下ろしたい
② 自分も他人も高いレベルへ引き上げたい

その違いを見極めることが大切だ

ドキッとしました。

「平等にしよう」って、どこか優しげな言葉に見えるけど、
実際はその人の“本音”を映す鏡みたいなものかもしれない。

 

■ ブロガーとしての「平等欲」

ブログで収益が出るようになってきた頃、こういう葛藤がありました。

・自分より稼いでる人を見ると、ちょっと嫉妬してしまう
・「この人、なんでこんなにフォロワーいるの?」って思ってしまう
・「もっと自分にもチャンスがあれば…」って考えてしまう

これって、つまり①の「引き下げたい」欲望なんですよね。

「自分が上がる」じゃなくて「他人を下げたい」って思ってしまってた。
なんだかすごく人間くさくて、でもちょっと恥ずかしい。

 

でも、ブログって「誰かを下げても自分が上がる」わけじゃないんです。

他人を批判しても、自分のアクセスが増えるわけじゃないし、
誰かの収益が減ったら自分が得するわけでもない。

むしろ、「あの人みたいになりたい」「一緒にがんばりたい」って
思えるようになってからの方が、圧倒的に伸びました。

 

■ 平等に見えて、不平等な世界

ブログの世界って平等じゃありません。
全員が同じスタートラインに立っているように見えて、実は

・過去に発信経験がある人
・すでにSNSのフォロワーがいる人
・デザインやライティングが得意な人

など、スキルもリソースもバラバラ。

完全な「平等」なんてないんです。

 

でも、その中でも「自分ができること」で勝負して、
誰かの役に立って、喜ばれて、ほんの少し収益が出る。
その経験こそが、ブログの醍醐味なんですよね。

 

■ 平等を「願う」のではなく「築く」

最近はこう考えるようになりました。

「平等であってほしい」と願うより、
「自分の努力で届く場所を増やしたい」って。

その方が、自分も気持ちよくブログを書けるし、
読んでくれる人にも誠実でいられる気がします。

 

■ まとめ:あなたの“平等”はどっち?

・人と比べて落ち込む日もある
・ズルいって思ってしまうときもある
・でも、それを自覚できたら前に進める

自分の平等感覚が「引き下げ」なのか「引き上げ」なのか、
ちょっと立ち止まって考えてみるのも、
ブロガーとして成長する一歩だなって、最近は思っています。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

ブログで月3万円というのは、決して大金ではないけど、
こうやって自分の価値観と向き合いながら続けられるのは、
すごく豊かなことだと感じています。

またこんな気づきがあれば、書いてみたいと思います☺️

 

今日も読んでくださって、ありがとうございました。
また、ゆるゆると書いていきますね。

あなたのブログにも、小さな光が灯りますように。

 

 

🕊「Xでもホロホロつぶやいてるから、よかったら見にきてほしいホ〜」

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こんにちは。ハトヤマです。
今日は、ある一文にハッとさせられたので、その話をします。

 

ブログを続けていると、どうしても心が折れそうになる瞬間っていうのがあります。
ネタが出てこない。アクセスが伸びない。収益が動かない。
 

僕も何度も、「もうやめようかな」と思ったことがあります。

というか実際に止めて、また始めてを繰り返してきました。

 

でも、ある日ふと開いた古い本に書かれていた言葉に、ハッとしました。

 

「おじけづいたら負ける」

そのページのタイトルは、たったひとこと。

おじけづいたら負ける

最初は「なるほどね〜」くらいに思って読み始めたんですが、読み進めていくうちに、気がつけば涙が出そうになっていました。

 

「もうダメだ」と思った瞬間に道が閉ざされる

本文には、こんなふうに書かれていました。

「ああ、もう道はない」と思えば、打開の道があったとしても、急に見えなくなる。
「危ない」と思えば、安全な場所はなくなる。
「これで終わりかも」と思い込んだら、終わらないはずのものも終わる。
「どうしよう」と思えば、たちまちにして手が止まり、思考も止まる。

──そして最後に、

おじけづいたときに、自分から自然と破滅や敗北の道を選ぶようになってしまう。

この一文に、豆鉄砲をくらいました。

 

ブログもまったく同じ。問題は「状況」じゃない、「心」だった

アクセスが伸びないとき、検索順位が下がったとき、つい「もうダメだ」と思ってしまう。
でも実は、まだまだできることって残ってるんですよね。
記事を見直すこともできるし、タイトルを修正することもできる。

どの記事がアクセスがあるか。ライバルは何をしているか。

リライトや内部リンクだって改善の余地がある。

でも、「おじけづいた瞬間」に、それらが全部見えなくなる。
まるで、目の前にあった扉が全部閉じてしまったかのように感じるんです。

 

負けるのは、相手が強いからじゃない

この文章のなかで、もうひとつ心に残った部分があります。

相手が強すぎるから、事態が今までになく困難だから、状況があまりにも悪いから、逆転できる条件があまりにも少ないから、心が恐れを抱き、おじけづいたときに、自分から自然と破滅や敗北の道を選ぶようになってしまうのだ。

これを読んで、またハッとしました。
私はずっと、「自分にはセンスがないから」「運がないから」「環境が悪いから」って思っていたけど、本当は「自分の心が、勝手にあきらめモードに入っていた」んだと気づいたんです。

 

成果はじわじわ出る。だから「おじけ」より「一歩」

正直、ブログってすぐには結果が出ません。
3記事書いても変化なし、10記事書いても反応なし、なんてこともザラです。

でも、それでも手を動かしてると、あるときふと「おっ」と思う瞬間が来ます。
ちょっとした検索順位の上昇。CTRの改善。クリック報酬の発生。
そういう“ちょっとした兆し”が、小さな希望になってくれるんですよね。

 

最後に:ブログを辞めたくなったあなたへ

もし今、ブログをやめようか迷っている人がいたら、この言葉を思い出してほしいです。

おじけづいたら負ける

やめたくなるのは、あなたが弱いからじゃない。
おじけが、見えるはずの道を隠してしまっているだけです。

本当にダメになるのは、「やめたとき」だけ。
それまでは、どんなにゆっくりでも前に進んでいるんです。

焦らなくていい。比べなくていい。
ただ、「おじけ」に飲まれないで、今日できることをひとつだけやってみましょう。

 

今日も読んでくださって、ありがとうございました。
また、ゆるゆると書いていきますね。

あなたのブログにも、小さな光が灯りますように。

 

 

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