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自己主張で、いさかいになりやすいのは、相手の感情や立場を無視したり、全く考慮したりせず、一方的に、自分の主張を展開していくことで、このような自己主張は、まず確実に、対人関係を悪化させることになります。自己主張が苦手方は、そうなるのが不安で、中々自己主張が出来ません。
そこで、自分と相手50‐50にして、どちらもwin-winになる関係にしていく、自己主張を展開することが望ましいのです。これは、自分だけでなく、相手にも一定の利益があるので、いさかいになりにくいのです。
ここで、重要なのは、絶対に譲れないポイントと、相手に譲歩しても良いポイントを、きちんと選別して、優先順位を明確にして、交渉や妥協をしていくことです。
そうでないと、結果的に、自分の大切なポイントが守れず、結局、自己主張をしないのと変わらないことになってしまいます。
互いに、自分の利益を守りながら、自己主張を行っていけば、互いに満足が得られるため、かえって自己主張をすることで、関係が深まることにもつながるのです。
自己主張は、上手く行えば、良い対人関係ができるのです。では、また。
相手の機嫌を出来るだけ損ねないように、自己主張をしたいのだけれど、どうしたらよいかという相談を受けることが少なくありません。
そのような方に、自己主張のトレーニングをする際には、まず、相手の感情や意向を良く聞いて、それに対して、一定の理解を示すことをアドバイスしています。
これは、相手の感情や意向に沿って、自分の主張などを捻じ曲げることではありません。第一に、相手に対して、「~という風に感じているのですね」と理解や共感を示すことで、相手と自分のコミュニケーションの共通のチャンネルを作るのです。
自分の主張を通したいのであれば、まず、相手を受け入れ、相手にも自分の主張を受け入れやすい素地をつくることが不可欠です。
その上で、自分はどう感じているか、何を望んでいるのかを相手に伝えて、交渉なり、妥協なり、その状況にあった、自己主張をしていくことを練習してみてください。
では、また。
前回、対人恐怖症は、自己主張や自己表現ができないことが、キーポイントになるとお話ししましたが、それ以外にも、上手く自己主張が出来ない人は、結構多いのです。
そのような方は、自分の思い、意志をハッキリと言えなくて、我慢し続けて、ストレスがたまってしまうのです。
なぜ言えないのでしょう?
多くの方がおっしゃるのが、「こんなこと言ったら、嫌われてしまうのではないか、相手を怒らせてしまうのではないか、わがままなやつだとおもわれてしまうのではないか」など・・・。
つまり、自己主張をすると、相手の機嫌を損ねたり、悪感情をもたれたりすることが心配なのです。
このような悩みをもたれる人が、苦しんでいるのは、自分より相手のことが優先しているため、社会で自由に発言したり行動したりできないのです。
どうしたら、このような自分自身を押さえつける生き方から、脱することができるでしょうか?
そのためには、嫌われることを恐れないことを座右の銘にしていきましょう。
自分の思いや意志を表明したら、相手の機嫌が悪くなったら、その人は、付き合うべき人ではないのです。なぜなら、その人たちは、あなたがその人にとって都合の良い言動をしているときだけ、受けれてくれるだけで、本当にあなたを大切にしてくれていないのです。
ですから、自分の思いや意志を表明しても、それを受け入れてくれる人こそ、付き合うべき人なのです。
自己主張は、付き合うべき人をあぶりだす“リトマス試験紙”なのです。では、また。
人前で、赤面や冷や汗、強い緊張が止まらなくなって、大勢の人の中にはいれない、駅や会合などに参加できないなど、対人場面で苦労している人たちがいます。
本人には、その原因が中々わからないので、対処するのが難しく、どうしたらよいのかわからないと途方にくれることが多いのです。
まず、このような、対人恐怖症の相談では、ご本人が、どのような場面で、どのようなことが気にかかっているかを話してもらい、他者の反応が気になって、自分の感情や意志を表現できずに、うっくつした心理的ストレスを抱えていることを自覚することが不可欠です。つまり、他者に「こんなことをしたら、こんなことを言ったら、どのような反応をされるだろう」ということが不安であったり、他者にひどく遠慮したりして、自己主張、自己表現を押さえ込んでしまうことが、ストレスとなり、赤面などの対人恐怖症状が起こるのです。
次に、そのような症状が、頻発する、緊張感のある場面を想定して、抵抗の少ないところから、少しずつ、自己主張のトレーニングをしていくことで、対人恐怖症が改善されていきます。
皆さんの中で、対人関係で、特によく知らない人々や、集団の中で、強い赤面、冷や汗、緊張感などに深刻に悩んでいる方は、その苦しみを改善するため、自己主張を学んでいきましょう。
私が、実際に、臨床的に不登校児を見た限り、その9割以上が、自分の思いや意志を他人に伝えられないケースです。
そのような場合は、不登校児は、クラスの中で、自己主張しないため、自分の意見は通らず、他人の意見だけが、何もかもを決めてしまいます、球技大会の種目から、昼休みの遊び方、遠足の班決定まで。そのため、不登校児は、クラスの中で、他人の意志や感情に翻弄されて、ストレスがたまるのです。
ですから、家の中でも、「自分の意志」を常に、ハッキリと言わせて、その発言に責任を持たせるのです。これを行動の基本にしていけるように援助していきましょう。これが、クラスの中で、他者との関係を作り、クラスでサバイバルするための重要なステップになります。では、また。
詳しいこと、具体的なことは、近日、はじめる予定のメールマガジンに書いていきます。
前回は、不登校児を信じるという気構えの大切さを書きましたが、では、子どもたちが学校に復帰するには、どのようなプロセスで改善していくのでしょうか?そして、それに沿って、どのように、子どもたちの状況を理解するべきでしょうか?
まずは、子どもが、ストレスを開放するために、家で羽根を休めている現状を受け入れてください。それについては、何一つ文句も言わず。
というのは、不登校児は、ストレスや心の傷つきが癒えると、自分から、学校に行こうとするからです。実際、多くのケースでは、誰に言われることもなく、自分から、学校に行こうと取り組みを始めます。
ただ、ここで、注意したいのは、取り組みを始めても、右肩上がりで、一直線に良くはならないということです。
久しぶりに学校に行けば、緊張はMAXで、心臓が飛び出しそうになります。2日も行けば、エネルギーを使い果たしてしまい、また、家にこもることも普通です。
でも、子どもを責めたりしないで、見守りましょう。上がったり、下がったりしながらも、そのカーブは少しずつ上がっていくので、心配ありません。
大切なのは、周りの方、じれたり、焦ったりしないことです。ただ、信じるだけです。では、また。
では、不登校児を直すには、どうすべきでしょうか?
私が、不登校児の相談で、申し上げるのは、「そのお子さんが、必ず登校するようになることを信じてあげてください」ということです。
ご両親にしてみると、「一日中、家にいて、ゲームなんかをやってる姿を見ると、このまま、放っておいて良いのでしょうか」と心配を述べ、中には、そのような対応が、子どもの養育を放棄していることになるではないかと感じてしまう方も珍しくありません。
ですから、「お子さんを信じてあげてください」と申し上げるのです。不登校児は、非行児とは違い、「学校に行けないことを恥じている」ので、昼間、学校に行くべき時間は、家に閉じこもっているのです。つまり、これこそが、真面目さの証明になるのです。
不登校児は、「学校に行けない自分をどこかで責めている」ので、家にいても、本当は、休まらないので、ゲームで気晴らしをしているだけなのです。
もう一度言います、「お子さんを信じてあげてください」。では、また。
今回は、子どもたちの心を取り上げてみたいと思います。一回目は、不登校児の気持ちを書いていきます。
私は、元不登校児でした。ですので、不登校児たちが何を考えて、何に苦しんでいるか、思い当たり、今も、他人事には思えません。
不登校児が、両親、親族、教師、クラスメートなど、周りの人に、これだけは、理解して欲しいと思っていることがあります。
不登校児は、「本当に、学校に行きたいのです」、ですが、心に引っかかることがあって、勇気を振り絞っても、学校に行けないのです」。この切実な思いをわかって欲しいのです。
私自身も、経験があるのですが、不登校になっていない人には、この心情が、わかりにくいのです。家庭訪問に来た教師が、夕方、“学校に行かなければならない”というストレスから開放されて、「ほっとしている」様子を見ただけで、「何だ、元気じゃないか。それなら、明日は学校に来られるな。明日は、車で迎えに来るから」と、不登校児に大きなプレッシャーをかけたりしてはならないのです。
たいがいの不登校児は、自分の感情や意志を集団の中で上手く主張して、他者との関係をスムーズに作れることができません。自己主張が少なすぎたり、多すぎたりするのです。
そのため、クラスの集団が、自分の居心地が悪くなり、ストレスをため込んで、仕方なく、不登校になるのです。
残念ながら、幼い、子どもたちには、このような自分の心を客観的に理解して、上手く説明できないのです。
そのため、夕方、一息ついている様子が、“サボっている”という風に誤解されてしまうのです。
ところが、真面目な不登校児は、必死に学校に行こうとしているのに、“サボっている”、“単なる気のせい”と思われるのは、屈辱であり、ひどく傷つく言葉なのです。
周りに不登校児がいるかたは、このような不登校児の心を理解してあげてください。では、また。
本当は、行きたくないのだけれど、断れずに、いつも飲みに言ったりして、いつも、他人の意向に振り回されていませんか?
確かに、重要な商談などで、はずせないことはあります。でも、私的なことまで、断れないとしたら、いつも、ストレスをためこんでしまいます。
断れないという方のお話を聞くと、相手の方を「怒らせてしまうのではないか、きらわれてしまうのではないか」という不安から、断ることができないというケースが多いようです。
でも、考えてみてください。今日は体調が悪いから、気分が落ち込んでいるから、行く気がしないという事情を話して、それに理解を示さない人は、あなたのことを大切にしてくれる人なのでしょうか?
たとえ、無理して、その人の意向に合わせても、あなたを大切にしない人は、あなたが無理をして来てくれたことなど、評価してはくれないでしょう。
どの道、あなたのこと大切に思ってくれない人なら、NOと思い切って言ってみませんか?
それで嫌われたとしても、あなたのこと大切にしない人に嫌われただけですから、本来、何の障害もないはずなのです。
それでも、断れない人に一言言いたいのですが、断ることは、あなたの選択を示しただけであって、相手の価値や尊厳を損なうことではないということなのです。
本当の友人であれが、互いの選択の自由を認め合えるはずなのです。
勇気を持って、自分に正直になってみませんか?では、また。