あけました!2019スタート!信じたもの(追記2020未来から)
ひさしぶりのブログです!2019,1,7改名まず、ひとつは、名前を変更しようと思います!新たな年に新たな名前でスタートするMoMo という名前は童話に登場する女の子の名前でした。この本にインスパーヤーをさせて、モモのように好きを通して何かメッセージを残したい!と思ったことがきっかけでした。Mallin に2019年から改名します!わたしの誕生月の3月のアクアマリンにちなんで、今年はもっと自分と対話していこう!という意思です2018.9 その日はまだ激動を乗り越えた、と思い込んでいました。あれから、わたしも目覚めさせられたな、、2018年振り返って激動だったな。。まず、スピリチュアルを学ぶことはいろいろと気づきがあると、いろんな意味で、、感じました。ビジネス商法としての引き寄せの法則そう、業界には引き寄せを使ったビジネスがたくさんある。心、真理、宇宙、魔法、あの手この手で訴えかけてくる。みんな誰もが、そのままでいい、自分を認める、そんな話をして、どれもとても良い話。でも、これだけは大切にしたいと思った。自分の違和感、感覚、違うと思う、外道な考え、否定している自分。どんなにゲスと言われようと感じたこと、思ったこと、感じることそれが一番大切にしないといけない思いだな〜と。みんな、それは正しくて良いことだとそれらしく話をします。でもみんな答えなんて知らないんだなって。あの手この手で、そういう人達は理論や真理や考えを売り歩いていました。親しくなった人でも、何かを売ろうとしてくる人もたくさんいる。とても感じの良い人、魅力的な人、それぞれに魂胆があって近づいてきたり、親切にしてきたり、耳障りのいいことを言っていたり、権力や知名度があったりします。それをわかって、上手く利用できるなら良いと思う。でも、優しい人。信じやすい人。意見をなかなか言えない人。断れない人。そういう人が人生を変えたくて、必死で辿りついた場所で何かを売るために、エネルギーを奪う人がいます。弱い自分でもどんな自分でも違和感や感情をとらえよう。自身の感覚に自信を持って欲しい。だってその意思や感覚は、その人にしか感じることができない唯一無二の感覚だから。世間で否定されそうな意見や他人の批判、悪口、湧いてくるもの、そんなこと思うわたしは悪い人だなんて押し込めないで、ただその想いは認めてあげよう。それを人にいうことではなく、この想いはどうして湧いてきたのかな?とちゃんと見てあげたい。⚪︎➕⚪︎=2どんな方法でも幸せな答えで自分の感覚がすっきりとする、それは腑に落ちるなーと思うもの。それはその人の答え。これはたまたま見ていたyoutubeの宇宙人チャンネルさんの動画を見ていたときにこの時代は自分で答えを求める時代だと言っていました。→追いかけているうちは、まだまだ!2020未来よりつまり、今まで1➕1=⚪︎ で2という答えがある。わたしはこれを、今までは会社員でみんな同じ道があった、安心があって、このレールに乗って周りと同じでいれば、ある程度先の見える答え、道があった。誰かが言ったこと、世間の意見で生きていても大丈夫なこともあったかもしれない。でも、2019年、⚪︎➕⚪︎=2 みんなそれぞれに自分にとっての幸せって何か?どう感じていてどう生きていきたいか、自分の一番、楽しみながら生きる道は何か、どんな世界になるかな?できることはないかな?と道を作っていく。固定観念をはずしていくことなのかなと個人的に思う。親の意見、世間の意思、TVの意見、溢れかえってしまうけれど。もし今までのやり方よりずっと生きやすいものがあるなら取り入れたい。でも一番大切なのは自分の心が腑に落ちるもの体感で思うこと、心がときめくもの。本音。それがわたしの導き出した答えでした。2020.9たくさんの人の意見に翻弄されて、自分を見失って、仕事がなくなって、どん底になって気がつきました。わたしは家族に喜んでもらいたかった。だから、今は自分を生きて、まず自身のこころを満たそう。自分が自分を認めていたら、わたしの世界もそうこたえてくれる。2020年追記未来から過去へ※医療からライター、ツアーガイド、カフェのバリスタ そして今回はコスメ関係の仕事、沢山努力して乗り越えた 研修、レジや金銭のミスをしてしまう接客で人が目の前に いるとパニックになり忘れてしまう。ADHDのことを 正直に勇気を持って上司に相談した。2019末 ADHDは先生から問診時に幼少期からの話をしたところ診察時に言われ、薬を処方すると言われました。何故なら確定診断までに時間がかかるのと費用が高額、あの日の私は家賃や光熱費、生活費を支払ったら余剰は全くない貯金もない状態でした。なので仕事に支障が出るなら薬を処方すると言われました。まだ確定診断ではないということも上司に伝えたところ、本部にこの人はADHDだとの報告をしたようでそれが原因で解雇になりました。この日明るくブログは書いたけれど内心すごく傷つきました。引っ越した家を全て、引き払って実家に費用が足りなくてお金を工面してもらった。死に物狂いでとにかくまだ引っ越して間もない家から急いで荷物をまとめ、その間にも求職活動をしハローワークに行き、最後はもうアルバイトでいい時給が900円でもいいから無理なく続けられることをしようと自分のハードルを最大限に低くし、やっと見つけたのが今の仕事。タイミングよくコロナ騒動の前に見つかりデスクワークのため、在宅も多くなりやっと自分にはそこまで接客や会計仕事は向いてなかったな。。無理して素敵なキラキラした存在に憧れて、でも根っこは自宅警備員ニート。朝がの低血圧と頭痛に耐えながら障害者で、家族にDVをした父を許せない、絶対にお金を好きなことで稼いでこの家を出てやる。私は家族にずっと虐待者である父に似てお前は怠け者だと言われて育ちました。言われても仕方ないです。でも心では違う、絶対に私は成功できるんだ、本当はできるんだと自分を励まし続けました。この家にいたくなかった、父親という自分の子供時代を壊し、母がヒステリックになり私の夢を潰すために必死に社会のレールに乗れ、そうでないと許さない、今まで欠けたお金がある、レールに乗れないなら費用も一切出さない。好きなアートの学校もいくなんで許さないとヒステリックになっていました。鬱になって初めて海外に留学をさせてもらった。だから自分で病気を引き起こしてでも鬱であっても自分を突き通したいそう言う気持ちだったんだと思います。実家を出たくて給料の高い派遣でコスメの仕事を頑張った。そはいえ言われてもメモしても何故かまたミスしてしまう。ミスばかりで迷惑をかけたと思います。教えてくれた先輩には申し訳なかったです。私はやっぱり会社に合わせて定年まで生きる生活はこの人生でやりたくない。どうしてもyoutubeやネットを使って自分を発信して生きていきたいどこかそれが怖くて避けていた。実家にると父親には絶対に顔を合わせないというルールがある。父は子供のことから気に食わないことがあると4歳児であっても怒鳴りちらしタバコを吸って殺意に満ちた目で子供を傷つける。そんな人と同じだと言われてショックだった。妹は成功、私は失敗。そう言うレッテルを貼られていると分かった。母は自分が不幸だから私だけは自分の元におき同じ苦しみの社会のレールに乗せたい。でも、私は自由になりたい。だって人間生まれて収入の半分は税金で所得が低いほど税率は高い、長時間の労働と毎日の通勤、退職金だってない。何一つ補償されてないそれなら、もっと今の時代にあったゆっくり長く楽しく情熱を持ってこれをやりたいと思えることを仕事として作っていきたい。そう思うのはわがままでしょうか。。日本は誰も文句も言わず自ら命を立ってしまう人があまりにも多すぎる。みんな家族、家系で不幸だったら人の幸せなんて願うことはできない。人に貼られたレッテルなんて過去からの観測でしかない。続けていたら全く素晴らしい世界が起こるかもしれない。みんなこのままでいいのかな。。だって日本も世界も世紀末。。元の世界には戻れない。どうせなら一皮むいて2020を終える。そうしよう。