入院していました;
なに…約15日ぶりの更新!?
ということで、この二週間ほどの出来事です~。
(仲間内と言うか普段から近場でお世話になってる人には「消えた!」って驚かれるといけないので、3日に1回くらいはおしらせ更新していたのですが。)
**********
1月5日までは普通に何事もなく経過していました。
が。
1月6日の早朝4時半から、急に胃痛?で目覚めました。
1時間ほど様子を見たところ痛いのは胃でなく子宮底で、15分毎ということで周期的な子宮収縮と判断;
朝までもたないと考えてくれた旦那様がテキパキと準備して、6時ごろに病院へ到着。
先生が診てくれたところ「子宮口1.5cm開大、切迫早産」と診断。。。
そのまま入院…という流れになっていましたorz
入院後はルテオニン(子宮収縮抑制剤:塩酸リトドリン。ウテメリンが有名)を2A10ml/hで24時間持続点滴で落としながら、絶対安静と言うことで尿道留置カテーテルをいれられて寝たきりに。
…しかし副作用の動悸・頻脈が強く出たため5ml/hへ変更。
2日間は泣く余裕もなし。
マナー・ルール違反承知で(本当にすみません…)、ケータイ駆使して切迫早産での入院の情報や高額療養費の手続きについてや、薬剤などなど少しでも不安材料になっていることを片っ端から調べていました。
2日目夜にはカテーテルを抜いてもらうことができて、とりあえず点滴引っ張ってでもトイレには行けるようになりました。
入院時の血液検査の結果から貧血もあるからフェロミア内服と、炎症反応が高いので一日2回の抗生物質の点滴も増えました。
3日目頃から少し気持ちに余裕が出てきて、とにかく周りに心配をかけている事が申し訳なくて、せめて人前で泣くのだけはよそうと頑張りはじめました。
友人が読みたかった漫画をたっくさん持ってきてくれたので随分と気がまぎれたんですよね、ありがとー☆
5日目、9か月最初の妊婦健診日。
いつもなら楽しみでルンルン。
ですが、切迫早産による入院という緊急事態中なのでビビっている私…
更にその日、診察はいつになるか分らなくて、旦那様は一緒に診察に入れないかもしれないということが大きな不安要素になって一気に気弱に。
一人の看護婦さんが様子が変と気付いてくれました。
切迫早産の人は大概自分を責めて情緒不安定になってしまうので、注意してみていてくれたのかも。
泣いている私に、『NICUの先生が言ってたのですけどね。胎児にとって子宮での1日は保育器での1週間に匹敵するんです。それくらい子宮の中は良いところなんですよ。だから辛くても1日を耐えてくれたママは、赤ちゃんにとって1週間頑張ってくれたのと同じなんです。頑張ったり我慢しなくて大丈夫、ママは十分に頑張ってるよ。』と看護婦さんは言ってくれました。
授業やなんかで手に入れた知識で切迫早産患者の心理とかも知ってるつもりだったけど、当事者になったらいけませんね…どうしても自分を責めてしまいます。
旦那様も赤ちゃんも産まれる前から苦しめてしまった…無理して何もしないようにしてたのにも関わらず、其れでもお腹において十分にまもってあげることさえできない自分に嫌気がさしたり。
言っても仕方ないことだけど、どうして早産体質なんかなんだろうって。
文章には出来ても話すことが苦手なので、看護婦さんには気持ちの説明が何もできませんでした。
でも、あの話を聞いて随分と気持ちが救われました。
結局、旦那様はタイムアウトで一緒に診察には入れなかったけど、ベベちゃんは2週間でぐんと大きくなって非常に元気でした☆
一安心したのと、泣きつかれたのとで、この日が一番良く眠れたカモ…(^^;
入院から一週間。
予定では一週間で退院とされていたのですが、点滴が外れないので無理と諦め。
点滴があるのでシャワーもダメ(というか頻回にお腹が張る状態で風呂なんか危険すぎ;そもそもまだ臥床安静中だし)。
清拭と着替えはありましたが、髪の毛だけは如何ともしがたいので旦那様がドライシャンプーをしてくれました。
小一時間かけて髪の毛を拭いたり、丁寧に櫛をかけてくれたり、入院生活で一番しあわせな時間だったかも(笑)
冬場にも関わらず薬の副作用で頻脈になったりで、だいぶ汗をかいてたので気持ち良かった―(><*
8日目に点滴が外れて薬は全て内服に(ルテオニン、フロモックス、フェロミア、ベンコール、ペンクルシン)。
9日目にはシャワーも解禁されて漸く人間らしい生活へ…(^^;
退院は感染兆候が落ち着き次第(CRPが下がり次第)ということで保留。。。
そればっかりはデータ見なきゃ分からないので、いつになるんだと若干また絶望的に。
結局入院12日目の1月18日、退院。
**************
現在は病院が近く、1階部分だけで生活ができる実家に帰ってきています。
医者から『出来るだけ臥床安静+階段ダメ、家事系ダメ、外出禁止』の指令が出ているので、実家が一番良い環境だと両家共に納得の上で(--;)
向こうの内孫なのに義母に申し訳ない気持ちですが、義実家は超寒い山の上で階段上がらなきゃ寝室にも行けないからね;
ということで、今は実家で心おきなく妊婦様してます(苦笑)
色々と一度での報告になりましたが、臨月までは実家でダラダラ(安静に)過ごすことにします(^^;)
ということで、この二週間ほどの出来事です~。
(仲間内と言うか普段から近場でお世話になってる人には「消えた!」って驚かれるといけないので、3日に1回くらいはおしらせ更新していたのですが。)
**********
1月5日までは普通に何事もなく経過していました。
が。
1月6日の早朝4時半から、急に胃痛?で目覚めました。
1時間ほど様子を見たところ痛いのは胃でなく子宮底で、15分毎ということで周期的な子宮収縮と判断;
朝までもたないと考えてくれた旦那様がテキパキと準備して、6時ごろに病院へ到着。
先生が診てくれたところ「子宮口1.5cm開大、切迫早産」と診断。。。
そのまま入院…という流れになっていましたorz
入院後はルテオニン(子宮収縮抑制剤:塩酸リトドリン。ウテメリンが有名)を2A10ml/hで24時間持続点滴で落としながら、絶対安静と言うことで尿道留置カテーテルをいれられて寝たきりに。
…しかし副作用の動悸・頻脈が強く出たため5ml/hへ変更。
2日間は泣く余裕もなし。
マナー・ルール違反承知で(本当にすみません…)、ケータイ駆使して切迫早産での入院の情報や高額療養費の手続きについてや、薬剤などなど少しでも不安材料になっていることを片っ端から調べていました。
2日目夜にはカテーテルを抜いてもらうことができて、とりあえず点滴引っ張ってでもトイレには行けるようになりました。
入院時の血液検査の結果から貧血もあるからフェロミア内服と、炎症反応が高いので一日2回の抗生物質の点滴も増えました。
3日目頃から少し気持ちに余裕が出てきて、とにかく周りに心配をかけている事が申し訳なくて、せめて人前で泣くのだけはよそうと頑張りはじめました。
友人が読みたかった漫画をたっくさん持ってきてくれたので随分と気がまぎれたんですよね、ありがとー☆
5日目、9か月最初の妊婦健診日。
いつもなら楽しみでルンルン。
ですが、切迫早産による入院という緊急事態中なのでビビっている私…
更にその日、診察はいつになるか分らなくて、旦那様は一緒に診察に入れないかもしれないということが大きな不安要素になって一気に気弱に。
一人の看護婦さんが様子が変と気付いてくれました。
切迫早産の人は大概自分を責めて情緒不安定になってしまうので、注意してみていてくれたのかも。
泣いている私に、『NICUの先生が言ってたのですけどね。胎児にとって子宮での1日は保育器での1週間に匹敵するんです。それくらい子宮の中は良いところなんですよ。だから辛くても1日を耐えてくれたママは、赤ちゃんにとって1週間頑張ってくれたのと同じなんです。頑張ったり我慢しなくて大丈夫、ママは十分に頑張ってるよ。』と看護婦さんは言ってくれました。
授業やなんかで手に入れた知識で切迫早産患者の心理とかも知ってるつもりだったけど、当事者になったらいけませんね…どうしても自分を責めてしまいます。
旦那様も赤ちゃんも産まれる前から苦しめてしまった…無理して何もしないようにしてたのにも関わらず、其れでもお腹において十分にまもってあげることさえできない自分に嫌気がさしたり。
言っても仕方ないことだけど、どうして早産体質なんかなんだろうって。
文章には出来ても話すことが苦手なので、看護婦さんには気持ちの説明が何もできませんでした。
でも、あの話を聞いて随分と気持ちが救われました。
結局、旦那様はタイムアウトで一緒に診察には入れなかったけど、ベベちゃんは2週間でぐんと大きくなって非常に元気でした☆
一安心したのと、泣きつかれたのとで、この日が一番良く眠れたカモ…(^^;
入院から一週間。
予定では一週間で退院とされていたのですが、点滴が外れないので無理と諦め。
点滴があるのでシャワーもダメ(というか頻回にお腹が張る状態で風呂なんか危険すぎ;そもそもまだ臥床安静中だし)。
清拭と着替えはありましたが、髪の毛だけは如何ともしがたいので旦那様がドライシャンプーをしてくれました。
小一時間かけて髪の毛を拭いたり、丁寧に櫛をかけてくれたり、入院生活で一番しあわせな時間だったかも(笑)
冬場にも関わらず薬の副作用で頻脈になったりで、だいぶ汗をかいてたので気持ち良かった―(><*
8日目に点滴が外れて薬は全て内服に(ルテオニン、フロモックス、フェロミア、ベンコール、ペンクルシン)。
9日目にはシャワーも解禁されて漸く人間らしい生活へ…(^^;
退院は感染兆候が落ち着き次第(CRPが下がり次第)ということで保留。。。
そればっかりはデータ見なきゃ分からないので、いつになるんだと若干また絶望的に。
結局入院12日目の1月18日、退院。
**************
現在は病院が近く、1階部分だけで生活ができる実家に帰ってきています。
医者から『出来るだけ臥床安静+階段ダメ、家事系ダメ、外出禁止』の指令が出ているので、実家が一番良い環境だと両家共に納得の上で(--;)
向こうの内孫なのに義母に申し訳ない気持ちですが、義実家は超寒い山の上で階段上がらなきゃ寝室にも行けないからね;
ということで、今は実家で心おきなく妊婦様してます(苦笑)
色々と一度での報告になりましたが、臨月までは実家でダラダラ(安静に)過ごすことにします(^^;)
さようなら、2010年。
今年も今日で終わりですね。
「さようなら○○○○年」…このタイトルで日記書くの何年目だろう。
今年は結婚に新婚旅行に妊娠に…出産まではしなかったけど、とにかく幸せな一年でした。
旦那様は、今年は忙しかったなと言っていましたけど…私は何よりも、まず、幸せだったという感想です。
絵描き活動の方ではなかなか派手には出来なかったけど、賞を頂いたり、絵本が良いセンまで行ったり、2年目最初に立てた目標を辛うじてどちらもクリアする事が出来ました。
それから新しい出会いもたくさんありました。
親戚・親類が増えた事、絵描き仲間さんが増えた事、ママ友さんが増えた事、旧友や先輩方とたくさん会えた事…。
私を取り巻いてくれている皆さんに、心から感謝しています。
自分の中で大事すぎる事が多くて、さよならしたくない、2010年。
拝啓15の君へ…じゃないけど、10年前の私は、こんな事ぜんぜん予想してなかった。
中学生の最後の冬…いまいち人間不信が治らないまま、どうやって生きたら良いのか分からないで不安だった。
学校も先生も同級生も自分も大嫌いで、周りのイジメとか嫌がらせのループとか、聞いてるだけでも見ているだけでも反吐が出そうな世界の中にいた。
勝手に私が身を置いていただけかもしれないけど、絶望して抜け出す事も動く事もしようとしなくて、死にたがってた。
近い未来も遠い未来も信じられなくて、誰か一人でも男の人を信じて人生を共にして家庭を築く…なんて、自分には到底ムリだと思ってたし、好かれる事も無いと思ってたし、なんにも無いなら居なくなりたかった。
そういえば、当時の旦那様は27歳だったんだね~…いまの私より年上じゃない(笑)
そんな過去の私に、もし拝啓15の君へをするのなら…ザマミロ、私は幸せになったぞ。って言ってやりたいと思う。
さよならしたくない、2010年…
きっと、忘れない。
もうひとつのブログ
ママ向けです♪

一人でも多くのママに想いが届きますように
応援よろしくお願いいたします♪
いつもありがとう(≡^∇^≡)
足跡たどって遊びにいきます☆
かわいいペタ作ったよ♪
「さようなら○○○○年」…このタイトルで日記書くの何年目だろう。
今年は結婚に新婚旅行に妊娠に…出産まではしなかったけど、とにかく幸せな一年でした。
旦那様は、今年は忙しかったなと言っていましたけど…私は何よりも、まず、幸せだったという感想です。
絵描き活動の方ではなかなか派手には出来なかったけど、賞を頂いたり、絵本が良いセンまで行ったり、2年目最初に立てた目標を辛うじてどちらもクリアする事が出来ました。
それから新しい出会いもたくさんありました。
親戚・親類が増えた事、絵描き仲間さんが増えた事、ママ友さんが増えた事、旧友や先輩方とたくさん会えた事…。
私を取り巻いてくれている皆さんに、心から感謝しています。
自分の中で大事すぎる事が多くて、さよならしたくない、2010年。
拝啓15の君へ…じゃないけど、10年前の私は、こんな事ぜんぜん予想してなかった。
中学生の最後の冬…いまいち人間不信が治らないまま、どうやって生きたら良いのか分からないで不安だった。
学校も先生も同級生も自分も大嫌いで、周りのイジメとか嫌がらせのループとか、聞いてるだけでも見ているだけでも反吐が出そうな世界の中にいた。
勝手に私が身を置いていただけかもしれないけど、絶望して抜け出す事も動く事もしようとしなくて、死にたがってた。
近い未来も遠い未来も信じられなくて、誰か一人でも男の人を信じて人生を共にして家庭を築く…なんて、自分には到底ムリだと思ってたし、好かれる事も無いと思ってたし、なんにも無いなら居なくなりたかった。
そういえば、当時の旦那様は27歳だったんだね~…いまの私より年上じゃない(笑)
そんな過去の私に、もし拝啓15の君へをするのなら…ザマミロ、私は幸せになったぞ。って言ってやりたいと思う。
さよならしたくない、2010年…
きっと、忘れない。
もうひとつのブログ
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一人でも多くのママに想いが届きますように
応援よろしくお願いいたします♪
いつもありがとう(≡^∇^≡)
足跡たどって遊びにいきます☆
かわいいペタ作ったよ♪
2010年のChristmas☆
クリスマスです。
みなさん、いかがお過ごしでしょうか?
今年は、おとなになってから一番楽しいクリスマスでした(子供の時は無条件に楽しかった)。
クリスマスの前に生木のゴールドクレストを買ってもらって飾りをしたこと…枯らさないように育てて来年また飾りをするのが楽しみ(*^^*)
旦那様と一緒にクリスマス・プディングを作った事。
(こちらのサイトを主に参考に…http://
ちなみにクリスマス・プディングは日本のいわゆるプリンとは違い、ずっしりでっかい焼き菓子系。
パン粉、ケンネ脂(ウシの腎臓の周りの脂)、三温糖、小麦粉、どっさりのドライフルーツ、ビール等をほぼ同量でっかいボールでコネ合わせ、スパイ スとブランデーで風味付け、一日寝かせる→二日目、アルミ箔でふたをした後8時間蒸し焼きにして、中まで火が通ればクリスマスまで2日~1年程度寝かせ る。→クリスマスにイタダキマース!…というイギリスの伝統的なケーキなのです。
ちなみに完成品が写真…黒い塊みたいww
朝は天気予報の言った通り、雪がつもってました。
写メ撮り忘れちゃったなあ…雪だるま作るには丁度いいくらいの質の雪でした。
あと昼間はなぜか義母と「吉原炎上」の再放送を観てた…(^^;)
観月ありさが大っきい(笑)
本日は、寺院関係の忘年会だったので旦那様はディナー不在。
鶏の唐揚げとポテトサラダ、小蕪と鶏肉のコンソメスープを作って、お義母さんと晩ご飯を楽しみました~☆
小蕪と鶏肉のスープは適当に初めて作ったんだけど、トロトロで甘くて以外とおいしかったので、また作りたいな♪
私とお義母さん用に、普通のケーキも買ってこようかなと思ったのですが地面が凍結しているので運転が怖いので断念;
食後は年賀状の宛名書きを頑張っていたらオナカを圧迫しすぎて苦しくなり一時ダウン。
なぜかお義姉さんがたくさんミカンを持って来てくれたりして、ちょっとバタバタ。
旦那様が帰って来たらクリスマス・プディングを切ろうかと思ってたんだけど、思いのほか満腹で帰って来られたので明日に持ち越し☆ミ
…夜の犬散歩に行ったら風が冷たすぎて、途中で帰って来ました~(><*)
でも、まるで燃えるような大きな月が見られて良かったー。
なんだろ、ほんとに綺麗だった~…産気づくんじゃないかと思った。
ああ、もう一週間で今年が終わるんだなあ。
ちょっと焦る。
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