kuroneko のブログ

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夫が急死し、ミトコンドリア病の長男と元気な次男を育てるシングルマザーのつぶやき

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夫が亡くなって7年が経ちました。

育児に奮闘し、あっという間の7年でした。

月9ドラマの「海のはじまり」を見ながら、ふと心境を重ねてしまう。

あの時夫は、なにを思いどんな思いで死んでいったのか…

今となっては死人に口なし。誰も夫の心境を語れる人はいません。


7年前。夫は仕事中に倒れ、会社の人との電話での会話が最後の会話となりました。

電話越しから救急車の鳴り止まないサイレンと頻拍した様子の救急隊員の声。

病院に到着した頃にはもう意識はなくなっていたようです。

「脳幹出血。」側で三日三晩祈り続けましたが、私の母や友人が部屋を訪れた後、最期に会えてホッとしたようにサチュレーションが急変しそのまま息を引き取りました。

夫は人寄せが大好きで、仕事の後輩など面倒見のいい人でした。


あの数日の光景は、7年経った今でも胸に焼き付いて離れず、ふとした瞬間に思い出し涙が溢れます。

夫の携帯に残っていた、倒れる数時間前に撮った写真。次男が大好きだった新幹線「East-i」の写真でした。仕事で行った現場で偶然目の前を通り、咄嗟にカメラを向けたのでしょう。帰って次男に見せたかったんだろなぁ。

あれから何度か夫は夢に現れ、私にサヨナラを言いに来た時もありました。

家のいつも座っていたソファに座り、息子達や知り合いが集まっているけども誰も夫の姿は見えておらず、私だけが夫と話すことも触れる事もできた。

現実のようなハッキリした夢で、しっかりと覚えています。


あの日、突然いなくなってしまった夫。

ちょっとした身体の異変を話してくれていたのに、心配ないと軽く考えてしまい、夫を守ることができなかった私…。

その症状がなんだったのか分かった今は、そうだったのかと頷けますが、当時はこんな事になるなんてひとつも思っていませんでした。


あの時私は…すぐ電話に気づくことができず、何件か不在着信が残っていました。

すぐに気づくことができていれば、最期に夫と話すことができていたのではないか…。

あの朝、「疲れたなぁ…」とこぼし仕事に出かける夫に、なにかしてあげることもできたのではないか…。

もっとこうしてあげれば……


正解のない答えを今も探しています…