カタンゴトン…
久々の井の頭線
今から実家に帰ります
井の頭線乗る度
昔を思い出す
あのころは良かったとか
今は不幸せだとか
そんなんじゃない
自分は変わってない
あのときだってそうだった
自分は人と向き合うのが怖い
他人の感情に晒されるのがこわいんだ
他人と解り合うのって
感情の摺り合わせだとおもう
でも…
どうもその感情の摺り合わせが苦手らしい
かわりに私は逃げる。
良く言い換えれば
相手の気持ちを尊重して思いやりがある
悪く言い換えてしまうと
単なる表面の我慢のつきあい
思いやりってなんなんでしょう?
自分は時折解らなくなります
自分だけ相手を思いやって
相手からの思いやりがない場合
これは別のものに変わってしまうのではないのかな?
ただ相手に尽くして利用されてるだけじゃないの?
って…
疑ってしまう
けど、
結局嫌われたくなくて相手の気持ちに沿ってうごいてしまう
けど、嫌われたくないからくるもの
こころから相手の為をのぞんでの行動ではない
こんなに打算的だと相手に利用されても文句いえないよね
一度居心地の良さを知った相手は
それを手放すのは難しく
それを変えるのを拒み
変化をめんどくさく思う。
まだ私にたいして尊敬や愛情を持っていてくれたら違うのかもしれないけど
自分自身
他人にその感情を抱いてもらえるとなんかこれっぽっちも信用できてない
言葉は着飾った嘘
想いは陶酔するための思い込み
どこかしらこれからにげられないきがしてならないんだ
裏切らるくらいならちかづきたくないし、本心は語らない
願望も表向きのもの
喉から手がでるほど渇望してるものなんか
手に入んないんだよ
人生はそうできてるって知ってる
だから他人に対して興味わかないし
信じらんない
けど、一人で痛くない傷つきやすい自分を押さえ込みきれなくて
また誰かによりそいたくなる
だから
私の人生は乾いて乾いて
満たされないんだろうな
本音なんか存在しない(笑)