個人的倉庫by源ガク

個人的倉庫by源ガク

個人的倉庫by源ガク

1
「どうしよう、次の連載の構想まったく思い付かない。」
中矢勇太は焦っていた。なんせ次の小説を書き上げなくては、実際に死んでしまうからだ。
その事を中矢はヒシヒシと感じていた。
「今回の小説が書き上げなくては、小説イーターに食べられてしまう」
小説イーターとは中矢の住む世界に存在するクリーチャーで、小説家を見付けては小説家の念を食べ、小説が書けない小説家は念の代わりにその小説家を食べてしまうと言う恐るべきクリーチャーだった。事によると太宰治も殺られてしまったらしい。
時は1950年、昭和25年、終戦から5年後、太宰の死から2年後の時期である。
中矢の父は国会議員で文部科学省の副大臣を勤めていた。文部科学省の下部組織には秘密組織「小説イーター培養機構」が編成されていた。
中矢の父・為実は、小説イーター培養機構のトップでもあった。
「今月の仕送りは100円、かなり厳しいな」と中矢は思う。彼は雑誌「小説芸術」に寄稿する中堅どころの小説家であった。
世の中は戦後の混乱により野蛮と粗野とそれ押さえつける格差により分裂していた。中矢の小説はその上流の暇潰し的に社会を伝える役を負っていた。
世は大創作時代、誰も彼もが小説を書いていた。町の電機屋さんも、近所の肉屋さんも、お隣の高校生も、新聞配達のお兄さんも、皆ここぞとばかりに小説を書いていたのである。
「小説王に俺はなる!」幼い中矢は心に決めた。それには父の影響もあった、為実は息子に小説による世論の形成の一躍を担わせようとしていたのだった。
当時の中矢は小説家の過酷さをしらなかった。一作出来上がれば小説イーターに念を食べられ空っぽに成ってしまう。次々に小説を産み出さないと、白知化してしまうのである。ついに新たな小説を書き上げられなくなってしまったら、小説イーターはその小説家を食べてしまう、小説イーターは獰猛なのだ。
中矢には才能があった、予言能力と言ってもいい、彼の書いた小説の出来事が実際に何年か後に起こるのである。
今彼が書いている小説は大学の事務職員が5万円を強奪し、彼女と一緒に豪遊すると言うものだった。決め台詞をそのまま題名にして「オー・ミステイク」と言う何をミステイクしたか謎な小説だった、捕まった時に供実で「オー・ミステイク」と言ったのならかなりふざけた犯人である。
話の展開を思案していると、雑誌「小説芸術」の編集長から電話がかかってきた。「中矢くん連載の方はどう?鰻でも食べに行く?」との誘いに中矢は乗った。
2
鰻屋の個室では編集長と日大教授染谷道彦が待っていた。
「おー中矢くん久しぶり」染谷は小説家イーター培養機構の顧問でもあり、勇太が幼い頃よく仕事関係で父のもとを訪ねてきた
「お久しぶりです」と勇太
「まあ座って座って」と編集長、勇太が座ると「早速だけど」と話を切り出した
「お父さんの方から連載の方の要望があって、今度の連載は金にまつわる景気のいいのにしてほしいそうなんだ」と編集長は言った。勇太は内心それじゃあ仕送り増やして原稿料上げろ、と思ったが「はあ」と生返事をした。
「そこで手前味噌で悪いんだけど、景気のよいと言うことで、実業系のうちの大学をフィーチャーしてほしいんだ」と染谷が言う。
「連載では今序盤の恋愛系ですが、これからなんとかなるかな」と編集長、そこに勇太の鰻重と肝吸いが運ばれてきた、勇太は1日半何も食べてなかったのでガツガツほうばりながら「はい何とかします」と言う。
「勇太くん女っけのほうはどうなんだ」と染谷
「からっきしですね」と勇太
「今度うちの娘が家の手伝いがてら同居するんだけど紹介してあげようか?」
「滅相もありませんおそれ多いです」と勇太
「勇太くんはモテると思うんだが」と編集長が言う、勇太は金さえあればなとだんだんこれから書く小説の主人公の気持ちに沿ったような気分になっていった。
「お嬢様はどんなお仕事をなさっているんですか?」と勇太が尋ねる。染谷は「化粧品屋のマネキンだよ、結構モテるらしい」と言う。
「そうですか、それではお嬢様も連載中の小説のモデルにしてもよろしいでしょうか?」と勇太
「おーいいよいいよ娘も喜ぶんじゃないかな、取り合えず資料と言うことで今度適当な写真を現像して勇太くんの下宿先に送るよ」
「ありがとうございます」
歩いて下宿先に帰った勇太は、夕飯を抜かし早速執筆に取りかかる。

染野とわ子は、教授の留守に男を呼ぶ、現在2人と付き合っていた、一人は学生でもう一人は教授の大学の運転手だった、今日は運転手を呼んだ。
運転手柿崎吾郎はハーフのような美景でアメリカかぶれのヤンキーだった。配達途中にとわ子の家に立ち寄ったのだった、ダットサンの運転席で「今日も燃えるかな」とぶつりと呟き染谷宅に横付けする。
クラクションの音でとわ子は迎えにでる。
「早かったね」ととわ子
「飛ばしてきたんだよ」と吾郎
二人は教授の留守中に貪り合った。
3
巨大な水槽の中で培養液に浸かり、小説家イーターは育っていた。
「グギギギィ」小説家イーターはうめき声をあげる。彼は脳オルガノイドであった。水溶液には音読された様々な小説の音声が流れている。
彼は日に日に巨大化する、今のところ目は17個あり、耳のような穴は32個ついていた。全体としてはぼこぼこの黒みがかった100cmぐらいの球体で、口は耳と判別のつかない穴として57こついている。
「グフゥ腹がへった念が喰いてぇ」小説家イータは獰猛なのだ。
中矢の父・為実は満足そうに慈しむように小説家イータを見つめる。
太宰治は小説家イーターに殺られてしまった。新聞の発表では女性と無理心中で川に身を投げたことになっていたが、その実日々小説家イーターに念を喰われていたのだった。
太宰は創作意欲がまったくわかないことに焦りを感じていた。毎夜恐ろしい夢を見る。グロテスクな黒い球体が現れ気力を吸いとってしまうのだ。
追い詰められた太宰は、付き合っていた女性と自殺しようと決意する。
川に沈み遠退いていく意識の中にもやつは現れた。
「苦しい」太宰は後悔しもがく。
「なんとか生き延びたい」と全意識が先鋭化する、死の瞬間の一点に待っていたのは小説家イーターだった。
「やっぱ全部がつまった念はうめぇ」と彼は呻く。
小説家イーターは、政府の要請によりまくし上げる小説家を選択される。ちょうど朝鮮戦争が始まっていたので資本主義を建言する作家が選ばれがちである。 中矢の父・為実は中矢を鍛え上げようと、中矢に景気のいい小説を書かせ小説家イーターがまくし上げる小説家の選考に組み入れようとしていたのである。

中矢は小説を書き進める。ちょうど教授の娘の写真が下宿に届いていた。
「結構かわいいな、紹介してもらえば良かったかな」などと中矢は思う。

染野とわ子はマネキンの仕事に出掛ける、歩いて15分の化粧品会社に到着すると、制服に着替える更衣室で同僚と彼氏のことを立ち話する。
「ジョージは激しいのよ」運転手はジョージと呼ばれていた。
「ムキムキだもんね」と同僚が応じる。
「ダンスホールで声かけられた時から強そうと思ってたけど」とわ子とジョージは銀座のダンスホールで知り合った、同僚も一緒にいた。
「学生ちゃんはどうなったの?」ふたまたの一方の方である。
「あージョージが別れてくれって言ってるから」ととわ子
「とわちゃんはモテていいわね」
「でも親がうるさくて息苦しい」ととわ子が言う。
4
大阪では暴動が起こっていた、権利を主張する在日朝鮮人たちが市役所に詰めかけ警官隊も出動する事態に発展していた。死者も数名でた。それは共産主義者の暴動に発展する可能性があったので新聞が大々的に伝えた。
中矢は久しぶりの小旅行に出掛けた。小旅行と言っても取材であったのだが。向かった先は後楽園だった。
後楽園には伝説の猫がいると言うのだ、中矢は後楽園ないを練り歩き、観光客に伝説の猫の話を取材する。
なんでもその猫は何時からそこに存在するのか定かでなく、飼い主は江戸時代のお殿様だと言うことだった。
お殿様が飼っていた鷹とも仲がよかったらしい。
その猫はなんと黄金色の毛並みをしていた。ほんとうは白猫で太陽光の反射具合でそう見えるのかもしれないと、見たものたちは言っていた。
「とにかくエネルギーがみなぎるんだ」と観光客
「いつもどの辺で見かけるんですか?」と中矢
「小山のあたりかな」と観光客
中矢はなぜ伝説の猫を取材しているのか?実は中矢は伝説の猫を下宿で飼おうとしていたのである。
中矢は猫が好きだった。あの健郎な精神が好きだったのである。中矢の取材ノートには伝説の猫の情報が20ページほどたまっていた。

1.伝説の猫は光っている
2.伝説の猫に会うと元気になる
5.伝説の猫は鳥と仲がいい
7.伝説の猫は念を放つ
10.伝説の猫は長生き
11.伝説の猫はもの知り

ざっとかいつまんでもこれだけの情報が書かれていた。
取材をしていると、染谷の娘が現れたどうやらデート中らしい、中矢はしばらく観察をする、染谷の娘は白のワンピースを着ていた相手の男性はどうやら学生風情だ後楽園の入園料は1円、金はどちらがだしたのだろうか?中矢は下世話な勘繰りを入れる。
あっ!二人がこちらに向かってきた、観察がばれたかなと中矢はあせる。
「すみません写真撮ってもらえますか?」
「あっはい」
中矢は、ドキドキして少し惚れてしまった。教授の娘は雰囲気があったのである。
「はい、チーズ」カシャッ、教授の娘はとびきりの笑顔を見せる。
「ありがとうございます」
「あの僕伝説の猫の取材をしてるんですが、何かありますか?」
「あ~あの猫ですか、伝説の猫は一度会うとよく夢に現れるらしいですよ」
「あっそれともうひとつ、僕のカメラで写真を撮らせてもらってもいいですか?」「はい」カシャッ、「ありがとう」
5
中矢は小説の思案をする、恋愛編の序盤は登場人物の素性を明かさず書いていた。これからは、日大教授の娘と日大の運転職員と言う線でやっていっている。
少し気をまぎらわそうと、散歩がてら後楽園で撮った写真を写真屋に取りに行こうと思う、歩きながらも思案は続く「…ジョージのキャラはどうしようなるべく粗野な感じがいいかな、景気がいいのと言うリクエストだから、派手に遊ばせようか、とわ子の方はどうしよう、景気がいいのと言うことだから金好きにしようかな…」
暴力や暴動がものを言う時代に中矢はいた、在日朝鮮人の暴動は待遇改善につながり革命も暴力ならば反動も暴力だった、中矢は個人の暴力を小説にしようとしていた、その暴力は個人を全体にしてしまう。
全体にしてしまうとは、エナジーを集めてしまうのだ皆破壊欲求を持っていた。
「伝説の猫はなんで長生きなんだろう?」ふと中矢は考えた。
「範囲ないでエナジーを循環させてるからかな」と中矢は結論付ける。
「しかし伝説の猫は一匹だな、どうやってエナジーを循環させてるんだろう?」また中矢は疑問に思う。
「きっと伝説なだけに遠い未来にも遠い過去にも存在していて現在過去未来とエナジーを循環させてるのかもしれない」中矢はまた結論付けた。
中矢は親の力で赤紙を回避した、終戦間際彼は大学を卒業していたのだが、当時付き合っていた女性は、中矢がそんな最中でも伝説の猫の事ばかり追っていたので愛想をつかしてわかれてしまったのだった。なぜそんなに中矢が伝説の猫にこだわるのかと言うと理由があった。幼い頃、中矢は黒猫を拾った、子猫だったのだが母親に家の中では買えないと言われ離れの倉庫の床下で買うことにした。中矢が「みゃー」と泣き真似をすると子猫も「みゃー」と言って床下から出てきてミルクをのむ、他の家族が呼んでも出てこないで、中矢が呼んだときだけ出てきたのである、あるときからその猫は中矢が呼んでも出てこなくなってしまった。母に尋ねると中矢の母は「伝説の猫が迎えに来たのかも」と言った。なんでも伝説の猫は見込みのある猫とフュージョンするらしいのだ。
中矢は写真館に到着し、現像された写真を受けとる、帰り道に写真を見ながら歩いている、小さな田んぼ、山のような場所、急な階段、丸い橋、神社、池、教授の娘、その教授の娘あしもとになんと伝説の猫が写っていた、中矢は驚く確かに黄金色に輝いている。
中矢はエナジーが沸き上がるのを感じる、そして「教授の娘は、伝説の猫を飼っているのだろうか」などとおもうのであった。
6
中矢の夢は日に日に小説家イーターに侵されていった。最初は小説の題材になるような夢を見ていたのだが、徐々に小説家イータの足音が忍び寄る。専らそれは逃げる夢に変貌していった。
中矢は考える「逃げる、逃避行、そうだ小説は金を強奪して、2人で散財しながら逃げる物語にしよう」と中矢は決意する。


とわ子とジョージは休日に銀座の喫茶店でお茶をしている、ジョージはブレンド、とわ子はミルクティーを注文した。
「ジョージ私写真館で色々な服を着て写真がとりたいなぁ」ととわ子は言う。
「服はどうするの?」とジョージが言う。
「それは誰かがプレゼントしてくれるにきまってるじゃない」ととわ子は言う。
「そっかよかったね」とジョージはそっけない。
「私はその人と結ばれるの」ととわ子は高揚気味に言う。
「…」束の間の沈黙。
「ジョージに期待してるの私」ととわ子は仄めかす。
「俺そんな金もってないよ」
「そっか~こまったなぁ」
「閃いた今度用意しとくよ」
「さすがジョージ楽しい人」


中矢は夢の中で逃げまくっていた。警察に終われている。確かな記憶がある。確かに人を殺した記憶があったのだ。とにかく逃げて逃げて逃げる。パトカーが数台町を巡回している。警察官に見つかった。走る走る走る、袋小路に追い詰められる。警察官は小説家イーターに変形していく。
中矢は絵も言われぬような絶望にうちひしがれ目を覚ます。
寝間着が汗でぐっしょりだ、「これでこの夢を見るのは何回目なんだろうか?」と中矢は思う。
ランタンをつけ、執筆机に向かい「オーミステイク」の続きを書きはじめる。


今日は日大職員の給料を銀行から引き下ろす日、ダットサンで向かう3人のメンバーにジョージは含まれていなかった。あまり信用されていなかったのだ。
3人は銀行に到着し、2人が金を集金袋に詰め引き返してきた、その袋にはなんと190万円が入っている。
2人が荷台に金を詰めるとジョージが現れた、「ようジョージ」と運転手が言うとジョージは助手席に乗り込んだ。
「車出せ」とナイフをちらつかせてジョージが言う。運転手は車をだす、2人は呆然と取り残される。
空き地に到着した。
ジョージは車を降り荷台を開ける。運転手も降りてきて揉み合いになる。
「オメーなにやってんだ!」と運転手が言う、「うるせー金が必要なんだよ」とジョージ、運転手はジョージと集金袋を引っ張りあう、ジョージがまたナイフを手にした、その隙に運転手は集金袋を引き奪う、その首もとにジョージはナイフを突きつけた、運転手は動転し集金袋をはなす、ジョージは集金袋を奪い一目散に逃げる。
逃げる、逃げる、逃げる、鼓動が加速する、アドリナリンと恐怖の入り交じった興奮、走る、走る、走る、何かに追い付かれないように、何かを消し去るように走る。


中矢は筆を置きしばし呆然とする、なにかとてつもなく悪いことをした気分だった。
そして教授の娘の写真を取りだしマスターベーションをした。ほどなく中矢は寝てしまう。


興奮が興奮を呼ぶ、抗議抗議抗議、市役所に群衆が押し寄せている、みな口々に待遇改善を主張している。興奮は頂点に達しようとしていた。
警官隊が民衆を警棒で殴り付ける。中矢は警官隊と揉み合っている。ダーンと銃声が轟いた。中矢の目の前で崩れ落ちる警察官、血が広がっていく、中矢は警察官を売ってしまった。
恐ろしくなって群衆を掻き分け、中矢は逃げる逃げる逃げる。いつもの悪夢だった。
 パトカーが数台町を巡回している。警察官に見つかった。走る走る走る、袋小路に追い詰められる。警察官は小説家イーターに変形していく。
「グギギギィ、なかなか痛かった」と小説家イーターが言う。
「お前も人殺しだなぁ、もっと恐怖しろ」と小説家イータが言う。
中矢は金縛りに在ったように動けなくなる。
中矢は小便を漏らしてしまう。
「グギギギィ、グギギギィ、グギィグギギギィ、うめぇうめぇ」小説家イーターは念を貪る。
なすすべのない中矢はうずくまってしまう、すると人のけはいがした。顔をあげると教授の娘が立っていた。
「大丈夫ですか?」と教授の娘は言う。
「はい」と中矢は言う。
「グギギギィ、そうか、じゃあまだまだだな」と教授の娘は小説家イーターに成ってしまう。
伝説の猫が現れた。後方から駆けつけ、中矢と小説家イーターの間に入り、毛を逆立てて「シィー」と小説家イーターを威嚇する。
小説家イーターは嬉しそうに「旨そうなのが来た、クキキィ」と53個ある口元を歪ませる。
伝説の猫をどんどん小さくなっていってしまう。毛を逆立てて「シィー、シィー」と言いながら大きくなったり小さくなったりを繰り返す。
小説家イーターは苦しそうに縮んだり大きくなったりしている。
伝説の猫が小さくなった小説家イーターに飛びかかった瞬間、小説家イーターは膨張し、53個ある口を広げると53個のくちは1つの大きな穴になり、伝説の猫を飲み込んでしまった。


中矢は汗でグッチョリとなり目を覚ます。下宿の朝御飯の時間だった。
フラフラしながら食堂に向かう。白黒テレビがニュースを伝えている。なんでも世界中の猫が凶暴化したらしい。中継では近所の野良猫が映る、リポーターは攻撃され負傷し映像がとぎれた。
7
猫達は凶暴化しあらゆる悪さをしていった。
魚屋の魚を盗み食いし、徒党を組んで鳩を襲い、糞尿を撒き散らし、抵抗するものに重症を追わせた。
どうやら後楽園をアジトにしてるらしいと噂は言っていた。
中矢は連載に取りかかる。

ジョージはとわ子と喫茶店で落ち合う。
「さあ松屋で服を買い漁るか」とジョージが言う。
「私家も出るわ、住むところも探さなくちゃ」ととわ子が言う。
「とりあえず東京駅に住むか」とジョージが提案する。
ジョージととわ子は服を買い漁り、写真館に運ばせ、写真を撮り、服は写真館に安く売り払い、東京ステーションホテルへ向かった。
チェックインを済ませ、部屋でくつろいでいるとジョージはだんだん恐ろしくなってきた。「兎に角早く金を使いまくらないと、捕まっちゃったらもったいない」とジョージは考える、少し恐ろしくなったので紛らすためにとわ子とSEXをする。
とてつもなく盛り上がったコトの後、とわ子はたずねる。
「ジョージどうやってそんな大金手に入れたの?」
「ギャンブル」とジョージは言う。
「そうね、ギャンブルくらいよね」ととわ子は言う。

中矢の父・為実は水溶液に浸かる小説家イーターの変化に気を配る。伝説の猫を取り込んだ後の小説家イーターは、一瞬輝き、その後沈静化した。大きさは既に直径2メートル程になっていた。為実は念で小説家イーターと会話する。
「これから朝鮮戦争はどうなるんだ?」と為実はたずねる。
「36度線で膠着状態になって停戦だ」と小説家イーターは答える。
「では今後の経済はなんでやっていく?」と為実。
「娯楽産業だメディアを支配し民衆を洗脳し全体的に売れば余裕で景気は浮上するし楽だ」と小説家イーターは答えた。

後楽園の猫達は手がつけられなくなっていった。
来演者を次々襲い、池の鯉を食い散らかし、田んぼを荒し、方々の魚屋を襲撃した。
飼い猫達は脱走し、みな後楽園を目指した。
中矢はとても悲しんだ、しかし連載の方は好評で原稿料も上がり、取材がてら学生時代の仲間とつるんでナンパしに新宿に赴いたりしていた。
新宿の映画館前の広場には若者が屯していた。
中矢は女の子に声をかけて、レストランでパフェを奢る。
8
「なんでみんなあの広場に集まるのかな?」中矢は女の子に聞いてみた。
「特に何もないから」と女の子。
「何もないからってあそこいくの?」
「うん、なんとなく」と女の子。
「なんだか雰囲気全体感」
「全体感か」と中矢。
「なければ全体だし」と女の子。
「哲学っぽいね」と中矢。
「ははは、おじさん面白いね」
レストランを出て中矢は、全体的なことについて思いを巡らす。
「なぜ猫たちは後楽園を目指すようになったのか?後楽園には全体的な何かがあるのだろうか?全体的になってしまった猫、悪夢のようだ」と中矢は憂いた。

中矢は執筆に取り掛かる。

ジョージととわ子は競馬場に来ていた。金が残り80万に成っていた。約半分豪遊し使いまくった。
「当たるといいな」ととわ子。
「当たるだろ大穴だからまた遊べる」とジョージ。
とわ子の希望で、とわと言う事で10番と8番に30万をつぎ込んだ、10と8、108、煩悩の数である。
8番はブラックホールと言う名前の馬で、10番はドッグウォークと言う洒落た名前の馬だった、犬も歩けば棒に当たるからとったらしい。
ラジオの実況を聞く、「さあ第33回月下賞のファンファーレが鳴ろうとしています。解説の田沼さんやはりグッドイヤースペシャルが1着でしょうか?」「そうですね速そうですし」「さあ始まりました全馬12頭、まず飛び出したのはグッドイヤースペシャル、このままぶっちぎれるでしょうか?2番3番手になんどブラックホールとドッグウォークが着けてます、おっとブラックホールがグッドイヤースペシャルをかわした、ドッグウォークもあとに続きます、凄い凄い凄い2頭がぶっちぎってますグッドイヤースペシャルとの差が24馬身です、恐ろしいスピードでブラックホールつづいてドッグウォーク、波乱の展開の月下賞を制したのはブラックホール!!なんと大穴330倍が出ました~!!凄い凄い!!」
「ジョージやったはこれで一生遊んで暮らせる、無駄遣いをセーブしなくちゃ」ととわ子は言う。
「そっかじゃあ下宿探さないとな、とりあえず品川あたりにアパート探すか」とジョージは言った。

中矢は後楽園に行こうか迷っていた。猫たちのたむろす後楽園、もしかしたら伝説の猫が関係しているのかもしれない、そこに編集長から電話がかかってきた。なんでも小説芸術が飛ぶように売れボーナスを支給したいというのだった。
9
中矢はK町に向かっていた、ボーナスは3万円、かなりの大金だ。
K町には馬券の販売所があった、今日のG1レースは月下賞、本命はオジサンブラックなんとG1三連勝中だ、中矢は大穴を狙う、同じ馬主のオバサンホワイトとキャットウォークが一番人気がない。倍率は200倍、馬番号は13と6かなり不吉だった。
今や猫は害獣と言うのが世間一般の認識になっていた。猫が歩けば小判も無くなる、と言う新しい諺ができたぐらいだった。おばさん達は猫を保護していた、後楽園の生存競争の激しさからあぶれた迷い猫たちに、猫食堂を開催し猫缶をふるまっていた。
ラジオの実況が始まった「さあ全馬いせいにスタート!おっとやはり一番人気オジサンブラックが抜け出した~!解説の田沼さんやはりオジサンブラックのスタートダッシュは凄いですね」「まあオジサンですしブラックと言うことでアドレナリンが上がってるのかもしれませんね」「おっと2番手3番手はオバサンホワイトにキャットウォークだ~!これはいったいどうしたんだ~!」「まったく分かりませんね」「これは何が起きるか分からなくなってきました!田沼さんどう言うことなんでしょうか」「まったく分かりませんね」「あ~ついに2頭がオジサンブラックをかわした~!そのさ4馬身ほどに広がっています万馬券でるか~!」「おっとここでオバサンホワイトがコースを外れたぞ~つられてキャットウォークもコースを外れた~騎手が落馬~!これはヒステリーか~!キャットウォークが騎手を踏みつけています!田沼さんこれはどうしたんでしょう」「ちょっとしたことが気にくわなかったんでしょうね」「そうこうしてるうちにオジサンブラックが一着~!つづいて、つづいてライターイーター、ライターイーターが2着だ~!」

為実はブラックコーヒーを一口すすり培養液に浸かる小説家イーターに採取した細胞をSTAP技術で神経細胞にしたものを注入する「グギギギィきもちいぃ」、脳オルガノイドの小説家イーターの神経は様々な小説家たちのSTAP細胞で出来ていた、太宰治、芥川龍之介、みな自殺したことになっている小説家たちだが実は小説家イーターに殺られてしまっていたのだった。
そして小説家イーターの神経の51%は為実の細胞で出来ていた。為実は小説家イーターと念で会話をする。
「息子の小説はどうだ、なかなか世間では評判らしいのだが」
「うめ~うめ~まだまだ苦しみがたらね~」
「そうかでは、どんどんまくし上げてくれ」

中矢は競馬で負けた虚無感から立ち直れないでいた。
「どうしよう3万すっちゃった半年は遊べる額だったのに」中矢は鬱っぽくなってしまう。
10
中矢は物置の床下で飼っていた黒猫のことを思い出す。「学校でやなことがあった時、いつもよんだら出てきてくれたなぁ」中矢は学校ではぼんやりしていた、全体的な運動会の練習やら朝礼やらは特に嫌だった。そして常にさっさと死にたいと思っていたのである。そんな中矢をその黒猫は慰めた、いつからか中矢にとりその黒猫は何よりも大事な存在になったのだった。
中矢が小説家を志したのも「吾輩は猫である」を読んだからだった。
「最後に猫が死んでしまうなんてけしからん」と中矢は思い、いつか猫が天下をとる小説を書こうと思ったのである。
なぜあの黒猫はいなくなってしまったのか?中矢は今までなん十回と考えたことをまた考える。母は伝説の猫とフュージョンしたと言っていた。だがもしかしたら冒険に出て事故に遭ってしまったのかもしれない。それとも倉庫の床下がイヤになり、中矢を呪って化け猫になってしまったのかもしれない。あるいは悪い人間に捕まり殺されてしまったかもしれない。そんなことを考えるうちに中矢は染谷教授の娘の事が気になり出した。なぜ彼女の写真に伝説の猫が写っていたのか?なんとなく教授の娘と黒猫がダブる、「教授に取材を申し込もうかな?」と中矢は思った。しかし小説のモデルとして結構悪女っぽく描いているので憚られた。
その夜中矢は夢を見る。
中矢は、教授の娘と付き合っている学生になっている。喫茶店で教授の娘は告白する。「実は私あの時の黒猫なの」中矢は驚き、「そっか、あれからどこ行ってたのと?」と訊く。そこにジョージが現れ、喫茶店の店内で教授の娘と激しく性交を始める。2人は、小説家イーターに変形する。
「グギッうめ~」と小説家イーター、中矢は混乱し目を覚ます。すると新宿の女の子から電話がかかっていた。中矢が折り返し電話をかけると彼女は「おじさん、いまから会えない?」と言う。

二人は新宿の喫茶店にいる。なんでも親に売春がバレて家を追い出されたらしい。
「お父さんがカンカンになっちゃって」「そっか」「最近へんな夢みるんだけど」「どんな?」「おじさんと結婚する夢」「そっか、じゃあけっこんしようか?」中矢は29歳だったのでそろそろ結婚しようかと思ったのである。「うーん、それってプロポーズ?」「かな?」「全体的だね」「個人的だよ」「なんで」「俺も夢みたから」「どんな?」「結婚しないと死にそうな」「命懸けだね」「そんなもんだろ、結婚って」「そっかじゃあ結婚しよ」二人は結ばれた。
11
中矢達は親をなんとか説得し、婚姻届を役所に提出した。その後に住居の問題が持ち上がった。
「お金の事を考えると下宿先に頼み込んだ方がいいと思う」と妻は言う
「そうだね、手持ちも少ないし」と中矢は応じた。
交渉の席で大家は「うちは小さい子もいるし教育上夜の生活は控えてくれ」といった。
中矢夫婦は条件をのみ下宿先に同居することになった。
「つまんないなぁ」と妻は言う
「俺も、ところで美幸おれの小説よんだことある?」と中矢
「ゆうくん小説かくの?なんかの記者さんだと思ってた」
それから2人は、中矢の小説を読みそれについてどうだこうだ言って過ごした。
そんな中2人には共通点があることを認めあった、2人とも猫が好きであり、2人とも幼いときに猫を飼い、その猫が行方不明になってしまったと言うところだった。
「あの猫が居なくなってからなんだかこころもとなくなっちゃったなぁ」と妻は言う
「俺らはペットロスなのかもしれないな」と中矢は言う
「猫かいたいなぁ」と妻は言う
「猫かいたいね」と中矢は言う
そんな他愛ない生活に中矢は満たされていった。小説家イーターは頭にきていた「まじ~食えね~念だ俺を無視しやがってグギィ~」、中矢はさっさと小説を仕上げようと「やっぱ仕事に精を出さないとな」と執筆にとりかかる。

品川のアパートの大家と不動産屋の紹介で知り合ったジョージは居酒屋で大家と飲んでいた。
「ここは俺のマネーでペイするよ」片言の英語で2世を装う、最近、東京ステーションホテル近辺でも警官が目立つようになった、先日とわこは新聞を読み、強盗事件を知り「ジョージ大変なことしちゃったね、ギャンブルって強盗の事だったの?」と言った、「まあある意味」とジョージはいった。
大家はやたら金遣いが荒くあやしい和製英語を話すジョージを犯人だと見抜き、アパートを貸す契約を結んだ。
アパートで3日過ごしたあとに警官がやって来た、 警官は令状を読み上げる「5月18日、柿崎吾郎を現金強奪の容疑で逮捕する」、ジョージは動揺する「ユー達はなにやっちゃってるんだよ、ミーはジュニアだよ、ノー柿崎ノー吾郎、ミーノー関係、とわユーがやっちゃったの?」、とわ子は往生際の悪いジョージに呆れ果てる、署に向かうパトカーの中でしきりにジョージは「オーミステイク、オーミステイク」と呟いた、いったいなにが失敗だったのか?そう彼の人生は“全体的な失敗作”だったのだ。

小説家イーターは激怒した。「グギギギィ野郎絶対にぶっ殺す」、次の朝、猫達が後楽園で2人で取材に出掛けた夫婦をおそった。
12
「ついに来たか」と中矢は言う
「伝説の猫に会えるといいね」と妻は言う
二人は今や人の居ない入場券販売所をすどうりし園内に入る。異様な静けさだった、まるで2人を待ち構えているかのような魔の雰囲気が支配していた。
「先ずは田んぼの方へ行ってみよう」と中矢が言う、2人は用心をして歩き出す。
田んぼには6匹の猫が屯していた、稲は荒らされまくっている。水気の嫌いなはずの猫たちが泥まみれになり何やら黒っぽい物体を奪いあっている。
「なんだろうあれ?」と中矢
「なんか浮かんでるね」と妻は言う、次の瞬間その物体はふっと消え、猫たちは一斉に中矢たちのほうを睨み付ける。
1匹が妻に足下に飛びかかってきた
「きゃー」と妻、中矢はなんとか引き離そうとする。
今度は6匹の猫たちが中矢にターゲットを変え襲いかかってきた。
「 美幸は逃げて」と噛られながら中矢は言う
妻は恐ろしくなって走り出す。猫たちが追ってきた。
妻は走りながら昔かっていた猫の事を思い出す。そしていざというときのために用意しておいたマタタビの木屑をばら蒔いた、猫たちはマタタビに群がり、妻はなんとか逃げ延びた。
「どうしよう、ゆうくんおいてきちゃった」妻は後楽園を一歩出た空き地で途方にくれる。
その頃中矢は、猫たちが妻を追いかけていったので神社のほうを探索しようと歩を進めていた。浮かんでいた黒っぽい物体は、なぜだか中矢を導くように先をすすむ。
猫たちがその横を屯して伺っている。
黒っぽい物体は大きくなったり小さくなったりして猫たちの行動を制御していた。
中矢の脳内に映像が浮かぶ、猫たちの飼い主が猫たちに食べ物を与えたり、しかったりする映像だった。
池の中央にある神社にたどり着くと何やら異様な気配がした、後ろを振り向くと猫たちが連なってついてきている。
黒っぽい物体は神社の中に入る、すると池が干上がっていった。
中矢の脳裏に飼い主たちの不安が熱を帯び一つになり蒸発していく映像が浮かぶ、干上がった池には魚たちがピチピチともがいていた。
猫たちは一斉にに魚を食い荒らす、恐ろしい宴が始まった、奪い合いむしゃぶりつき、ほうごうが響き渡る。
中矢はこのままでは自分も食われてしまうかもしれないと恐ろしくなり走って逃げる、足は小山の方に向かっていた。
「はあはあ、なんなんだあれは」と中矢は思う。夜空には満月が浮かんでいた。

空き地で待っている妻は心配しながらも満月を見上げていた。
「どうしよう、お祈りぐらいしか出きることがない」「でも今日って満月の日だったかしら?」妻はその異様に明るい月に向かって祈った。

小山の斜面には、斜面と言うよりは小さな崖のようになっていたのだが、急な石畳の階段が備わっていてほぼ観賞用に個性的な景観を際立たせていた。
小石が上から落ちてくる、ゴロンコロン、階段の下に積み上がっていく小石、拾ってみると表面はざらざらしている、その表面が動いた、驚いて小石を放すと、他の石にぶつかり何か音がした、音と言うか声だった「ゆうくん」、中矢はもう一度拾ってみる、石の表面が動き何かの模様が表れた、文字が浮かんでは消え、文字が浮かんででは消えしている。こ…ろ…す、中矢中矢は石を放り投げる、今度は猫の鳴き声がした。
するとまた黒っぽい物体が現れ中矢を導くように半円形の橋の方へと向かった。
そこには伝説の猫がいた。
橋の上に佇む猫、黒い光を放っている。
「ゆうくん、ずっと待っていたよ」とその猫は言う
「君はあのときの猫なのか」と中矢
「ああそうだ物置の下でずっと待っていたんだ」
「なんで居なくなっちゃったんだ」と中矢は言う
「居なくなった?ずっと待っていた…なかなか来ないから様子を伺いに出たら人間にいたぶられて気がついたら…ここに居たんだ」
「僕もずっと探していた」と中矢
「良かったな見つかって」と伝説の猫は中矢に飛びかかる。
身構える中矢の腕に食らいつき肉を抉る。
「僕が悪かった中途半端な買い方をして」と中矢
「いまさら遅い俺は腹が減っているんだ」
伝説の猫は巨大化していき、中矢の足を食らう。左足が食いちぎられた。
もうダメかと中矢は思いどうせ殺られるならと「お前に殺られるくらいなら俺が殺る」と持ってきた万年筆を自分の頸動脈に突き立てた。血しぶきがあがる。伝説の猫は我に返る、培養液にに浸かる小説家イーターのようすがおかしい、小刻みに震えて光を放っている、そして爆発した。

妻はまだ月に祈っていた、すると月が公園の方へと降りていった。「火の鳥」と妻は思う。

血しぶきが止まった中矢の魂が、球となった伝説の猫と降りてきた火の鳥と追っかけっこをして螺旋を描いて天へと上っていく。

妻は上っていく光と、再び降りてくる光を目にした。

そして中矢は目を覚ます。食いちぎられたはずの左足はもとに戻り首の出血も止まっている。そして仰向けに伏した胸部に、あのときの黒い子猫が眠っていた。
中矢は猫と妻をつれてアパートに反った。