突然大きく地面が揺れた。
その時は卒業シーズンで、
友達とカラオケ屋にいた。
余りに長い揺れで、
かなり怯えていたのを覚えている。
電車は完全に止まってしまっていた。
バスは動いていて、既に行列になり始めていたけどどうにか最寄り駅まで帰ることが出来た。
最寄から2つ離れた駅からでも帰宅するのは大変だった。ネットや電話回線も重くなって繋がらなくなっていたし、
何より今みたいにスマホが普及していたわけじゃなかったから
具体的に何が起こったのかは、
家に帰って親から話を聞いて、テレビの報道を見て、ようやく知った。
これが今住んでる日本で起きている事なんだって信じられなかった。
当時私はコンビニでアルバイトしていた。
その日もシフトが入っていたから帰宅してから夜まで働いた。
「コンビニがやっててよかったよ。他の店は全部閉まってて」
「これから歩いて家まで帰るんだ」
そう口にするお客さんを何人も見た。
到底歩いていける様な距離ではない様な所まで帰ると言っている人もいた。
そうして数本の飲み物とおにぎりを買って行く人に「気を付けておかえりくださいね」「ご家族と連絡取れて良かったですね」と普段以上に声を掛け合った。みんな不安だったんだと思う。
その後テレビではずっと津波の衝撃的なシーンばかりが流れていた。
日に日に増えていく行方不明者、死傷者に
なんだか現実ではない様な頭に靄がかかってる様な感覚があった。
CMは全てACだった。
恐ろしい津波、破壊された原発、
悲鳴、救助を待つ人
見てられない映像を、それでも目を逸らしちゃいけない様に感じてテレビにかじりついていた。
見飽きたCMがいつまでもいつまでも繰り返された。余震もしばらく続いた。
娯楽番組なんてなかった。
大した被害は受けていなかったのに、いつもの日常なんてどこにもなく、
憂鬱なんて言葉じゃ足りないくらい塞ぎ込んだ空気に、その時は景色がグレーがかって見えていた気がする。
次第にメディアは今度はデマや不安に煽られて
店にあるものを我先にと買占める状況を報道し始めた。
うちのコンビニの商品も底をついた。
余談だが「放射線によるがんを防ぐ」という眉唾モノの情報でとろろ昆布を大量に買ってく人もいた。
放射線は建物も通り抜けるだとか
厚い鉄の板でもないと透過するから意味ないとか
もう東京までかなりの放射能が飛んできているとか
情報を得ようとネットを調べるほど
不安を煽る内容ばかりだった。
後々になって、役に立つと思われて
拡散された沢山の情報が
嘘(不適切)だったと判明した。
誰もが非日常的な空気に呑まれて、判断能力が鈍ったり真偽のつかない情報を鵜呑みにして振り回された。
政治家だって、
「直ちに影響はありません」と繰り返し続けて
1ヶ月もメルトダウンした原発を誤魔化し続けた。
国さえ嘘をついて、何を信じたらいいのかも分からない時期が続いた。
そして何をするにも
『不謹慎』と言う言葉が
付いて回っていたと思う。
「被災地でチャリティーライブ」『不謹慎だ』
「とりあえずボランティアに行く」『不謹慎だ』
「エンタメ系を放送する」『不謹慎だ』
実際を知らないけど戦時中の
「欲しがりません、勝つまでは」のような
国の一大事だから
みんなで何もかもを我慢しなければならない、
抜け駆けは許さない、
そんな抑圧された空気が漂っているように感じた。
けれどそれは
実際に被害に遭われた方じゃなくて
発信する余力のある、生命活動に支障がない人達が正義の執行者かのように断罪してるだけだった。
でもそんなの
あの時には分からなかった。
苦しんでる人達がいるんだから
自分だけが普通に生活するなんて、
楽しく過ごすなんて烏滸がましい。
そんな空気に呑まれた。
忘れないことが大事だって言う。
思い出す事が大事だって言う。
みんなが口を揃えて言う。
みんなが言うから言う。
上っ面の言葉でとりあえず唱えておく。
けどその「忘れない」が
こんな悲惨な事があった。哀しい事があった。
亡くなった人にはこんな物語があった。
沢山の人が突然命を奪われた。
だから今命あることに感謝しよう、
何事もなく生きている事に感謝しよう。
って方向で、なんとも言えない
歯切れの悪い気持ち悪さを感じていた。
そうじゃなくて
「あの時、こうできていれば」
「あの時、的確な知識があれば」
「あの時、これを備えていれば」
「あの時、こんな事で困ったからどうすればいいか」
「あの時、こういう事が出来たから助かった」
そんな、もしもこうだったらと
後悔や反省する部分を具体的に埋める作業や
これは良くなかった、これは良かったって知識を得て、
これから先 災害に見舞われた時に
被害を減らせるようにする事が重要なんだ。
それが覚えているって事なんだ。
それが忘れないって事なんだ。
辛い事があったら無理に覚えてなくてもいい、
泣く事が、悲しむ事が、思い出して辛くなる事がメインじゃない。
生きてることへの感謝でもない。
繰り返さない事が、何より大事なんだ。
そんなの当たり前だってみんな
分かってたかもしれないけど
「3.11を忘れない」って響きに違和感があった。
その訳が今になって、
当時の自分の体験を振り返って、
ようやく解った気がする。
他人事のように感じている事が
自分の身に降りかかった時
果たして教訓を生かせるだろうか。
自分を守るだけの知識はあるか、
家族や大切な人を守る備えはあるか、
デマやガセに騙されないリテラシーはあるか、
今一度楽観視しないで
向き合わないといけない。
こうやってここに記す事で満足して
思考停止する事だけは避けたい。
