『えぇ、私は貴方が
何を考えているのか解らなくて、
嫌いなんだと思う』
あの時、胸に込み上げてきた感情はきっと「悲しみ」ではない。
答えは予想していた物そのままだったし、悲しいよりも『ああ、やっぱりな』が先にきた。
母の意見、思いも十分聞けていたし、その上で、自分でもこれだろうと言う答えを予想していたつもりだったから。
───そして、母は続けた。
貴方は美しいわ・・・
仕草も、表情も、
堂々とした態度も、みな気品に溢れてる・・・・・
『私が教えたわけでもないのに、誰に教わることなく・・・』
『ねぇえ? 貴方は本当に、私の子なの?』
────母は、「女」が嫌いだと言った。
「女は汚い」、と。
『自分も「女」なのに、変ね』とも。
そこには母の子供時代に隠された悲話があったので、私も何となくそうかな感じていた。
ただ、息子である私の存在を、何故「女」と思うに至ったかは、流石の母も言葉を濁した。
母が私を、【女として毛嫌い】し始めたのは・・・・・・
《ある事件》からだ。
───そこも、予想通りだった。
小4で一回、小6で再度被害に遇った事件。
それをキッカケに、中学高校と、成人してからも被害に遇い続けた性犯罪。
母は、それらを全て、私が悪いと決めつけている。
と同時に、『そんな目に遭って立ち直れる筈がない』、とも。
そうやって決めつけている母は、「立ち直った人間」を決して認めない。
だからそういう人間は、母の中では元から、「そういう人間」なのだ。
私が立ち直れた理由は一重に白侶の精神的なアフターケアのお陰だ。
あれがなければ今日まで生きてないし、「男」に対してここまで開き直ることも出来ていないだろう。
が、勿論母は、そんな事情は知らない。
知ろうともしなかったから。
───そうして何時しか、母は私を避けはじめたのだ。
『貴方は綺麗ねぇ...』
母は頻繁に、そう呟く。
そう言いながら、母は自分と私との差を広げる。
全ては勝手な“思い込み”によるものなのに、自分を劣等化し、相手をこうだと決め付ける事で、自分勝手に納得する。
だから、私との話し合いの場も、これまで一度も持たなかったのだ。
ずっと、そうだった。
子供の頃から、此方が譲歩して話し合いの場を持とうと思っても、『貴方は“こう”だから!』。
勝手に決め付けて、勝手に納得して、逃げ行く。
ずっとずっと、これを子供の頃から繰り返した。
どちらかと言うと、母より私の方が母を理解してる。
・・・・・母は私の事を、殆ど解っていないけど。
そんなものだから───
『私にはあの人(夫)と山都さえいてくれれば良いの!』と、繰り返すのだ。
母曰く、私は何を考えているか分からない息子らしい。
当人が、私がこれまで何度となく設けた話し合いに応じないのだから、当然と言えば当然の結果だが。
実家にいる間、私はこの言葉を二週間は聞き続けただろうか。
極めつけは、これ・・・
『貴方には立花さえいれば良いの!』
この台詞は、聞いた時とても違和感があった台詞だ。
案の定、母がそう“思い込んで”、“決め付けて”発した言葉故だろうが。
あの時正直、「ショック」を受けても良かったのだが。
『ああ、やっぱりか』と思ったら、涙も出なかった。
すんっ、と何かが、胸に落ちたようだった。
・・・・・・もしかしたら・・・、
ひょっとすると・・・
私の中で意外にも、あの言葉は、胸に突き刺さったののかも知れない・・・
《私の父+山都=大切》な母の方程式と、
《みつ=最優先事項、私=所詮はみつの魂が入っただけの器》な白侶の方程式の中で───
自分はいったい、どこへ帰れば良いというのだろう・・・。
『貴方には立花さえいれば良いのよ!』
どんなつもりで発した言葉だったのだろう。
今となっては聞く気もないが。
せめて、私としては、親としてそこは最後の砦になってもらいたかった所だ。
まぁ所詮、親も一個人。
「親だって人間」なのである。
一度口から出た言葉って、なかなか取り消せないよねぇ・・・
「立花はあくまで付き人」
そう思っているのは父だけで、母の方はそれでは納得行かないらしい。
「自分がこう思っていると楽だから、これで良いの」
そう思って、思い続けて。
いつしか周りの人間にもそれを押し付けてくる。
それが母の、母なりの《事故防衛》の仕方。
奥様も、奥様なりのご苦労があってのこと..
【心的外傷後ストレス障害】は、貴方も、よくご存じでしょう?
ただ、貴方の傍には私が居た..
奥様には当時、そういう方はいらっしゃらなかった・・・・・
ですから、奥様とお話しなさる時は十分に、
言葉を、お選びになってあげて下さいね..
『奥様の様なタイプの方とお話しする時は、
「先に退路を断つ」喋り方をしてはなりません』
奥様と貴方は、そこでぶつかり合うのですから..
実家に連れて行った長男にも、白侶と同じことを言われた。
10才の子供と使用人の方が、よほど私達母子を分かっているようだ・・・・・
それとも、何だろう?
尊敬する人がパパじゃなくて「白侶おじちゃん」だから、長男は頭の回転も早いのだろうか??
ああ、末恐ろしい・・・。