イエス様と生きる

イエス様と生きる

世界には多くの宗教があります
宗教団体に所属されている方もいます
日月神示では今までの宗教では救われんぞ
そのように示されています
どうして宗教では救われないのか
もう一度原点に帰ってみる必要があります

⑪日月神示 水の巻

水の巻を書いて知らせます、見渡す限り雲もなく富士は晴れたり日本晴れ、海は晴れたり日本晴れ、港々に日の丸の旗が翻(ひるがえ)る神の国になります、それまで言葉で言えない様な事が起きるのですが頑張ってください、道も無くなるのですてんし様を拝んでください、てんし様は神であると申して知らせてあるでしょう、まだ分からないのですか、地(くに)の神も大切にしてくださいと聞かせてあるでしょう、神様にお燈明(あかし)ばかりを供えてはまだ足りないのです、お燈明と共にを捧げなければならないのです、火とであると申してあるでしょう、神示を良く裏の裏まで読んでください、守護神様も祀ってください、守護神様を祀らなければ力は現われ無いのです、守護神様は拍手を四つ打って拝んでください、元の生神様には水がどうしても必要なのです、火ばかりでは力が出ないのです、分かりましたか、曇りなく空は晴れたり、ひふみ、よいむなや、こともちろらね、しきる、ゆゐつわぬ、そをたはくめか、うおえ、にさりへて、のますあせゑほれけ~、一二三祝詞(ひふみのりと)であります、高あま原に、神つまります、かむろぎ、かむろみのみこともちて、すめみおやか神イザナギのみこと、筑紫のひむかの橘のおどのあはぎ原に、みそぎはらえたまう時になりませる、祓戸の大神たち、もろもろの曲ごと罪けがれを、祓いたまえ清めたまえと申すことのよしを、あまつ神、くにつ神、八百万の神たちともに、あめのふちこまのみみふりたててきこしめせと、かしこみかしこみ申す、あめのひつくの神、守りたまえさちはえたまえ、あめの日月の神やさかましませいやさかましませ、一二三四五六七八九十(ヒトフタミヨイツムユナナヤココノタリ)

神の子は神としての自分を養う事も務めの一つなのです、取り違いすると大変な事になるから気をつけておくのです、書かせてある御神名は御神体としてお祀りしても、お肌守りとしても良いのです、皆に多く分けてやってください、御神名はいくらでも書かせるのです、その用意をしておいてください、神は急ぐのです、祓え祝詞(のりと)を書いて知らせます

かけまくもかしこき、いざなぎの大神、筑紫のひむかの橘のおとのあはぎはらに、みそぎはらえたまう時になりませる、つきたつふなどの神、みちのなかちはの神、ときおかしの神、わつらいのうしの神、ちまたの神、あきくひのうしの神、おきさかるの神、おきつなぎさびこの神、おきつかひへらの神、へさかるの神、へつなぎさひこの神、へつかひへらの神、やそまがつひの神、大まがつひの神、かむなほひの神、大なほひの神、いづのめの神、底つわたつみの神、底つつのおの神、中つわたつみの神、中つつのおのみこと、うわつわたつみの神、うわつつのおのみこと、はらえと四柱の神たちともに、もろもろのまがこと、罪けがれを祓えたまえ清めたまえとたまえと申すことをきこしめせと、かしこみかしこみ申す

次にうけいの言葉を書いて知らせます、ご三たいの大神様、ご三たいの大神様、ひつきの大神様、くにとこたちの大神様、とよくもぬの大神様、月の大神様、すさなるの大神様、あめの神様、かぜの神様、いわの神様、キの神様、かねの神様、ひの神様、ひのでの神様、りゅうぐうの乙姫様、やほよろづのいき神様、ことに五十鈴にます、てんしょうこうだい神宮様、とようけの大神様をはじめたてまつり、世の中の生き神様、うぶすなの大神様の御前に、ひろきあつき御守護のほど、ありがたく、とうとく、御礼申しあげます、この度の岩戸ひらきには、千万いやさかのおはたらき願いあげます、あめつちのむた、いやさかに、さかえまさしめたまい、世界のありとあるしんみん、ひと日も早く改心いたしまして、大神様のみむねにそいまつり、大神様のみ心のまにまに、神国成就のためはたらきますようお守りくださいませ、そのため、このたまこの身は、なにとぞいかようにでも、おつかいくださいませ、みむねのまにまに、誠の神国のみたみとしての務めを、務めさせていただくよう、むちうち御守護くださいませ、かむながらたまちはえませ、いやさかましませ

次に御先祖様の拝詞(はいし)を書いて知らせます、これの祖霊宮(みたまや)に神鎮まり坐す(しづまります)遠津祖神(とおつみおやのかみ)、代々の祖霊(おや)神達の御前、また親族家族(うからやから)の霊祖神(みたま)の御前に謹み敬い(つつしみうやまい)申す、これの家内(うち)には諸々の曲事(まがごと)、罪穢(つみけがれ)あらしめず、夜の護り、日の守りに守り幸わい給い、誠神国のみ民としての義務(つとめ)を全うせしめ給え、夜の護り日の守りに守り、捧げるものの絶間無く、子孫(うみのこ)の弥栄継ぎ(いやさかつぎ)に栄えしめ給えと畏み畏みも白す、惟神霊神幸はへませ(かんながらたまちはえませ)、惟神霊神幸はへませ

一本の草でも干して貯えておいてくださいと申してあるでしょう、お宮も土足にされる時が来ますからお陰を落さない様に気を付けてください、勲章も何もならない時が来るのです、臣民は誠(真実)一つに頼ってください、外国の言葉は無くなるのです、江戸の仕組みは旧五月五日までに終わらせてください、後はいよいよとなるのです、神が申した時に何事もすぐに行ってください、時が過ぎると成就しない事があるのです、桜花が一時に散る事があるのです、いよいよ松の世と成るのです、万劫(まんごう)変わらない松の世と成るのです、松の国、松の世は結構であるのです、この神示を声出して読みあげてくださいとくどく申してあるでしょう、言霊(ことだま)高く読んでさえいれば結構になるのです、人間心を出してはならないのです、キが元であると申してあるでしょう、神国が負けるという心や言葉は悪魔です、本土上陸というキは悪魔なのです、キを大きく持ってください、島国日本に囚われないでください、小さい事を思っていると見当が取れない事になるのです、一(ひ)を食べてください、二(ふ)を食べてください、食べるには噛む事です、噛む事は神なのです、神に供えてから噛むのです噛めば噛むほど神となるのです、神国になるのです、神(かん)ながらの国です、神(かみ)ながら仕事しても良いのです、青山も泣き枯れる時があると申してあるでしょう、一日に千人食い殺されたら千五の産屋(うぶや)建てよとは神(かむ)イザナギの神の御教えです、神を嫌うミタマは臣民も嫌われるのです皆が病気になっている事が分からないのですか一二三祝詞で直してやってください、神示を読んで直してやってください、自分でも分からない病になっているのです、早く直さないとどうにもならない事になって来るのです、この宮は仮であるのです、真中に富士の山を作り、その周りに七つの山を作ってください、拝殿を作ってください、神示を書かせる所を作ってください、岡本天明が休む(弥澄む)所も作ってください、いづれもで良いのです、早くしてください、松の心にさえなっていれば何事もすくすく行くのです鎮座は六月の十日であります、神示を書かせて丸一年です、この神示で知らせてあるでしょう、それからがいよいよの正念場です、びっくり箱が開くのです、富士は晴れたり日本晴れ、いよいよ岩戸が開けるのです、お山開きは誠に結構です、松の国、松の御世となるのです、旧九月八日から大祓い祝詞に天津祝詞の太祝詞(ふとのりと)「一二三(ひふみ)祝詞コト(言葉)」入れて宣ってください、忘れずに宣ってください、旧九月八日からいよいよ神は、ケモノはケモノとなるのです、江戸の道場はやめないでください、お山に移しても良いのです、役員は一度やめても良いのです、また務めても良いのです、めぐり(借銭)があるから心配があるのです、めぐりが無くなれば心配なくなるのです、心配無くなるのが富士は晴れたりです、富士晴れは結構です、日津久(ひつく)の御民はいつも富士晴れ心でいてください、肉体は少しの時間ですが魂は限りなく栄えるのです、金に難渋(苦労)して負けない様にしてください、金を馬鹿にしてはならないのです、焦らないでください、焦ると心配事が起きるのです、神が仕組んでいる事を臣民がやろうとしても出来はしないのです、細工はりゅうりゅう滅多に間違い無いのです、見物して見ていてください、見事にやって見せるのです、不和の家や不調和(ふわ)の国の捧げものは神は要らないのです、喜びの捧げものならば米一粒でも良いのです、神は喜びの捧げものが嬉しいのです、旧九月八日がとどめ(艮)です、五大洲が引っ繰り返っている事がまだ分からないのですか、肝腎要(かんじんかなめ)の事なのです、七大洲となるのです、八大洲となるのです、今の臣民に分かる様に申すならば、御三体の大神様とは天之御中主神様(あめのみなかぬしのかみさま)高皇産霊神様(たかみむすびのかみさま)神皇産霊神様(かみむすびのかみさま)伊邪那岐神様(いざなぎのかみさま)伊邪那美神様(いざなみのかみさま)つきさかきむかつ姫の神様です、雨の神とはあめのみくまりの神、くにのみくまりの神、風の神とはしなど彦の神、しなど姫の神、岩の神とはいわなか姫の神、いわとわけの神、荒の神とは大雷のをの神(おおいかづちのおのかみ)わきいかづちおの神、地震の神とは武甕槌神(たけみかづちのかみ)経津主神(ふつぬしのかみ)々様の御事であるのです、木の神とは木花開耶姫神(このはなさくやひめのかみ)、金の神(かねのかみ)とは金かつかねの神(きんかつかねのかみ)、火の神とはわかひめきみの神、ひのでの神とは彦火々出見神(ひこほほでみのかみ)、竜宮の乙姫殿とは玉依姫の神様(たまよりひめのかみさま)の事であるのです、この方の事は何れ分かって来るのです、今はまだ知らせてはならない事です、知らせる時節が近づいたのです、神を第一とすれば神となり、悪魔を第一とすれば悪魔となるのです、何事も神第一が結構なのです、カイの言霊(かえし)はキです、キが元であると知らせてあるでしょう、カイの御用にかかってください、始めは苦しいですが何という結構な事であったのかと皆が喜ぶ様になって来るのです、先を楽しみに苦しんでください、ぎゅうぎゅうと締めつけて目の玉が飛び出る事があるのです、そこまでに曇っているのです、はげしく洗濯するのです、可愛い子を谷底に突き落さなければならないかも知れないのです、いよいよ神が表に現われて神の国に手柄を立てさせるのです、神国が光り輝くのです、日本にはまだまだ何が起きるか分からないのです、早く一人でも多く知らせてやってください、タマを磨けば磨いただけ先が見え透くのです、先が見える神徳を与えるのです、今の偉い役人がいくら頑張っても今までのやり方では何も役に立たないのです、新しき光の世になるのです、古いものは脱ぎ捨ててくださいと申してあるでしょう、誠心になったなら自分でも分からない程の結構が出て来るのです、手柄を立てさせるのです、いくら我張っても我(が)では通らないのです、我を折って素直になってください、これでもう良いと言う事は無いのです、いくら努力してもこれでもう良いと言う事は無いのです、神の一厘の仕組みが分かったら世界一列一平になるのです、升掛(ますかけ)引いて世界の臣民人民は勇みに勇むのです、勇む事はこの方嬉しいのです、富士は何時爆発するとか何処へ逃げたら助かるのかという心は我れよしなのです、どこに居ても救う者は救うと申してあるでしょう、悪い事を待つキは悪魔のキなのです、結構なキが結構を生むのです人間心には我(が)があるのです、神心には我が無いのです、我がなくてもならないのです、我があってはならないのです、我がなくてもならずあってもならない道理は分かりましたか、神に融け入ってください、てんし様に融け入ってください、我をなくして我を出してください、建て替えと申すのは神界幽界顕界にある今までの事をきれいに塵一つ残らない様に洗濯する事です、今度という今度は何処までもきれいさっぱりと建て替えをするのです、建て直しと申すのは世の元の大神様の御心のままにする事です、御光の世にする事です、てんし様の御稜威(みいづ)輝く御世とする事です、政治も経済も何もかも無くなるのです、食べるものも一時は無くなってしまうのです、覚悟してください、正しくひらく道、道鳴り出づはじめ苦し、ひらきて月鳴る道は弥栄え、地ひらき世ひらき世むすび天地栄ゆ、はじめ和の道、世界の臣民がてんし様を拝む時が来るのです、邪魔をしないで見物してください、御用はしなければならないのです、この神示を声高く読んでください、この神示を血としてください、益人となるのです、天地が混ぜこぜとなるのです火と水と申してあるでしょう、火が続くのです、雨が続くのです、火の災いがあるのです、水の災いがあるのです、火のお陰があるのです、水の災いに気をつけてください、火と水入り乱れての災いがあるのです、近くなって来たのです、火と水の御恵みがあるのです、一度は神の事も大きな声で言えない事があるのです、それでも心配しないでください、富士晴れるのです、家族が幾人居ても金は要らないのです、主人(あるじ)がどっしりと座っておれば治まるのです、神国の型を残してあるのです、国を治めるのに政治は要らないのです、経済も要らないのです、神を拝んでください、神祀りをしてください、てんし様を拝んでください、何もかも皆神に捧げてください、神からいただいてください、神国は治まるのです、戦も収まるのです、今の臣民は口先ばかりで誠を申しているのですが口ばかりではなお悪いのです、口先だけの信仰はやめて仕え祀ってください、でんぐり返るのです、今までは闇の世であったからどんな悪い事をしても闇に逃れる事が出来たのですが闇の世はもう終わったのです、思い違う臣民が沢山いるのです、何んな集団でも大将は皆思いが違うのです、早くさっぱりと心を入れ替えてください神の子でないと神の国には住めない事になるのです、幽界(がいこく)へ逃げて行かなければならないのです、二度と帰れないのです、幽界(がいこく)行きにならない様に根本から心を入れ替えてください、日本の国の臣民が皆兵隊さんになった時に一度にどっと大変が起こるのです、カイの御用はキの御用です、それが終わったらまだまだ御用があるのです、行けども行けども草ぼうぼうです、どこから何が飛び出すか、秋の空がグレンと変るのです、この方は化(ば)けに化けて残らずの身魂を調べてあるのです、身魂の改心はなかなかに難しいのですから、今度という今度は天の規則通りにびしびしと埒をつけるのです、御三体の大神様が三日この世をかまわなければこの世はクニャクニャとなるのです、結構が近づいているのです、大層が近づいているのです、この神示を読んで神々様にも守護神様にも聞かせてください、いよいよ天の日津久の神様がおかかりなされるのです、富士が火を吐かない様に拝んでください、大難が小難にまつり変わる様に拝んでください、食べ物(たべもの)を頂く時はよくよく噛めと申してあるでしょう、上の歯は火なのです、下の歯は水なのです、火と水と合わすのです、カムロギカムロミなのです、噛むと力が生まれるのです、血となり肉となるのです、まだまだ苦労があるのです、たま(魂)の宮を作っても良いのです、自分の事を言われて腹の立つ様な小さい心では今度の御用は出来ないのです、心を大きく持ってくださいと申してあるでしょう、カイの御用はキの御用です、臣民はミの御用を務めてください、キとミの御用があるのです、ミの御用とは体(からだ)の御用です、身を養う正しき道を開いて伝えてください、今までの神示を読めば分かる様にしてあるのです、キの御用に使う者もあるのです、キミの御用をさせる者もあるのです、お守りの石はどしどしさげても良いのです、水の巻はこれで終りです

日月神示⑩ キの巻

節分からは手を打ちながらひふみ祝詞を宣(の)ってください、拍手は元の大神様の全き御働きです、タカミムスビとカミムスビの御働きです、御音(おんおと)です、和です、大和(だいわ)の事です、言霊(ことだま)です、喜びの御音です、悪を祓う御音です、節分を境にして何もかも変貌するのです、何事も掃除が一番なのです神示を読めば何もかも分かる様になっているのです、おわりの御用は御苦労様でした、奥の奥の事は仕組み通りになっているので臣民は心配しないでください、一の宮は桜咲く所に作ってください、天之日津久の神奉賛会で良いのです、オオカムツミの神と申して祀ってください、祭典(まつり)は国民服の左の胸に八垂(やた)れのシデを二本つけて、絹(きぬ)のシデをつけて当分は奉仕して良いのです、道場は一の宮と一つの所で良いのです、イイヨリの御用タニワの御用は御苦労様でした、皆さんいよいよです、今から弱音では何も出来ないのです、春マケ、夏マケ、秋マケ、冬マケ、ハルマゲドンとなるのです、いよいよなのです、褌を締めてください、グレンとなるのです、雨の神、風の神、地震の神、岩の神、荒の神様にお祈りすればこの世の地震や荒れを逃(のが)れさせて下さるのです、皆さんに知らせてやってください、この方はイの神と現われるのです、キの神と現われるのです、シチニの神と現われるのです、ヒの神と現われるのです、ミの神と現われるのです、イリヰの神と現われるのです、イキシチニヒミイリヰの神です、五柱の神様を篤く拝んでください、十柱の神様を篤く拝んでください、神の大事な肝腎の所が違った事になっているので、その肝腎要(かんじんかなめ)の所を元に戻さなければ、どんなに人間が学や知恵でやってもどうにもならないのです、元の先祖の神でないと最後の仕上げは出来ないのです、神の国の元の因(もと)のキのミタマを入れて練り直さなければ出来ないのです、肝腎がひっくり返っているのです、早く気づかないと間に合わないのです、世界の事ですからもう少し大きな心を持ってください、世界の御用ですから大きな心でないと御用が出来ないのです、これからは神が化けに化けて心を引く事がありますからそのつもりでいてください、この神示はその人の心の通りに映るのです、思いが違うといくら神示を読んでも違う事になるのです、心が違うとどんなに偉い神様でも人でも今度は気の毒な事が起きるのです、この方は悔やむ事は嫌いなのです、次の世になれば、これまでの様に無理に働かなくても楽に暮らせる嬉し嬉しの世となるのですが、今の臣民は人の手に握っているものでもタタキ落して取る様になっているのですから神も往生するのです、神は臣民を楽にしてやりたいのですが、楽に慣れてしまって自分の力で楽になった様に思って神を無きものにしたので今度の難儀となって来たのです、そこにまだ気づかないのですか、キが元だと申してあるでしょう、早く気づかないと間に合わないのです、この神は従う者には穏やかですが逆らう者には鬼となるのです、道場開き結構でありました、皆さん御苦労でした、知らせてある様に道を開いてください、天と地と合せ鏡です、一人でやってはならないのです、桜咲く所に桜と共に花が咲くのです、夏マケ、秋マケとなったら冬マケで泣きあげなければならないのです、戦争が終わってからがいよいよ本当の戦(いくさ)なのです、褌を締めてください、役員も一度は青くなるのです、土に潜るのです、九、十に気を付けてください、神示を良く読んでください、肝腎の事が分かってはいないのです、一(ヒ)の事です、物を自分のものだと思うのは天の賊(ぞく)ですすべてはてんし様のものだとくどく申してあるのにまだ分からないのですか、行いが出来て口を静かにすると何事もスラリスラリと行くのです、行(ぎょう)が出来ていないと何もかも遅れてしまうのです、遅れるだけ苦しむのです、神の国の半分の所には嫌な事が起きるのです、洗濯出来た臣民に元の神がかかって、さぁ今だと言う場面になったら臣民の分からない働きをさせて悪では出来ない手柄をさせて、何という結構な事かとビックリ箱が開くのです、天と地との親の大神様のミコトで開くのです、いくら悪神がじたばたしても手も足も出せないのです、この世を三角にしようと四角にしようと元のこの方等の心のままなのです、後から来た守護神が先になりますから、今の役員が後にならないように神示で知らせてあるのですから、良く神示の裏の裏まで読んで肚に入れて、何一つ分からない事がない様にしてください、今に恥ずかしい事になるのです、元の大和魂の誠の身魂が揃ったら、人は沢山いなくてもこの仕組みは成就するのです、末代動かぬ世の元の基礎を築いて決着をつけるのです、キが元だと何度も申してあるでしょう、上は上の行、中は中、下は下の行いと作法があるのです、混ぜこぜにしてはならないのです、この神示の中からキチリキチリと礼儀正しくしてください今までして来た事がなるほど天地の神の心に背いているという事が心から分かって、心からお詫びして改心すれば、これから先も末代身魂をかまうのです、借銭を負っているミタマはこの世には置いてもらえない事に規則が定まったのです、早く皆に知らせてやってください、タテコワシ、タテナオシが一度になるのです、建て直しの世直しが早くなるかも知れないのです、臣民は遅れないでください、建て直しを急ぐのです、建て直しとは元の世の神の世に返す事です、元の世と申しても泥海ではないのです、中々に大層な事であるのです、上下にグレンだと申してある事を良く肚に入れてください、悪い事を待つのは悪魔です、いつ建て替えや大峠が来るかと待つ心は悪魔に使われているのです、この神示を世界中に知らせるのです、今までは大目に見ていたのですが、もう待てないのですからもう見直し聞き直しは無いのです、神の規則通りにビシビシと出て来るのです、世界一平に泥の海であった世界を造り固めたのは国常立尊なのです、親神様を泥の海に住まわせる事はおそれ多い事なのです、それで天に昇って行かれたのです、岩の神、荒の神、雨の神、風の神、地震の神様、この神々様のお手伝いでこの世のつくりかためをしたのです、世の元からの龍体を持たれた荒神様でないと今度の御用は出来ないのです、世界をつくり固めてから臣民を造ったのです、何も知らずに上に昇って神を見おろしている様では、どうしてこの世が治まるでしょうか、天と地の御恩という事が神の国の守護神に分かっていないので難儀な事がいよいよどうにもならない事が起きるのです、世界はバタバタとなるのです、臣民はこの世に生まれ落ちたら産(うぶ)の御水を火で暖めてウブ湯を浴びせてもらうのです、その御水はお土から頂くのです、たき火やともし火はすべて日の大神様から頂くのです、御水と御火と御土(火・水・土)でこの世の生(せい)あるものが生きているのです、そんな事くらい誰でも知っていると申すでしょうが、その御恩という事は知らないでしょう、一厘の所は誰も分からないのです、守護神も曇っているのですから神々様にも早くこの神示を読んで聞かせてやってください、世間話に花を咲かせる様では誠の役員とは言えないのです、桜に花を咲かせてください、せわしくさせているのです、せわしいのは神の恵みなのです、今の世ではせわしくなかったら臣民は腐ってしまうのです、せわしく働いてください、山の谷まで曇っているのです、曇っている所に火の雨が降るのです、曇った所には神は住めないのです、曇って神のいない所はいよいよひどい事が起きるのです、神がやるのではないのです、臣民が自分でやるのです、一日一日延ばして臣民を改心させるようにしたのですが、一日延ばせば千日練り直さなければならないので、神はいよいよ鬼となって規則通りにビシビシと埒(らち)をつけるのです、もう待てないのです、どこから何が出て来るか分からないと申してあるでしょう、花火に火をつけてください、日本の国が乱れて来たのは来られないものを来させたからです、三千年の昔に返すのです、三万年の昔に返すのです、三十万年の昔に返さなければならないかも知れないのです、家内が和合出来ない様では、この道の取り次ぎ役員とは言えないのです、和が元だと申してあるでしょう、和合出来ないのはトラと獅子です、どちらにもメグリがあるからです、昼も夜も無いのです、坊主が坊主臭くてはならないのです、一二三(ひふみ)とは限り無い神の弥栄えなのです、一(ひ)は始めなき始であるのです、ケは終りなき終りです、神の能(はたらき)が一二三です、始めなく終りなく弥栄えの中今(なかいま)なのです、一二三は神の息吹きです、一二三を唱えてください、神人共に一二三唱えて岩戸が開けるのです、一二三に融けてください、一二三と息してください、一二三を着てください、一二三を食べてください、始めに一二三あり、一二三は神です、一二三は道です、一二三は祓い清めです、祓い清めとは弥栄えです、神の息です、てんし様の息です、臣民の息です、ケモノの息です、草木の息です、一であり、二であり、三であるのです、ケであり、レであり、ホであるのです、右渦であり左渦であるのです、皆の者に一二三を唱えさせてください、五柱御働きです、八柱十柱御働きです、五十連(いつら)です、意露波(いろは)です、分かりましたか、見苦しい霊(たま)には見苦しいものが映るのです、それが病の元です、見苦しい者に見苦しいタマが当たるのです、それで早く洗濯掃除と申してくどく気をつけておいたのです、神の試しもあるのですが所々にみせしめがあるのです、早く改心してください、それが天地への孝行であるのです、てんし様への忠義であるのです、鎮魂(みたましづめ)には神示を読んで聞かせてください、三回、五回、七回、三十回、五十回、七十回で始めは良いのです、それで分からない様であればお出直しなのです世に落ちておいでなさる御方(おんかた)の御一方(おんひとかた)の竜宮の音姫殿が御守護遊ばすのです、この方が天晴れ表に現われるのです、これからは神徳を貰わないと一寸先にも行けない事になったのです、御用させてくださいと申してもメグリある金(かね)は御用にならないのです、メグリになるのです、自分の物だと思うのが天の賊です、これまで世に出ている守護神の九分九厘は天の賊です、偉い人はいよいよとんでもない事になるのです、捕われるのです、痛い目に遭わされるのです、今に目が覚めるのですが、その時ではまるで遅いのです、お上も一時は無くなるのです、一人一人何でも出来る様になっていてくださいと申してある事が近くなったのです、火の大神様に気を付けてください、どえらい事になるのです、一厘の事は言わなければならず言ってはならず、心と心で知らせたいのですから心で受け取ってください、良く神示を読んで悟ってください、神から頼むのです、三月三日から更に厳しくなるから用意しておいてください、五月五日から更に更に厳しくなるから更に用意して何んな事が起ってもビクともしない様に心しておいてください、心が違っているので臣民の思う事の逆様ばかりが出て来るのです、九月八日の仕組みが近くなったのです、この道はむすび、ひふみとひらき、みなむすび、神々地に成り悉く弥栄え戦争(いくさ)つきはつ大道です、一時はこの中も火の消えた様に寂しくなって来るのです、その時になってもお陰を落さない様にしてください、神の仕組みがいよいよ世に出るのです、三千年の仕組みが晴れ晴れと、富士は晴れたり日本晴れ、桜花が一二三(ひふみ)と咲くのです、誠の事を申すと耳に逆らうでしょうが、その耳を取り替えてしまうのです、自分に分からないメグリがあるのです、今度は親子でも夫婦でも同じ様に裁く訳(わけ)には行かないのです、子供が天国で親が地獄という様にならない様にしてください、一家揃って天国身魂となってください、国皆揃って神国となる様に務めてください、メグリは一家分け合って、国中分け合って借金無しにしてください、天明代りに詫(わび)をしてください、役員も代りにお詫びをしてください、この神示を肚に入れておけば何んな事が出て来ても胴(どう)が座るから心配無いのですあなない、元津神々、人の世ひらき和し、悉くの神人満つ、神世の道は満つ、一時は闇の道、ひらき極み、富士の代々、鳴り成るには弥栄えに変わり和すの道、道は弥栄え、ひふみ道出で睦び、月の神足り足りて成り、新しき大道満つ、神々満ちゑらぎ百千万の善きこと極む、いよいよとなり何もかも百千とひらき、道栄え道極み進み、道極み真理の真理極む、元の光の神々ゑらぎ、更に進む世、和合まずなりて百(もも)の世極みなる、世に光る神々の大道、神々ことごとくゑらぎて大道いよいよ展き進みて、大真理世界の三つは一と和し、鳴り成りて始めて、誠の愛の世極み来る、弥栄の世の神、人、神人わけへだてなく光り輝き、道は更に極みの極みに進み動き、ありとあらゆることごとくの成り結び、更に新しく更に極むるの大道、神代歓喜の世々すり鉢に入れてコネ廻しているのですから一人逃げ様としても逃げる事は出来ないのです、逃げようとするのは我れよしなのです、今の仕事を五人分も十人分も精出せと申してあるでしょう、急がないでください、その御用が終わったら次の御用にかからせるのですから、この世の悪も善も皆御用なのです、身魂相当の御用を致しているのです、仕事しながら神示を肚に入れて行けば仕事が段々変るのです、神示を声立てて読む事ですと申してある事を忘れないでください、その上で人にこの道を伝えてやってください、無理しないでください、我を捨てて大き息吹きに融けるのです、神の息吹きに融け入るのです、御みいづに融け入るのです、いよいよ神示が一二三となるのです、一二三とは息吹きです、耳に知らせるのです、言わなければならないので一二三として、息吹きとして知らせるのです、神示を良く読めば分かる事です、神示を読んでください、読むと神示が出るのです、この巻はキの巻と申してください、富士は晴れたり世界晴れ、岩戸あけたり世界晴れです

日月神示⑨ 岩戸の巻 

岩戸の巻を書いて知らせます、岩戸を開くには神と人とが共にえらぎにぎわうのです、神カカリになって歌い舞うのです、人がウズメのミコトになるのですウズメのミコトとは女だけではないのです、男もウズメなのです、女のタマは男、男のタマ(魂)は女と申してあるでしょう、闇の中で踊り唄うのです、皆の者がウズメとなってください、夜明けを告げる十理(とり)となってください、神カカリになって歌い舞ってください、誠の神カカリで無いとこれからは何も出来ないのですキをつけてください、キが元なのです、キから生れるのです、心は配れと申してあるでしょう、心の元はキです、総ての元はキであるのです、キは喜びなのです、すべての臣民にそれぞれのキを植えつけてあるのです、うれしいキはうれしキ事を生むのです、かなしいキはかなしキ事を生むのです、恐れは恐れを生むのです、喜べば喜ぶ事があるのです、天災でも人災でも臣民の心の中で動くキのままになるのです、爆弾でも当たると思えば当たるのです、恐れると恐ろしい事になるのです、ものはキから生れるのですからキが元です、くどくキをつけておくのです、ムのキが動けばムが来るのです、ウのキが動けばウが来るのです、どんな九十(事)でもキがあれば出来るのです、キから生まれるのです、勇んで神の御用を務めてください、二二は晴れたり日本晴れ、びっくり箱がいよいよとなったのです、春マケ、夏マケ、秋マケ、冬マケてハルマゲドンとなるのです、早く改心しないとハルマゲドンの大峠を越せない事になるのです、大峠になったらどんな臣民もアフンとしてものを言えなくなるのです、大きな取り違いをしていたと地団駄を踏んでもその時では間に合わないのです、十人並みの事をしていては今度の御用は出来ないのです、すべてが逆様に返るのです、大洗濯大掃除をしてグレンなのです、二二に花が咲くのですこの方はこの世の悪神とも現われるのです、閻魔(えんま)とも現われるのです、悪と申しても臣民の申すような悪では無いのです、善も悪もないのです、審判(さばき)の時が来ているのに気づかないのですか、その日その時に裁かれているのです、早く掃除洗濯してください、岩戸はいつでも開くのです、善の御世が来るのです、悪の御世が来るのです、悪と善とタテ別けてどちらも生かすのです、生かすとは神の息に合わせる事です、神の息に合えば悪は悪では無いのです、この道理を良く肚(はら)に入れて、神の心を早く汲み取ってください、それが洗濯です、天(あま)さかり地(くに)さかります御世(みよ)となるのです、臣民の心の中に埋めておいた花火がいよいよ開く時が来たのです、赤い花火も青い花火も黄色の花火もあるのです、それぞれのミタマによって、花火の色が違うのです、ミタマ通りの色が出るのです、金の真似はしないでください、金は金、鉄は鉄、鉛は鉛としてミタマを磨いてください、地土(くにつち)の軸が動くのです、フニャフニャ腰がコンニャク腰になってどうにもこうにもならない事になるのです、その時にこの神示を心棒に入れてください、百人に一人位は何とか役に立つのです、あとはコンニャクのお化けなのです北から南から宝を出す時が近づいたのです、世の元からの仕組みですからめったに間違い無いのです、これから先はいよいよ臣民には分からなくなるのですが、仕上げを見てください、何事も神の申す事を聞いて素直になるのが一番なのです、神示が出ない時が近くなったのです、神示が出なくなったら口で知らせるのです、この神示を早く腹に入れないと間に合わない事になって来るのです、西にも東にもみな宝があるのです、北の宝は潮満(しおみつ)です、南の宝は潮干(しおひる)です、東西の宝も今に分かって来るのです、この宝はあっぱれ、この世の大洗濯の宝なのです人民の戦(いくさ)や天災ばかりで今度の岩戸を開くと思っていたら大きな間違いです、戦や天災でラチがあく様なチョロコイ仕組みではないのです、開いた口がふさがらない事になって来るのですから、早くミタマを磨いてコワイものが無いようになっていてください、肉体のコワさでは無いのです、タマの恐さなのです、タマの戦や災いは見当取れないでしょう真通理(まつり)が第一と申しているのです、神のミコトに聞いてください、それにはどうしてもミタマを磨いて神かかれる様にならなければならないのです、神カカリと申してもそこいらにいる天狗やキツネや狸ツキでは無いのです、誠の神カカリです、右を行く人、左を行く人をとがめないでください、世界の事はすべて自分の心に映り、心に映っただけの事しか出来ない道理なのです、この道は真中(まなか)を行く道だとくどく申してある事を忘れないでください、今までの様な宗教や教えの集団(まどい)は潰れてしまうのです、神が潰すのでは無いのです、自分で潰れるのです、早くこの神示を魂にして誠の道に生きてください、俳句は俳句と申してありますが、天理は天理、金光は金光だけの教えなのです、この神の申す事は天の道、地の道、人の道です、今度の岩戸開きの大望(たいもう)が終了してもすぐに良い事ばかりにはならないのです、二度と無い事なのですから臣民では見当取れない事ですから、肚の底から改心して素直に神の申す通りにするのが何より結構な事なのです神の国の昔からの生神の声は世に出ている守護人の耳には入らないのです、世に出ている守護人は九分九厘まで外国ミタマ(魂)ですから生神の声は聞こえ無いのです外国の悪の三大将よ、いざ出て来てみなさい、マトモからでも上からでも下からでも横からでも、いざ出て来てみなさい、この神の国には世の元からの生神が水も漏らさない仕組みをしているのですから、いざ出て来て得心出来るところまでかかって来てください、敗けても悔しくないように攻めて来てみなさい、堂々と出て来てください、どんな手でもかかって来てください、その上で、敗けてこれはどうしても勝てないと納得するまでかかって来てみなさい、学が勝ったなら従ってやります、神の力には勝てない事が心から分かったなら末代どんな事があっても従わせて元の神の誠の世にして、改心させて、万劫末代口説(くぜつ)の無い世にするのです富士と鳴門の仕組みが分かって来たなら、どんな外国人でも改心するのです、それまでに神の国の臣民が改心していないと気の毒な事が起きるのです、天狗や狐は誰にでもかかってモノを言うのですが、誠の神は中々にチョコラサとはかからないのです、善き世になったら神はモノを言わないのです人が神となるのです、この神は巫女(みこ)や弥宜(ねぎ)にはかからないのです、神が誰にでもかかって、すぐに何でも出来ると思っていると思いが違うので気をつけておくのです、神カカリに凝るとロクなことはないですからホドホドにしてください、この道は中行く道です、戦が終わったでもなく、終わらないでもなく、上げる事もおろす事も出来ず、人民の智や学や算盤では、どうにも出来ない事になるのが目の前に見えているのですから、早く神の申す通りに素直に言う事を聞いてください、長引くほど、国は散り散りに無くなるのです、米があると申して油断しないでください、タマがあると申して油断しないでください、命があると申して油断しないでください、この神示を良く読めば楽になって人々から光りが出るのです、辰の年は良き年となっているのです、早く洗濯してください悪の仕組みは、日本魂を根こそぎに抜いてしまって日本を外国同様にしておいて、一呑みにする計画なのです、日本の臣民は悪の計画通りになって、尻の毛まで抜かれているのにまだ気づかないのですか、上からやり方を変えてもらわなければ下ばかり変えてもどうにもならないのです、人の上に立っている人は日に日に悪くなって来ているのです、メグリある金でも物でも持っていたなら良い様に思っているのですが、大きな取り違いなのです、早く神の申す言葉を聞いてください、世界のどこを探しても、今では九九(ここ)より他に神の誠の道を知らせる所は無いのです、この道の役員は上から見えない所に良い事が無いと今度の御用はなかなかに務まらないのです、洗濯を急いでください、掃除を急いでください、家の中が治まらないのは女にメグリあるからです、この事を良く気を付けておくのです、村も国々も同様です、女のメグリはコワイのです、節分からは八回拍手を打ってください、神がはげしくなるのです心にメグリを積むと動物のイレモノになるのです、神のイレモノを動物等に自由にされていて、それで誠の神の臣民だと申しているのは、分からないと言ってもあまりにもひどいのです、ゴモクを吐き出してください、ゴモクをそのままにしておくと段々大きくなって始末出来ない事になって、終いには灰にするより手がなくなるのです、石が流れて木の葉が沈むと申してあるでしょう、今がその世なのです、改心してキレイに掃除出来たら、千里先にいても、ひつきの神と頼めば何んな事でもさせてやるのです、この神は世界中どこにでも届く鼻を持っているのです、この世を造った神なのです、この世に分からない事は何一つ無いのです、神の御用さえ務めてくれたならば、心配事が嬉し嬉しになる仕組みです、日本臣民ばかりでは無いのです、どこの国の民でも同様に助けてやるのです、神には依怙が無いのです、誠の者は千人に一人なのです、向うの国にはまだまだドエライ仕組みしていますから今の内に神の申す事を聞いて、神国は神国のやり方にしてください、人の殺し合いばかりではケリはつかないのです、今度の勝ち負けはそんなチョロコイ事では無いのです、トコトンのところまで行くのですから神も総活動なのです、臣民は石にかじりついてもやらなければならないのです、その代わり今後は万劫末代の事ですから何時までも変わらない誠の神徳を与えるのです、言われない事や神示に出せない事も知らせる事があるのです、言葉が違うから、精神が違うから違う事になるのです、言葉を正しくすれば正しき事になるのです、日本の国は元の神の血筋の混じり気のないミタマで末代世を治めるのです、何事も末代の事ですから、末代動かない様に定めるのが大望なのです、上の臣民はこのままで何とかかんとか行ける様に思っていますが、その心は我よしです、今度は手を合わせて拝むばかりでは駄目だと申してあるでしょう、今度は規則が決まったなら昔より厳しくなるのです、負けられない事になるのです、神魂(カミタマ)の臣民でないと神の国には住めない事になるのです、この世治めるのは地の先祖の生神の光を出さなければこの世は治まらないのです、今度はトコトン掃除しなければ、少しでも混じり気があれば、先になってまた大きな間違いとなりますから、洗濯洗濯とくどく申しているのです、神は一時は菩薩とも現われていたのですが、もう菩薩では治まらないのですから、いよいよ生神の性来を現わしてバタバタにラチをつけるのです、今の学ある者は大きな取り違いをしているのです、大国常立尊大神と現われて、一時は天も構い、地の世界は申すに及ばず、天にも昇り降りして、元の日本の神の光りをクッキリ現わさなければならないと申されているのです、早く洗濯しないと間に合わないのです、この道の役員は自分で苦労して人を助けるのです、人を助ける心でないと我を出して自分の事を思っているとグレンなのです、仏もキリストも何も彼もスッカリと救わなければならないのです、殺して救うのと生かして御用に使うのとあるのです、今度はハッキリ区別するのです、昔からの因縁なのです、この方の元に参って、昔からの因縁やこの先の事を良く聞いて得心出来たら、肚の底から改心して誠の御用をしっかり務めあげてください、逃げ道を作ってはならないのです、二つ三つの道を作ってはならないのです、真っ直ぐに神の道に進んでください、神の道は一筋だと申してあるでしょう、何でもそれぞれの行をしなければ誠の事は出来ないのです、世界の片端浜辺からいよいよが始まると知らせてある事が近くなったのです、くどい様ですがさっぱりと洗濯してください、神の国は神のやり方でないと治まらないですから、今までの法度(はっと)からコトから、やり方を変えて、今まではやり方が違っていたので、神のお道通りに致しますと心からお詫びしなければ、お詫びするまで苦しむのです、この苦しみは文字にも口にも無い様な事に、臣民の心次第ではなるのですから、くどく申しているのです、何もかも神に捧げてくださいてんし様に捧げてください、それが神国の民の心得です、いやでも応でもそうなって来るのです、神国の政治経済は一つであると申してあるでしょう、今の臣民に分かる様に申すならば、臣民が働いて取れた物は何でも神様に捧げるのです、神の御社は幸いで満たされるのです、御光が輝くのです、光の世界となるのです、神から分けてくださるのです、その人の働きによってそれぞれに恵みの印を下さるのです、それがお宝です、お宝徳相当に集まるのです、金は要らないと申してあるでしょう、元の世になるまでに、そうした事になってそれから誠の神の世になるのです、神の世はまつりがあるだけです、それまでにお宝を下さるのです、お宝とは今のお札(さつ)の様なものです、分かる様に申すと、神の御社と臣民のお役所と市場と合わせた様なものが、一時は出来るのです、嬉し嬉しとなるのです、誠のまつりの一(はじめ)です、この事を良く肚に入れて一二三として説いて、早く上の守護人殿にも下の守護人殿にも知らせて、安心して勇んで暮す様にしてやってください、それも臣民の心次第で素直な人は早く嬉しくなって心が勇むのです、寂しくなったら訪ねて来てくださいと申してあるでしょう、生味(しょうみ)の、生き通しの神が、生味を見せてやらなければならない事に、いずれはなるのですが、生神の生味は激しいから、今の内に綺麗に洗濯しておけと申すのです、皆にまつろいしておけと申すのです、可哀そうなのは兵隊さんです、神に祈ってやってください、幽界人(がいこくじん)、日本の国にいる幽界魂(がいこくたま)の守護人はいよいよとなって生神の総活動になったら、死ぬ事も生きる事も出来ない苦しみに一時はなるのです、神から見ればそなた達も神の子なのですから早く神の下(もと)に帰ってください、いよいよとなって来たのです、くどく気をつけるのです、この方の道が悪いと思うなら出て来てください、良いか悪いかハッキリと得心行くまで見せてやるのです、何事も得心させなければ、根本からの掃除は出来ないのです、役員も気をつけてください、皆和合してください、悪い言葉と悪い息吹きがこの方の一番邪魔になるのです、苦労の無い人には誠は分からないのです、欲は要らないのです、欲を出したら曇るのです、めくらになるのです、お詫びすれば許してやるのです、天地に御無礼のない臣民は一人もいないのです、病治してやるのです、神息吹きを作ってやってください、神息吹きとは一二三書いた紙を神前に供えてから分けてやるものの事です、腹が立つのは慢心からです、守護神が良くなれば肉体が良くなるのです、善も悪も分からない世を闇の世と申すのです、天照皇太神宮様(テンショウコウタイジングウサマ)の岩戸開きは、だました間違いの岩戸開きです、無理に開けた岩戸開きですから開いた神々様にも大きなメグリがあるのです、今度はメグリだけの事はしなければならないのです、神には分け隔て無いのです、今度の岩戸開きは少しも間違いない、混じり気のない、誠の神の息吹きで開くのです、混じり気があったら、濁りが少しでもあったら、またやり直ししなければならないのですからくどく気を付けているのです、何時までも変わらない誠で開くのです世の元からの生神が揃って現われたら、皆腰を抜かして、目をパチクリさせて、ものが言えない様になるのです、神徳を頂いた臣民でないと中々越せない峠なのです、神徳はいくらでも背負いきれないほど与えるのです、大きな器を持ってください、掃除した大きな入れものをいくらでも持って来てください、神界にはビクともしない仕組みが出来ているのですから安心して御用を務めてください、今度は誠の神の力でないと何も出来はしないのです、日本の国土は小さいのですが天と地との神力は強いのです、神の誠の元の国であるのです、洗濯と申すのは何事によらず、人間心を捨ててしまって、智恵や学に頼らずに、神の申す事を一つ疑わずに生れ赤子の心のうぶ心になって、神の教えを守る事です、ミタマ磨きと申すのは、神から授かっているミタマの命令に従って、肉体心を捨ててしまって、神の申す通りに背かない様にする事です、学や智を力と頼んでいるとミタマは磨けないのです、学を越えた学、智を越えた智は神の学、神の智である事が分からないのですか、今度の岩戸開きはミタマから、根本から変えて行くのですから、中々大層なのです、天災や戦ばかりでは中々ラチが開かないのです、根本の改めです、小さい事だと思っていると分からない事になると申してあるでしょう、この道理を良く肚に入れてください、今度は上中下三段に別けてあるミタマの因縁によって、それぞれに目鼻をつけて、悪も改心させて善も改心させての岩戸開きですから、根本から作り変えるより何れだけ難しいか、大層な骨折りなのです、叱るばかりでは改心出来ないので、喜ばせて改心させる事も守護神においてはあるのです、聞き分けの良い守護神殿は少ないのです、聞き分け良い悪の神は早く改心するのです、聞き分けの悪い善の守護神があるのです、この道の役員は昔からの因縁によってミタマを調べて引き寄せて御用させているのです、めったに見当は狂わないのです、神が綱をかけたら中々離さないのです、逃げられるなら逃げて見てください、くるくる廻ってまた始めからお出直しして御用しなければならない様になって来るのです、ミタマが磨け出したら病神などドンドン逃げ出すのです、出雲(いずも)の神様を大切にしてくださいと知らせてある事は忘れないでください、子(ネ)の年を真中にして前後十年が正念場です、世の立て替えは火と水です、羊(ひつじ)の三月三日、五月五日は結構な日ですこの神は良い臣民には良く見え、悪い臣民には悪く見えるのです、鬼門の金神とも見えるのです、世はクルクルと廻るのです、幸せ少なくても悔やまないでください、それぞれのミタマの曇りを取り除いているのですから、勇んで苦しい事もしてください、上が裸で下に袴を履く事が出て来るのです、神が化かして使っているのですから、出来上がるまでは誰にも分かりませんが、出来上がったら、何とした結構な事かと皆がびっくりするのです、びっくり箱にも悪いびっくり箱と嬉し嬉しのびっくり箱とがあるのです、何も知らない臣民に知らない事を知らせるのですから、疑うのは無理の無い事ですが、曇りを取ればすぐに映るのです、元の種を持っているのですから早くこの神示を読んで洗濯してください、どんな大峠でも楽に越せるのです、神の道は無理の無い道であると知らせてあるでしょう、ミタマの因縁は恐ろしいのです、上下に湧き上がる時が近づいたのです今度の御用は世に落ちて苦労に苦労した臣民でないと中々に務まらないのです、神も長い間世に落ちて苦労に苦労を重ねていたのですが、時節が到来して天晴(あっぱれ)世に出て来たのです、因縁のミタマは世に落ちていると申してあるでしょう、外国好きな臣民は今に大きな息が出来ない事になるのです、覚悟は出来ていますか、改心次第ではその時から良い方に廻してやるのです、改心と申して人間の前で懺悔するのは神国のやり方ではないのです、人の前で懺悔するのは神を傷つける事になると心得てください、神の御前にこそ懺悔してください、懺悔の悪い言葉に倍した良い言霊(ことだま)を宣ってください、言葉高く宣ってください、富士晴れるまで言霊高くあげてください、その言霊に神がうつって何んな手柄でも立てさせて、万劫末代名の残る様にしてやるのです、この仕組みが分かったなら上に立つ臣民は逆立ちしてお詫びに来るのですが、その時ではもう間に合わないのですから、くどく気を付けているのです、臣民は可愛いので嫌がられてもこの方は申すのです、悪と思う事に善があり、善と思う事に悪が多いと知らせてあるでしょう、この事は良く心得ておいてください、悪の世になっているのですから誠の神でさえも悪に巻き込まれているのです、知らず知らずに悪になっているのです、今の世の乱れと申すものは五度の岩戸閉めですから分からない臣民には分からないのは無理のない事ですが、五度の岩戸閉めが分かってもらわないと結構な御用は務まらないのです、時が来たら自分が自分の口で自分が白状する様になって来るのです、神の臣民は恥ずかしくない様にしてください、臣民が恥ずかしい事は神も恥ずかしいのです、いよいよ善と悪の変わり目ですから、悪神が暴れるので巻き込まれない様に褌を締めて、この神示を読んで、神の心を汲み取って御用を大切にしてください、向うの国はいくら物があっても人があっても、生神が表に出て働くのですから、神無き国はいづれは往生です、この神の申す事を良く肚に入れて、もう敵わないと申す所をこらえて、さらに敵わないと申す所をこらえて、いよいよどうにもならないという所をこらえて頑張ってください、神は何もかも良く分かって帳面に書き留めてありますから、どこまでも死んでも頑張ってください、そこまで見届けなければ、この方の役目は果たせないのです、可哀そうですが神の臣民殿はこらえこらえて誠をどこまでも貫いてください、誠の生神がその時こそ表に出て日本に手柄をさせて、神の臣民に手柄立てさせて、神から篤く御礼申して、善き世に致すのです、腹帯をしっかり締めてください、重ねて神から臣民殿に頼むのです、守護神殿に頼むのです、戦争はいつも勝つばかりでは無いのです、マケとなるのです、いざとなれば昔からの生神様が総出で御働きになりますから、神の国の神の道は大丈夫ですが、日本臣民も大丈夫であるとは言えないのです、その心の通りになる事を忘れないでください、早くミタマを磨いてください、もう少し戦が進むとこれはどうした事なのか、こんなはずでは無かったとどちらの臣民も見当が取れずに、どうする事も出来ない事になると知らせてあるでしょう、そうなってからでは遅いからそれまでにこの神示を読んでその時にはどうするかと言うことが分かっていないと、仕組みは成就しないのです、役員の大切な役目なのです、自分の思いは捨ててしまって早くこの神示を穴の開くほど、裏の裏まで肚に入れておいてください、この神示の終りに神から強く頼むのです、元の大和魂に帰ってくださいと申すのは今の臣民には無理なのですが、無理でも神に心を向ければ出来るのです、どうしても今度は元のキの儘の魂に帰らないとならないのです、肝心の神示をむやみに見せてはならないのです、仕組みが壊れるのです、今に神示に書けない事も知らせなければなりませんから、耳から知らせますから、肚から肚へと伝えてください、節分からは激しくなって、激しい神示は書かせないのです、天明神示の御用はこれでしばらく終わりなのですが、その代りに耳の掃除をしておいてください

日月神示⑧ 日の出の巻

春になれば萌え出でるのです、草木ばかりではないのです、何もかも萌え出でるのです、この方の申す事は譬えではないのです、少しは分かりましたか、石がものを言う時が来たのです、この道を早く知らせてください、岩戸は五回閉められているのです、イザナギ、イザナミの尊(みこと)の時、天照大神の時、神武天皇の時、仏が来た時と、大切なのはスサナル神様に罪を着せた時、その五度岩戸閉めですから、この度の岩戸開きはなかなかに大層だと申しているのです、愈々厳しくなって来たのです、これからが正念場です、いやでも応でも裸にならなければならないのですほど結構なもは無い事が始めて分かって来るのです、九歳は神界の紀(元)の年です、神始めの年と申してください、一二三(ひふみ)、三四五(みよいづ)、五六七(みろく)です、五の歳は子(ね)の歳なのです、取り違いしない様にしてください、月日の巻を十人と十人の役員見せてやってください時節到来したのです桜咲き神の御国明けそめにけり次の世とは通基(月)の世の事です、一二(ひつき)の通基(二)の世です、⦿☽の月の世です、取り違いしない様にしてください、知恵や学があっては邪魔になるのです、知恵や学が無くてもならない難しい仕組みなのです、月の神様を祀ってください、スサナルの神様を祀ってください、今に分かる事です、日暮良くなるのです日暮(一九れ)祀ってください、十柱揃ったらお祀りしてください、神は急いでいるのです旧の十月八日、十八日、五月五日、三月三日はいくらでもあるのです、この日は臣民には恐い日でありますが神には結構な日だと申してあるでしょう、神の心になれば神とまつわれば神とあななえば臣民にも結構な日となるのです、その時は五六七(みろく)の世となるのです、桜花(さくらばな)が一度にどっと開く世となるのです、神が激しくなり臣民は静かな御世となるのです、日日(ひにち)毎日富士晴れるのです、臣民の心の富士晴れ晴れと、富士晴れたり日本晴れ心晴れたり日本晴れです右に行こうとする者と左に行こうとする者とを結ぶのが渦(うず)の神様ですの神様とはスサナルの大神様です、この御用(おんはたらき)によって生命があるのです、力が生れるのです、渦がまつりです、神国のまつりは渦であります、神はその全き姿です、神の姿です、男の魂(たま)は、女の魂はと申して知らせてあるでしょう、神界の事は人間には見当取れないのです学問でいくら極めようとしても分かりはしないのですも無くてはならないですが囚われると悪となるのです、下の神々様には神界の事は分かりはしないのです、分からない神々に使われている肉体気の毒ですから身魂を磨け磨けとくどく申しているのです、三、四月に気をつけてください、どえらい事が起きますからどうしても身魂磨いておいてください、それまでに型しておいてくださいオロシヤに上がっていた極悪の悪神がいよいよ神の攻め寄せて来るのです気をつけてくださいがいよいよのギリギリだと申してくどく気をつけてあった事が近くなったのです、神との深い者には、が深いだけに見せしめがあるのです、国々もその通りです、神には依怙(えこ)は無いのです、ロシアの悪神の御活動と申すものは神々様にもこれは到底敵わないと思う様に激しき御力なのです、臣民と言うものは神の言葉理解出来ないから悪神の事に御と付けるのは分からないと申すのですが、御とは力一杯の事、精一杯の事を申すのです、どこから攻めて来ても神の国には悪神には分からない仕組みを致してありますから心配無いのです、いよいよと成った時には神が誠の神力を出して天地を揺すぶってトコトン降参だと申すところまでギュウギュウと締めつけて、万劫末代言う事を聞きます改心するところまで揺すぶるのですから、神の国の神の臣民は心配しないでください心を大きく持って御用してくださいどこに居ても御用している臣民は助けてやるのです一二三(ひふみ)の食べ物に病は無いと申してあるでしょう、一二三の食べ方は一二三唱えながら噛むのです四十七回噛んでから飲み込むのです、これが一二三食べ方、頂き方です神に供えてからこの一二三の食べ方すれば何んなでも治るのです、皆の者に広く知らせてやってください、心の一二三唱える事によって治り、肉体の病四十七回噛む事によって治るのです、心も身も分け隔て無いのですが、分かる様に申して聞かせているのです、取り違いしないでください、日本の国はこの方の肉体と申してあるでしょう、何んな隠してあるのです神の御用ならば何時でもどんなものでも与えるのです心を大きく持ってどしどしやってください集団(まどい)を作らないでくださいと申せば、バラバラでいますが裏には裏があると申してあるでしょうは配ってください、人はまつわれ嬉し嬉です、まつわれば人でなくなるのです、それが真実(まこと)の神の世です、神は人にまつわるのです、・と〇とまつわると申してあるでしょう、戦争も・と〇と壊しあうのでは無いのです、・と〇とまつり合う事です、岩戸を開く一つの鍵です、和す事です、神の国を真中和す事です、それには〇(外、肉)を掃除しなければならないのです、それが今度の戦です、戦の大将が神を祀らなければならないのです、二四(西)は剣です神まつりは神主ばかりがまつるのではないのです剣と鏡まつらなければならないのです剣と鏡がまつわれば霊(たま)となるのです、今は霊が無くなっている申して知らせてあるでしょう、政治も経済も教育の大将も神を祀らなければならないのです、天の天照皇大神様は当然として、天(あめ)の大神様、地(くに)の天照大神様、天照皇(すめ)太神様、月の神様、特に篤く祀ってください、月の大神様が御出でましになって闇の夜は月の夜となるのです、スサナルの大神様も篤く祀ってください、この神様には毎日毎夜お詑びしなければならないのですこの世の罪穢(つみけがれ)を負われてから守護されて御座る尊い御神様です、地(くに)の御神様、の神様です、祓い清めの御神様です、国々の産土の神様を祀ってください、遅くなればなる程苦しくなるのです、人ばかりでないのです、桜咲き神の御国は明けそめにけり、十月になったらぼつぼつ分かるのです、叩(はたき)をかけてばたばたと叩く所もあるのです、箒(ほうき)で掃く所もあるのです、雑巾がけしたり水流す所もあるのです、掃除が始まったらばたばたに埒(らち)が開くと申してあるでしょう、メグリだけの事は、今度は何うしても借銭無しにするのです花咲く人もあるのです花散る人もあるのです、天のひつ九の神の御神名を書かせるのです、それを皆の者に分けてやってください、聞きたい事はサニワ聞いてください、何んな事でも聞かせてやると申してあるでしょう、神は急いでいるのです吹くのです、降るのです、江戸に道場を作ってください先づ一二三を唱えさせてください神示を読んで聞かせてください、鎮魂(みたましずめ)してください、鎮神(かみしずめ)してください、十回で一通り分かる様にしてください、神を祀ってその前でしてください、神が力添えするのですからどしどしと運ぶのです誠の益人作るのです、こんな事は申さなくてもやらなければならない事です、神は一人でも多く救いたさに夜も総活動している事は分かるでしょう、神かかれる人を早く作るのです、身魂の洗濯をするのです、神かかりと申しても狐憑きや天狗憑きや行者の様な神かかりでは無いのです、誠の神かかりです、役員は早く取りかかってください、日に日に厳しくなって来ると申してあった事が始まっているのです、まだまだ激しくなってどうしたら良いか分からなくなり、あちらへうろうろこちらへうろうろ、頼る所も着る物も住む家も食う物も無くなる世が迫って来るのです、それぞれにメグリだけの事はしなければならないのです早い改心はその日から持ちきれない程の神徳を与えて、嬉し嬉しにしてやるのです、寂しくなったら訪ねて来てくださいと申してあるでしょう、洗濯次第で何んな神徳でもやるのです、神は御蔭をやりたくてうづうづしているのです、今の世の様子を見ても未だ分からないのですか神と獣とに別けると申してあるでしょう、早くこの神示読み聞かせて一人でも多く救けてください、これまでの仕組みや信仰は方便のものであったのです、今度は正味(しょうまつ)の信仰なのです、神に真っすぐに向うのです、日向(ひむか)と申してあるでしょう、真上(まうえ)に真っすぐに神を戴いてください、斜めに神を戴いても光は戴けるのですが、横からでも光は戴けるのですが、道は真っすぐに、神は真上に戴くのが神国の誠の御道なのです、方便の世済んだと申してあるでしょう、理屈はだと申して聞かせてあるでしょう、今度は何うしても失敗(しくじる)事は出来ないのです、神の仕組み狂いは無いのです、臣民愈々苦しまなければならないのです泥海に臣民のたうち廻らなければならないのです、神も泥海にのたうつのです、甲斐ある御苦労なら幾らでも苦労甲斐はあるのですが、泥海のたうちは臣民には耐えられないのですから早く掃除して神の申す事を真っすぐに肚に入れてください、斜めや横から戴くと光だけ射すのです、影が射せば闇となるのです、大きいものには大きい影が射すと臣民は申して、止むを得ぬ事の様に思っていますが、それは誠の神の知らないからですが射してはならないのです影はあるが、それはでない様な影であるのです、悪でないなのだと知らせてあるでしょう、真上に真っすぐに神に向えばはあっても影は無いのですではないのです、神の真道(まみち)には影は無いのです、いくら大きな樹でも真上に真っすぐに光を戴けば影は無いのです、失敗(しくじり)は無いのです、それで洗濯しなさい掃除しなさいと申しているのです、神の真道(まみち)は分かりましたか、天にあるものはにも必ずあるのです、天地合わせ鏡と聞かせてあるでしょう天に太陽様(おひさま)ある様に地にも太陽様があるのです、天にお月様ある様に地にもお月様があるのです、天にお星様ある様に地にもお星様があるのです、天から息吹けば地からも息吹くのです、天に悪神があれば地にも悪神があるのです、足元に気をつけてくださいと申してあるでしょう、今の臣民は上ばかり見て頭ばかりに登っているから分からなくなるのです、地に足をつけてくださいと申してあるでしょう、地を拝(おろが)め、地にまつろえと申してあるでしょう、の神様を忘れているのです、下と申しても位の低い神様の事ではないのです、地(くに)の神様です、地にも天照皇太神様、天照大神様、月読大神様、須佐鳴之大神様があるのです、知らせてあること、神示良く読んでください国土の事や国土の誠の神を無きものにしているから世が治まらないのです、神々祀れと申してあるでしょう、改心第一と申してあるでしょう、七人に伝えてくださいと申してあるでしょう、我よしではなりません、お太陽(ひ)様は円いのでないのです、お月様も円いのではないのです、地球も円いのでは無いのです、人も円いのが良いのでは無いのです、息しているから円く見えるのです、活(はたら)いているから円く見えるのです、皆形が無いものを言うのです、息しているものは皆円いのです、神の経済この事から生み出してください、大きくなったり小さくなったり、神の御心通りに活(はたら)くものは円いのです、円い中にも心(しん)があるのです、神の政治はこの事から割り出してください、神は政治(まつりごと)の姿であるのです、神の政治生きているのです人の政治死んでいるのです十柱の神様を奥山祀ってください、九柱で良いのです、何れの神々様も世の元からの肉体を持たれた生き通しの神様なのです、この方を合わせて十柱となるのです、御神体の石を集めさせてあるでしょう、篤く祀って辛酉(かのととり)の日にお祭りしてください、病があるか無いか災難が来るか来ないかは、が届くか届かないかで分かると申してあるでしょう、届くとは注(そそ)ぐ事です、手首と息と腹の息と首の息と頭の息と足の息と胸の息と臍の息と脊首(せくび)の息と手の息と八所十所の息が合っていればは無いのです、災難に遭わないのですから、毎朝を拝んでから良く合わせてみてください、息が合っていたらその日には災難は無いのです、特にの息が一番大切です、もしも息が合っていない時には一二三唱えてください、唱え唱えて息が合うまで祈ってください、どんな難儀も災難無くしてやるのです、この方は意富加牟豆美神(オオカムツミノカミ)です、神の息と合わされると災難や病は無くなるのです、大難を小難にしてやるのです生命を助けてやるのです、この事はこの方を信じる人でないと誤まりますから知らせないください、手二本足二本を加えて十柱です、手足一本として八柱です、この事を早く皆に知らせてどしどしと安心して働く様にしてやってください、飛行機の災難も地震罪穢の災いも、大きい災難がある時には息が乱れるのです一二三祝詞と祓え祝詞と神の息吹きと息と一つになっていれば災難は逃れるのです、信ずる者ばかりに知らせてやってください、悪の衣を着せられて節分に押込められていた神々様が御出でましです、この節分からはいよいよ神の規則通りになるのですから気をつけておくのです、容赦(ようしゃ)は無いのです、それまでに型をさせておくのです、御苦労ですが型してください、ヤの身魂は御苦労です、石はなぜものを言わないのか、愈々となっているではないですか、春になったら何んな事が起きるか分からないですから今年中に心の洗濯をしてください、身辺(みのまわり)の洗濯をしてください、神の規則は臣民には堪えられない事があるかも知れないのです、気をつけておくのです、何もかもひっくるめて建て直しするのですから、どこから何が出て来るか分からないのです、御用はそれぞれの役員殿が手分けして努めてください、皆の者に手柄を立てさせたいのです、一ヶ処(ひとところ)の御用二人づつでやってください、結構な御用なのです、どこの御用仮であるのです、世が変ったら結構に真通理(まつり)してください、今は型であるのです、祀れと申してある事は忘れないでください、まつわらなければならないのです、神がついているのですから神の申す通りにやれば箱指した様に行くのです、産土神(うぶすなさま)を忘れないでください富士の御用は奥山に祀ってください、カイの御用も続けてください、江戸に一の宮を作ってください、道場も同じです、渦海の御用とは渦海の鳴門(なると)と渦海の諏訪と渦海のマアカタと三所へ祀ってください、言葉で知らせておいたその前の御用は終わったのです、渦海マアカタとは印幡です、十柱とは火の神、木の神、金の神、日の出の神、竜宮の乙姫、雨の神、風の神、地震の神、荒の神、岩の神です、辛酉の日に祀ってください、しばらくはこの神示出ないのです、皆の者は早く今までの神示肚に入れてください、神は急いでいるのです、神示を読めば神示が出て来るのです、神祀りを早く済ませてください、海には神のを鎮めて祀ってください、山には神の石を立てて樹を植えてください、石は神の印をつけて祀る所に置いてあるのです、祀りは結構な事です、富士奥山には十柱の石があるのです、十柱を祀ってください、祀る所に行けば分かる様にしてあるのです今度は世に落ちておられた神々様を上げなければならないのです、臣民もその通りなのです、神の申す通りにすれば何事も思う通りにスラスラと進むのです、これからは神に逆らう者は一つも埓は開かないのです、やって見てください、九分九厘ぐれんとなるのです、神の国はどうしても助けなければならないので、神が一日一日と延ばしている事が分からないのですか、皆の者が神を軽くしているからお蔭が無くなっているのです、世の元の神であっても御魂となっていたのでは誠の力は出ないのです、今度の仕組みは世の元の生き通しの神でないと間に合わないのです、どこの教会も元は良いのですが、取り次ぎ役員ワヤにしているのです、今の世のザマは何事でしょうか、この方は力あり過ぎて失敗(しくじ)った神なのです、この世をかまう神でも我を出すとしくじるのです、何んな力があったとしても我を出さないでください、この方がよい手本(みせしめ)なのです、世界をかまうこの方でさえ我で失敗ったのです、執念(くど)い様ですが我を出さないでください慢心と取り違いが一番気障りなのです、改心がちぐはぐですから物事が後先になるのです、仕組み少しは変わるのです、今の役員は神の道広めると申して我(われ)を広めているではないですか、そんな事では役員とは言わせないのです、今までは神が世に落ちて人が神になっていたのです、これでは世は治まらないのです、神が上(かみ)で臣民人民は下にいなければならないのです、自分が苦労して人を救う心でないと今度の岩戸開けないのです、岩戸開きの御用する身魂は自分の苦労で人を助けなければならないのです、十年先は五六七(みろく)の世です、今の人間は鬼より蛇より邪険なのです、蛇の方が早く改心するのです早く改心しなければ泥海にしなければなりませんから、神は日夜の苦労なのです、道は一つであると申してあるでしょう、二つ三つ四つあると思ってはならないのです、足元から鳥が立つと申してあるでしょう、臣民は火がついてもまだ気付かないでいるのですが、今に体に火がついてチリチリ舞いしなければならない事になるので、神がくどく気をつけておくのです、三四に気をつけてください、神の国は神の力で何事も思う様に行く様になっているのに、学や知邪魔されている臣民ばかりなのです、早く気付かないと今度と言う今度は取り返しつかないのです、見事な事を神がして見せるのです、見事な事なのです、人間には恐しい事なのです大掃除する時は棚の物を下に置く事があるのです、下にあったとしても見下げてはならないのです、この神は神の国の救われる事を一番願っているのです、外国人も神の子なのですが性来が違うのです、神の国の臣民が誠の神の子です、今は曇っているのですが元の尊い種を植えつけてあるのです、曇りを取り去ってください、依怙(えこ)の様ですが外国は後廻しなのです、同じ神の子でありながら神の臣民の肩を持つのは公平でないと申す者もありますが、それは昔からの深い仕組みですから臣民には分からない事なのです、一に一を足すと二ばかりではないと申してあるでしょう、何事も神の国から神の臣民からです、洗濯も同様です今度の御用を外(はず)したならば何時になっても取り返しつかない事になるのですから、心して御用してください、やり損ない出来ない事になっているのです、天に一柱、地に一柱、火にも焼けず水にも溺れない元の種隠しておいての今度の大建て替えです、何んな事が起きても人間心で心配しないでください、細工は流々仕上げを御覧じろなのですから仕上げ見てください、この神はめったに間違いないのです、三千年地に潜っての仕組みであり、悪の根まで調べてからの仕組みですから、人間殿は心配しないで神の申す様に素直にしていてください、末法の世とは地の上に大将の器(うつわ)が無くなっていることです、オロシヤの悪神(あく)と申すのは泥海の頃から生きている悪の親神です北に気をつけてください、神の国は結構な国であり、世界の真中の国ですから、悪の神が日本を盗んで末代の住家とする計画をしてトコトンの智恵を出して何んな事をしても盗る積りで、いよいよを始めているのですから、余程しっかりと褌を締めてください、日本の上に立っている守護神に分かりかけたならバタバタに埓があくのです、早く改心してください神かがりと申しても七つあるのです、その一つ一つがまた七つに分かれているのです、⦿ガカり、かみかかり、か三かかりです、・ガカリです、〇かかり、か三かかり、かみかかりです、神かかっていないと見える神カカリが誠の神カカリなのです、そこらにいる神憑りは五段目六段目の神憑りです、神カカリとは惟神(かんながら)の事です、これが神国の真事(まこと)の臣民の姿です、惟神の国は惟神です、神と人融け合った真事の姿です、今の臣民の申すのは惟神では無いのです、この道理は分かりましたか、真事(まこと)の神にまつりあった姿です、悪の大将の神憑りは、神憑りと分からないので気をつけてください、これからは誠の神カカリでないと何も分からない事になるのです、早く神カカリになる様に掃除してください神の息吹きに合うと神カカリになれるのです、一二三唱えてください、祓え祝詞を宣ってください、神を称えてください、人を称えてください、神は人を誉め人は神を称えて祀ってください、まつわってください、あなないしてください、左はであり右はです、⦿の神と渦の神です、日の神と月の神です、日の神様ばかり拝んで月の神様を忘れてはならないのです、人に直接(じきじき)恵みを下さるのはの神様、月神様です、だからと申して日の神様を疎(おろそ)かにしないでください、は身を護る神様です、火は魂を護る神様です、火と水と組み組みて人なのです、身はで出来ているのです、火の魂を入れてあるのです、国土も同様です、渦海の御用は大切です、いざとなればこの世の位も宝も富も勲章も役には立たないのです、この世を去って役に立つのは身魂の徳だけです、身についた芸はそのまま役に立つのです、人に知れない様に徳を積んでください、神の国に積む徳のみが光るのです、マアカタ(印旛)の御用は結構でした、富士晴れ、湖(うみ)晴れるのです、この巻は日の出の巻として纒めて役員に読ませて、一二三として皆に知らせてください神は急ぐのです

日月神示⑦ 月の巻②

おのころの国成り、この国に降りまして天戸(あまと)の御柱(みはしら)見立て給いき、ここにに伊邪那岐命(いざなぎのみこと)伊邪那美命(いざなみのみこと)島生み給いき、初めに水蛭子(ひるこ)淡島(あわしま)生み給いき、この御子、国のうちに隠れ給いければ、次にのりごちて後に生み給える御子、淡道之穂之三別島(あわじのほのさわけしま)、伊予の二名島(いよのふたなしま)、この島、愛媛(えひめ)、飯依比古(ひひよりひこ)、大宜都比売(おおけつひめ)、建依別(たてよりわけ)と言う、次に隠岐の三子島(おきのみつこしま)、天之忍許呂別(あまのおしころわけ)、次に筑紫島(つくししま)、この島、白日別(しらひわけ)、豊日別(とよひわけ)、建日向日豊久土比泥別(たけひむかひとよくづひぬわけ)、建日別(たてひわけ)、次に伊伎島(いきしま)、天比登都柱(あめのひとつはしら)、次に津島(つしま)、天狭手依比売(あめのさてよりひめ)次に佐渡島(さとしま)、次に大倭秋津島(おおやまとあきつしま)、天津御空豊秋津根別(あまつみそらとよあきつねわけ)、次に吉備之児島建日方別(きびのこしまたてひかたわけ)、次に小豆島(あづきしま)、大野手比売(おおぬてひめ)、次に大島大多麻流別(おおしまおほたまるわけ)、次に女島(ひめしま)、天一根(あめひとつね)、次に知詞島(ちかのしま)、天忍男(あめのおしを)、次に両児島(ふたこしま)、天両屋(あめふたや)、二島(にしま)、八島(やしま)、六島(むしま)、合せて十六島生み給いき、次にまたのり給いて、大島、小島を生み給いき、淡路島(あわじしま)、二名島(ふたなしま)、おきの島、筑紫の島(つくしのしま)、壱岐の島(いきのしま)、津島(つしま)、佐渡の島(さどのしま)、大倭島(おおやまとしま)、児島(こじま)、小豆島(あづきしま)、大島(おおしま)、女島(ひめしま)、なかの島、二子島(ふたこしま)の十四島を島生みましき、次に息吹き息吹きて、御子神 生み給いき、大事忍男神(おほことおしをのかみ)、大事忍男神(おおことおしおのかみ)、石土毘古神(いしつちひこのかみ)、石土毘古神(いしつちひこのかみ)、石巣比売神(いしすひめのかみ)、石巣比売神(いしつひめのかみ)、大戸日別神(おほとひわけのかみ)、大戸日別神(おおとひわけのかみ)、天之吹男神(あめのふきをのかみ)、天之吹男神(あまのふきおのかみ)、大屋毘古神(おおやひこのかみ)、大屋毘古神(おおやひこのかみ)、風木津別之忍男神(かさけつわけのおしをのかみ)、風木津別之忍男神(かさけつわけのおしをのかみ)、海神(わたのかみ)、海神(わたのかみ)、大綿津見神(おほわたつみのかみ)、水戸之神(みなとのかみ)、水戸の神(みなとのかみ)、速秋津比神(はやあきつひのかみ)、速秋津比売神(はやあきつひめのかみ)、速秋津比売神(ハヤアキツヒメノカミ)、風神(かぜのかみ)、風神(カゼノカミ)、志那都比古神(しなつひこのかみ)、木神(きのかみ)、木神(キノカミ)、久久能智神(くくのちのかみ)、山神(やまのかみ)、山神(ヤマノカミ)、大山津見神(おほやまつみのかみ)、野神(ぬのかみ)、野神(ヌノカミ)、鹿屋野比売神(かやのひめのかみ)、野椎神(ぬつちのかみ)、鳥之石楠船神(とりのいわくすつねのかみ)、天鳥船神(あめのとりふねのかみ)、大宜都比売神(おほけつひめのかみ)、大宜都比売神(オホケツヒメノカミ)、火之夜芸速男神(ひのやきはやをのかみ)、火之煇比古神(ひのかがひこのかみ)生みましき、速秋津日子(はやあきつひこ)、速秋津比売(はやあきつひめ)、二柱の神川海(かわうみ)によりもちわけ、ことわけて生ませる神、沫那芸神(あわなぎのかみ)、沫那美神(あわなみのかみ)、頬那芸神(つらなぎのかみ)、頬那美神(つらなみのかみ)、天之水分神(あめのみくまりのかみ)、国之水分神(くにのみくまりのかみ)、天之久比奢母智神(あめのくひさもちのかみ)、国之久比奢母智神(くにのくひさもちのかみ)、次に、大山津見神(おほやまつみのかみ)、野椎神(ぬつちのかみ)の二柱神、山野(やまぬ)に依りもちわけて、ことあげて生みませる神、天之狭土神(あめのさつちのかみ)、国之狭土神(くにのさつちのかみ)、天之狭霧神(あめのさぎりのかみ)、国之狭霧神(くにのさぎりのかみ)、天之闇戸神(あめのくらとのかみ)、国之闇戸神(くにのくらとのかみ)、大戸惑子神(おほとまどひこのかみ)、大戸惑女神(おほとまどひめのかみ)、大戸惑子神(オホトマドヒコノカミ)、大戸惑女神(オホトマドヒメノカミ)生みましき、伊邪那美神(いざなみのかみ)病(や)み臥(こや)しまして、たぐりになりませる神、金山比古神(かなやまひこのかみ)、金山比売神(かなやまひめのかみ)、屎(くそ)になりませる神、波仁夜須比古神(はにやすひこのかみ)、波仁夜須比売神(はにやすひめのかみ)、尿(ゆまり)に成りませる神、弥都波能売神(みつはのめのかみ)、和久産巣日神(わくむすびのかみ)、この神の御子、豊宇気比売神(とようけひめのかみ)と申す、ここに伊邪那美神(いざなみのかみ)、火の神を生み給いて、火土となり成り給ひて、根の神の中の国に神去り給いき、ここに伊邪那岐神(いざなぎのかみ)泣き給いければ、その涙になりませる神、泣沢女神(なきさわめのかみ)、ここに迦具土神(かぐつちのかみ)を斬り給えば、その血が石にこびりついて、石析神(いわさくのかみ)、根析神(ねさくのかみ)、石筒之男神(いわつつのおのかみ)、雍瓦速日神(みかはやひのかみ)、樋速日神(ひはやひのかみ)、建御雷男神(たけみかつちおのかみ)、建布都神(たけふつのかみ)、豊布都神(とよふつのかみ)、御刀(みはかし)の手上(たかみ)の血、闇於加美神(くらをかみのかみ)、闇御津羽神(くらみつはのかみ)、ここに殺されし迦具土(かぐつち)の御首(みかしら)に成りませる神、正鹿山津見神(まさかやまつみのかみ)、御胸に於藤山津見神(おとやまつみのかみ)、腹(みはら)に奥山津見神(おくやまつみのかみ)、陰(みほと)に闇山津見神(くらやまつみのかみ)、左の御手に志芸山津見神(しきやまつみのかみ)、右の御手に羽山津見神(はやまつみのかみ)、左の御足に原山津見神(はらやまつみのかみ)、右の御足に戸山津美神(とやまつみのかみ)成りましき、ここに斬り給える御刀(みはかし)、天之尾羽張(あめのおはばり)、伊都之尾羽張(いづのおはばり)と言う、ここに妹(いも)恋しまし給いて根の国に追い往(い)で給いきここに伊邪那美の命語らいつらく、あれみましとつくれる国、末だつくりおえねど、時待ちてつくるへに、よいよ待ちてよと宣り給いき、ここに伊邪那岐命、みましつくらはねば吾とつくらめと宣り給いて、帰らむと申しき、ここに伊邪那美命、九(こ)聞き給いて、御頭(みかしら)に大雷(おおいかつち)、オホイカツチ、胸に火の雷(ホのいかつち)、ホノイカツチ、御腹には黒雷(くろいかつち)、黒雷(クロイカツチ)、かくれに折雷(さくいかつち)、サクイカツチ、左の御手に若雷(わきいかつち)、ワキ井カツチ、右の御手に土雷(つちいかつち)、ツチイカツチ、左の御足に鳴雷(なるゐかつち)、ナルイカツチ、右の御足に伏雷(ふしいかつち)、フシ井カツチ、なり給ひき、伊邪那岐の命、是見(こみ)畏みてとく帰り給えば、妹伊邪那美命は、よもつしこめを追わしめき、ここに伊邪那岐命は黒髪かつら取り、また湯津々間櫛(ゆつつまぐし)引きかきて、なげ棄(う)て給いき、伊邪那美命 二(つき)の八くさの雷神(いかつちかみ)に黄泉軍(よもついくさ)副(そ)えて追い給いき、ここに伊邪那岐命十挙剣(とづかのつるぎ)抜きて後手(しりえて)にふきつつ去り、三度黄泉比良坂(よもつひらさか)の坂本に到り給いき、坂本なる桃の実一二三(ひふみ)取りて待ち受け給いしかば、ことごとに逃げ給いき、ここに伊邪那岐命は桃の実に宣り給わく、汝(みまし)吾助けし如、あらゆる青人草の苦瀬(うきせ)に悩むことあれば助けてよと宣り給いて、また葦原の中津国にあらゆる、うつしき青人草の苦瀬(うきせ)に落ちて苦しまん時に助けてよと宣り給いて、おほかむつみの命、オオカムツミノ命と名付け給いき、ここに伊邪那美命は息吹き給いて千引岩(ちびきいわ)を黄泉比良坂に引き塞(そ)えて、その石なかにして合い向い立たせてつつしみ申し給いつらく、うつくしき吾が那勢命(なせのみこと)、時廻り来る時あればこの千引の磐戸(いわと)共にあけなんと宣り給えり、ここに伊邪那岐命しかよけむと宣り給いき、ここに妹(いも)伊邪那美の命、汝(みまし)の国の人草、日にちひと死(まけ)と申し給いき、伊邪那岐命宣り給わく、吾は一日(ひとひ)に千五百(ちいほ)生まなんと申し給いき、一二三四五六七八九十百千卍(ひとふたみよいつむななやここのたりもちよろず)、今度は千人万人力でないと手柄は立てれないのです、世界中が総掛かりで攻めて来るのですから一度はあり得ない事が起きるのです、大将だからと言って油断は出来ないのです、富士の山が動くまでにはどんな事にも耐えなければならないのです、上は辛いのです、どんな事があっても死に急がないでください、今の大和魂と神の魂と違う所があるのです、その時その所によって、どの様にでも変化出来るのが神の魂です、馬鹿正直ではいけないのです、今日ある生命に勇む時が来たのです、表面ばかり見ていては何も分かりはしないのです、月の神様を祀ってくださいこの世の罪穢れを負って夜となく昼となく守って下さる素盞鳴神様篤く祀ってください、火があって水が動くのです、水があって火が燃えるのです、火と水と申してありましたが、その他に隠れた火と水があるのです、それを一二三(ひふみ)と言うのです、一二三とは一二三と言う事です、言波(言葉)です、言霊(コトダマ)です、祓いです、右渦です、左渦です、スサナルの仕組みです、成り成る言葉です、今の三位一体三位三体なのです、一(ひ)と現われて二三(ふみ)が隠れているのです、月とスサナルの神様の御恩を忘れないでください、御働きが近づいたのです、宝の山に攻め寄せて来ると申してくどく気を付けておいたではありませんか、神の国にはどんな宝でもあるのです、神の国には昔から宝を埋めておいたのです、外国にも宝を埋めておいてあるのです、この宝は神が許さなければ誰にも自由にはさせないのです、悪が宝を取ろうと思ったとしても、どんなに神の国に渡って来てもどうにもならない様に神が守っているのです、いよいよとなったら誠の神が神の力を出して、宝を取り出して世界のどんな悪神も神の国にはかわないと申す所まで、とことん心から降参する所まで今度は戦するのですから、臣民にはほとんど見当取れない事になって、どんな苦労も耐えなければならないのです、知らせてあった事が日々(にちにち)どしどし出て来るのです我よしは捨ててくださいこの神示を良く読んでください、早合点してはならないのです、取り違いが一番怖いのです、どうしたらお国の為になるか、自分はどうしたら良いかと取り次の役員に聞く人が沢山出て来るのですが、この神示を読めばどうしたら良いか分かるのです、その人相当に受け取れるのです、神示を読んで読んで腹に入れてもう分からないという事はないのです、分からなければ神が知らせるのです、迷うのは神示を読まないからです、腹に入れていないからです、人が悪く思えたり悪く見えるのは自分が曇っているからです元からの神示を腹に入れた人がこれから来る人に良く話してやるのです、この道は始めは辛いのですが楽な道なのです、骨を折らなくても素直にさえしてその日その日の仕事をしていてください、心配要らない道なのです、手柄を立てようと思わないでください、勝とうと思わないでください生きるも死ぬも神の心のままです、どこでどんな事をしていても助ける人は助けるのです、神の御用ある臣民は安心して仕事をしていてください、火が降って来ても槍が降って来てもビクともしないのです、心は安心です、くよくよしないでください、神に頼って神を祀って神に従っていてください、神は救うのです今の臣民を見て褒める様な事は皆底が知れているのです、これが善であり本当のやり方だと思っている事の九分九厘までは皆悪のやり方です、今の世のやり方見れば分かるでしょう、上の番頭殿は悪い政治をしようと思ってやっているのではないのです、番頭殿を悪く言うのはいけません、良い政治をしようと思ってやっているのです、良いと思う事に精を出しているのですが、善だと思う事が善ではなく皆なのですから、神の道が分からないから、身魂が曇っているから臣民が困る様な政治になるのですまつる政治をしなければならないのです、分からない事も神の申す通りにすれば自分では分からない事でも良くなって行くのです、悪だと思っている事に善が沢山あるのです、人を裁くのは神を裁く事です、怖いから改心する様な事や、戦がどうなるかと申す様な事では誠の民ではないのです、世の中が愈々のとことんになったので、これから先は大神様まで悪く申す者が出て来るのです、産土様(うぶすなさま)などあるものか、悪神ばかりだと申す者が沢山出て来るのです、この世始まって今までない時ですから、我身我家が可愛い様では神の御用はつとまらないのです神の御用をして道に従えば我身我家は心配なくなると言う道理なのです、何もかも結構な事になり楽にしてやるのですから心配せずに分からない事も素直に言う事を聞いてください、子に嘘を吐く親はないのです、神界の事を知らない臣民は色々と申して、理屈の悪魔に囚われて申すのですが、今度のいよいよの仕組みは臣民の知った事ではないのです、神界の神々様にも分からない仕組みですから兎や角申さないで神の神示を腹に入れて身魂を磨いて素直に聞いてください、それが一番なのです、この神示は世に出ている人では解けないのです、苦労に苦労した落ちぶれた人で苦労に負けない人で気狂いと言われ阿呆と言われても神の道を素直に聞く臣民でないと解けないのです解いてよく噛み砕いて世に出ている人知らせてやってください苦労を喜ぶ心より楽を喜ぶ心が高いのです天にもあまてらすすめ大神様、あまてらす大神様がある様に地にもあまてらすすめ大神様、あまてらす大神様あるのです、地にも月読の大神様が隠れて御座るのです、素盞鳴の大神様は罪穢れを祓って隠れて御座るのです、結構な尊い神様の御働きで何不自由なく暮していながらその神様のある事さえ知らない臣民ばかりなのです、それでこの世が治まると思うのですか、神々様にまつって神々様にまつわって神国のまつりごとをしてください、詰らぬ事を申しているといよいよ詰らない事になって来るのです大きなアジアの国々や島々八十(やそ)の人々と手を握り合い、神国の光り輝く時が来たと皆が喜んで三千年神の御業(みわざ)の時が来たと思える時こそが神国が誠に危ない時なのです、夜半に嵐がどっと吹くのです、どうすることも出来なくて手足を縛られ縄を付けられて神の御子等が連れ去られ、後には老人(としより)不具者(かたわ)のみになるのです、女子供もひと時は神の御子たる人々は悉々暗い臭い部屋に暮さなければならない時が来るのです、宮は潰され御文(みふみ)は皆火にかけられて灰となるのです、この世の終りが近づいたのです、この神示(ふで)を心に入れくださいと申してある事がわかる時がいよいよ間近になったのです、出掛けた船です、褌を締めてください喜べば喜ぶ事が起きるのです、悔やめば悔やむ事が起きるのです、先の取り越し苦労は要らないのです、心配り(気配り)は必要なのです、神が道をつけて楽に行ける様に嬉し嬉しでどんな戦も切り抜ける様にしてあるのに臣民は逃げて眼を塞いで懐手しているから苦しむのです、我よしという悪魔と学が邪魔している事にまだ気づかないのですか、嬉し嬉しで暮らせるのです、日本の臣民は何事も見え透く身魂を授けてあるのです、神の御子なのですから掃除すれば何事もハッキリと映るのです、早く分からねば口惜しい事が起きるのです言葉とこの神示と心と行と時の動きとの五つが揃ったら誠の神の御子です、神です、この巻を二つ合わせて日月の巻としてください

日月神示⑥ 日の巻(日月の巻)

富士は晴れたり日本晴れ、日の巻を書いて知らせます、この世に自分の物は何一つ無いのです早く自分からお返しした者から楽になるのです、今度の大洗濯は三つの大洗濯が一度になっているのですから見当が取れないのです、神の国の洗濯と外国の洗濯と世界をひっくるめた洗濯とが一度になっているのですから、そのつもりで少しでも神の御用を務めてください、これからがいよいよの正念場なのです、今はまだまだ一の幕で順番(せんぐり)に出て来るのです、我(が)を出したら分からなくなるのですてんし様を拝んでください、てんし様を祀ってください、臣民が無理と思う事でも無理でない事が沢山あるのです、神はいよいよの仕組みにかかったと申してあるでしょう、壊すのではないのです、練り直すのです、世界を摺鉢(すりばち)に入れて捏(こ)ね廻して練り直すのです、日本の中に騒動が起きるのです、神の臣民は気をつけてください、日本も神とケモノに別れているのですから、嫌でも応でも騒動となるのです、騒動は小さくしたいのですが、三千年三千世界乱れたる、罪やけがれを身において、この世の裏に隠(か)れしまま、この世構いし大神の、みこと畏みこの度の、岩戸開きの御用する、身魂はいずれも生き代わり死に代わりして練りに練り、鍛えに鍛えし神国の、誠の身魂天駈けり、国駈けります元の種、昔の元のおん種ぞ、今落ちぶれているとても、やがては神の御民とし、天地(あめつち)駈けり神国の、救いの神と現われる、時近づきぬ御民等よ、今一苦労二苦労、とことん苦しき事あるなれど、堪え忍びてぞ次の世の、誠神代の礎と、磨きてくれよ神身魂、いやさかつきに栄えなむ、ミタマさちはえましまさむ、この神示は声を立てて読んでください、臣民ばかりに聞かせるのではないのです、守護神殿や神々様にも聞かせるのです声を出して読んでさえいれば良くなるのです、だからと言って仕事を休んではいけません、仕事は行でありますから務め務めた上にも精を出してください仕事に精を出す事が誠の行であるのです、滝に打たれて断食する様な行は幽界(がいこく)の行です、神の国のお土を踏んで、神国の光を呼吸して、神国から生れる食べ物をいただいて、神国の御仕事している臣民に行は必要無いのです、この事をよく心得えてください、戦が終わっても後の紛糾はなかなかに終わらないのです、人民はいよいよ苦しくなるのです、三四五(みよいづ)の仕組みが出来上がらないで、一二三(ひふみ)の御用はやめられないのです、この神示を読んで三四五の世の仕組みを良く腹の中に入れておいて、上(かみ)の人に知らせてやってください三四五とはてんし様の稜威(みいづ)が出る事です、神の国には神も人も無いのです、忠も孝も無いのです、神は人です、山です、川です、海です、野です、草です、木です、動物です、為す事が皆忠となり孝と流れるのです、死も無く生も無いのです神心があるだけなのです、やがて降って来る雨霰(あめあられ)に役員は気をつけてください、神の用意は出来ているのです、何事からでも早く始めてください、神の心に叶うものはどしどしと埒(らち)が明くのですアメツチノトキ、アメミナカヌシノミコト、アノアニナリマイキ、タカアマハラニミコトトナリタマイキ今の経済は悪の経済と申しているでしょう、今の経済はものを殺すのです、神の国の経済はものを生む経済です、今の政治はものを毀(こわ)す政治です、神の政治は与える政治と申してあるでしょう、配給は配給、統制は統制なのです、一度は何もかも天地に引上げと申してありますが、次の世の種だけは地に埋めておかねばならないのです、それで神がくどく申しているのです、種は落ちぶれておられる方(かた)で守られているのです、上下に引っ繰り返ると申してある事が近づいて来たのです、種は百姓に与えてあるのです、種を蒔くのは百姓ですツギ、タカミムスビ、ツギ、カミムスビノミコトトナリタマイキ、コノミハシラスニナリマシテスミキリタマイキ、岩戸ひらく道、神々苦むなり、弥ひらき苦む道ぞ、苦しみてなりなり、なりゑむ道ぞ、神諸々なり、世は勇むなり、新しき道、ことごとくなる世、神諸々(もろもろ)四方(よも)にひらく、なる世の道、ことごとくの道、みいづぞ、次に、ウマシアシカビヒコヂノカミ、ミコトトナリナリテアレイデタマイキ瓜(うり)の蔓(つる)に茄子(なす)ならせてはいけません、茄子には茄子と申してあるでしょう、味噌も糞も一つにしてはならないのです、皆がそれぞれに息をする道があるでしょう、野を見て森を見て神の経済を良く見てください、神の政治を良く見て誠の政治を行ってください、すべてに調和(まつろう)する事だと申してあるでしょう、上に立つ番頭さんは目を開いて下さい、間に合わない事になっても神は知らないです、神は急いでいるのです、役員も気を配ってください、何事も持ちつ持たれつです、神ばかりでは完成しないですし、人ばかりでも完成しない仕組みです、善一筋の世と申しても今の臣民の言っている様な善ばかりの世では無いのです、悪(あく)でない悪とあなないしているのです、この御道はあなないの道です、上ばかりが良い道でも下ばかりが良い道でも無いのです、まつりとはまつわる事でまつり合わせる事なのです、まつり合わすとは草は草として、木は木として、それぞれのまつり合わせです、草も木も同じまつり合わせではないのです、次に、アメノトコタチノミコト、次、クニノトコタチノミコト、次、トヨクモヌノミコトトナリナリテ、アレイデタマイ、ミコトスミキリタマヒキ辛酉(かのととり)の日と年はこわい日で、よき日と申してあるでしょう、九月八日は結構な日ですが恐い日だと申して知らせてあった事少しは分かりましたか、何事も神示の通りになって、順番(せんぐり)に出て来るのです、遅し早しはあるのです、この度は一の幕です、日本の臣民はこれで戦争が終わる様に申していますが、戦はこれからです、九、十月八日、十八日は幾らでもあるのです、三月三日、五月五日は結構な日です、恐ろしい日です、今は型なのです、改心すれば型は小(ち)さくて済んでしまうのですが、今のままでは掃除が大きくなるのです、猫に気を付けてください、犬が来るのです、臣民の掃除が遅れると掃除が段々大きくなるのです、神が表に出て御働きなされている事が今度は良く分かったでしょう、⦿と〇との戦でもあると申してあるでしょう、戦のマネなのです、神がいよいよの時が来てびっくり箱が開いたら、臣民はポカンとなるのです、手も足も動かす事は出来ないのです、たとえ(方便)ではないのです、くどく気を付けておくのです、これからがいよいよの戦(いくさ)となるのです、鉄砲の戦ばかりではないのです、その日その日の戦が烈しくなるのです、褌を締めてください、学も神力です、学も神です、学が人間の智恵と思っていると飛んでもない事になるのです、肝腎の真中が無くなっていると申してあるでしょう、真中が動いてはならないのです、神国の政治は魂のおまつりです、苦しい御用が喜んで出来る様になったら神の仕組みが分かりはじめるのです、何事も喜んでやってください、臣民の頭では見当取れない無茶な世になる時が来たのです、それを闇の世と申すのです、神は⦿、臣民は〇、外国は〇、神の国は・と申してあるでしょう、神国から見れば外はすべて外国、外国から見れば神国は真中です、人の真中には神がいるのです、悪神の仕組みはこの方には分かっているので一度に潰す事は簡単なのですが、それでは天の大神様に申し訳ないのです、悪を殺してしまうのではなく、悪を改心させて五六七(みろく)の嬉し嬉しの世にするのが神の願いですから、この道理を忘れないでください、今の臣民はいくら立派な口をきいても文字を並べても、誠が無いから力が無いのです、黙っていても力のある人がいよいよ世に出る時が近づいたのです、力は神から流れて来るのです、ミタマが磨けた人から神がうつって今度の二度とない世界の世直しの手柄を立てさせるのです、ミタマ磨きが何より大切です次に三ハシラ、五ハシラ、七ハシラ、コトアマツカミ、次ウヒジニ、次イモスヒジニ、次ツヌグヒ、次イモイクグヒ、次オホトノジ、次イモオホトノべ、次オモタル、次イモアヤカシコネ、ミコトトアレナリ、イキイキテ、イキタマヒキ、次イザナギノカミ、イザナミノカミ、アレイデマシマシキ足許に気を付けてください、悪は善の仮面をかぶって来るのです、入れない所に悪が化けて入って神の国をワヤにしているのです、人の心も同様です、百人千人万人の人が善いと申しても悪い事があるのです、一人の人だけが言っても神の心に添う事があるのですてんし様を拝んでください、てんし様を拝めば御光が出るのです、何もかもそこから生れるのです、お土を拝んでください、お土から何もかも生れるのです、人を拝んでください、上に立つ人を拝んでください、草木も神と申してあるでしょう、江戸に攻め寄せて来ると申してあるでしょう、富士を目指して攻めて来ると知らせてある事が近づいたのです、今までの事はすべて型であったのです、江戸の仕組みもお山の仕組みも甲斐の仕組みも皆型です、鳴門と渦海の仕組みも型を出してください、尾張の仕組みも早く型を出してください型が済んだらいよいよ末代続く誠の世直しの御用にかからせるのです、雨が降るのです、人間心で急がないことです、我が出てしまうとしくじりますから、我と分からない我があるから、今度は失敗(しくじる)する事は出来ないので、ここだと言う時には神が力をつけますから急がないでください、身魂磨きが第一なのです、陰の御用と表の御用とありますがどちらも結構な御用です、身魂相当の御用が一番良いのです、今に分かって来ますから慌てないでください、今までの神示を良く読んでくれたら分かるのです、それで腹で読め腹で読めとくどく申しているのです、食べ物に気つけてください、世の元からの仕組みですから臣民に手柄を立てさせて、上下が揃った光の世にするのですから、臣民には見当が取れないですから早く掃除してくださいと申しているのです、国中到る所に花火を仕掛けしてあるのです、人間の心の中にも花火が仕掛けてあるのです、何時その花火が破裂するか分からないでしょう、掃除すれば何もかも見通しなのです、花火が破裂する時が近づいて来たのです、動く事が出来ない様になるのです、蝋燭(ろうそく)の火が明るいと思っていますが、五六七(みろく)の世の明るさは分からないでしょう目が覚めたらその日の生命をお預りした事を神に感謝し、その生命を神の御心(みこころ)のままに弥栄(いやさか)に仕えまつる事に祈ってください、神はその日その時に何すべきかについて教えるのです、明日の事に心を使わないで、心を配ってください、取り越し苦労はしないでください、心配りはしなければなりません、何もかも神に任せてください、神の生命、神の肉体となりきってください、何もかも捨て切る事です、天地は皆神のものです、天地は皆己のものです、取り違いしないでください、いくら戦していても天国です、天国とは神国です、神国の民となれば戦も有難いのです、息の生命はいつも光り輝いているのです、神にまつろいしてください、あめつち皆にまつろってください、ここの道理は良く分かったでしょう、何も言う事は無いのです、神を称える辞(コト)が光透(コト)です、あめつち称える言(コト)が光透(コト)です、草木の心になれと申してあるでしょう、神風もあるのです、地獄の風もあるのです、迷わないでください、神の申すコトはコトであるのです、コトに生きてください、コトにまつろいしてください慌てて動かないでください、時節が何もかも返報(へんぽう)返しするのです、時の神様は有難いと申してあるでしょう、神は臣民に求めていないのです、何時も与えるばかりなのです神の政治、神国の政治とは与える政治なのです、今のやり方では愈々苦しくなるばかりです、早く気付かないと気の毒が起きて来るのです、金は要らないのです、やり方を教えてやりたいのですが、それでは臣民の手柄が無くなりますからこの神示を良く読んでください、良い事も現われると帳消しとなる事は知らせてあるでしょう、人に知れない様に良い事はするのです、この事を深く良く考えて行ってください、昔からのメグリ(借銭)ですから、ちょっとやそっとのメグリではないのですから、どこへ逃げてもどうしてもするだけの事はしなければならないのですどこにいても救う臣民は救ってやるのです、真中が動いてはなりません、知らん顔している事も起るのです、ココニアマツカミ、モロモロノミコトモチテ、イザナギノミコト、イザナミノミコトニ、コレノタダヨヘルクニ、ツクリカタメナセトノリゴチテ、アメノヌホコヲタマヒテ、コトヨサシタマイキ、神の国にも善も悪もあるのです、この神示を見せても良い人と悪い人とあるのです、神示は見せないでください、誠の神の臣民だと分かったらこの神示を写してやってください、神示は出ませんと申してください、時節を見るのです、型は出してくれたのですからもう一(はじめ)の仕組みは結構なのです、この神示は表に出さないでください、天明は陰の御用だと申してあるでしょう、神示は仕舞っておいてください、一二三として聞かせてやってください、この方の仕組みは日に日に変るのですから、臣民は分からなくなると申してあるでしょう、日に日に烈しく変って来るのです、神の子には神示を伝えてください、神は急いでいるのです、渦海(うづうみ)の御用は結構です、次に、イザナミノミコト、イザナミノミコトニ、アマノヌホトヲタマヒテ、トモニ、タダヨエル、コトクニツクリカタメナセトコトヨサシタマヒキ日に日に烈しくなると申してあるでしょう、水をいただきにあげなければなりません、お土を掘らなければなりません言葉を特に磨いてください、コトに気をつけてくださいとくどく申してあるでしょう、してはならないし、しなければならないのです、神事(かみごと)に生きてください、今のやり方や考え方が間違っているのです、洗濯しなさい掃除しなさいと申しているのはこれまでのやり方考え方をスッカリ改める事です、一度死んだ(まかった)と思ってください、掃除して何もかも綺麗にすれば神の光がスクリと光り輝くのです、ゴモクは捨ててください、人の心ほど怖いものはないのです、奥山に紅葉(もみじ)があるうちに掃除してくださいと申す事を忘れないでください、北に気を付けてください、神の詞(ことば)の仕組みを良く腹に入れておいてください、今度のさらつの世の元となるのです、神の用意は何もかも済んでいると申してあるでしょう、臣民の洗濯を早くしてください、さらつの世の用意を早くしてください、今度の世には四十九の御役と御仕事あるのです、四十九の身魂と申してあるでしょう、神の申した事が次々と出て来ているでしょう、早くこの神示を腹に入れてください、早く知らせてください、今までの神示が役員の腹に入るまでは暫くこの神示は出ないのです、大切な時には知らせるのですが、そのつもりでいてください、ヌの種を大切にしてください、毒を吐き出してください人と先ず和して人を拝んでください、拍手を打って人と調和(まつろえ)してください、神示を読んで聞かせてください、声を出して天地に響く様に宣ってください、火(ひ)と水(み)、ひふみとなるのです、火が近づいたのです、水が近づいたのです、厭(いや)でも応でも走らなければならないのです、ひっくり返るのです、世が唸るのです、神示を良く読めば縁ある人が集まって来て、神の御用する者が出来て来るのです、仕組み通りに進めるのです、神は待っていられないのです、お宮も壊され臣民も無くなるのです、上の人が臭い飯を食う時が来るのです、味方同士が殺し合う時が一度はあるのです、大きな声で物を言えない時が来ると申してあるのです、これからがいよいよなのですからその覚悟をしていてください、一二三が正念場です、臣民の思っている様な事ではないのです、この神示を良く腹に入れておいてください、散り散りばらばらになるのです、一人一人で何でも出来る様にしておいてください、臣民は一升桝には一升しか入らないと思っていますが、豆を一升入れて粟(あわ)を入れる事も出来るのです、その上に水ならばまだ入るのです、神ならばその上にさらに幾らでも入るのです、人は神がうつったなら思わぬ事が出来るのです、今度は千人力を与えるのです、江戸の世の仕組みは世の終わりです、天を拝んで土を拝んでまつり合わせてください、秋の空がグレンとなるのです、冬も春も夏も気をつけてください、ココニ、イザナギノミコト、イザナミノミコトハ、ヌホコ、ヌホト、クミクミテ、クニウミセナトノリタマヒキ、イザナギノミコト イザナミノミコト、イキアハシタマヒテ、アウアウトノラセタマヒテ、クニ、ウミタマヒキコトの初めに気を付けてください、夜が明けたら生命(いのち)を神から頂いたのです、太陽(ひ)のあるうちはことごとく太陽の御用をしてください、月のあるうちはことごとく月の神の御用をしてください、それが誠の臣民です、生活の心配をしないでください、今の臣民にはすぐに出来ない事ですが、初めは六分国のため、四分自分のため、次は七分国のため、三分自分のため、次は八分国のため、二分自分のためと言う様にしてください、これはまだ自分あるのです、自分が無くならなければならないのです、神人一つになるのですハジメヒツキノクニウミタマヒキ、ヒノクニウミタマヒキ、ツキノクニウミタマヒキ、ツギニクニウミタマヒキ神に厄介を掛けない様にしなければなりません、神が助けるからと申して臣民は懐手していてはならないのです力の限り尽くさなければならないのです、ヒツキと⦿とは違うのです、臣民一日に二度食べるのです、朝は日の神様に供えてから頂き、夜は月の神様に捧げてから頂いてください、それが誠の益人です、㋰、㋒、ウ、うにアエオイウです、昔の世の元です、㋐、㋳、㋻、ヤ、ワあるのです、世の元です、サタナハマからあるのです、一柱、二柱、三柱、五柱、七柱、八柱、九柱、十柱と申してあるでしょう、五十九の神、七十五柱これで分かりましたか、㋰は・です、・には裏表上下があるのです、冬の先が春とばかりは限らないのです、用意してください、冬に桜が咲くのです神の国は生きているのです、国土を拝んでください、神の肉体なのです、神のタマなのです、道は真っ直ぐとばかり思わないでください、曲って真っ直ぐなのです、人の道は無理に真っ直ぐにしたがるのですが、曲っているのが神の道です、曲って真っ直ぐなのです、人の道も同じです、足許から鳥が立つのです、いよいよが近づいたのです、世の元と申すものは泥の海であったのです、その泥から神が色々のものを一二三で、息吹きで生んだのです、人の知恵では分からない事です、眼は丸いから丸く見えるのです、この道理は分かりますか、一度はドロドロにこね廻さなければならないのです、臣民はどんなに説明しても近欲で、先が見えないから自分の欲ばかり申しているのですが、神は持ち切れない程の物を与えているのです、いくら貧乏だと言っても犬猫とは桁が違うのです、それで何不足申しているのですか、まだまだ天地へ取り上げるのです、日々取り上げている事が分からないのですか、神が大難を小難にして神々様御活動になっていることを目に見せても分からないのですか、天地がでんぐり返るのです、やがては富士晴れるのです、富士は晴れたり日本晴れ、元の神の世にかえるのです、日の巻は終って月の巻に移るのです、いよいよ一二三が多くなりますから、今まで出していた神示を良く腹に入れておいてください、知らせなければならないし、知らせたのでは仕組みは成就しないですから、早く洗濯して鏡に映る様にしてください、今の世は地獄だと分かっているでしょう、今のやり方は悪いと分かっているでしょう、神をまつれと申しているのです、外国には外国の神があると申してあるでしょう、戦争を進めて外国に行った時は、先づその国の神を祀らなければならないのです、まつるとはまつろう事と申してあるでしょう、鉄砲や知恵では悪くするばかりです、先づ神を祀れとくどく気をつけているのは日本ばかりではないのです、この方の申す事を小さく受け取ったのでは見当取れないのです、三千世界の事なのです、日本ばかりが可愛いのではないのです、世界の臣民は皆我が子です、分け隔ては無いのです、この神示読んで聞かせてください、読めば読むほど明るくなるのです、富士晴れるのです、神の心が晴れるのです、とても楽しい世界です、岩戸開けたり日本晴れ、富士が光るのです、この巻は役員が読むものです、世の元と申すものは火であり水であるのです、雲が出てクニとなったのです、出雲(いずも)とはこの地(くに)の事です、スサナルの神はこの世の大神様です、はじめは渦であり、動いて月となり地となったのです、アはヒツキクニの神様、ヨは月の神様、クニの神様はスサナルの神様です、この事を始めに心に入れれば掃除は難しく無いのです、グレンとは上下ひっくり返る事と申してあるでしょう、言ってはならない事であり、言わなければならない事です、一日一日(ひとひひとひ)ミコトの世になるのです、神の事を言うことがミコトです、物を言わないでください、ミコト言うだけです、ミコトは神です、道です、アです、世が変るのです、何もかもはげしく引き上げるのです、戦も引き上げです、自分の役に不足申さないでください光を食べてください、息です、素盞鳴尊(スサナルノミコト)を祀ってください、急ぐのです、海原(うなばら)とはこの国です

日月神示⑤ 地つ巻(くにつまき)

地つ巻を書いて知らせます、世界は一つの実言(みこと)になるのです、それぞれの言葉はあるのですが、実言(みこと)は一つになるのですてん詞様の実言(みこと)に従うのです、命(みこと)の世が近づいて来たのです今は闇の世ですから夜が明けたことを申しても誰にも分からないのですが、夜が明けたらなるほどそうであったのかと驚くのですが、その時では間に合わないのです夜が明ける前までに心を改めておいてください、この道を信じればすぐに良くなると思っている臣民もありますが、それは自分の心の我がままなのです、道に外れた者は誰れかれの別はないのです、これまでのやり方をスッカリと変えなければ世は治まらないと申してありますが、上の人は苦しくなるのです、途中の人も苦しくなるのです、お上(かみ)の言う事を聞かない世になるのです、人間同士の戦争ではとても勝てないのですが、いよいよとなったならば神が移って手柄をさせるのですから、それまでに身魂を磨いておいてください、世界中が攻め寄せて来たと申しても、誠には勝てないのです、誠ほど結構なものは無いのです、誠が神風です、臣民に誠が無くなっているとどんな気の毒が起きるか分かりませんので、くどく気をつけておくのです、腹を掃除してくださいこの神示はいくらでも出て来るのです、今の事と先の事と三千世界の事も何もかも分かるのですから、この神示を良く読んで腹に入れておいてください、この神示を盗まれない様にしてください、神示を盗みに来る人がいますので気をつけておきます、この道は中を行く道です、左にも右にも偏ってはならないのですいつも心にてんし様を拝んでいれば何もかも楽に行ける様になっているのです、我れが我れがと思っていると鼻がポキンと折れるのです片輪車でトンテントンテン、骨折損のくたびれ儲けばかりいつまでしているのですか、神にまつろえ、神に従えと申しているのです、臣民の智恵で何が出来たのですか、早く改心してください、三月三日、五月五日は結構な日です、神の国を八つ裂きと申してある事のいよいよが近づいたのです、八つの国、八方の国が一つになって神の国に攻めて来るのです、目が覚めたらその日の生命(いのち)をお預かりしたのです、神の肉体、神の生命を大切にしてください、神の国は神の力でないと治まった事が無いのです、神が第一、神が一番なのです、いつまで仏や基(キリスト)や色々なものにこだわっているのですか、出雲の神様を大切にして有難くお祀りしてください、尊い神様なのです、天つ神、国つ神、皆の神々様に御礼申してください、まつろいをしてください、結構な恐い世となって来たのです、上下にグレンです神に従う者には生も死もないのです、死ぬ事はまかると申してあるのです、生き通しなのです、亡き骸(遺骨)は臣民は残さなければならないのですが、昔は臣民でも残さないで死(まか)ったのです、それが誠の神国の臣民です、ミコトです、世の元と申すものは天も地も泥の海であったのです、その時からこの世始まってからの生き通しの神々様の御働きで五六七(みろく)の世が来るのです、腹が出来ていると腹に神が鎮座するのです、高天原です、神漏岐、神漏美(かむろぎ、かむろみ)のミコトを忘れないでください、そこから分かって来るのです、海をすべて船で埋めねばならないのです、海を断たれて苦しまない様にしてください、海をめぐらせてある神の国、清めに清めておいた神の国に、幽国(がいこく)の悪が渡って来て神は残念なのです、見ていてください、神の力を現わす時が来たのです、お祓いしなさいと申してあることは何かも借銭無しにする事です借銭無しとはめぐりを無くする事です、昔からの借銭は誰にでもあるのです、それを払ってしまうまではどんな人も苦しむのです、人ばかりでなく、家ばかりでもなく、国には国の借銭があるのです、どうしても世界中の借銭清算が大望(たいもう)なのです、今度の世界中の戦は世界の借銭清算なのです、世界の大祓いです、神主がお祓いの祝詞(のりと)をあげても何もならないのです、お祓い祝詞は宣(の)るのです、今の神主は宣っていないのです、口先ばかりです、祝詞も抜けているのです、あはなち、しきまき、国つ罪、みな抜けて読んでいるのです、臣民の心には汚く聞こえるのですが、それは心の鏡が雲っているからです、悪や学にだまされて肝心の祝詞まで骨抜きにしているではないですか、これでは世界は清まらないのです、祝詞は読むものではないのです、神前で読めばそれで良いと思っていますが、それだけでは何もならないのです宣(の)るのです、祈るのです、なりきるのです、融け切るのです、神主ばかりではないのです、皆さん心得ておいてください、神の事は神主に、仏の事は坊主にと申していることが根本の大間違いですひつくの神にひと時拝してください、神の恵みを身にも受けてください、身体が甦るのです、神の光を着てください、み光を頂いてください、食べてください、神ほど結構なものはないのです、今の臣民は日を頂かないから病になるのです、神の子は日の子と申してあるでしょう何事も方便と申して自分勝手な事ばかり申していますが、方便と申すものは神の国には無いのです、誠がコトです、マの事です、ことだま(言霊)です、これまでは方便(宗教)と申して逃げられたのですが、もう逃げる事は出来ないのです、方便の人々は早く心を洗ってください、方便の世は終わったのです、いまでも仏の世と思っているとびっくりが出るのです、神の国に元の神がスッカリ現われて富士の高嶺から天地(あめつち)へ祝詞するのです、岩戸を閉めるお役にならないでください、世界を丸めて一つの国にするのです、国はそれぞれに色の違う臣民によって一つ一つの国を作らせるのです、その心々によりそれぞれの教えを作らせるのです、古いものは死んでまた新しくなるのです、その心々の国と言うのは心々の国です一つの王で治めるのです天つ日嗣(ひつぎ)の御子様世界中を照らすのです、国のひつきのお役も大切なお役です、道とは三つの道が一つになる事です、満ち満ちる事です、元の昔に返すのです、修理固成(つくりかため)の終わりの仕組みです、終りは始めです、始めは霊(ひ)です、富士が都となるのです、幽界(がいこく)行きは外国行きです、神の国が光って目をあけて見れない事になるのです、臣民の身体からも光が出るのです、その光によってその御役や位が分かるのですから、ミロクの世となったら何もかもハッキリして嬉し嬉しの世となるのです、今の文明が無くなるのではないのです、タマを入れていよいよ光って来るのです、手を握って草木も四つ足もみな歌う事になるのです、み光にみなが集まって来るのですてんし様の御光は神の光です、この道は道なき道です、天理も金光も黒住も今は魂が抜けていますが、この道を入れて生き返るのです、日蓮も親鸞も耶蘇(やそ)も何もかもみな脱け殻なのです、この道でタマを入れてください、この道は・です、〇の中に・を入れてくださいと申してあるのです、臣民も世界中の臣民も国々もみな同じ事です、・を入れてください、〇を掃除していないと・は入らないのです、今度の戦は〇の掃除だと申してあるでしょうまつりとは調和(まつり)合わせる事だと申してあるでしょう、この道は教えでは無いと申してあるでしょう、教会や他の集いでは無いと申してあるでしょう、人を集めてくれるなと申してあるでしょう、世界の臣民はみな信者であると申してあるでしょう、この道は道なき道、時なき道です、光です、この道で皆が生き返るのです、岡本天明はアホになってください、我(が)を捨ててください、神かかるのに苦しいのです、赤い眼鏡をかければ赤く見えると思っているのですが、それは相手が白い時ばかりです、青いものは紫にうつるのです、今の世は色とりどり眼鏡とりどりですから見当取れない事になるのです、眼鏡を外すに限るのです、眼鏡を外すという事は洗濯する事です、上ばかり良くてもならないし下ばかり良くてもならないのです、上も下も天地揃って良くなって世界中の臣民、ケモノまで安心して暮らせる新しい世界に致すのです、取り違いしないでください、この道が分かった人から一柱でも早く出て来て神の御用をしてください、どこにいても御用はいくらでもあるのです、神の御用と申して稲荷(いなり)下げや狐つきの真似はさせないのです、この道は厳しいき行(みち)ですが楽な道なのです、上にも下(しも)にも花咲く世になるのです、後悔は要らないのです、カミは見通しでないとカミではないのです、今のカミは見通しどころか目を塞いでいるのです、カエルがいくら鳴いても夜は明けないのです、赤児になってください、ゴモク(汚いもの)を捨ててください、その日その時から顔まで変わるのです、神が烈しくなって結構な世となったのです、神の国のカミの役員に分かりかけたならバタバタに埒(らち)が開くのですが、学や智恵が邪魔してなかなかに分からないのでくどく申しているのです、臣民は物を言わなくなるのです、この世の終りが近づいた時です、石が物を言う時です、神の目には外国も大和も無いのです、皆が神の国です、七王(ななおう)も八王(やおう)も作らせないのです、一つの王で治めさせるのです、てん詞様が世界をみそなわすのです、世界中の罪を負われている素盞雄の大神様に気づかないのですか、盲つんぼばかりと申してもあまりではないですか、神が臣民の心の中に宝を埋めておいたのに、悪に負けて汚してしまって、それで不足申している事に気づかないのですか、一にも金、二にも金と申して、人が難儀しても我さえ良ければよいと申しているではないですか、それはまだよい方で、神の面(めん)をかぶって口先ばかりで神様神様、てんし様てんし様と申したり、頭を下げたりしていますが、こんな臣民は一人も要らないのです、いざという時は尻に帆をかけて逃げ出す者ばかりなのです、犬や猫は正直で良いです、上辺だけの臣民は今度は気の毒ですがお出直しです、神の申した事は一分一厘違わないのです、その通りになるのです、上に唾(つば)を吐けばその顔に落ちるのです、時節ほど結構でこわいものはないのです、時節が来たのです、慌てないで急いでください、世界中が唸(うな)るのです、陸が海となる所があるのです、今に病神(やまいがみ)の仕組みにかかっている臣民が苦しむ時が近づいたのです、病が流行るのです、この病は見当とれない病です、病になっていても、人も分からない、自分でも分からない病です、今に重くなって来ると分かって来るのですが、その時では間に合わないのです、手遅れです、この方の神示を良く腹に入れて病を追い出してください、早くしなければフニャフニャ腰になって四つん這いで這い回らなければならない事になると申してあるでしょう、神の入れものをワヤにしているのです、誠の善は悪に似ているのです、誠の悪は善に似ているのです、よく見別けなければならないのです、悪の大将は光り輝いているのです、悪人はおとなしく見えるものです、日本の国は世界のヒナ形なのです、ヒナ形でない所は真の神の国ではないですから、よほど気を付けていてください、一時は敵となるのですから少しも気を許せないのです、神から特に気をつけておくのです、今は日本の国となっていても神の元の国でない所もあるのですから、ヒナ型を見てよく腹に入れておいてください、後悔しても間に合わないのです、我よしの政治ではならないのです、今の政治経済は我よしなのです、臣民のソロバンで政治や経済をしてはならないのです、神の光のやり方でないと治まらないのです、与える政治が誠の政治です、臣民が勇む政治とは上下をまつろい合わす政治の事です、日の光ある時はいくら曇っても闇では無いのです、いくら曇っても悪が妨げても昼は昼です、いくら明かりをつけても夜は夜です、神のやり方は日の光であると申してくどく気をつけてあるのです、これは政治、これは経済だと分ける事は、まつりごとでは無いのです、神の臣民には魂と肉体の区別は無いと申してあるのです、神のやり方は人の身魂(からたま)です、人のはたらきを見れは直ぐに分かるのです、腹にしっかりと神が鎮まっていれば何事も箱差した様に動くのです、いくら頭が偉いと言っても胃袋は頭の言う通りには動かないのです、この道理は分かりましたか、だからと申して味噌も糞も一つにしてはならないのです、神の政治は優しくて難しいやり方です、高い所から低い所に流れる水のやり方です、神の印(しるし)を付けた悪が来るのです、悪の顔をした神があるのです、飛行機も船も臣民もみな同じです、足元に気をつけてください、向こうの国は少しも急いではいないのです、自分で目的が出来なければ子の代、子で出来なければ孫の代と、気長くかかっているのです、神の国の今の臣民は気が短いからしくじるのです、しびれが切れると立ち上がれないのです、急いではならないのですが急がなければならないのです、神の申す事を取り違いしない様にしてください、良くこの神示(ふで)を読んでください、元の二八基(邪気)が光理(こり)て湧いて出た現空(悪)の種は二八基(邪気)と大老智(オロチ)と世通足(四つ足)となって、邪気には二本の角、オロチには八ツ頭、八ツ尾、四つ足は金毛ですから気をつけておきます、四つ足はお実名に付いて別けてありますから、守護神殿、臣民殿はだまされない様にしてください世成り、神国の太陽足り満ちて、皆満ち足り、神国の月神、世をひらき足り、弥栄えにひらき、月光、総ては満ち、結び出づ、道は極みに極む、一二三(ひふみ)、三四五(みよいづ)、五六七(みろく)、弥栄え弥栄えぞ、神、仏、耶ことごとく和し、和して足り、太道ひらく永遠(とわ)、富士は晴れたり、太神は光り出づ、神国のはじめ、世界に変わった事が起きたら、それは神々様の渡られる橋です、本を清めなければ末は清まらないのです、根を絶っては葉は繁らないのです、元の田根(たね)が大切なのです、種は元から選り別けてあるのです、センブリは苦(にが)いのです、神界の事は現界ではなかなか分かるものではないと言う事が分かったならば神界の事が分かるのです、一に一を足すと二になると言うソロバンや物差しでは見当は取れないのです、今までの戦争でも、神が陰から守っている事は分かるでしょう、あんな者がこんな手柄を立てたと申す事があるでしょう、臣民からはアホに見えても、素直な人には神がかりやすいのですから、早く素直になってください、海の津波に気をつけてください、津波が来る前に知らせてやります、自分が助かろうと思ったら助からないのです、自分が助かろうする心は我よしです、身魂磨けた人から救ってやるのです、神がうつるのです、⦿のうつった人と〇のかかった人との大戦です、・と〇とが戦して、やがては・を中にして〇がおさまるのです、その時は〇ではなく、・も・ではないのです、⦿となるのです、・と〇のまつりであると申してあるでしょう、どちらの国も潰れるところまで行くのです、臣民同士でもう戦争はかなわないと申しても、この仕組みが成就するまでは神が戦争をやめさせないのです、神が戦争をやめる訳に行かないのです、今やめたらまだまだ悪くなるのです、〇の世となるのです、〇の世界となるのです、今の臣民は九分通り〇になっているのです、早く戦争を終わらせてくださいと申していますが、今(いま)夜が明けてしまったら、臣民は九分通り無くなるのです、お洗濯が一番なのです、この神示を心で読んでください、声を出して読んでください、病気も直るのです、草木もこの神示を読んでやれば花が咲くのです、この道を広めるには教会のようなものにしないでください、集団を作らないでください、心から心、声から声、身体(からだ)から身体へと広めてください、世界中の臣民は皆この方の民ですから早く伝えてください、神も人も一つなのです、考えているだけでは何も出来ないのです、考えないで思う通りに行うのが神のやり方なのです、考えは人の迷いです、今の臣民は身魂が曇っているので考えなければならないのですが、考えればさらに曇ったものになる道理なのです、日暮れに気をつけてください、日暮れが良くなるのです、日暮れに始めた事は何でも成就するようになるのです、一九(ひく)れを日の暮れとばかり思って、臣民の狭い心で受け取っていると間違うのです、⦿のくれの事を申すのです、この方は明神(みょうじん)とも現われているのです、臣民の守護の為に現われているのです、衣(ころも)はくるむものです、くるむとはまつらうものです、神の衣は人であるのです、汚れ破れた衣では神は嫌なのです、衣なら何でも良いと申すようなものではないのです、暑さ寒さを防げばそれで良いと申す様な簡単なものではないのです、今は神の衣が無くなっているのです、九分九厘の臣民は神の衣になれないのです、悪神の衣ばかりです、今に臣民の衣も九分九厘無くなるのです、⦿の国、霊の国とこの世とは合わせ鏡ですから、この世に映って来るのです、臣民は身魂を洗濯してくださいとくどく申してあるのです、この道理は良く分かりましたか、十月とは十(かみ)の月ぞ、━と┃と組んだ月です、新しくその日その日の生まれ来るのです、三日は三日、十日は十日の神殿が守るのです時の神ほど結構な恐い神は無いのです、この方であっても時節にはかなわない事があるのです、今日であれば九月の二十八日ですが、旧の八月十一日殿を拝んでください、二十八日殿もあるのです、何事も時を待ってください、炒豆(いりまめ)にも花が咲くのです、この世では時の神様、時節を忘れてはならないのです時は神なりなのです、何事もその時節が来たのです、時過ぎて種を蒔いても役に立たないのです、草が物を言うのです、雨の日は傘は要ると申しても晴れたら傘は要らないのです、その時その時の御用があるのです、晴れた日であっても傘が要らないのではないのです、今日御用ある臣民と明日御用ある臣民とあるのです、二歳(ふたつ)の時は二歳の着物、五歳(いつつ)は五歳、十歳(とう)は十歳の着物があるのです、十柱の御役もその通りです、役が変るのです、天地には天地の国には国のびっくり箱が開くのです、びっくり箱が開けたら臣民はみな思いが違っている事が分かるのです、早く洗濯した人から分かるのです、びっくり箱が開くと神の規則通りに何もかもしなければならないのです、目を開けていれない人が出て来るのです、神の規則は日本も支那も印度もアメリカもイギリスもオロシヤもないのです、世界を一つにして規則通りが出て来るのですから、今に敵か味方か分からない事になって来るのです、学の世はもう終わったのです、日に日に神力が現われるのです、一息入れる間も無いのです、ドシドシと事を運ぶので遅れないように取違いしないように慌わて無いようにしてください、神々様でもえらく心配されている神様がいるのですが、仕組みはりゅうりゅうと出来ているのですから仕上げを見てください、旧九月になればこの神示(ふで)に変って天(アメ)の日つくの神の御神示を出すのです、初めの役員をそれまでに引き寄せるのです、八分通りは引き寄せたのですが、あと二分通りの御役の者を引き寄せるのです、遅し早しはありますが、神の申した事は一厘も違わないのです、富士は晴れたり日本晴れです、神の国には神の国のやり方があり外国には外国のやり方があると申してあるでしょう、戦もその通りです、神の国は神の国のやり方をしなければならないのです、外国のやり方を真似しては外国が強いのです、戦するにも身魂磨きが第一です、一度に始末する事は簡単なのですが、それでは神の国を一度丸潰しにしなければならないので、待てるだけ待っているのです、仲裁する国は無く、出かけた船はどちらも後に引けない苦しい事になって来るのです、神は気をつけておくのです、天明は神示を書かせる御役です、蔭の役です、この神示はアとヤとワのつく役員から出すのです、表の御用です、旧九月までにはその御方がお揃いです、カのつく役員は裏でタのつく役員は表です、裏表があると申してあるでしょう、言葉が大切です、言葉によって伝えるのが神には嬉しいのです、文字は次なのです、この事は良く心得えてください、天の異変は人の異変です、一時は神示も出ない事になるのです、神示を読んでください、神示を読まないで臣民が勝手に智恵を絞っても何にもならないと申してあるでしょう、神にくどく申させることは神国の臣民の恥です、神示は要らないのが誠の臣民です、それぞれに神が宿ったら神示は要らないのです、それが神世の姿です、上に立つ人にこの神示が分かるようにしてください、国は国の団体は団体の上の人に早く知らせてください、アとヤとワから表に出すと上の人も耳を傾けるのです、アとはアイウエオ、ヤもワも同様です、カは裏です、タは表です、サとナとハとマとまつわってください、ラは別の御役です、御役に上下は無いです、みなそれぞれ貴い御役です、この神示の上つ巻と下つ巻を先づ読んでください、腹に入れてから神が集うのです、神は急いでいるのです、山の津波に気をつけてください、一度に立て替えすると世界に大変が起きるので延ばし延ばしにしているのです、目覚めないと末代の気の毒が起きるのです、国を取られた臣民はどんなにむごいことになっても何も言う事が出来ずに同じ神の子でありながら余りにもひどいやり方ではケモノよりもむごい事になるのがよく分かっているから神が表に出て世界中を救うのです、この神示を腹に入れると神力が出るのです、疑う臣民が沢山いるのですが気の毒になるのです、一通りは嫌がる臣民にもこの神示を一二三(ひふみ)として読むように上の人はしてやってください、生命(いのち)あるうちに神の国の事を知らずに死んでから神の国に行く事は出来ないのです、神の力でないともう世の中はどうにも動かないようになっている事を上の番頭殿は分かっているでしょう、どうにもならないと知りつつまだ学や知にすがっているようでは人の上に立つ人とは言えないのです、学や知を越えて神の力に従ってください、お土を拝んで米作る百姓さんが神の誠の民です、神を拝んで神示を受け入れてください、神の無い世とだんだんなって来ているでしょう、真通(まつ)る事は生かす事です、生かす事は能(はたら)かす事です、神の国には何でもないものは無いのです、神の御用なら何でも出て来る結構な国なのです、何も無くなるのはやり方が悪いのです、神の心に添わないのですこの神示を読ませるようにするのが役員の務めではないですか、役員さえ読んでいないではないですか、神示に一二三(ひふみ)つけたものを先づ大番頭、中番頭、小番頭殿に読ませてください、道さえつければ読むのです、腹に入るものと入らないものがあるのですが、読ませるだけは読ませてやるのが役員の務めではありませんか、旧九月になったら忙しくなるので、それまでに用意しておかないと悔しさが出るのです、いざとなってから地団太を踏んでも間に合わないのです、餅搗(もちま)くには搗く時があるのです、それで縁ある人を引き寄せているのです、神は急いでいるのです、仕組み通りに出て来るのですが、大難を小難にする事は出来るのです、神も泥海は真っ平なのです、臣民が喜ぶ事ほど神には嬉しき事はないのです、曇っていても元は神の息を入れた臣民です、渦であるのです、番頭殿、役員殿はフンドシを締めてください、江戸の仕組みが終わったならオワリの仕組みにかからせるのです、その前に仕組む所があるのですが、今では成就しないので、その時は言葉で知らせるのです、宝を持ち腐れにしないでください、猫に小判とならないようにしてください、天地一度に変ると申してある事が近づいたのです、世はこのまま持ちきりにはさせないのです、息吹きを祓って議論(ろん)を無くするのです、人の言葉は無くするのです、物を言えない時が来るのです、臣民は見当とれない事になるのです、上の人はつらくなるのです、頑張ってください、神は言波(言葉)です、言波とは誠です、息吹きです、道です、誠とはまつり合わせた息吹きです、言葉で天地が濁るのです、言波で天地が澄むのです、戦が無くなり神国になるのです、言葉ほど結構な恐いものは無いのです日本の国はこの方の肉体であるのです、国土を拝んでください、日本は国が小さいから一握りに握り潰して食べるつもりで攻めて来ているのですが、この小さい国が喉につかえてどうにも苦しくて勘忍してくださいと言うようになって、とことんの時になったら改心しなければならない事になるのです、外国人もみな神の子なのですから一人残らずに助けたいのがこの方の願いと申してあるでしょう、今に日本の国の光が出るのです、その時になって改心出来ていないと臣民は苦しくて日本のお土の上に居れないようになるのです、南の島に埋めてある宝を御用に使う時が近づいたのです、お土の上り下りになる時が近づいたのです、人の手柄で栄耀している臣民には借銭清算の時となったのです、改心が第一です、世界に変った出来事は皆この方の仕組みの節々です、身魂を磨いたら分かりますから、早く身魂を磨いてください、身魂を磨くにはまつりをしなければならないのです、まつりはまつらう事であると申して聞かせると、神祭りはしないでいる臣民もいますが、神祭りが元です神を迎えなければならないのです、取り違いと天狗が一番恐いのです、千匁(せんじん)の谷へドボンと落ちるのです、神の規則は恐いのです、隠し立ては出来ないのです、何もかも帳面に書きとめてあるのです、神の国に借銭ある臣民はどんなえらい人でも、それだけに苦しむのです、家は家の国は国の借銭清算が始まっているのです、清算したら気楽な世になるのです、世界の大晦日なのです、晦日は闇と決まっているのです、借銭(かり)を返す時はつらいのですが、返した後の晴れた気持ちは良いでしょう、昔からの借銭ですから素直に苦しみを堪えて神の申す事、させる事に従って、日本は日本のやり方に返してください、番頭殿も下にいる臣民殿も国々の守護神殿も外国の神々様、人民殿、仏教徒もキリスト教徒もすべての徒も皆聞いてください、その国その民のやり方を伝えてあるでしょう、九十に気をつけて用意してください、二二は晴れたり日本晴れてんし様が富士(二二)から世界中に出る時が近づいたのです、富士は火の山、火の元の山で、汚してはならない御山ですから臣民は登れないようになるのです、神の臣民とケモノと立て別けると申してあるでしょう、世界の様子を見て早く改心して身魂を洗濯して神の御用を務めてください、大き声を出さなくても静かに一言を言えば分かる臣民、一(いち)言えば十知る臣民でないと誠の御用は務まらないのです、今に段々と迫って来て、この方の神示はあてにならない、だまされていたと申す人も出て来るのです、良くこの神示を読んで神の仕組みを心に入れて、息吹きとして言葉として世界を清めてください、分からないと申すのは神示を読んでいない証拠なのです、身魂が芯から光り出したら人も神も同じ事になるのです、それが誠の臣民であると申してあるでしょう、山から野から川から海から何が起っても神は知りません、みな臣民の心から起こるのです、改心してください、掃除洗濯してください、雲霧をはらってください、み光が出ない様にしていてそれで良いのですか、早く気づかないと痛い目に遭うのです、誰れかれの別は無いと申してあるでしょう、いづれは天の日つくの神様が御かかりになるのです、遅し早しはあるのです、この神様の御神示は烈しいのです、早く身魂を磨かなければ御かかりが遅いのですとことん掃除しなければ御かかりは難しいのです、役員も気をつけてください、御役はご苦労なのですがその代り御役が終わったら二二が晴れるのです

日月神示④ 天つ巻 

二二は晴れたり日本晴れ二二に御社(みやしろ)してこの世を治めるのです、五大州がひっくり返っている事が神には何より気に入らないのです、一の大神様、二の大神様を祀ってください、三の大神様も祀ってください、天の御三体の大神様、地の御三体の大神様も祀ってください、天から神々様が降臨されるのです、地から御神々様が昇天されるのです、天の御神と地の御神が手をとって嬉し嬉しの御歌を歌われるのです、日本の国は神の国、神の肉体です、汚してはならない所なのです、これまでの改造は膏薬(こうやく)張りですからすぐ元に返るのです、今度は今までに無い、文(ふみ)にも口にも伝えていない改造ですから、臣民界だけではなく神界も引っくるめて改造するのですから、元からの神でないと、そこらにいる守護神様には分からないのです、九分九厘までは出来てもここというところでオジャンになるのです、富や金(きん)を返したばかりでは今度は役に立たないのです、戦(いくさ)ばかりで無いのです、天災ばかりで無いのです、上も潰れるのです、下も潰れるのです、潰す役は誰にでも出来るのですが、つくり固め(修理固成)のいよいよの事は神々様にも分かってはいないのです、星の国、星の臣民は今は偉く気を張って世界を構うように申していますが、星ではダメなのです、神の御力でないと何も出来はしないのです、一日の日の間にも天地が引っ繰り返ると申しているのです、ビックリ箱が近づいたのです、九、十に気をつけなさいとくどく申しているのです、神の申すことは一分一厘違わないのです、違っていることならこんなにくどくは申さないのです、同じ事ばかり繰り返していると臣民は申していますが、この方の申す事は皆違っている事ばかりなのです、同じ事を申していると思うのは身魂(みたま)が曇っている証拠なのです、改心が第一です、この方は元の肉体のままに生き通しですから、岡本天明にも姿を見せなかったのです、あちこちに臣民の肉体を借りて予言する神が沢山出ているのですが、九分九厘は分かっていても、とどめの最後は分からないですから、この方に従って御用しなさいと申しているのです、砂糖にたかる蟻(あり)にならないでください、百人千人の改心ならばどの様にでも出来るのですが、今度は世界中、神神様も畜生も悪魔も餓鬼も外道も含めた三千世界の大洗濯ですから、そんなチョロコイ洗濯ではないのです、ぶち壊しは出来ても建て直しは分からないのです、火と水で岩戸が開くのです、知恵や学でやると途中でグレンと引っ繰り返ると申していましたが、そのように言えば知恵や学は要らないと臣民は早合点しますが、知恵や学も要るのです、悪も御役であるのです、この道理を良く腹に入れてください、天の神様が地に御降りなされて今度の大層な岩戸開きの指図をなされるのです、国々の神々様、うぶすな様、力ある神々様にも御苦労になっているのです、天照皇太神宮様をはじめ神々様をあつく祀ってくださいと申して聞かせてあるでしょう、神も仏もキリストも元は一つなのです牛の食べ物を食べると牛の様になるのです、猿は猿、虎は虎となるのです、臣民の食べ物は定まっているのです、いよいよとなってから何でも食べなければばならないようになったなら虎は虎となるのです、獣と神とが別れるのです、縁ある臣民に知らせておいてください、日本中に知らせておいてください、世界の臣民に知らせてやってください、獣の食べ物を食べる時には、一度神に献げてから食べてください、神から頂いてください、そうすれば神の食べ物となって、何を食べても大丈夫になるのです、何もかも神に献げてからと申してある事の道理は良く分かったでしょう、神に献げきらないと獣になるのです、神がするのではなく、自分がケモノになるのだと申してある事も良く分かったでしょう、くどく申しているのです、八から九から十から百から千から万から何が出るか分からないのです、神に献げなければ生きて行けない様になるのです、悪魔に魅入られている人間はいよいよ気の毒な事が起きるのです天(あめ)は天の神、国は国の神が治めるのです、お手伝いはあるのですが、秋の空のすがすがしさがグレンと変るのです、地獄に住む者は地獄が良いのです、天国なのです、逆様はもう長くは続かないのです、無理が通用しない時節が来たのです、いざとなったら残らずの活神(いきがみ)様が御総出なのです二二(ふじ)は晴れたり日本晴れ、二本のお足で歩いてください、二本のお手手で働いてください、日本の神の御仕組みはいつも二本となっているのです、一本足の案山子(かかし)さん、今更どうにもならないのです、一本の手の臣民では生きては行けないのです、一本足では立てないと言う事が最早分かったならば神が与えた二本足で日本のお土に立ってください二本のお手手を打ち打ちて神を拝んでください、天地(あめつち)に響く誠の拍手に、日本の国は晴れるのです、二二(ふじ)は晴れたり日本晴れ、二二(ふじ)は晴れたり岩戸開けたり、嵐の中の捨て小舟と申してありますが、今はその通りとなっているでしょう、何うする事も出来ないでしょう、船頭さん、苦しい時の神頼みでも良いのです、神まつりをしてください、神に従ってください、神はそれを待っているのです、苦しい時の神頼みでもしないよりはましなのです、そこに光が現われるのです、光が現われると道がハッキリと分かって来るのです、この方にだまされたと思って言う通りにして見てください、自分でもビックリする様に結構が出来て来るのにビックリするのです、富士の御山に腰かけてこの方が世界中を守るのです、かのととり(辛酉)は結構な日と申してありますが、結構な日は恐い日でもあるのです、人が天から降りたり、人が天に昇ったり、昇り降りで忙しくなるのです、てんし様が御遷(うつ)り願う時が近づいて来たのです、奥山に紅葉(もみじ)ある内にと思っても、いつまでも紅葉は無いのですひふみの秘密出でひらき鳴る、早く道展き成る、世ことごとにひらき、世、なる大道で、神ひらき、世に神々満ちひらく、この鳴り成る神、ひふみ出づ大道、人神出づはじめ、一二三の裏に〇一二、三四五の裏に二三四、五六七の裏に四五六の御用があるのです、五六七が済んだら七八九です、七八九の裏には六七八あるのです、八九十の御用もあるのです、だんだんに知らせますから、これまでの神示を良く心に入れてジッとして置いてくださいこの神示を言波として読んでください、神神様にも聞かせてください、守護神殿にも聞かせてください、守護神殿の改心はまだまだなのです、一日が一年になり百年になると目が廻って真底からの改心でないとお役に立たないことになって来るのです遠くて近いのは男女だけではないのです、神と人、天と地、親と子、食べる物も遠くて近いのが良いのです、カミを粗末にすればカミに泣くのです、土を尊べば土が救ってくれるのです、尊ぶ事を今の臣民は忘れているのです、神ばかり尊んでも何にもならないのです、何もかも尊べば何もかも味方なのです、敵を尊べば敵が敵でなくなるのです、この道理分かりましたか、臣民には神と同じ分霊(わけみたま)を授けてあるのですから磨けば神になるのです、神示は謄写(とうしゃ)しても良いのです、初めは五十八(言葉)で次は三百四十三(文字)です、よいですか、空に変った事が現われたならば地にも変った事が起きると心得えてください、いよいよとなって来ているのです、神は元の大神様に延ばせるだけ延ばして頂き、一人でも臣民を助けたいのでお願いしているのですが、もう願い出る方法が無くなったのです、玉串を神に供えるのは衣(ころも)供える事です、衣とは神の衣の事です、神の衣とは人の肉体の事です臣民を捧げる事です、自分を捧げる事です、人に仕える時も同じ事です、人を神として仕えなければならないのです、神として仕えると神となるのです、もてなしの物を出す時には祓い清めて神に仕えると同様にしてください、食べ物は今の半分で足りると申していますが、神に捧げたものか祓い清めて神に捧げるのと同様にすれば半分で足りるのです神の世が近づいたのです、海を一つ越えて寒い国に誠の宝を隠してあるのです、これから先いよいよとなったら、神が許して誠の臣民に手柄を立てさせるのです、外国人がいくら逆立ちしても神が隠しているのですから手は着けられないのです、世の元からの事であるので、いよいよが近くなったらこの方の力で出して見せるのです、びっくり箱が開けて来るのです神の国には神の国のやり方があるのです、支那には支那、オロシヤにはオロシヤ、それぞれにやり方が違うのです、教えもそれぞれに違っているのです、元は一つでありますが、神の教えが一番良いと申しても、そのままでは外国には通じないのです、この事を良く心に納めておいて、上に立つ役員殿は気をつけてください、猫に小判では何にもならないのです、神の一度申したことは一分も違わないのです今度の戦争が終わったらてんし様が世界中を治めて、外国には王は無くなるのです、一旦戦が収まっても、あとのゴタゴタはなかなか静まらないのです、神の臣民はふんどしを締めて神の申す事を良く腹に入れて置いてください、ゴタゴタが起きた時は何うしたら良いかという事もこの神示を良く読んでおけば分かるようにしてあるのです、神は天からと宙からと地からと力を合わせて、神の臣民に手柄を立てさせる様にしてあるのですが、今では手柄を立てさせて、神の御用に使う臣民は一分(いちぶ)もいないのです、神の国が勝つばかりではないのです、世界中の人も草も動物も助けてみな喜ぶようにしなければならないのですから、臣民では見当取れない永遠(とことわ)に続く神世に致すのですから、素直に神の申す事を聞くのが一番です、人間の知恵でやれるならばやって見てくださいあちらへ外れ、こちらへ外れて、ぬらりくらりと鰻つかみなのです、思う様にはならないのです、日本の国が本の国ですから日本の国から改めるのですから、日本が一番つらい事になるのです、覚悟はよいですか、自分の腹さえ切れない様なフナフナ腰で大番頭だと言うのは何と恥ずかしい事です、てんし様には申すまでもなく、人民様や犬猫にも申し訳ないのです、人の力ばかりで戦しているのでない事位分かっているでしょう、目に見せてあるでしょう、これでも分からないから、昔からの生き通しの活神様のする事ですから、泥の海にする位朝飯前の事ですが、それでは臣民が可哀そうだから天の大神様にこの方が詑びして一日(ひとひ)一日と延ばしているのです、その苦労も分からずに臣民が勝手な事ばかりしているなら、神の堪忍袋が切れたら何んな事が起きるか分からないのです、米があると申して油断しないでください、一旦は天地へ引き上げるのです何時も気をつけている事ですが、神が人を使っているのです、今度の戦争で外国人にも良く分かって神様にはかないません、どうか言う事を聞きますから、夜も昼もなく神に仕えますから許してくださいと申す様になるのです、それには神の臣民の身魂を掃除しなければならないのです、くどい様ですが一時(いちじ)も早く一人でも多く改心してください、神は急いでいるのです、神の力が何んなにあるか、今度は一度は世界の臣民に見せてやらなければ収まらないのです、世界を揺すって知らせなければならない様になるのですが、少しでも弱く揺すって終わる様にしたいのでくどく気をつけているのです、ここまで世が迫って来ているのです、まだ目が覚めないのですか、神は何うなっても知りませんよ、早く気づかないと気の毒になるのですその時になってからでは間に合わないのです、神の世と申すのは今の臣民の思っている様な世ではないのです、金(きん)は要らないのです、お土からあがったものが光って来るのです、衣類食べ物、家倉まで変るのです、草木も喜ぶ政治と申してあるでしょう、誰でもそれぞれに先の分かる様になるのです、お日様もお月様も海も山も野も光り輝いて、水晶の様になるのです悪はどこにも隠れる事が出来ない様になるのです、博打や将棋は無くするのです、雨も必要なだけ降らせてやるのです、風も好きなように吹かせてやるのです神をたたえる声が天地に満ち満ちて嬉し嬉しの世となるのです、ミロクの世になるにははじめは半(なか)ば焼くのです、人二分(にぶ)は死んで、人がみな神の宮となるのです、西に戦争(いくさ)し尽くして、神世とひらき、国毎に一二三(ひふみ)三四五(みよいづ)たりて、百千万(ももちよろず)となるのです、神は急ぐのです、十柱の世の元からの活神様が御活動になっている事が分ったでしょう、ケモノの入れものには分からないでしょうが神の臣民には良く分かっている筈です、さらにさらに烈しくなって外国の臣民にも分かる様になって来るのです、その時になってから分かったのでは遅いのです、早く洗濯をしてください我(が)が無くてはならないし我があってもならないのです、良くこの神示を読んでくださいと申しているのです、悪はあるが無いのです、善はあるのですが無いのです、この道理が分かったならばそれが善人なのです、千人力の人が善人であるのです、お人好しではならないのです、お人好しは善人ではないのです、神の臣民では無いのです、雨の神殿、風の神殿に特に御礼申してください今の臣民はめくら聾(つんぼ)ばかりと申していますが実にその通りなのですこの世はおろか自分の身体の事さえ分かってはいないのです、それでこの世を持って行く積りでしょうか、分からないと申してもあまりにもひどいのです、神の申す事が違ったではないかと申す臣民も今に出て来るのです、神は大難を小難にまつり変えているのが分からないのです、大変なむごい事が起きるのを小難にしてある事が分からないのですか、ひどい事が起きる事を待っているのは邪(じゃ)のミタマなのです、そんなことでは神の臣民とは言えないのです、臣民は神に悪い事は小さくしてくださいと毎日お願いするのが勤めなのです、臣民は近欲(ちかよく)だから分からないのです、欲もなくてはならないのです、取り違いと鼻高とが一番恐いのです神は生れ赤子の心を喜ぶのです、磨けば赤子となるのです、いよいよが来たのです、今に臣民は何も言えなくなるのです、神が烈しくなるのです、目をあけていれない事になるのです、四つん這いになって這い廻らければならない事になるのです、のたうち廻らなければならないのです、土にもぐらなければならないのです、水をくぐらなければならないのです、臣民には可哀そうなのですが、そうしなければ鍛えられないのですこの世が始まってから二度とない苦労ですが、我慢してやり通してください天の日津久の神と申しても一柱ではないのです、臣民のお役所のようなものであると心得えてください、一柱でもあるのです、この方はオオカムツミノ神とも現われるのです、時により所によってはオオカムツミノ神として祀ってください、青人草の苦瀬(うきせ)を直してやるのです、天明は神示(ふで)書かせる御役です、石が物を言う時が来るのです、草が物を言う時が来るのです、北を拝んでください、北が光るのです、北が良くなるのです、夕方が良くなるのです、暑さ寒さがやわらかくなるのです、五六七(ミロク)の世となるのです、慌てずに急いでください、神々様も皆の産土(うぶすな)様も総活動になるのです、神々様をまつってください、人民様もまつってください、御礼申してください、遅し早しはあるのですが、一度申した事は必ず出て来るのです、臣民は近欲で疑い深くて何も分からないですから疑う者もあるのですが、この神示は一分一厘間違い無いのです、世界をならす(均一)のです、神の世にするのです、善一筋にするのです、誰れかれの分け隔てはないのです、土から草木が生まれるのです、草木から動物虫けらが生まれるのです、上下にひっくり返るのです、この方オオカムツミノ神として書き知らせるのです、病があるか無いかは手を廻わして見れば直ぐ分かるのです、自分の身体中どこでも手は届くのです、手が届かない所があったら病の所だと直ぐに分かるのです、臣民の肉体の病ばかりではないのです、心の病も同様です、心と身体とな一つのですから良く心得ておいてください、国の病も同様です、頭は届いても手が届かないと病になるのです、手はどこにでも届くようになっているのです、今の国々のみ姿を見てください、み手が届いていないのです、手なし足なしです、手は手の思う様に、足は足です、手無し足無しでは病は直らないのです、臣民の病は足が地に着いていないからです、足を地に着けてください、草木はもとより、犬猫もみなお土に足をつけているでしょう、三尺上は神界です、お土に足を入れてください、青人草と申してあるでしょう、草の心に生きなければならないのです、尻に帆をかけて飛ぶ様では神の御用は勤まらないのです、お土を踏ませて頂いてください、足を綺麗に掃除しておいてください、足が汚れていると病になるのです、足からお土の息が入るのです、臍(へそ)の緒の様なものなのです、一人前になったら臍の緒を切り、社(やしろ)に座って、三尺上で神に仕えても良いのです、臍の緒が切れないうちはいつもお土の上を踏ませて頂いてください、それほど大切なお土の上を堅めていると、今にみな取り除いてしまうのです、一度は嫌でも応でも裸足(はだし)でお土を踏まなければならない事になるのです、神の深い仕組みですから有難い仕組みですから喜んでお土を拝んでください、土にまつろえと申してあるでしょう、何事も一時に出て来るのです、お土ほど結構なものはないのです、足の裏を特に綺麗にしなければならないのです神の申す事に素直に従ってください、この方は病を直してやるのです、この神示を読めば病が直る様になっているのです神示を読んで神の申す通りに行ってください、臣民も動物も草木も病が無くなれば世界一度に光るのです、岩戸が開けるのです、戦も病の一つなのです、国の足の裏を掃除すれば国の病が直るのです、国が逆立ちしてると申してある事を忘れずに掃除してください、上の守護神殿、下の守護神殿、中の守護神殿、皆の守護神殿の改心をしてください、いよいよとなってからでは苦しくて間に合わない事になりますから、くどく気をつけておくのです、病ほど苦しいものはないのです、それぞれの御役を忘れないでください、天地が唸るのです、でんぐり返るのです、世界一度に揺(ゆ)するのです、神は脅すのではないのです、迫っているのです、富士とは火の仕組み、渦海とは水の仕組みです、今に分かって来るのです、神の国には政治も経済も軍事も無いのです、まつりがあるだけです、まつらうことによって何もかも嬉し嬉しになるのです、これは政治これは経済と申して別けているから鰻つかみになるのです、別ければ別けるほど分からなくなって、手に負えない事になるのです、手足は沢山は要らないのです、火垂(ひだり)の臣(おみ)と水極(みぎり)の臣(おみ)とあれば良いのです、ヤとワと申してあるでしょう、その下に七七七七七七七と申してあるでしょう、今の臣民は自分で自分の首を絞めているのです、手は頭の一部です、手の頭です、頭は手の一部ではないのです、この道理を良く心得ておいてください、神示を印刷してはいけません、この神示を説いて臣民の文字で臣民に読める様にしたものは一二三(ひふみ)と申してください、一二三は印刷しても良いのです、印刷は結構です、この神示のまま臣民に見せてはならないのです、役員は良くこの神示を見て、その時によりその国によってそれぞれに説いて聞かせてください、日本ばかりでなく、国々所々に仕組みをさせて神柱を作ってありますから、今にびっくりする事が起きるのです、世界の臣民にみな喜ばれる時が来るのです、五六七(みろく)の世が近づいて来たのです、富士は晴れたり日本晴れ、富士は晴れたり日本晴れ、善一筋とは神一筋の事です、この巻は天つ巻と申すのです、しっかり写してください、しっかり伝えてください

日月神示③ 富士の巻

道はいくらでもあるからどの道通っても良いのだと言うのは悪のやり方です、元の道は一つです、初めからの世の元の道、変らぬ道があれば良いと言っていますが、どんな事をしても自分さえ立てば良いように申していますが、それが悪の深き腹の一厘です、元の道は初めの道、神のなれる道、神のなかの・なる初めなのです、・は光の真中であり⦿は世の道です、この事に気づく臣民は無いのですが一が二と分かる奥の道です、身魂を掃除すればこの事が分かるのです、身魂磨きが第一です、甲斐の浜に立って一(ひ)れを二(ふ)って祓ってください、ひつくの神に仕えている臣民は代わる代わるこの御役をつとめてください今はまだ分からないのですが結構な御役です、この神示を腹の中に入れて置いてくださいと申しているのに言う事を聞く臣民は少ないのですが、今に後悔するのが良く分かっていますから神はくどく気をつけて置くのです、神示を読めば読むほど神徳があるのです、どんな事でも分かる様にしてあるのです、言う事を聞かなければ一度は種だけにして、根も葉も枯らせてしまって、この世の大掃除をしなければならないのですから、種のある内に気をつけているのです、気づかねば気の毒な事になるのです、今度の祭典(まつり)は御苦労様でした、神界では神々様、大変な御喜びです、雨の神、風の神殿は特に御喜びになりました、大掃除が一応終わったと安緒する時に富士、鳴門がひっくり返るのです、早く改心してください、アメリカやイギリスは当然ですが、ドイツもイタリアもオロシヤも外国はみな一つになって神の国に攻め寄せて来ますから、その覚悟で用意しておいてください神界ではその戦の最中です、学と神力との戦だと申しているのです、どこから何んな事が起きるか臣民には分からないのです、一寸先も見えないほど曇ってしまい、それでも神の臣民と思っているのですか、畜生にも劣っているのです、まだまだ悪くなって来ますから、まだまだ落ちて沈まなければ本当の改心が出来ない臣民が沢山いるのです、玉とは御魂(おんたま)です、鏡とは内に動く御力です、剣とは外に動く御力です、これを三種(みくさ)の神宝(かんたから)と言うのです、今は玉がなくなっているのです、今は鏡と剣だけです、鏡と剣だけで世が治まると思っているのですが、肝腎の真中が無いのです、それで散り散りばらばらになっているのです、アとヤとワの詞(四)の元が要るのです、この道理が分からないのですか、剣と鏡だけでは戦は勝てないのです、それで早く身魂磨いてくださいと申しているのです、上下は無いのです、上下に引っ繰り返すのです、もう神は待てないところまで来ているのです、身魂が磨けたならば何んな所で何んな事をしていても心配ないのです、神界の都には悪が攻めて来ているのです、一二三(ひふみ)の仕組みが終わったら三四五(みよいづ)の仕組みだと申してありましたが、世の元の仕組みは三四五の仕組みから五六七(みろく)の仕組みとなるのです、五六七の仕組とは弥勒(みろく)の仕組みの事です、獣と臣民とハッキリと別れたら、それぞれの本性を出すのです、今度は万劫末代の事です、気の毒な事が起きるので洗濯が大切と申しているのです、今度お役が決まったらそのままいつまでも続くのですから臣民は良くこの神示を読んでおいてください、食べるものが無いと言って臣民は不足を申しているのですがまだまだ少なくなって、一時は食う物も飲む物も無くなるのです、何事も行ですから喜んで行をしてください滝に打たれ蕎麦粉(そばこ)を食べて行者は行をしているのですが、断食する行者もいるのですが、今度の行は世界の臣民の二度とない行ですから厳しいのですこの行が出来る人と我慢出来ない人とがいるのです、この行が出来なければ灰にするより方法はないのです、今度の御用に使う臣民は激しい行をさせて神がうつるのです、今のままでは神の力は何も出てはいないのです、この世の事は神と臣民と一つになって出来ると申しているのです、早く身魂を磨いてください外国は〇、神の国は・と申してありますが、・は神です、〇は臣民です、臣民ばかりでは何も出来ないし神ばかりでもこの世の事は何も成就しないのです、それで神かかれるように早く大洗濯してくださいと申しているのです、神は急いでいるのです、この御用は大切です、神かかれる肉体が沢山必要なのです、今度の行は〇を綺麗にする行です、掃除出来た臣民から楽になるのです、どこにいても掃除出来た臣民から良い御用に使って、神から御礼申して末代名の残る手柄を立てさせるのです、神の臣民としての掃除洗濯が出来たらこの戦は勝つのです、今は残る臣民は一分も一厘もいないのです、神国の民だと申して威張っているのですが、足許からビックリ箱が開いて、四つん這いになっても助からない事になるのです、穴を掘って逃げても、土にもぐっていても灰になる身魂は灰になるのです、どこにいても助ける臣民は行って助けるのです、神が助けるのではなく神が助かるのです、臣民も神も一緒に助かるのです、この道理を良く腹に入れてくださいこの道理が分かったら神の仕組みがだんだん分かって来て、何という有難い事かと心がいつも春になるのです、今は善の神の善の力が弱いから善の臣民が苦しんでいるのです、あとしばらくの辛抱なのです、悪神が総がかりで善の肉体に取りかかろうとしているので、よほどふんどしを締めてかからないと負けるのです、親や子に悪の神がかかって苦しい立場にして悪の思う通りにする仕組みを立てているから気をつけてください、神のもう一つ上の神の世のもう一つ上の神の世の、もう一つ上の神の世では戦が終わっているのです、三四五(みよいづ)から五六七(みろく)の世になれば天地が光って何もかも見え透くのです、八月のこと、八月の世界の事は良く気つけて置いてくださいいよいよ世が迫って来るとやり直しは出来ないと申しているのです、いつも剣の下にいる気持で心をひき締めてください、臣民は口で食べる物ばかりで生きているのでは無いのです、悪の世ですから、悪の臣民が世に出ているのです、善の世にグレンと引っ繰り返ると申すのは善の臣民の世になる事です、今は悪が栄えているのですが、この世では人間の世界が一番遅れているのです、草木はそれぞれ神のミコトのままなっているのです、一本の大根でも一粒の米でも何でも貴くなったでしょう、一筋の糸でも光が出て来たでしょう、臣民が誠のつとめをしたならばどんなに尊い事なのか今の臣民には見当とれないのですが、神が御礼申すほどに尊い仕事が出来る身魂なのです、殊に神の国の臣民がみな誠の光を現わしたならば天地が輝いて悪の身魂は目をあけておれない事になるのです、結構な血筋に生まれていながら今の姿は何事ですか、神はいつまでも待てないからいつ気の毒が起きるか分からないのです、戦を恐れていますが臣民の戦など何が恐いのですか、それより己の心に巣喰っている悪のみたまが本当に恐いのです、山は神、川は神、海も神、雨も神、風も神です、天地はみな神です、草木も神です、神を祀れと申すのは神にまつろう事と申しているのです、神々をまつり合わす事です、皆何もかもまつり合った姿が神の姿、神の心です、皆まつれば何も足らない事は無いし余る事は無くなるのが神国の姿です、物足りない物足りないと臣民泣いているのですが、足らないのではないのです、足らないと思っているが余っているではないですか、上(かみ)の役人殿は先ず神を祀ってください神を祀って神心となって神の政治をしてください戦など何でもなく鳧(けり)がつくのです、神界は七つに分かれているのです、天つ国三つ、地(つち)の国三つ、その間に一つ、天国が上中下の三段、地国も上中下の三段、中界の七つ、その一つ一つがまた七つに分かれていて、その一つがまた七つずつに分かれているのです、今の世は地獄の二段目です、まだ一段下があるのです、一度はそこまで下がるのです、今一苦労あるとくどく申してある事はそこまで落ちる事です、地獄の三段目まで落ちたらもう人の住めない所ですから悪魔と神ばかりの世になるのです、この世は人間に任せているのですから人間の心次第なのです、しかし今の臣民のような腐った臣民ではなく、いつも神かかっている臣民が神カカリなのです、神カカリと直ぐ分かる神かかりではなく、腹の底にしっかりと神が鎮まっている臣民です、それが人間の誠の姿です、いよいよ地獄の三段目に入りますから、その覚悟でいてください、地獄の三段目に入る事の表は一番の天国に通じる事です、神の誠の姿と悪の見られない姿とハッキリ出て来るのです、神と獣と分けると申してあるのはこの事です、何事も洗濯が第一なのです、いよいよ戦が烈しくなって食うものも無く、何も無くなり、住む所も無くなったら行く所も無くなるのです、神の国から除かれた臣民と神の臣民とどちらが偉いか、その時になったらハッキリするのですその時になってどうしたら良いかと言う事は神の臣民なら誰でも神が教えて手を引いてやりますから、今から心配せずに神の御用をしてください神の御用だと言って自分の仕事怠けてはならないのです、どんな所にいても、神がスッカリと助けてやりますから、神の申すようにして今は戦していてください、てんし様をご心配させないようにする事が臣民のつとめなのです、神の臣民は言葉に気をつけてください、悪が江戸に攻めて来たのです、神の土は白は「し」のつく、黄は「き」のつく、青赤は「あ」のつく、黒は「く」のつく山々里々から出て来ますから神の土をよく探して見てください、三尺下の土ならば良いのです、いくらでも必要なだけ出て来るのです、御土(おつち)は神の肉体で、臣民の肉体もお土から出来ているのですこの事が分かったら、お土が尊い事が良く分るのです、これからがいよいよ厳しくなるのです、良く世の中の動きを見れば分かるのです、汚れた臣民が上がれない神の国に上がっているではないですか、いよいよとなったら神が臣民にうつって手柄をさせるのですが、今は軽石のような臣民ばかりで神がかれないのです、早く神の申す事を良く聞いて生れ赤子の心になって神の入れものになってください一人改心すれば千人が助かるのです、今度は千人力を与えるのです何もかも悪の仕組みは分っていますからいくらでも攻めて来てください神は世の本からの神の仕組みをしてあるのです学や知恵でまだ神に勝てるとでも思っているのでしょうか、神には勝てないのです、何もかもてんし様のものではありませんか、それなのにこれは自分の家だ、これは自分の土地だと言って自分勝手にしているのが神には気に入らないのです、一度は天地にお引き上げであると知らせてあった事を忘れてはなりません一本の草でも神のものです、野(の)から生れたもの、山から取れたもの、海の幸もみな神に供えてから臣民は頂けと申してある理由はそれで分かるでしょう、この神示を良く読んでさえいれば病気もなくなるのです、そのように言えば今の臣民はそんな馬鹿な事があるかと申しますが、よく察してみてください必ず病も直るのですそれは病人の心が綺麗になるからです洗濯せよ掃除せよと申せば、臣民は何も分からないので慌てていますが、この神示を読む事が洗濯や掃除の初めで終りです、神は無理は申しません、神の道は無理していないのです、良くこの神示を読んでください読めば読むほど身魂が磨かれると申しても仕事を怠けてはいけません臣民と申すものは馬鹿正直ですから、神示を読めと申せば神示ばかり読んでいれば良い様に思っていますが、裏も表もあるのです、役員は良く知らせてやってください、臣民に分かる様に申すならば身も心も神のものだから、毎日毎日神からミタマを頂いたものと思えば良いのです、それでその身体(からだ)をどのようにしたら良いかと言う事が分かるのです夜になれば眠った時は神にお返ししているのだと思ってください、それで良く分かるでしょう、身魂磨くと申す事は神の入れものとして神からお預りしている、神の最も尊いところであると心得て扱うなのです、一二三は神食、三四五は人食、五六七は動物食、七八九は草食です、九十は元に、一二三の次の食、神国弥栄えです、人は三四五食に病は無いのです(てんし様の三四五、みよいづ食に病は無い)、嵐の中の捨てられた小舟の様に、どこに行くのか船頭さんにも分からないように、アメリカ、イギリスを花道として味方と思っていた国々も一つになって攻めて来るのです、舵(かじ)も櫓(ろ)も折れた舟のようにどうする事も出来なくなってから苦しい時の神頼みでは神も手が出せないのです、腐ったものは腐らせて肥料にしようと思っても肥料にもならないものが沢山出来ているのです、北から攻めて来る時がこの世の終りの始めなのです、天にお日様は一つでなく、二つ三つ四つ出て来たらこの世の終りと思ってください、この世の終りは神国の始めと臣民は思ってください、神々様にも知らせるのです、神はいつでもかかれますから人の用意を急いでいるのです、九十が大切だと知らせてあるでしょう、戦ばかりでなく何もかも臣民には見当とれない事になって来るから、上の臣民は九十に気をつけてください、お上に神を祀ってください神に従ってください、神はくどく申しておくのです早く祀らねば間に合わないのです、神の国の山々には皆神を祀ってください、川々にもみな神を祀ってください、野にも、臣民の家々にも隅々まで神を祀ってくださいまつりまつりをしてミロクの世となるのです臣民の身も神の宮となって神を祀ってください、祭典(まつり)の仕方は知らせてあります、神は急いでいるのです、神々様がみな揃われて、雨の神、風の神、地震の神、岩の神、荒の神、五柱、七柱、八柱、十柱の神々様がシッカリとお心を合わせなされて、今度の仕組みの御役が決まって、それぞれに働きなされる事になった良き日です、辛酉(かのととり)は良き日と知らせてあるでしょう、これから一日々々烈しくなるのですから臣民は心得ておいてください、物持たぬ人は物持てる人より強くなるのです、泥棒が多くなれば泥棒が正しいという事になるのです、理屈は悪魔と知らせてあるでしょう、保持(うけもち)の神様はひどくお怒りなのです、臣民の食べ物は足りるように作らせてあるのに、足りないと申していますが、足りない事は無いのです、足りないのはやり方が悪いのです、食べて生きるべきもので人を殺すとはおそろしい事なのです、それぞれの神様にお祀りすればそれぞれの事は何もかも叶うのです、神にまつらわずに臣民の学や知恵は何もならないのです、人の知恵は底知れているのです、戦には戦の神がいるのです、お水に泣く事があるのです、保持ちの神様が御怒りなされていますから早く心を入れ替えてください、保持ちの神様がお怒りになれば臣民は日干しになるのです、神の世の秘密と知らせてありますが、いよいよとなったら地震や雷ばかりではなく、臣民はアフンとして、これはどうした事だと口を開けたままどうする事も出来ない事になるのです、四つん這いになって着る物もなく獣となって這い回る人と空飛ぶ様な人と二つにハッキリ別れて来るのです、獣は獣の性来をいよいよ出すのです、火と水の災難がどんなに恐ろしいか、今度は大なり小なり知らせなければならない事になったのです、一時は天も地も一つに混ぜこぜにするのですから人は一人も生きてはいられないのです、それが済んでから身魂磨けた臣民ばかりを神が拾い上げてミロクの世の臣民とするのです、どこへ逃げても逃げ所は無いのです、高い所から水が流れるように時に従ってください、いざという時には神が知らせて一時は天界へ釣り上げる臣民もあるのです、人間の戦争や獣の喧嘩ぐらいでは何も出来ないのでくどく気をつけておくのです、何よりも改心が第一です、今のうちに草木の根や葉を日に干して貯えておいてください、ウケモチの神様がお怒りですから、九十四は五分位しか食べ物がとれないので、その積りで用意して置いてください、神は気配もない時から知らせて置きますから、この神示を良く読んでください、一握りの米に泣く事があると知らせてあるのです、米ばかりでなく、何もかも臣民でさえ無くなるところまで行かねばならないのです、臣民ばかりではなく、神々様さえ今度は無くなる方があるのです、臣民と言うものは目の先ばかりしか見えないので、呑気なものですが、いざとなってからの改心では間に合わないからくどく気をつけているのです、日本ばかりでなく、世界中はおろか三千世界の大洗濯と申してあるのです、神にすがって神の申す通りにするより他には道はないのです、それで神々様を祀って上の御方からも下々からも朝に夕に言霊がこの国に満つ世になったら神の力を現わすのです、江戸に先ず神まつれとくどく申してある事が良く分かるのです、神の申す事を何でも素直に聞くようになれば神は何でも知らせてやるのです、配給の事でも統制の事でもわけなく出来るのです、臣民の皆が喜ぶように出来るのです、何もかも神に供えてからと申しているのです、山にも川にも野(の)にも里にも家にも、それぞれに神祀れと申してあるのです、ここの道理が良く分からないのですか、神は知らせてやりたいのですが、今では猫に小判なのです、臣民が神にすがれば、神にまつわれば、その日から良くなると申しているのです、何も難しい事ではないのです、神は無理は申さないのです、この神示を読めば分かる様にしてあるのですから役員は早く知らせてやってください、縁ある臣民から知らせてください、印刷出来ないと申せば何もしないでいるのですが、印刷しなくても知らせる事は出来るのです、良く考えてください、今の臣民は学に囚えられているとまだまだ苦しい事が起きるのです、理屈ではますます分からないようになるのです、早く神を祀ってください、上も下も、上下揃えて祀ってくださいてんし様を拝んでください、てんし様に従ってください、その心が大和魂なのです、益人のます心です、益すとは弥栄えの事で、神の御心です、臣民の心も神の御心と同じ事になって来るのです、世界中一度に唸(うな)る時が近づいて来たのです、まつりまつりとくどく申して知らせてありますが、まつり合わせさえすれば何もかも嬉し嬉しと栄える仕組みで悪も善も無いのです、まつれば悪も善となるのです、まつらなければ善も無いのです、この道理は分かりましたか、祭典(まつり)と申して神ばかり拝んでいるようでは何も分からないのです、そんな我れよしでは神の臣民とは言えないのです、早く祀ってくださいと申す事を良く聞き分けてください、我(われ)が我がと思っているのは調和(まつり)出来ていない証拠です、鼻高となれば鼻がポキンと折れると申している道理は良く分かるでしょう、この御道は鼻高と取り違いが一番邪魔になると申すのは、慢心と取り違いは調和(まつり)の邪魔になるからです、ここまで詳しく申せば良く分かるはずです、何事も真通理(まつり)が第一なのです、世界は一つになり、一つになって神の国に攻め寄せて来ると申してある事が出て来たのです、臣民にはまだ分からないのですが今に分かって来るのです、くどく気をつけて置いた事のいよいよが来たのです、覚悟はよろしいですか、臣民一人一人の心も同じになっているのです、学と神の力との大戦があるのです、神国の神の力を現わす時が近くなったのです、今現わすと、助かる臣民は殆んどいないので、神は待てるだけ待っているのです、臣民も可愛いのですが、元をつぶす事はならないので、いよいよとなったら、何んな事があっても、ここまで知らせてあるのですから神に手落ちは無いのです、いよいよとなってからなぜ知らせないのかと申すのですが、今では何を馬鹿な事と申して取り上げない事が良く分っているのです、因縁のミタマには良く分かるのです、この神示を読めばミタマの因縁が良く分かるのです、神の御用する身魂は選り抜いて引っ張っているのです、遅い早いはありますがいづれは何うしても、逃げても嫌でも御用させるようになっているのです、北に気をつけてください、東も西も南も何うする積りでしょうか、神だけの力では臣民に気の毒が起きるのです、神と人との和のはたらきこそ神が喜ぶのです、早く身魂磨いてくださいと申す事も、悪い心を洗濯してくださいと申す事も分かるのです、富士(二二)を目ざして攻め寄せる、大船小船天の船、赤鬼青鬼黒鬼や、オロチ悪狐を先陣に、寄せ来る敵は空蔽(おお)い、海を埋めて忽(たちま)ちに、天日暗くなりにけり、折しもあれや日の国に、一つの光現われる、これこそ救いの大神と、救い求むる人々の、目にうつれるは何事ぞ、攻め来る敵の大将の、大き光と呼応して、一度にドッと雨降らす、火の雨などはたまらない、誠の神は無いものか、これはたまらぬ兎も角も、生命あっての物種と、兜を脱がんとするものの、次から次に現われる、折しもあれや時ならぬ、大風起こり雨来たり、大海原には竜巻や、やがて火の雨地(つち)震い、山は火を吹きどよめきて、さしもの敵も悉く、この世の外にと失せにけり、風止み雨も収まって、山川静まり国土の、所々に白衣(しろきぬ)の、神の息吹きに甦る、御民の顔の白き色、岩戸ひらけぬしみじみと、大空仰ぎ神を拝み、地に跪(ひざまづ)き御民らの、目にすがすがし富士の山、富士は晴れたり日本晴れ、普字は晴れたり岩戸(一八十)開けたり、世界中の臣民はみなこの方の臣民ですから、特に可愛い子には旅をさせなければならないですから、どんな事があっても神の子ですから、神を疑わない様になってください、神を疑うと気の毒になるのです、いよいよとなったなら、どこの国の臣民という事はないのです、大神様の掟通りにしなければなりませんから、可愛い子であると申しても容赦出来ないので気をつけているのです、大難を小難にまつり変えたいと思っても、今のやり方はまるで逆様ですから、何うにもならないですから、いつ気の毒が起きても助けられないのです、外国から早く分かって、外国にこの方を祀ると申す臣民が沢山出来る様になって来るのです、それでは神の国の臣民は申し訳ないでしょう、山にも川にも海にもまつれと申してあるのは、神の国の山川ばかりではないのです、この方は世界の神であると申してあるのです、裸になった人から、裸になったその時から善の方にまわしてやると申してありますが、裸にならなければ、なるやうにして見せるのです、いよいよとなってからでは苦しいので今の内であると申しているのです、すべてをてんし様に献げよと申す事は日本の臣民ばかりでないのです、世界中の臣民は皆てんし様に捧げななければならないのです、戦は一度収まる様に見えるのですが、その時が一番気をつけなければならない時です、向こうの悪神は今度は⦿の元の神を根こそぎに無きものにしてしまう計画ですから、その積りでフンドシを締めてください、誰にも知られないように悪の仕組みをしていることは神にはよく分かっているから心配はないのですが、臣民を助けたいので神はじっと堪えているのです、神の堪忍袋が切れるのです、臣民の思うようにやれるならばやって見てください、九分九厘でグレンと引っ繰り返ると申してありますが、これからはその場で引っ繰り返る様になるのです、誰も行かない、臣民の知れない所で何をしているのですか、神には何もかも分かっていると申してあるでしょう、早く兜を脱いで神にまつわりついて来てください、改心すれば助けてやるのです、鬼の目にもなのです、まして神の目にはどんな涙もあるのです、どんな悪人も助けてやるのです、どんな善人も助けてやるのです、江戸と申すのは東京ばかりではないのです、今の様な都会は皆穢土(えど)なのです、江戸はどうしても火の海なのです、それより他にやり方はないと神々様は申して居られるのです、秋が深けて草木が枯れても根は残りますが、臣民が枯れて根の残らないような事になってはならないのです、神のこの神示を早く知らせてやってください、八と十八と五月と九月と十月に気をつけてください、これでこの方の神示の終わりです、この神示は富士(二二)の巻として一つに纒(まと)めておいてください、今に宝となるのです

日月神示② 下つ巻

富士は晴れたり日本晴れ、青垣山の下つ岩根に祀ってくれた事は御苦労でした、いよいよ神も嬉しいのです、鳥居は必要ないのです、鳥居とはの事です、海の水がある事が鳥居となるのです、皆さん御苦労でありました、蛇が岳は昔から神が隠しておいた大切な山ですから人が登らない様にして、竜神となって護ってくれた神々様にもお礼を申すのです、富士は晴れたり日本晴れいよいよ次の仕組みにかかりますから早く次の御用を聞いてください神は急いでいるのです、山晴れ地(くに)晴れ、海が晴れてから始めて天が晴れるのです、天が晴れて神の働きがいよいよ烈しくなったら、臣民はいよいよ分からなくなりますから、早く神心になっていてください、次々に神示を書かせておくのです、良く心に留めておいてください、この道は宗教ではないのです、教会ではないのです、道ですから、今までの様な教会は作らせないのです、道とは臣民に神が満ちる事です、神の国の中に神が満ち満つ事です、金儲けはさせませんから欲は捨ててください今度岩戸開く御用は人の五倍も十倍も働く人でないとつとまらないのです、岩戸を開くと申しても、それぞれの岩戸があるのです、大工は大工の岩戸、左官は左官の岩戸と、それぞれの岩戸があるのです、それぞれ身魂相当の岩戸を開いてください欲が出ると分らない事になりますから神は気をつけているのです、神の御用だと言って自分の仕事を休むような心では神の御用にならないのです、どんなに苦しい仕事でも今の仕事を十人分もしてください神は見通しなのですから次々に良い様にしてやりますから、欲を出さずに素直に今の仕事してください、その上で神の御用をしてください、自分は役員だと言ってそれで食べたり飲んだり暮らしてはならないのです、それぞれに臣民としての役目があるのです、役員顔をしたら、その日から代りの者を出すのです、鼻がポキンと折れるのです、神で食べて行く事はならないのです、くれぐれも気をつけて置くのです、この神の本当の姿を見せてやるつもりでありましたが、人に見せるとびっくりして気を失うかもしれないので、石に彫らせて見せておいたのに、まだ気づかないから木の型にして見せたのです、それが神のある活動の時の姿です、神を見せ物にしてはならないのです、お山の骨もその通りです、これまで見せてもまだ分らないのですか、何もかも神がさせているのです、心配は要らないから慾を出さずに、素直に御用聞いてください、今度のお山開きは誠に結構なのです、神の活動が烈しくなると神の話しか出来ない事になるのです、神の話は結構な事です、早く皆の者に知らせてください、神は急いでいるのです、お山の宮も五十九の岩で作らせておいたのにまだ気がつかないのですか、それを見ても神が使ってさせている事が良く分かるはずです、それで素直に神の申す事を聞いて我は出すなと申しているのです、何事も神に任せて取り越し苦労しないでください、我が無くてもならないですし我があってもならないのです、今度の御用はなかなか難しいのです、五十九の石の宮が出来たから五十九のイシ身魂をいよいよ神が引き寄せますからしっかりしていてください、今度の五十九の身魂は御苦労の身魂です、普通の人には出来ない辛抱をさせて、生き変り死に変り修行させておいた昔からの因縁の身魂だけですから、みごとに御用をつとめ上げてください、教会を作ってはならないのです、信者を集めてはならないのです、無理に引っ張ってはならないのです、この仕組みは知らせなければならないし、知らせてはならないし、神でもなかなかに苦しい世の元からの仕組みなのです、いよいよ岩戸開く時が来たのです、江戸に神と人とが集まる宮を建ててください建てると申しても家はで良いのです、仮のものですから人の住んでいるで良いのです、神の石を祀って神と人を祀ってください、それが出来たら、そこでお告げを書かせるのです、淋しくなった人は集まってその神示を見てください、神示を見れば誰でも甦るのです、この神示をうつす役が要るのです、この神示を印刷してはならないのです、神の民の言葉は神をたたえるものと思ってください、てんし様をたたえるものと思ってください、人をほめるものと思ってください、それで言霊(ことだま)幸わうのです、それが臣民の言葉です、悪い言葉は言ってはならないのです、言葉は良い事のために神が与えているのですから忘れないようにしてください、今までの神示を縁ある臣民に早く示してください、神々様と臣民がまつり合わせして言答(岩戸)開く元が出来るから、早く知らせてください、誰でも見て読める様に写して神前に置いて、役員は良く考えて見せる時に間違えない様にしてください、この神示を読んで嬉しかったら人に知らせてください、しかし無理には引っ張らないでください、この神は信者を集めて喜ぶような神ではないのです、世界中の民がみな信者なのです、それで教会のような事はするなと申しているのです、世界中を大洗濯する神ですから、小さい事だと思っていると見当とれない事になるのです、一二三祝詞する時は、神の息に合わせて宣ってください、神の息に合わせるとは三五七、三五七に切って宣(の)るのです、終わりだけ節(ふし)を長く詠んでください、それを三度詠んで宣りあげてください、天津祝詞の神ともこの方は申すのです、この神示(ふで)皆に読み聞かせてください、一人も臣民が居ない時でも声を出して読んでください、真心の声で読んでください、臣民ばかりに聞かせるのでは無いのです、神々様にも聞かせるのですから、その積りで力ある誠の声で読んでください、今度の戦は⦿と〇との大戦争です、神様にも分からない仕組みを世の元の神がなされているのですから、下の神々様にも分からないのです、何が何だか誰も分からないようになって、どちらも丸潰れという所になった時に大神のミコトによってこの方らが神徳を出して、九分九厘という所で神の力が何んなにどえらいものかという事を知らせて、悪の神も改心しなければならないように仕組んでいるのです、神の国は神の力で世界の親国になるのです、⦿と〇とは心の中に「・」があるか「・」がないかの違いです、この方は三四五(みよいづ)の神とも現われるのです、江戸の御社(みやしろ)は誰でも気楽に来て拝める様にしておいてください、この方の神示(ふで)を書く役員、神示をうつす役員、神示を説いて聞かせる役員が要るのです、役員は人の後について便所を掃除するだけの心掛がないとつとまらないのです、役員顔したら直ぐに替えミタマを使うのです、八月の十日には江戸に祀ってください、アイウは縦、アヤワは横です、縦横揃って十となるのです、十は火と水、縦横を結んで力が出るのです、何も心配ないからドシドシと神の申す通りに御用を進めてください、臣民は静かに、神が烈しい時の世が近づいたのです、ケモノでさえ神のみ旨に生きているのに神を罵(ののし)る民は災いとなるのです、草木でさえ神の心に従っているではありませんか、神のみ旨にそれぞれに生きているのです、あの姿に早く返ってください、青人草と申しているのは草木の心の民の事です、道は自分で歩むのです、御用は自分でつとめるのです、人がさせてくれるのではないのです、自分で御用するのです、道は自分で開くのです、人を頼ってはならないのです、この神は日本人だけの神ではないのです、自分で岩戸開いていれば、どんな世になっても楽に行ける様に神が仕組んでいるのに、臣民というものは欲が深いから、自分で岩戸を閉めてそれでお蔭ないと申しているのです、困ったものなのです、早く気づかないと気の毒な事が起きるのです、初めの役員を十柱集めるのです、早くこの神示を写しておいてください、神は急いでいるのです、人は逆立ちして歩く事がとても上手になったのですが、そんな事は長く続かないのです、頭が下で手で歩くのは苦しいでしょう、足が上にいては苦しいのです、上下が逆様と申している事が良く分かるでしょう、足はやはり下の方が気楽なのです、頭は上でないと逆様に見えて、苦しくて逆様ばかりうつるのです、この道理は分かりましたか、岩戸開くとは元の姿に返す事です、神の姿に返す事です、道の役員は別ですが、後の役員の役目は手、足、目、鼻、口、耳などの役なのです、役員さんは人の姿を良く見て神の心を悟ってください、ものを動かすのは人のような組織でないと出来ないのです、この道の役員はおのれが自分で自ずからなるのです、それが神の心なのです、人の心と行いとが神の心に融けたらそれが神の国の誠の御用の役員であるのです、この道理は分かりましたか、この道は神の道ですから神心になると直ぐ分かるのです、金銀が要らない世となるのです、御用がうれしくなったら神の心に近づいたのです、手は手の役がうれしいでしょう、足は足の役がうれしいでしょう、足はいつまでも足で、手はいつまでも手なのです、それが誠の姿なのです、逆立して手が足の代りをしていたからよく分かったでしょう、いよいよ世の終りが来たから役員さんは気をつけてください、神世が近づいてうれしいのです、日本は別として世界七つに分けるのです、今に分かって来ますから、静かに神の申す事を聞いてください、この道は初めは苦しいのですが段々良くなる仕組みです、分かった臣民から御用を作ってください、御用はいくらでもどんな臣民にでも、それぞれの御用がありますから、心配なくつとめてください、臣民ばかりでなく神々様にも知らせなければならないのですからなかなか大変だと申しているのです、一二三の仕組みとは永遠(とわ)に動かない道の事です、三四五(みよいづ)の仕組みとはみよいづの仕組みです、御代出づとは神の御世になる事です、この世を神の国に練り上げる事です、神を祀ったら三四五の御用にかかりますからその積りで用意して置いてください、この神は世界中の神と臣民とケモノも草木もかまわねばならないのですから、御役はいくらでもあるのです、神と臣民と同じ数だけあるのです、それぞれに神をつけるから早く身魂を磨いてください、磨けただけの神をつけて天晴れ後の世に残る手柄を立てさせるのです、小さい事はそれぞれの神に聞いてください、一人一人何でも聞きたい事は聞いてください、病直す事も、それぞれの神がしますから、サニワでお告を受けてください、この方の家来の神が知らせるから何でも聞いてください、病も直してやるのです、その神を頼ったならば身魂磨けただけの神徳があるのです、この世始まってない今度の岩戸開きですから、これからがいよいよの本番です、飛んだ所に飛んだ事が起きるのです、それはみな神がさせているのですから、良く気つけていれば先の事も良く分かるようになるのです、元の神世に返すと申すのはたとえではないのです、七から八から九から十から神が烈しくなるのです、臣民の思う通りにはならないのです、思う通りにならないのは逆立しているからです、世界一度にキの国にかかって来るのです、一時は潰れたように、もう敵わないというところまでになるのです、神はこの世にいないと臣民申すところまでむごい事になるのです、外国が勝ったように見える時が来たら、神の世が近づいたのです、いよいよとなって来なければ分からない様では御用は出来ないのです、この方を祀って神示(ふで)書かせるのは一所ですがいくらでも分け霊(みたま)しますから、一人一人祀ってサニワを作っても良いのです、祀る時は先づ鎮守様に良くお願いしてから祀ってください、鎮守様は御苦労な神様です、忘れてはならないのです、この神には鳥居と注連(しめ)は要らないのです、追い追い分かって来るのです、一二七七七七七忘れてはならないのです、次の世の仕組みであるのです、身魂を磨けば何事も分かって来ると申してあるでしょう、黙っていても分かるように早くなってください、神の国が近づいたのです、知恵でも学問でも、今度は金銀を積んでも何うにもならない事になりますから、そうなったら神を頼るより他に手はなくなりますから、そうなってから助けてくれと言っても間に合わないのです、イシヤの仕組みにかかって、まだ目が覚めない臣民ばかりなのです、日本精神と申して仏教の精神やキリスト教の精神ばかりなのです、今度は神があるかないかをハッキリと神力(じんりき)を見せてイシヤも改心させるのです、神の国のお土に悪を上陸させる事は出来ないのですが、悪の神が渡って来ているので、いつか悪の鬼どもが上がるかも知れないのです、神の国だと口先ばかりで申していても、心の内は幽界人(がいこくじん)が沢山いるのです、富士から流れ出た川には、それぞれ名の付いている石が置いてありますから縁ある人は一つづつ拾って来てください、お山まで行けない人は、その川で拾って来てください、ミタマを入れて守りの石にしてあげるのです、ここまで申しても疑う臣民がいるのですが嘘の事ならこんなにくどくは申さないのです、因縁のミタマには神から石を与えて守護神の名をつけてやるのです、江戸が元のすすき野になる日が近づいたのです、てんし様を都に移さなければならない時が来たのです、江戸には人が住めない様な時が一度は来るのです、前の様な世が来ると思っていたら大間違いです、江戸の仕組みが済んだらカイの御用があるのです、今にさびしくなって来るのです、この道が栄えて世界の臣民が皆訪ねて来るようになるのです、学や知恵では外国にかなわないのです、神を頼れば神の力が出るのです、良い事を言えば良くなるし、悪い事を思えば悪くなる道理が分からないのですか、今の臣民は口先ばかりなのです、こんなことでは神の民とは申せないのです、岡本天明は神示を書かせる役です、神の心を取り次ぐ役でもあるのですが、慢心すると誰彼の別なく替え身魂を使うのです、因縁のある身魂はこの神示を見れば心が勇んで来るのです、一人で七人づつ道を伝えてください、その御用が先づ初めの御用です、この神示通り伝えてくれれば良いのです、自分心で説くと間違うのです、神示の通りに知らせてください、我を張ってはならないのです、我がなくてもならないのです、この道は難しいですが縁ある人は勇んで出来るのです、この道は神の道であり人の道なのです、この道の役員は神が命ずる事もありますが、己(おのれ)が御用すれば自然と役員となるのです、誰彼の別は無いのです、世界中の臣民がみな信者ですから臣民が人間心のままでは見当取れないのも無理ない事ですが、この事をよく腹に入れて置いてください、神の土が出るのです、神の土を早く取って用意して皆に分けてやってください、神にを向ければ、いくらでも神徳を与えて何事も楽にしてやるのです、苦しくなったら何時でも来てください、その場で楽にしてやるのです、神に従えば楽になり神に逆らえば苦しむのです、生命も金も一旦は天地へ引き上げてしまうかも知れないので、そうならないように心の洗濯第一であると申して、くどく気付けている事がまだ分からないのですか、上、中、下の三段に身魂(みたま)を選り別けてありますから、神の世となったら何事もきちりきちりと面白い様に出来て来るのです、神の世とは神の心のままの世です、今でも臣民が神心になったら何でも思う通りになるのです、臣民は近慾で心が曇っているから分からないのです、今度の戦は神力と学力のとどめの戦なのです、神力が九分九厘まで負けた様になった時に誠の神力を出して、ぐれんと引っ繰り返して神の世にして、日本のてんし様が世界をまるめて治める世にして、天地神々様にお目にかけるのです、てんし様の光が世界の隅々まで行き渡る仕組みが三四五(みよいづ)の仕組みなのです、岩戸開きです、いくら学力が強いと言っても百日の雨を降らせる事は出来ないでしょう、百日雨降ると何んな事になるか臣民には分からないでしょう、百日と申しても神から見れば瞬きの間なのです、・ばかりでもならないし〇ばかりでもならないのです、⦿が誠の神の元の国の姿であるのです、元の神の国の臣民は⦿であったのですが、・が神国に残り〇が外国で栄えて、どちらも片輪となったのです、・だけでも片輪、〇だけでも片輪、・と〇と合わせて誠の神の世にするのです、今度の戦は・と〇との戦争なのです、神の最後の仕組みと言うのは〇に・を入れる事です、〇も五であり、・も五です、どちらもこのままでは立っては行かないのです、一厘の仕組みとは〇に神の国の・を入れる事です、よく心にしまっておいてください、神は十柱、五十九柱のミタマを待っているのです、五十と九柱のミタマの神々様がお待ちかねですから早く来てください、今度のお役は大層な役なのです、末代に残る結構なお役なのです、岩戸開く仕組みを知らせてやりたいのですがこの仕組みは言ってはならないし、言わねば臣民には分からないので神は苦しいのです、それで早く神心になってくださいと申しているのです、身魂(ミタマ)の洗濯を急いでいるのです、アイカギ、このカギはイシヤと手をにぎる事です、世界が引っ繰り返って元の神世に返るという事は神々様にも分かっていますし、世界所々にその事の知らせを告げる神柱もあるのですが、最後の事はこの神でないと分からないのです、この方は天地をキレイに掃除して天の大神様にお目にかけなければ済まない御役ですから、神の国の臣民は神の申す様にして、天地を掃除しててんし様に奉らなければならないお役なのです、江戸に神を早く祀ってください、仕組み通りにさせるのですから、臣民は我を取り除いてください、この方を祀るのは天(あめ)のひつくの家です、祀って秋が立ったら、時が来たら神がいよいよ烈しく、臣民の性来によって、臣民の中にいる神と獣とハッキリ区別しなければならない事になって来るのです、神は急いでいるのです、一が十にと申してありましたが、一が百に、一が千に、一が万になる時がいよいよ近づいたのです、秋が立ったらスッカリと厳しい事になるのです、神の申す事は一分一厘も間違いないのです、改心と申すのは何もかも神にお返しする事です、臣民のものというものは何一つ無いのです、草の葉一枚でも神のものです、今度の戦争で何もかも埒がついて仕まう様に思っているのですが、それが大きな取違いです、なかなかそんなチョロッコイ事ではないのです、今度の戦で埒(らち)つく位なら、臣民でも出来るのです、今に戦も出来ず、動く事も引く事も進む事も何うする事も出来ない事になって、臣民は神がこの世にいないと言う様になるのです、それからがいよいよの正念場なのです、誠の神の民と獣とをハッキリするのはそれからです、戦出来る間はまだ神の申す事を聞かないのです、戦が出来ない様になってから始めて分かるのです、神の申す事は少しも違いないのです、間違いの事ならこんなにくどくは申さないのです、神は気配もない時から知らせていますから、いつ岩戸が開けるかと言う事もこの神示を良く読めば分かる様にしてあるのです、改心が第一なのです、神の国を真中にして世界を別けると申してありますが、神を祀るのと同じやり方です、天(あめ)のひつくの家とは天のひつくの臣民の家です、天のひつくと申すのは天の益人の事です、江戸の富士と申すのはひつくの家の中に富士の形を作って、その上に宮を作っても良いのです、仮で良いのです、こんなに別辞(ことわけ)てはこの後は申さないのです、小さい事はサニワで家来の神々様から知らせるのですから、その事を忘れないでください、仏(ぶつ)も耶蘇(やそ)も世界中をまるめるのです、喧嘩して大きな声を出す所にはこの方は鎮まらないのです、この事を忘れないでください、この方は祓戸(はらいど)の神とも現われるのです、この方を祀るのは富士に三と所、渦海に三と所、江戸にも三と所です、奥山、中山、一の宮です、富士は、榛名に祀ってくれて御苦労であったのですが、榛名は中山です、一の宮と奥の山にまた祀らねばならないのです、渦海の仕組みも急いでいるのですが、甲斐の仕組みを早くさせるのです、江戸にも三と所、岡本天明の住んでいる所は奥山です、あめのひつくの家は中山であるのです、ここが一の宮ですから気をつけておくのです、この方を祀るのは、真中に神の石を鎮め、その後にひもろぎ、前の右左にひもろぎです、それが「あ」と「や」と「わ」です、その後に三つ七五三とひもろ木を立てさせるのです、少し離れた四隅にイウエオの言霊石を置いてください、鳥居も注連(しめ)も要らないと申してあるのはこの事です、この方を祀るのも、役員の仕事も、この世の組立みも、みな七七七七と申して聞かせてある事にまだ気がつかないのですか、臣民の家に祀るのは神の石だけで良いのです、天のひつくの家にはどこでも前に言う様にして祀ってください江戸の奥山には八日、秋立つ日に祀ってください中山は九日、一の宮には十日に祀ってください気をつけているのに神の神示を読まないから分からないのです、この事は良く読めば分かるのです、今の様な事では神の御用はつとまらないのです、正直だけでは神の御用はつとまらないのです、裏と表とあると申して気をつけているのです、シッカリ神示を読んでスッキリと腹に入れてください、読むたび毎に神が気をつける様に声を出して読めば、読むだけお蔭あるのです、一瞬(またたき)の間に天地が引っ繰り返る様な大騒動が起きますから、くどく気をつけているのです、さぁ今だという時になってからでは間に合わないので用意してください、戦争の手伝い位ならどんな神でも出来るのですが、この世の大洗濯は我よしの神では出来ないのです、この方は元のままの身体を持っているのですから、いざとなれば何んなことでもして見せるのです、仮名ばかりの神示と言って馬鹿にする臣民も出て来るのですが、終わりにはその仮名に頭下げて来ねばならないのです、仮名とはカミの名であるのです、神の言葉であるのです、今の上の臣民は自分で世の中の事をやっているように思っているのですが、みな神が化かして使っているのに気がつかないのですか、気の毒なお役も出て来ますから、早く改心してください年寄や女や盲、聾ばかりになっても、まだ戦争をやめず、神の国の人種の無くなるところまでやり抜く悪の仕組みはもう見てはいれないですから、神はいよいよ奥の手を出しますから、奥の手を出したら、今の臣民ではまず耐えられないのです、身魂が雲っているのですから、それでは虻蜂取らずですから、早く改心しなさいと申しているのです、この事を良く心得てください、神は急いでいるのです、神の土が出ると申していたのですが、土は五色の土で、それぞれに国々所々から出るのです、白、赤、黄、青、黒の五色であるのです、薬のお土もあれば食べられるお土もあるのです、神に供えてから頂いてください何事も神からいただくのです、八のつく日に気をつけてください、だんだん近づいたのです、辛酉はよき日よき年です、冬に桜が咲いたら気をつけてくださいこの神に供えられたものは、どんなものでも自分のものにしてはならないのです、参った臣民にそれぞれ分けて喜ばせてください、臣民が喜べば神も喜ぶのです、神が喜べば天地が光って来るのです、天地光れば富士(二二)晴れるのです、富士は晴れたり日本晴れとはこの事です、このような仕組みでこの道をひろめてくださいそれが政治、経済、真通理(マツリ)なのです、分かりましたか、この道を広めて金儲けしようとする臣民が沢山に出て来ますから、役員さんは気をつけてください、役員の中にも出て来るのです、金(かね)は要らないのです、金が必要なのは今しばらくなのです、生命は国にささげても金は自分のものと頑張っている臣民は気の毒になるのです、何もかも天地へ引き上げると知らせてある事が近づいて来たのです、金がかたきとなる世が来たのです、親となり子となり夫婦となり、兄弟となって、生きかわり死にかわりして御用に使っているのです、臣民同士、世界の民はみな同胞だと言うのは喩えではないのです、血がつながっている誠の同胞であるのです、同胞(はらから)の喧嘩も時によりけりなのです、あまりにも分からないと神も堪忍袋の緒が切れるのです、何んな事が起きるか分からないのです、この道の信者は神が引き寄せると言えば役員は懐手でいるのですが、そんな事でこの道が開けると思いますか、一人が七人の人に知らせるのです、その七人が済んだら、次の御用にかからすのです、一聞いたら十知る人でないとこの御用はつとまらないのです、裏表(うらおもて)、良く気をつけてください、因縁の身魂はどんなに苦しくても勇んで出来るのです、世の元からの道であるのです、七人に知らせたら役員となるのです、神が命ずるのではなく、自分から役員になるようにと申しているのです、役員は神の直々の使いであり、神柱です、肉体が男なら魂(たま)はです、この道を十(と)りに来る悪魔がいますから気をつけておくのです、臣民はすぐにも戦争が終わって良い世界が来る様に思っているのですが、なかなかそうはならないのです、臣民に神がうつってしなければならないのですから誠の世の元からの臣民は幾人もいないのです、みな身魂が曇っていますから、これでは悪の神ばかりかかって、だんだん悪の世になるばかりです、それで戦争が終わると思っているのですか、自分の心を良く見てくださいよく分かるでしょう、戦争が終わってもすぐに良き世にはならないのです、戦争が終わってからが大切で、胸突き八丁はそれからなのです、富士に登るのにも雲の上からが苦しいのです、戦争は雲のかかっている所なのです、頂上までの正味の所はそれからなのです、一、二、三年が正念場となるのです、三四五(みよいづ)の仕組みと言っているのです、何もかも持ちつ持たれつなのです、臣民が喜べば神も喜ぶのです、金では世は治まらないと申しているのにまだ金を追いかけている見苦しい臣民ばかりなのです、金は世を潰す元なのです、世界の臣民草木まで喜ぶやり方は⦿の光のやり方です、臣民の生命も長くなるのです、てんし様は生き通しになるのです、御玉体(おからだ)のままに神界に入られ、またこの世に出られる様になるのです、死のないてんし様になるのです、それには今のような臣民のやり方ではならないのです、今のやり方ではてんし様に罪ばかりお着せしているのですから、この位不忠な事は無いのです、それでもてんし様はおゆるしになり、位までつけて下さるのです、この事を良く改心して、一時も早く忠義の臣民となってください、神をそちのけにしたから何も出来上がらないようになったのです、国を盗りに来てグレンと引っ繰り返っているのです、それでも気づかないのですか、一にも神二にも神三にも神です、一にも天詞様二にも天詞様三にも天詞様です、この道はつらいと感じても貫いてください、だんだんと良くなって、こんな結構なお道かと申すようにしてあるのですから、何もかもお国に献げて自分の仕事を五倍も十倍も精出してください、戦くらい何でもなく終るのです、今のやり方ではとことんに落ちてしまうのです、神はくどく気をつけておくのです、国々の神様、臣民様改心第一なのです、世が変ったら天地が光り人も光り、草も光り、石も物心に歌うのです、雨も欲しい時に降り、風も欲しい時に吹くと雨の神、風の神様は申しているのです、今の世では雨風を臣民がワヤにしているので降っても降らない、吹いても吹かない様になっているのが分らないのですか、盲つんぼの世の中なのです、神のいる場所を塞いでいてお蔭が無いと不足申しているのです、分からないと言っても余りにもひどいのです、神ばかりでもならず、臣民ばかりではなおならず、臣民は神の入れものと申しているのです、天のひつくの民と申すのは世界治めるミタマの入れもののことです、民草とは一人を守る入れものです、ひつくの臣民は神がとことん試しに試すのですから、可哀そうですが我慢してください、その代り御用をつとめてくれたなら、末代名を残して、神からお礼申すのです、何事も神は帳面につけとめているのですから間違いはないのです、この世ばかりでなく、生まれ代わりり死に代わり鍛えているのです、今はひつくの臣民は落ちぶれていると申しているのです、今に上が下になるのです、逆立ちが元にもどり、元の良き楽の姿になるのが近づいたのです、逆立ちは苦しいのです、改心した者から楽にしてやるのです、御用に使うのです、富士は晴れたり日本晴れこれで下つ巻の終りですから、これまでに示した事を良く腹に入れてください、神が真中で取次ぎ役員いくらでもいるのです、役員はみな神柱なのです、国々、所々から訪ねて来るのです、その神柱にはみ告げの道を知らせてやってください、日本の臣民はみな取り次ぎ役員です、この方は世界中を丸めて大神様にお目にかけるお役です、神の臣民は世界を一つに丸めててんし様に献げる御役です、この方とこの方の神々と、神の臣民一つとなって世界を丸める御役です、神を祀ってくれたらいよいよ仕組みを知らせる神示を書かせるのです、これからが正念場ですから、ふんどしを締めて取り組んでください、秋が立ったら神が烈しくなるのです、富士は晴れたり日本晴れてんし様の三四五(みよいづ)となるのです