私の人生って本にしたら?

なんて言われるが

私にとっては、ただ過ごして来た日常


人生、山あり谷あり。。。


だが、確かに山も谷も高すぎて、深すぎる

人生ではある。


見てくれる人がいるが分からないが

書いてみようと。


私は、昭和生まれの平成育ち

母親と6歳離れた姉

そして義理の父

4人家族だ。

この義理の父が後から、色々やらかしてくれたのだが。。。

普通の家族の様で、普通ではなくなった家族のストーリーがある。


遡る事、私は年中さん

記憶に有るのは、母子寮で過ごしていた。

保育園は、園内の中にある。

昔だからだろう。

園内の先生で、タバコを纏めて5本加えて火をつけ凄いだろーなんて言いながらその先生を追いかけ回していた記憶がある。


今、考えれば


どんな母子寮だよ。

なんて突っ込みたくなるが。。


今のご時世、令和の時代にはない世界だった。


母は、パチンコ屋で働き

姉は小学生

私は寮内の保育園

門限があるから、夕食は姉と食べていた。

寝るのも、姉からそろそろ寝ようかと言われて布団を2人でいつも敷いて寝ていた。


いつも通り、姉が寝るよーと言って来たので

布団を敷いていた。

その日は何故か、母がいきなり帰ってくるなり

ドライブ行くよー!!と

私と姉は、ドライブ?何それ?

母は、免許すら持ってなかったので

ドライブの意味すら私からしたら知らなかったが

急かしてくる母の声。


急いで靴履いて、寮母さんに行って来ますと挨拶をしなければならなかった。

だが、母子寮とは、門限があるので

私が寮母さんが気をつけてねーと言いつつも

良い顔はしてなかった記憶はある。


姉は、何故かこの時

私には分からなかったがまた??と言っていた。

私は、夜に出られない所から出られる好奇心の方が先に立った。


寮の前に赤い車があった。

それに乗る様に指示した母。

私はドアを開けた。

そこには、知らない男性が運転席にいたのだ。


姉はしゃべらず乗り込み

私は、何処行くと?誰?とテンション全開で質問攻めをしまくっていた。


母は、お友達よー

周ちゃんと呼ぶ様に言ったので

周ちゃんと家族でドライブを楽しんだ。

姉を除いては。。。


帰った記憶はないから、多分

ドライブ中に寝たのだろう。


それから、何週間いつも通りの生活を送っていた。


姉ともいつも通り、2人で寝る

そんな生活だった。


それから何週間たったある日、またドライブ行くよー!

と母からの言葉。

私は、前回のドライブが楽しかったので

嬉しくて靴を履いて、階段を降り急いで寮母さんに挨拶をし姉より先に車に乗って、周ちゃんに会った。

周ちゃんー!今日何処に行くとー??

なんて言ったら

母が、いきなりの激怒。


周ちゃんじゃないやろ!!お父さんって呼びなさい!!


ビックリしたが、それに従ってお父さんと呼んだ。


姉は、やはりしゃべらない。

むしろ、何故か怒っていた。


それから程なくして、引越しが決まり

3人家族だった私達が4人家族になったのだ。