スナイパーズストリート1 | 風の痛み  Another Tale Of Minako
第1編 スナイパーズストリート
                         sv98

1.

リクアニア共和国 一九九一年 三月一〇日

割れた窓から、ガラスの破片を取り除く。
ロケット弾が直撃したのか、壁に穴があいている。
床から一〇センチくらいの高さに直径四〇センチ程度の穴だ。
ちょうどいい。
俺は、そこにマットを敷いた。
野営用のマットだ。
床に散乱したコンクリートの破片を片付ける。
内側の壁にも無数の弾痕。
どこかのオフィスだったのだろうが、もう二度と使われることはあるまい。
今日から、ここは俺のオフィスだ。
相棒がいる。
ロシア製 SV-98狙撃銃。
軍の正式ではない。
二〇〇丁ほど、緊急輸入されて、俺達、狙撃部隊用に配布された。
銃はロシア製だが、弾は七.六二ミリNATO弾。
旧西側諸国に輸出するために改良したようだ。
ロシアも節操がない。
いや、ロシアだけでもない。
小火器しか持たない歩兵部隊で、この壁に穴を開けられるのは、米軍の旧式ロケットランチャー、M72しかない。
急に我が国に接近してきたアメリカからの大量供与品だ。
ロシア製の小銃AK47を持った兵士が、アメリカ製のM72を肩に担いでいる。
まぁ、それは相手のやつらも似たようなもんだ。
旧式兵器の在庫処分と新型兵器のデモンストレーションに内紛はうってつけなんだろう。


この街は、街を南北に分断するように国道が東西に走っている。
南が旧市街。
北は新興の住宅街。
ここ数年、カルディア人が多く移ってきた。
新しく自動車工場が出来たせいだ。
仕事のある街にはカルディア人が移ってくる。
それが、カルディア連邦の言う民族の融和ということらしい。
同胞のリクアニア人のほとんどは、古くからの街、南側で暮らしている。
リクアニア共和国の連邦からの分離独立宣言の後、この街は、独立に反対したカルディア人の武装勢力に乗っ取られた。
三日間の市街戦の結果、一〇日前に我が軍の勢力下に入ったが、まだ、おせじにも安全とは言いがたい。
戦闘はいたるところで断続的に続いている。
おまけにカルディア正規軍に動員がかかって国境に集結し始めた。
ここは国境に最も近い街。
治安の回復は、急がなければならないのだが、やっかいな仕事だ。
民間人と武装勢力(やつらは解放軍と名乗っているが・・・)の区別などできない

通りには何カ所か検問所が設けられている。
北に住んでいる同胞のリクアニア人のみ、その検問所から南に行ける。
毎日、大量の人と物資が北から南へと移動している。
そんなに移動して、暮らす場所はあるのか?
心配ない。
南では、毎日武装勢力の掃討作戦が行われている。
後一〇日もすれば、南から生きたカルディア人の男はすべていなくなるかもしれない。
北の同胞の移動が終われば、それですべて終わる。
北は、街ごと破壊すればいい。
是も非もない、戦争とはそういうものだ。


俺は今、国道に面した通り沿いの、南側の建物にいる。
この通りを誰も渡らせるな、というのが我々の受けた命令だ。
通りを自由に行き来されたんじゃ検問所の意味がない。
本来なら、ここに駐留している部隊の仕事だが、軍の精鋭は、カルディアとの戦闘に備えて国境に移動した。
ここにいるのは、第一五二歩兵連隊。
こいつらも一応正規軍には違いないが、急きょ集められた予備役中心の素人集団だ。
彼らには荷が重過ぎたが、俺達が来た以上、この道はもう誰も渡れない。


通りの北側にあるビルの陰から、男が顔を出した。
(さっそくお出ましだ)
通りを渡ろうと、きょろきょろ周りをうかがっている。
(そうだ。……出て来い……)
スコープいっぱいに男の顔が広がった。
(来た……)
男は、注意深く周りに目をやり、……小走りに駆けだす。
(昨日までとは違うんだよ)
通りの幅は、歩道を合わせると、四〇㍍を越える。
ターゲットまでの距離は二〇〇㍍。
SV-98 の有効射程は九〇〇㍍。
俺の記録は、一二〇〇㍍だ。
一撃で殺しはしない。
狙うのは足か腰。
それも通りの真ん中で……

男が倒れた。
部屋に硝煙のにおいが充満する。
俺は、すぐに次の弾を装填してまた構える。
その間、二秒とかからない。
何百回と繰り返した作業だ。

男が何かわめいているようだが、ここまでは聞こえない。
上体を起こして、なんとか元の場所へ這っていこうとしているようだ。
(さぁ、出て来い……仲間を見捨てるのか?)
ビルの陰に三~四人の男が見え隠れする。
十分に狙えるが、今撃つと、やつらは完全に出てこなくなる。
(出て来い。四人まとまって……でないとそいつをひっぱっていけないぞ)
先頭の男の口が開いた。
(そうだ。……いいぞ、坊や)

四人がいっせいに飛び出した。
だが、一人はたどり着けない。
通りに飛び出した瞬間に頭が吹き飛んだ。
遅れて、遠くからパーンという乾いた銃声が届く。
その男のすぐ横にいた男は、どっちに行くべきか迷った。
駆け寄った二人が、通りの中央で倒れた男の両腕を左右から抱え上げたとき、躊躇して立ち止まった男が倒れた。

二人はそれでも、それぞれ倒れた男をひきずって行く。
そしてもう一人が二㍍ほど吹っ飛んだ。
最後まで残った男は、傷ついた男達を見捨て、背中を向けて逃げ出した。
あと二㍍。
だが、その男は背中を突き飛ばされたようにビルの谷間に飛び込んで、二度と起き上がることはなかった。

路上に転がった四人の男達。
軍用の弾は、すべてフルメタルジャケットと決められている。
戦闘力を失った兵士の命までは取らないという人道的な取り決めだ。
鋼でコーティングされた弾は、容易に男達の体を貫通する。
貫通銃創。
出血は多いが、急所をはずれれば、命が助かる可能性は高い。
幸い、倒れた男達は頭にも心臓にも肺にも穴は開いていない。
急いで治療すれば、命だけは助かるかもしれない。
だが、それは、死ぬには時間がかかるということでもある。
そしてもう彼らに近寄る者はいない。
どうやら、出血多量で意識を失うまでの命のようだ。
スコアが五つ増えた。

俺は、ダルコ・ブレシッチ。
階級は少尉。
選りすぐりの狙撃兵で構成された狙撃中隊の第三小隊の小隊長だ。
小隊は、全部で一二名だが、狙撃という任務の性格上、集団になっていても意味がない。
通常は、三名一組の分隊で行動する。
今もそうだ。
俺のいるここが第三小隊本部。
コールコードは、“イーグルアイ”。

俺は、……目がいいんだ。