私は時々、記憶をなくすことがあります。

 

キレて暴れたりする人格をA子と呼んでました。

 

もう長い間A子は出てきていなかったけど

 

先日、舛岡はなゑさんの「癒しの講演会」に行った時

虐待の話になった途端、

体が震えはじめて涙がボロボロ出て

「ギャーーーー!!!」と声をあげそうになりました。

 

でも叫んだりしたら、みんなに迷惑がかかっちゃうと思って

何かを「押し込んだ」のです。

 

なんとか押し込んで、涙も止まり、

いつもの私に戻りました。

 

癒しの講演会は2回目。

 

日花さんに

「みなちゃん、出しちゃっていいのに。

また我慢しちゃったでしょ。」と言われました。

 

そのあと二次会まで少し時間があったので、

ひとりでカフェに行きました。

 

そこで

「あの時、押し込んだものはなんだったのか?」

考えて、

それがA子だったことに気がつきました。

 

そして「A子もみなちゃんだよ?認めてあげないの?」

と声が聞こえた気がしました。

 

 

気が狂ったように暴れまわり、暴言を吐いた時

 

罪悪感から「私が言ったんじゃない」と言い始めて

本当に記憶がなくなるようになって

 

「悪いことをするのはA子だ」

「A子は私じゃない」と言っていたことを思い出しました。

 

でも、A子も私自身だったんだと

初めて気がついたんです。

 

 

いつも私の代わりに嫌な思いをしてくれたA子に

感謝の気持ちが溢れ出ました。

 

「本当にありがとう」と伝えると

涙が出てきました。

 

 

こんな話、誰にも出来ないと思ったけど、

どこか、誰かに聞いてほしい気がするので

書きます。

 

 

初めて、性的な暴力を受けた時、

気がついたら両親が運転する車にいました。

 

両親には言ってません。

「終電を逃してしまったから、迎えにきて」とお願いしたんです。

 

すごく冷静だったのは、A子のおかげだと思います。

 

生きていくために、水商売をした時も

ほとんど記憶がありません。

悪い夢を見て、起きた時の感じ

ぼんやり、そうだったような・・というくらいの認識

 

それからもう何年も経って、

今はA子のことなど忘れてたけど

 

実は好きな人と営みをしても

記憶がないことがよくありました。


 

「A子も、みなちゃんの一部だよ」

「たくさん助けてくれてありがとう」

「一緒にいるよ、大丈夫だよ。大好きだよ」

 

とA子を受け入れたら、

 

 

昨日は記憶があったんです。

 

好きな人に触られている感覚。

すべての感覚が私のものであることに感動しました。

 

同時に今までA子になっていたことに気がついたのです。

 

求める心は、私で

営み中は「A子」だったので、

私は、いつも不満でした。

 

 

彼氏と付き合って4年になりますが、

正直言って、昨日が初体験のようでした。

 

 

今までの営み中、目が合うことが嫌だったことも

思い出しました。

 

 

 

目をつむっていれば、終わる

 

 

目をつむっていれば

 

 

誰としても一緒だ

 

 

 

そう言い聞かせてたのは

私だったのか、A子だったのか、

なんだかよくわかんなくて頭痛くなってきた。

 

 

奇跡はつづく。