久しぶりのブログ更新。
前回の記事から1年と4ヶ月立ちました。
フェイスブックやtwitterなどでは、たま~に近況上げていますが、中々じっくりとブログ更新とはなりませんでした。
毎日の生活の中で、言いたいことや伝えたいことは山ほどあっても、それを文章に出来るほど心の整理がつかないまま、時間ばかりが過ぎていったような気がします。
震災から4年が経過した、今年、自分の環境にも大きな変化があったので、『初心(?)に帰ってブログ更新してみよう。。。。』と思い、PCの前に座りました。
自分自身の気持ちの整理をしながらの記事を書こうと思ったので、長文になるかと思いますが、読んでいただける方は付き合ってやってください。
【震災から現在までの4年間】
僕は震災後、3回職を変更しました。(汗)
震災後 10ヶ月は無職。
自分に出来ることは何でもやろうと妙な使命感に駆られ、
・様々な支援金情報や行政の各種制度、
・町で再開するお店の情報、
・立ち上がったプロジェクトなどの情報
を集めては、個人HPで発信活動を行いました。
釜石市・大槌町 復興支援応援サイト
(更新する時間がないため現在休止してます)
自分はテニス協会の人間でもあったので、全国からHP&ブログでテニス用品の支援品を集めては沿岸の市町村協会や社会人クラブ、中学校へ届ける活動も行ってきました。
(2011年6月~2012年5月まで運営・活動)
当時は、
”何かをしていないと落ち着かない”
とか
”誰かの役に立ちたい”、
”誰かに必要とされたい”
という思いで動いていたと思います。
それは、義務感などではなく、自分の精神状態を安定させる為に無意識にそのような状態になっていたのかもしれません。
先のことは全く考えていませんでした。
【震災後 初めての職】
その中で色々な方と繋がり・知り合いになる中で、
Yahoo!ショップで復興デパートという企画があり、釜石地域で立ち上げる事に手を挙げた、NPO団体にお世話になることになりました。
震災から10ヶ月が経過した、2012年2月の事です。
津波の泥が被っているビルの3Fで、復興に関連する釜石・大槌で生まれたグッズや、再開した店舗等の物品販売を行う為の体制や仕組み作りを行いました。
合間で、NPO法人のHPや、一般社団法人の立上げの手伝いを行っていました。
(現在も運営中)
当時は今以上にHPを作れる方、法人の設立や事業運営などに経験のある方がいなかった為、相談を受けた所はどこでも行きお話を聞いていました。
(って本当に微力なものですけど)
今復興デパートのコーナーはYahoo!で継続されていますが、釜石・大槌エリアのショップは、今年の4月で休止となりました。
詳しい理由はわかりませんが、人材面、費用面、様々な理由で継続が出来なくなったのだと思います。
同時に復興デパートの位置づけや展開方法に変化もあったのかなと思います。
(でも、釜石・大槌地域でもっと活用できる方法もあればなぁと思います。
補足ですが、運営しているスタッフの方々は休止となるまで、本当に忙しく尽力していました)
【震災後、2つ目の職】
ショップ立ち上げに携わったNPO団体は2ヶ月お世話になりました。
その後、3年間(2012年5月~2015年4月まで)
一般社団法人 和RING-PROJECT にお世話になります。
僕自身、自分の家のガレキをキーホルダーにしてもらった時に、本当に心が前向きになる事が出来ました。
このプロジェクトが大槌町の緊急雇用事業に採択され、
・活動を継続していくこと、
・大きくすること、
・産業と雇用に繋げること
を目的の一つに、事務局長という役職を受けて、行政の書類・事務方だけではなく、本当にトータル的な業務をさせてもらいました。
・日次の経理業務
・雇用、労務、の手続きと管理
・緊急雇用事業の経理
・収益事業の経理
・復興庁の経理
・雇用等各種助成金の申請
・決算
・予算管理
・資金繰り
・イベント等の交渉、設営、参加
・生産管理、コスト管理
・新商品の開発
・自社HPの作成
・情報発信HPの作成と運営
和RING-PROJECT 自社HP
情報発信サイト 大槌チャンネル
出来ることは何でもやりました。
3年という期間は、とにかくあっと言う間でした。
震災前に会社を始めた時も同様でしたが、3年で10年位の経験をさせてもらえたと思います。
それくらい、充実しながらも大変な3年間でした。
この緊急雇用制度は、生涯現役型というもので、3年という期間で事業化し、制度終了後も雇用を継続し、大槌町の産業として根付かせることが一つの目的でもあります。
もちろん、全力を尽くす中で事業として実績を積み上げ、独立採算で事業継続出来る体制まで計画をたてそれに向けて進めて行かなくてはなりません。
ただ、言い訳になりますが、
本来、平常時に事業を初めて軌道に乗せるための3年という期間ならまだしも、
震災から1年後に場所も無い、機械もない、ノウハウもない中での3年という期間は
短かったなぁというのが正直な感想でした。
当初考えていた計画から、1年分は遅れが生まれていましたので。。。。。
(工房の建設や機材の導入など中々遅々として進まなかった経緯がありました)
結果、仕事としてお給料をもらえる
『緊急雇用』という意味では大変助かるものではありましたけど、
『生涯現役型』という意味では道半ばでの制度終了となりました。
10名を雇用していたこの制度の終了に伴い、
自分を含む10名がそれぞれの道に進むことになりました。
最終日には悔しさで涙を流すスタッフもいました。
和RING-PROJECTは今後も継続しますが、
自分は新しい場所、新しい環境に就く事になりました。
自宅の再建はまだまだ明確な時期が決まっていません。
一応予定では2017年には、換地の場所に建築許可がおりる予定になっているそうですが。
あくまで予定ですので、予定通りになればラッキー位に思うようにしています。
【そして、3回目の転職。】
この地域で地域の為に関われる仕事をしたいという思いと
自分自身のチャレンジの思いもあり、
2015年5月20日から 復興まちづくり大槌株式会社 という会社に勤める事になりました。
こちらも震災後に出来た会社でして、
いわゆる第3セクター(?)のような位置づけの会社です。
創業して3期目という若い会社になります。
新しい環境になり今日で丁度1ヶ月。
気持ちと環境の整理も少しずつ出来てきたので、
振り返りながらの事後報告をさせてもらいました(笑)。
今までの経験活かしつつ、新たな経験を身につけるためのチャレンジをしていこうと思っています。
そして、これまで知り合った仲間や友人も新たなチャレンジを始めています。
震災直後から行ってきたように、とにかく自分の出来ることは全力でお手伝いしていこうと思っています。
なので、これからは、
釜石市や大槌町の情報を発信したり、
新たなチャレンジの状況をお伝えしたり、
時々テニスの情報とかもw
ブログなりFBなりで
あーでもない、こーでもない
と、引き続き語っていくと思います。
ブログ上は好き勝手な事を書きますが、
皆さん1個人の勝手な発言ですので、
ゆる~く絡んで頂けたらうれしいです。
でわでわ














