みーちゃんです
こんばんは![]()
阪神・淡路大震災からちょうど30年ですね
今でもあの日のできごとをよく覚えています
当時まだ実家の自室で
妹と布団を並べて寝ていました
遠くから響いてくる大きな音で目覚めて
隣の妹と布団越しに目が合った瞬間に
経験したことの無い強い揺れがきました
下から突き上げる揺れと
その後に続く大きな横揺れ
悲鳴をあげる妹に
「頭まで布団かぶれー!」
と叫びました
直後に上から額縁が落ちてきて間一髪
足側にあった大きな本棚も倒れなくて
本当に良かったと思いました
揺れが収まった後に
驚いた猫が押し入れの天袋に逃げ込もうとして
積み上げていたハンガーを蹴落として
その音に驚いた母が慌てて駆け込んで来たのは
後で笑い話になりました
幸いなことに我が家は
お皿1枚割れずに済みましたが
電気、ガス、水道が全て止まり
電話だけが繋がっていたので
母方の祖母とすぐに連絡が取れました
その後、電気が復旧してテレビをつけてみたら
現実とはかけ離れた景色が映し出されていました
横倒しになった高速道路
途切れた高速道路から落ちかけのバス
脱線した電車
ひしゃげた駅
そして徐々に広がる火災........
呆然とテレビの映像を眺めていました
携帯電話も普及していない時代に
神戸の親戚や高校時代の友人と
連絡をとる手段もなくて
1歳下の後輩の安否が判明したのも
数日過ぎてからでした
後日お風呂セットを抱えた後輩を
職場でみんなで抱きしめて
営業さんの車で銭湯まで送っていきました
避難所暮らしの人たちに
近くの銭湯まで道案内したこともありました
リュックにペットボトルのお水と
おにぎりを沢山詰め込んで
歩いて救援物資を届けに行った友達もいました
伯母が
「高い食器は割れて安い食器だけ無事なんよ!!
山崎パンのお皿はぜーーーんぶ無事!!!」
と愚痴ってから我が家の中では
「山崎パンの皿は最強説」
が出来上がっています笑
30年近く経ってからメリケンパークに
当時の遺構が残っていることを知りました
少しであっても
当時のできごとを伝える物を
残してくれた事に感謝です
あの日を教訓にたくさんのことが変わりました
スマホが普及しても
ライフラインが止まると大混乱して
連絡手段限られてしまうのは変わっていません
起きて欲しくはないですが
南海トラフ地震に備えて
防災について家族と話し合おうと思います
少しだけ
あの日の私たちに思いを馳せて

