ぬるぽんの日記 -77ページ目
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東日本大震災にて思うこと その1

ぼくは今回の大地震の当事者ではないのでメディアを通じてしか正直被害等を知らない。
じぶんができたことといえば節電とささやかながらの募金程度だ。
この大震災からはや40日、わたしにとっては一瞬であった日々も被災者の方々からすると長い道のりであっただろう・・・
ここではじぶんが思ってることや考えていることをつらつら書いていこうとおもう。

大局的に見ると
日本は災害があると、終戦後や阪神大震災のときにも世界が目を見張る復興を成し遂げた。
それだけの底力がわれわれにはあるのだ。

常々考えていることがあるのですが『人生全て試されている』

今回の大震災で被害に合われた方はある意味精神的にもともと強い方で次への飛躍のためにそれを環境が試していると解釈している。
住むところ(家、アパート)や家族親類、思い出が詰まった街並み、そして有形財産の数々がほとんど一瞬にして目の前から消えてしまったのだ。
まさに想定の範囲外の極限の状況に置かれじぶんならどうしていただろうか?と考えざるを得ない。

メディアに対して一言、
もともと忘れてしまいがちなのが人間なのですが、震災の被災者の方々の苦労とかが全然見えてこない。
「いや、それは想像すればわかるだろ」とツッコまれそうですがじぶんはそれほど頭がよくないのでイメージできない。
避難所である体育館でみんなが夜いびきをかくので全然眠れない、余震があると一斉にいびきが止まると聞いたときは申し訳ないがちょっと笑ってしまった。
これだけネット・携帯電話などのインフラとそれを介したコミュニティ・情報交換の場の土壌が育ってきた昨今なのに全然活かされてない気がする(少なくともじぶんのまわりはそうだ)。

あと、震災対策(物質的な面と精神的な面)ももっとガンガンやってほしい。
体験者からおもうことがいっぱいあるとおもうのにその情報、アンケートでも日記でもブログでもなんでもいい、そういうまとめサイトみたいなのがもっともっとあってほしいのだ。
津波を見るためにもどったひとが津波に流されて還らぬ人となったなど、そういうちょっとした実体験などがいざというときの判断材料になる。
工場で働いていた50名ちかくの従業員を全員高台にすぐさに非難させた社長さんがおられたが、そういうのもそう。
こういうことを覚悟しておけよみたいなことももっともっと知りたいのだ。

体験から学ぶのが人間ではあるが、先人の失敗や経験から学べるのも人間のすばらしいところである。
(ちなみにじぶんの体で経験しないと学ばないのが8割、事前に先人から学べる人間が1割、のこりの1割が懲りずに同じ失敗を繰り返しているらしい)

寄付のことにちょっと、
個人的なことを言わせてもらえると、寄付というのはあくまで一時しのぎの止血であって
根本的な解決になっていない気がする。
インフラ(道路、水道、電気、ガス、ネット、物流経路などなど)の再興が大事であり急務なのは間違いない。
しかしそこで暮らす人々はこれからも自力で生活していかなければならないのだ。
そのためには彼らが生み出す商品やサービスを購入し、消費してはじめて経済が循環し復興するとおもうのだ。

各地のイベントが軒並み縮小する傾向があったが、(いまでも)、あれは個人的にはよくないとおもう。
それに向かって準備をしてきた人などは総スカンをくらってしまう、これはある意味立派な二次災害である。
もともと経済の停滞傾向があった日本がますます失速してしまう。

先日、じぶんが食事や旅行などにいままで以上に費やしていると、それを見た知人が疑問を呈してきたので内心「こいつなんもわかってないな」とおもいました。
いまこそ消費しなければならないのだ、復興のためにも自粛ばかりしていてはダメなのだ。
あ、買いだめはちょっとちがいます、あれは別問題です。

もともとあまり頭が良くないのでとりとめのない内容になってしまったが言いたいことを言わせていただきました。
もし不快におもう内容がありましたらごめんなさい、稚拙なゆえお許しくださいませ。


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