健ちゃん、そっちはどう?
こっちはね、今日も寒いよ。冬だよ。もう12月だもの。
そう、12月。
健ちゃんが空に還って、1年以上が過ぎたよ。
今、『HEAR ME NOW』聴いてる。初めて聴いてるの。
自分でも驚いたんだけど、もう私が今住んでいる住居にはCD再生機器がない!(笑)
だから今もね、PCに取り込んで、タグ整理して、iTunesに入れて、聴いてる。
そうしないと、部屋のスピーカーから大きな音で曲が流せないんだよ。
CDプレイヤーが壊れた後はね、レーザーディスクのデッキで再生してたの。
でもそのデッキも、『LIFETIME BEST BEST VALUE』が出てから今日までの間に動かなくなっちゃってた。
…これも時代の流れなのかしらね。
この先、配信が中心になるのかもね。健ちゃんだったら、どうしていくのかな。
健ちゃんがいなくなって、涙する人、たくさんいるんだよ、まだ。
でもね、私、平気になっちゃった。
昔からね、順応力はかなり高いほうだと思ってるんだけど、そのせいかな。
なんだろ。乱暴な言い方かもしれないけどさ。
私が泣いたり悲しんだりすれば生き返るなら、いくらでもそうするんだけど、そうならないんだもん。
だったらもう、ここで生きていくしかないからさ。健ちゃんのからだが存在しない世界しかないから。
それでも、遺してくれたものはたくさんあるし、心の中にもしっかりいるから。
そんな世界で、私は毎日を送っていく以外、もう選択肢がないんだもん。
遺ったものを大切にしながら、そっちに逝ける日まで生きるしか、ないのよね。
10月の発表会は、宣言通り、『LAZY GIRL』を歌ってきた。すごく楽しかった!
先生にギター弾いてもらって、先生のお友達がドラムまで入れてくれて。
生音バックに『LAZY GIRL』なんて、超贅沢じゃない!?
あのドラムのイントロをまさか自分のために奏でてもらえるなんて、私、幸せ者だわあ。
バンドやってるわけでもないのに、そんな経験、させてもらえちゃってさ。
リハで1回通したときにね、ドラマーの方が言ってくれたの。
「いやぁ、ついつい気持ちよくなっちゃって」
うふふ。すっごく嬉しかった!
でもね、この先生とも、もうお別れなの。インストラクター、辞めちゃうんだ。
新しい先生とどうやっていこうか、私、今、すごく考えちゃってる。
どこかで健ちゃんの作品も入れ込みながら、続けていきたいとは思ってるんだけどね。
…ちょっと逸れた話、してもいいかな。日本の音楽の話。
チェッカーズが解散したとき、「ああもうこの人たちの新しい曲は出てこないんだな」って思ったのね。
新しい曲が出てこないっていうのは、死んじゃったも同然だよなぁって。
いつまで待っても来ぬ人と、死んだ人とは同じこと…あ、これは『夜桜お七』って曲のワンフレーズなんだけど。
その後、同じこと思ったのが、尾崎豊氏だったかなぁ。それから、hide氏。
でももうこの頃になると、案外、そうでもなくなってきて(たように私には思えた)。
未発表曲とかっていうのがぽつぽつ出てくるようになって、「あれ?」って思ったの。
そういうので稼ごうとするのって、どうなのさ、って。
だけどさ、今、こうなって、ああそうじゃなかったのかもしれないなーって、気づいたよ。
『HEAR ME NOW』をそれと同列にするのもどうかとは思うんだけどさ。
(というのも、先に挙げたものがどんな思いでどんな風に作られて世に出たのか、私は知らないから)
遺されたものを、遺された仲間たちが大切に慎重に手を入れて作品にして販売して、遺されたファンが手にする。
そこまで含めて、志半ばで空へ還ったミュージシャンの人生なのかなぁって。
あとね、もう1つ。
ずっと前から思ってたんだけどね、『ベスト盤』ってどうなのよって。
シングル並べりゃベストなのかって。
シングルより魂込めて作ったものが他にあるかもしれないじゃん?
そのアーティストが音楽止めるまで、ベスト盤なんて作れないってのが、私の考え方だったんだ。
…ということはね、健ちゃん。ベスト盤、作れるようになっちゃったんだよ。
私には選べないし、作れないし…たぶんホントは、健ちゃんにしか作れないとすら思うんだけど。
ベスト盤作れるようになったって、なんか、淋しいね、こう考えると。
あえて聞きたいよ。どの曲、選ぶ? どんな並びにする? 何で始めて、何曲入れて、何で終わらせる?
メロディだけの曲。そして歌詞だけもの。さらに今回のアルバムにすら入っていない何か。
いつか誰かが、その人の言葉を乗せたり、メロディを付けたり、するのかもしれないね。
歌ってくれそうな人はたくさんいるものね。
『HEAR ME NOW』、さらっと聴けちゃった。やっぱり耳馴染みがいいよ、健ちゃんの作品は。
よかった、手にできて。関わった全ての人に、ありがとう、だね。
私もこれから毎日の中でこれを聴いていくんだよ。
そうするとね、自分の中に沁み込んで、歌ってみたくなって、自然と口から出てくる時が来るんだ。
そこまでいったら、1曲通してちゃんと歌ってみたりするの。
もしかしたら、歌のレッスンに持っていく日だってくるかもしれない。
ヘンに特別扱いしたくない。健ちゃんは今まで通り、別格でありながら、私の日常の中に溶け込んでいてほしい。
むしろ一緒に生活してほしい(笑)。
心の中で、会話しながらね。
「…ったくもう! あの上司め!」「まあまあ、落ち着きなって」…みたいな感じで。
健ちゃんね、人間に生まれ変わるなら、次は英語圏に生まれたほうが絶対にいいと思うんだ。
もしね、そう遠くない近年、誰も知らないうちに英語圏に生まれ変わりが誕生したとして。
その子が音楽を初めて…たぶん今だったらYouTubeとかに載せるんだろうな、演奏している姿を。
それをどこかのプロデューサーだかが見つけて、目を付けて。
プロのミュージシャンとして活躍するようになって、名前も売れていって。
…はたして私、その子を見つけられるんだろうか、ちゃんと出会えるんだろうかって、考えたことあるんだよ(笑)。
その子いくつくらいで世に出てくるんだろう、私そのときいくつだろう、パソコン使えるかしら、とか(笑)。
バカでしょ? 確かね、今年の1月頃に温泉に浸かりながらぼーっと考えてたの。
運命はきっと、なんかのわけがあって、わかんなくてよかったんだな。
…そんな歌があるんだけど。
健ちゃんのことがあって、この意味がすごく理解できたような気がしたんだ。
亡くなるその日のことなんて知らないまま、毎日を過ごす。
いつ会えなくなるかなんてわからないまま、好きになる。
逝ってしまうときのことなんて想像しないまま、仕事をしたり、楽しんだりする。
みんなそうなんだ。周りの人も、本人でさえも。
もし『その日』のことが全部わかっていたら、人ってどんなふうに生きていくんだろうね。
わかんないから、生きていけるのかもしれないよね。
さて、そろそろ終わりにしよ。
これが、健ちゃんに宛てて書く、最後の手紙。
あとはまた心の中でいろいろ話しかけるから、聞いてね。
冬の日は、空気が澄んでるから、空がきれいに見えるよね。
還り道も、迷わずに済んだかな。
私はもう、大丈夫だよ。
おやすみ、健ちゃん。
また会える日まで。