わたしには父親がいません。


いや、物理的にはいました。家族もキチンと養ってくれてました。


わたしは父親から怒られた記憶がありません。


話を聞いてもらったこともありません。


心配してもらったこともありません。


それが当たり前だと思ってました。


友達がよく言う、お父さん怖いからやだー!

遊んでるのバレたらヤバい!

門限過ぎちゃう!お父さんに怒られるー!


え?お父さんって怖いの?怒るものなの??





わたしは小、中とクラシックバレエや演劇やエキストラの事務所に入り将来は女優になりたいと思って夢に満ち溢れていました。


高校生くらいから全てにおいて挫折し、せっかく推薦で入った学校も自主退学し、不良の様な彼氏や友達と付き合うようになりました。


朝まで家に帰らない、スナック、キャバクラ、風俗でバイト。だらしない遅刻魔だったし仕事もなめてるから続かない。


10代でホストクラブで泥酔、喫煙、友達と渋谷とか地元を訳もなくブラつく。彼氏は月1で変えてた。なんにも満たされなかった。



19歳のとき、当時の彼氏の車で事故に遭う。


無免許、ナンバー偽造、保険なし、そんな状態を知ってて助手席に乗ってたわたしは頸椎骨折、意識不明の重体となってICUに運ばれた。



幸いにも4ヶ月で退院できた。頸椎の骨折があと1ミリずれていたら、全身麻痺か死んでいたと医師に言われた、奇跡だと。


骨移植の手術は成功、身体や顔は事故の傷がたくさん残ってしまったけどね。




わたしは19歳で初めて仕事とバイトに遅刻せずまじめに行くようになった。



バイト先で出会った4つ年上の人と同棲もはじめた。


ほんとうに優しくて、趣味も合って、毎日楽しかったし、大事にしてくれた。



でもね、2年くらい経ったころかな 女の勘かな。

なにかと理由をつけて家を空けたり、つける香水が変わったりして、携帯もロックされてた。


案の定クロだったんだけど。



わたしはもうダメだった。




新小岩メンタルクリニックにお世話になったのはその頃だった。


この院長がわたしが初めてお父さんだと思った人だった。


院長は医者というより穏やかな優しいおじさんという感じ。



びっくりしたのが、過食嘔吐でお金がないからキャバクラで働こうと思います。なんて話してる時に、本気で怒られたこと。


わたしは嬉しかった。叱ってくれて。



その後心理カウンセラーの資格を取るという目標ができ、その時も先生は馬鹿にせず本気で応援してくれた。



嬉しかった。



わたしはその後引っ越したり忙しくなったりで

心理カウンセラーの資格を無事取得した事も伝えられないまま、今に至ります。


心理カウンセラーの合格通知が届いた瞬間、真っ先に先生に伝えたい!と思ったのですが。



あれから早いもので20年弱たちますが、今でもわたしのお父さんはあの院長かもしれません。



なんとなく、今朝昔の事を思い出したので記しました。


たまに会いたくなります。